竜の浮島
ゴツゴツとした岩の目立つ大きな浮島―― 草木はほとんど生えていないそこは飛竜たちの住処だった。
ヴェルがいるからか、 威嚇される事は無かったけど興味深そうな何体もの飛竜の視線が私達を見つめる。
浮島に降りるとき、 飛竜達に緊張が走った。 ルトカ達にとっては大分神経を使った瞬間じゃあなかろうか。
広場みたいに開けた場所に何とか降り立ったものの、 ルトカ達の警戒が解けない。
まぁ、 姿は見えないのに四方八方から見られてる気配がすれば落ち着けるものじゃないんだろうけど。
ヴェルは、 ユーリを降ろしてそうそう『ガウ』 と一声大きく吠えた後、 ゆったりと寛ぎ我関せずと言うように寝そべった。 そのヴェルの様子を見て、 視線のいくつかが興味を失ったように離れていく。
私は、 ルトカから降りてその首を撫でてやった後、 呼来を短く二度吹いて離陸の合図を出した。
ルトカ達は、 「こんな所に置いて行っても大丈夫かなぁ」 と言うように逡巡した後、 不安そうにしながらも、 空へと飛び立った。 その様子を地上から見送る――。
「んぅ―― 」
ずっと座りっぱなしだったので、 体中がバキバキだ。
見れば他の団員達も、 私同様伸びをして身体をほぐしている。
「さて、 じゃあ各自散会って事でいいな」
ユーリがそう言って私達の方を見る。 絆を結ぼうって言うのに、 ゾロゾロと連れだって行ったんじゃ良くて警戒されて、 悪くて逃げられる可能性が高い。 なので別行動って事ですね。
ユーリは浮島内を巡回するつもりらしいし、 団員達にも目を配ってくれるつもりらしいので安心して任せようと思う。
じゃあ、 散会するかって皆が水などの入った荷物を背負った時だった。
『ガァっ』
一匹の飛竜がガルヴさんめがけて一直線、 そのまま押しつぶしそうな勢いで圧し掛かった。
ユーリとガルヴさんを除いた全員が腰に刷いた剣に手をかける。 ユーリは少し緊張した顔をした後、 ほっと息を吐いて、 手で剣は必要ないとそう示した。
良く見れば、 厳つい顔をした―― 陽光で緑が奔る白い鱗を持ったその飛竜は、 ガルヴさんの顔を嬉しそうにベロベロと舐めている―― 一瞬食べる気かと言いたくなったけどこれは違う。 ガルヴさんに全身で甘えてるんだ。
「とーる……? お前、 トールかぁ! 」
ガルヴさんが嬉しそうに声を上げたのはその時だった。 押し倒された上半身を起こして飛竜の首にガシっと抱きつく。
「あぁ。 この傷―― やっぱりトールだ…… 悪いなぁ―― マリエは居ないんだ。 お前を殺されそうな状態に追いやったのも、 お前を逃がしたオレが黒竜騎士団に異動になったのも…… 全部弱かった自分のせいだって言って騎士団を辞めてしまったんだ…… すまないなぁ―― 止められなかった」
目の上に奔る傷を撫でてやりながら―― 哀しそうに俯くガルヴさんが飛竜のトールに優しく語りかけた内容に皆がハッとした顔をした。
このトールと言う飛竜は自分の主―― おそらくはマリエと言う人を助けるために、 バカな騎士を襲って重傷を負わせた飛竜なのだ。 そしてガルヴさんは殺処分の決まったこのトールを逃がした為に黒竜騎士団に来る事になったのだと言う事を思い出す。
厳つい顔と体躯に反して、 人懐っこいこの飛竜を追い詰めたバカ。 良い人としか言いようのないガルヴさんを異動させることになった原因のバカに、 改めて怒りがこみ上げる。
トールはまるでガルヴさんの言った事が理解出来たように項垂れた。
『クゥ―― クォン』
哀しそうにそう啼くと、 トールはガルヴさんにグリグリと頭をこすりつける。
寂しげな顔をしたガルヴさんが、 その頭を何度も何度も撫でてやっていた……。
それにしても、 何て偶然。 調教された飛竜が、 外で暮らすのは大変な困難を伴う。 一度群れから外れた竜は群れに戻るのが難しいからだ。
大人しい群れでも仲間に入れて貰うのには時間がかかるはず。 けれど、 トールはこの荒くれ者が多い竜の浮島の群れにちゃんと受け入れられているようだった。 それは、 このトールが強い竜なのだと言う事を示していた。
「―― ソイツ。 ガルヴと絆を結びたいんじゃないか……? 」
唐突にそんな事を言ったのはヴァイさんで。 ガルヴさんはキョトンとした顔をした後、 それはないよと慌てて手を振る。
「トールはマリエを主としてとっても慕ってたんだよ。 そんなコトあるわけないさ」
「いや―― 案外そうかもしれないぞ? トールは調教された竜だしな。 殺処分が決まった竜に忘却香を嗅がせる事もない。 野生の調教されてない竜ですら、 稀に新たな主を選ぶ事があるんだ。 調教されてるトールがガルヴを覚えていて絆を結びたいと思っても不思議じゃないだろう」
牧場育ちの飛竜も居るけれど、 騎士団用の竜は調教師によって狩りだされる。 ある程度気性が激しくないと、 敵に向かって行けないからだ。
そして初めから、 数人体制で世話をする。
特定の誰かを主と思う事のないようにしながら、 徹底的に主とは変わる事があるのだと教え込む。 そして実際に主が変わる時は忘却香を使って離別のショックを和らげるのだ。 正直、 私は忘却香を使って調整するやり方は好きじゃないのだけれど。
対して野生の無調教の飛竜は一度主を決めたら最後まで変えない事が多い。 それでも主が怪我や年齢を理由に騎士を辞めてしまったり、 死亡したために主を失う飛竜も少なくない。 余裕がある人なら、 屋敷で共に暮らすなんて人もいるけれど、 多くは野に帰って行く――。
まぁ…… それが普通なんだけど、 稀に新たに主を選ぶ事があるんだよね。 新たに選ばれる主は、 大抵前の主の子供だったり―― 親しくしてた人であったりと元々その騎竜にも縁があった人が多いのだと言う。
「それなら、 ガルヴさんが自分と一緒にマリエさんって人の事を助けてくれた事と、 自分の命を救ってくれた事を理解していて、 ガルヴさんの傍に居たいのかもしれないですね」
『ガァっ! 』
私の言葉にまるでそうだよ! と言うようにトールの鳴き声が重なった。
ガルヴさんが、 おずおずとトールの目を見つめる……。 そしてトールが、 首をかしげてガルヴさんを見つめた。
「―― トール、 オレと一緒に飛んでくれるかい? 」
『ガァウ! 』
トールの声は、 もちろん! と言っているように聞こえた。 きっとガルヴさんと他の皆にもそう聞こえたと思う。
「―― 前代未聞だな! 着いた瞬間に絆を結んだ騎士なんて初めてなんじゃないか? 」
嬉しそうにそう言って、 ユーリが笑った。 つられて、 皆が笑顔になる。
「―― 良かったわね。 ガルヴ。 トールも…… 」
少し涙ぐむようにして言ったのはルドさん。 ヴァイさんは「すげぇな、 おい! 」 と言いながらバシバシとガルヴさんの背中を叩いてるし。 アスさんも嬉しそうだ。
そんな中、 ポツリとエイノさんが呟いた。
「俺個人としては嬉しいし、 良かったとは思うんだが…… 逃げた竜って大丈夫なのか―― 」
…… 殺処分の決定出てたね…… お祝いムードから一転、 皆が心配そうな顔になってユーリを見つめた。 あぁ…… って顔をしたユーリが目をつぶって眉間を手で覆う。 その後、 思いきったように口を開いた。
「問題ない―― 似てるけど別の竜だってコトで押し通す」
「団長ナイス! おし!! これで問題なくなったな」
普段は団長なんてとツンツンしがちなヴァイさんが、 問題ないと言いきったユーリを珍しく褒めた。
言ってから我に返ってソワソワしながらトールの影に隠れに行ってるけど……。 照れくさかったのかな?
私はそっと、 ユーリに近づくと小声で話しかけた。
「…… 本当に大丈夫なんですか? ユーリ」
「まぁな。 何年も前の話だし…… ガルヴがウチに来る事になった時、 サイファス殿と少し話した。 ガルヴをウチに異動させるのは断腸の思いだったそうだ。 それから、 飛竜に殺処分の決定を下した事も―― 」
師匠は、 こうなった理由をちゃんと調べたのだと思う。 ユーリの話によれば、 相手の騎士は普段は平民を蔑むような所もなく真面目で勤勉に見えていたと言う。
被害にあった女性騎士…… マリエさんは問題が大きくなった後―― 恥を忍んで師匠に事の経緯を話したそうだけど、 相手の騎士が重傷で二度と剣が持てない身体になっていた事、 その事を客観的に見た時にトールを処分せざるおえない状況になっていたらしい。
そして、 そのトールをガルヴさんが逃がした――。
ガルヴさんは最後まで主を守ろうとしたトールが殺されるなんておかしい。 けれど、 そうせざるおえない師匠の事情も分かる―― でもやっぱり納得ができなかった…… 自分のした事は規律違反である。 いかような処分を受けようとも構いませんと―― 騎士を辞める覚悟で師匠にトールを逃がしたと自己申告しに行ったのだという。
マリエさんは、 自分が逃がした事にして欲しいと師匠に訴えたけれど、 ガルヴさんはそれを認めなかった。
『逃がしたのはオレです。 貴女じゃない。 ―― 団長…… マリエが話した事、 無かった事にして頂けませんか…… 女性にそう言った話は…… その、 噂でも良くないと思うんです』
『元から、 外にその話を出す予定は無かった―― エンノート…… 正直なのはお前の良いところだとは思うが、 馬鹿だな…… 逃がした事を黙っていればどうとでもしてやったんだぞ』
師匠が、 ここまで言うなんて正直ガルヴさんの事をとても気に入っていたんだろうなぁと思う。
そりゃあ断腸の思いだったと思うよ。 黒竜騎士団に異動させるの。 だってその頃の黒竜騎士団は今よりもっと酷い状況だったはず。
けど師匠は、 ガルヴさんを辞めさせるよりも騎士を続けさせる道を残したかったんだと思う。 もしかしたら良心のかたまりみたいなガルヴさんが、 荒れてる黒竜騎士団の雰囲気を少しでも変えてくれるかもと考えたりしたのかもしれない。
「つまりは、 サイファス殿に話を通しておけば―― まぁまず大丈夫だろう」
「師匠がそう話してたのなら、 多分目をつぶってくれると思いますよ。 その様子だとガルヴさんの事、 凄く気に入ってたみたいだし」
ユーリの話を聞いて、 やっと安心できた。 それなら、 殺処分の命令が出てる飛竜じゃないです。 そっくりなだけの別竜ですって言いきって乗り切れるだろう。
「まじかぁ。 どうする? 俺達も今日中に絆を結べるかもしれないぜ」
随分と楽観的な事を言うワクワク顔のヴァイさんに、 可哀想だけど水を差す。 だって期待しすぎて己を過信するのは、 後々キツイ思いをする事になるかもしれないし。
ガルヴさんとトールみたいな事例がポンポンある訳がない。
「ヴァイさん―― ガルヴさんのは特殊な例ですからね? ヴァイさんに生き別れの仲が良かった飛竜でもいない限り無理ですから」
「まぁ、 リゼの言うとおりだな。 ガルヴの例は特殊な上に、 奇跡的な確率の中から起こった偶然の産物だ。 同じような事は起こらないし、 起こると安易に考えてると飛竜にソッポを向かれるぞ? 」
ユーリの言葉にヴァイさんがぶーたれた顔をする。 まぁ、 ヴァイさんの気持ちも分かるんだけどね? こんなに早く目の前で絆を結ぶ様子を見せられて、 期待しない方がおかしい。 けど、 飛竜は賢い生き物だ。 そんな安易な気持ちで近付けば、 馬鹿にされてると感じるかもしれないし、 本気で絆を結びに来たのかと不審に思うかもしれない。
「残念。 生き別れの飛竜―― 居ない」
シュンと落ち込んだ様子でアスさんが呟いた。
「馬鹿ねぇ。 そんなに生き別れ? の飛竜がいたらマズイでしょ。 あたしたちは、 あたしたちなりにやれば良いのよ。 きっとアンタと絆を結びたいって飛竜もいるわよ」
「ん―― 頑張る」
ルドさんの励ましに、 アスさんが力強く頷いた。 そんなやり取りの横で、 ヴァイさんが落ち込んでる…… 「そっかぁ、 無理かぁ」 だってさ。 ――いや、 無理かどうかは分かんないんだけどね? 甘い気持ちで行くなって言う話しだったハズなんだけど。
まぁ、 でも睡眠不足のヴァイさんはテンション高かったから、 かえって落ち込んでる位が冷静に―― 真剣に飛竜との対話に取り組めるかもしれない。 よし。 励まさずに黙っておこう。
「ガルヴはどうする? 俺と一緒に歩きまわるか? それともここで待つか」
「少し、 トールと飛んできても良いですか? この浮島の周りだったら平気ですよね」
一緒に飛ぶって行為は、 絆を深めるためにも良いとされている。 鞍や手綱が無いのは気になったけれど、 召の領ゲーティア出身のガルヴさん。 親戚に調教師が居るらしくて子供のころから裸馬ならぬ裸飛竜に乗って遊んでたらしい。
「まぁ、 いいだろう。 程々にしておけよ。 戻る場所はここだからな」
ユーリの言葉に嬉しそうに頷くガルヴさん。 正直言ってちょっと羨ましい。 私も頑張って相棒になってくれる飛竜を探そう。 皆も同じように感じたらしい。 思い思いに気合いを入れてる姿が見えた。
ヴァイさん程に楽観視してた訳じゃないけれど、 幸先の良いトールとガルヴさんの再会に意外とスムーズに皆、 飛竜と絆を結べるんじゃないかと考えてしまう。 思ったよりも私も浮足立っていたのかもしれない。 改めて気を引き締めると、 飛び立つガルヴさんを見送りながら私達も散会して広場を後にした。
「さてと」
まずは、 飛竜を探さんと。
ユーリ曰く、 絆を結べる飛竜は何となく分かる事が多いんだって。 ―― 前のユーリの騎竜、 エリュシオの時は調教されてはいたけれど、 それでも一目で分かったらしい。 とは言え、 一方通行の片思いに終わる事もあるそうだから、 あんまり直感を当てにも出来ないようだけど。
辺りには大きな岩がゴロゴロと。 申し訳程度に生えてる痩せた木や枯れた草を掻き分けて歩く。 暫く歩いてから、 私は枯れ木が横たわってる所で立ち止った。
―― …… 皆と分かれてから、 なんとなぁく視線をかんじるんだけど……
けど、 視線の位置が辿れない。 視線を感じてるって言うのは分かるのに。 右からとか左からとか―― そういう情報が誤魔化されてる……? 飛竜の中には先祖がえりって言って古代竜が使えてた魔法的な力や体躯が発現する事があるって聞いた事があるけれど、 そういった能力持ちのコだろうか。
「そう考えるとヴェルも先祖がえりなのかも…… 」
あの立派な身体と、 予想以上に人間っぽい仕草……。 ご先祖様である古代竜は人の形にもなれたって言うし……。 ヴェルが人型になるかどうかは別として可能性は高そうだ。
それにしても、 視線が気になる! モゾモゾするような居心地の悪さと、 視線の主の場所が分からないモヤモヤした感じが落ち着かない。 私に興味を持ってくれてると言うのは分かるんだけど。
「ねーえ! 見てるんなら出て来てよ。 見られてるだけだと落ち着かないよ! 」
思い切って声をかけて見た。 普通はそんなにハッキリ人語を理解できないよなぁ…… とは思いつつ。
けど、 もしかしたら分かるかもって期待を込めて。
『クフッ』
笑い声みたいな音が、 左の岩の陰から聞こえた。 その声の主のしまった! って慌てた感じの気配を追って、 岩の陰を覗き込む。 ―― 真珠色に輝く白い鱗を持った竜の尻尾が見えた。 それがヒュルっとしなやかに動き、 別の岩の陰に隠れる。
追いついてやろうと走ったのだけど、 残念ながら奇麗な尻尾の持ち主は立ち去った後だった。
「むう」
声をかけない方が良かったんだろうか。 照れ屋さんだったのかもしれない。 それよりも隠れ鬼が大好きなコだったらどうしよう。
何にしても、 反応から若い飛竜なんだろうなっていうのは何となく理解できた。 本体を見ていないから、 女の子か男の子かは分からないんだけど―― 女の子な気がする。
逃げられたものはしょうがない。 ここで立ち止っていても時間が過ぎるだけだし、 取り合えず動こうか。 私はザクザクと枯れ草を踏みしめながら歩いてみた。 尻尾を引きずった跡が無いから、 あのこは飛んで逃げたのかもしれない。
「―― ルドさんだ」
開けた所に出れば、 離れた所に薄紫色の飛竜とルドさんがいた。
一人と一匹は見つめあっている―― お互いに興味を持ってるみたいだ。 私は邪魔しないようにそっとその場を離れると、 歩みを進めた――。
「うーん。 なかなか上手く行かないなぁ」
あれから、 数時間。 何体かの飛竜に会った。 会った瞬間、 興味無いですって飛び立って行っちゃった飛竜が二体に、 完全に無視されたのが三体。 興味無いんだよって威嚇で火を吐かれたのが一体。
私のあるんだかどうだか分からない直感も、 興味無いって態度をされた飛竜達にはピンと来なかった。
流石に少し疲れたので、 小さな岩の上に座って休憩中。 興味を持って貰えないのって地味にツライ。 尻尾ちゃん―― 真珠色の尻尾のコにもあれから出会えてないし。
水筒を取り出して水を口に含む。 お昼御飯は携帯食を歩きながら食べた。
「うーん。 強いて気になるのは、 やっぱり尻尾ちゃんなんだけどなぁ」
そんな事を考えていたら、 視線と気配を感じた。 もしや! と思って振り向くと残念ながらユーリが歩いてくる所だった。
「―― なんだ、 ユーリですか」
「何だとは、 随分なごあいさつだな。 その様子じゃ、 あまり芳しくはなさそうだ」
残念だと思ってる事を隠さずに告げれば、 訳知り顔で言われてちょっと落ち込む。
「そんな顔するな。 簡単に絆を結べるようじゃ、 調教師なんて職業がある訳ないだろ」
ポンポンと頭を撫でられて、 苦笑されれば確かに言われた通りなんだけど……。 子供じゃないんだから、 とユーリの手を掴んで落とす。
「分かってますよ。 はぁ。 他の皆はどうですか? 」
「そうだな、 マイアスは早いかもしれないな…… 飛竜と一緒に昼寝してたぞ。 それから、 ヴァイノスは会った飛竜、 会った飛竜にいちいち喧嘩を売ってるようだが…… 逃げられてるな。 エイノルトは今の所、 気になる飛竜はいないそうだ。 ルカルドは…… 気になる飛竜はいたそうなんだが、 と言うか絆を結べそうな気がしたんだが…… 逃げられた、 と」
へぇ。 アスさん一緒に昼寝って…… お互いに気を許せなきゃ出来ない気がする…… 羨ましい。 ヴァイさんは…… ユーリとヴェルの時の話を聞いたからかなぁ…… しょっぱなから喧嘩売らなくても良いような気が……。 この浮島は気性が荒い飛竜が多いからって言っても、 全部が全部じゃないだろうに。
エイノさんは、 うーん。 気になる飛竜がいないんじゃしょうがないか。 早く会えると良いんだけど。 ルドさん―― あの薄紫色の飛竜の事だろうか。 けど、 逃げられちゃったのかぁ。
やっぱり、 なかなかガルヴさんみたいに上手くはいかないね。
「リゼは気になる飛竜はいなかったのか? 」
「あー…… いない事もないんですけど…… 」
私はそう言って尻尾ちゃんの事を説明した。 一応、 他の飛竜の事も話したけれど、 やっぱりそっちの方は無理だろうとの事。 尻尾ちゃんに関しては……
「そんな風にリゼの事を観察していたんなら、 好感触だと思うんだがな…… 本当にそれから一度も視線を感じないのか? 」
「はい。 まったく。 あんな誤魔化されてる感じの視線、 間違えようもないんで」
視線だけなら、 時々感じたんだけどね。 でも大体すぐに興味を失って居なくなる。 ユーリが言うには飛竜がそんなに私に興味を持ってたんだったら、 逃げた後も戻ってきて見てそうな気がするんだが、 とのこと。 けどねぇ―― 全然っ感じないんだもの。 興味を持ってくれたって思ったのがそもそもの間違いだったとしか思えない。
「うぅ…… これが片思いってやつですかね。 しかも姿も分からない―― 尻尾だけの相手に。 ちらっと見せて興味を持たせるだけ持たせて放置とか…… どんな高度なテクニック」
「ちらっと見せて…… 放置―― 」
私の言葉に、 ブフっとユーリが吹き出した。 ―― 何も吹き出さなくても……。 私としては自分の状況を的確に表現出来たと思うんだけど。
「そんなに笑わなくても良いと思うんですけど」
「悪い…… 飛竜に弄ばれてるお前を想像した」
大笑いするなんて、 どんな想像したんだユーリ。 むくれてソッポを向いたら、 ユーリの大きな手が私の膨らんだ頬を撫でた。
「怒るな。 悪かった」
突然―― 低い声で甘やかに囁かれて、 どうして良いか分からずに混乱する。 首まで赤くなってる気がして、 ユーリの方を向けなくなった。 そうやってガチガチに固まっていたら――
『ンキュ! 』
すぐ横から声が聞こえた。 ユーリと二人、 声のした方に目を向ける―― 私のすぐ横の岩と岩の隙間から、 覗いている大きな目と目が合った。 明るめのピンクスピネルって石みたいなピンク色。 その大きな目が、 パチパチと瞬く。
目が合ったまま、 私は暫く硬直して動けなかった。 視線―― 全然感じられなかったんだけど……。 このコはいつから見てたのか――
「ブハッ」
ユーリが吹き出した音で、 私は我に返った。 ピンク色の目の主も、 我に返ったみたいだ。
よっぽど、 慌てたんだろうなぁ…… ワタワタと動いて、 そのまま空に飛び立つ。
真珠色の鱗がキラキラと陽光を反射してるのが良く見えた。 岩に遮られていたとは言え、 至近距離からの離陸だったので翼が巻き起こす風が私達に吹き付ける。
「どうやら、 しっかり観察されてたみたいじゃないか」
「…… そのようで…… 」
その体は、 ルトカよりも一回り程大きい。 けれど、 がっちりした体形じゃなくて―― しなやかで流線的な身体のラインだ。 その事で確実に女の子だと言うのは見てとれた。
「リゼの片思いじゃなさそうだが…… あれは完全に先祖がえりだな。 多分、 気配遮断の魔法か何かだろう。 最初の時に気付かれたから、 より魔法を強化して観察してたって所か」
「強化しなくていいんですけどね…… 」
視線を感じなくて当たり前だ。 そんな魔法を見抜ける程、 有能じゃないし。
何だかどっと疲れた気がする。 尻尾ちゃんは私が色んな飛竜にフラれてた所も観察してたのかもしれない。 ―― 尻尾ちゃんは何がしたいんだろうか。
「隠れ鬼って感じじゃないですよねぇ。 最初は恥ずかしいのかとも思ったんですけど」
私の呟きに、 ユーリも考え込む。
「あれは、 隠れているのを見つけて欲しいって感じではないだろう…… かといって恥ずかしいって感じとも違う気がするな…… 何というか、 好奇心の塊―― 」
「何がしたいかって言えば、 私の観察って感じですもんねぇ。 でも観察してどうしたいとかが良く分からないって言うか…… 」
本当に分からない。 私を観察した所で面白い事も無いと思うんだけど……。 尻尾ちゃんが声を出したのは、 私が話しかけた時―― これは何となく、 良く分からない視線の主に真面目に話しかけてる私の事が面白かったんじゃないかなぁと思える。 さっきの時は? 何だったんだろう。 今の今まで上手に隠れてたのに―― 何であの時声を出したの?
「ちょっと、 嬉しそうな声でしたよね? さっきの」
「まぁ、 そうだな」
何が嬉しかったんだろう? 余計に訳が分からなくなった。 さっきは、 ユーリが変な感じになったから私が気まずくなったと言うか…… それを観察されてたと思うと―― 何だか恥ずかしくなってくるな。
「リゼ、 また顔が赤いぞ? 」
「何言ってるんですか、 気の所為だと思います? 」
やけに嬉しそうに頬に伸びてきたユーリの両手を、 上から掴んで抑え込む。
赤かったとしても、 放って置いて欲しい。 顔が暑いから赤いんだろうけどさ! 「はっはっは! 遠慮するな」 とか言いやがるユーリが小憎たらしい。
「遠慮! とかじゃないんですけどっ」
ギギギと抑えた手をそのままにユーリの方に引っ張られて。 あろうことか、 私が抱きついたみたいな形になった。 しかも慌てて手を離して、 身体を離そうとする私をユーリがワザと抱き込んできた。 頭の上で、 楽しそうに笑うユーリのクグもった声が響く。 最近のユーリは大体こうだ。
人の目がある所だと普通なのに、 二人で居る時にすぐ私の事をからかって遊ぼうとする。
「ユーリ! いい加減にして下さい」
「何でだ? 変化があった方がお前の『尻尾ちゃん』 が持ち前の好奇心を発動して戻って来るかもしれないぞ? 」
その言葉に、 一瞬躊躇した自分が恨めしい。 けど、 一目散に後ろも振り返らず飛んで行ったんだ。
あの慌てぶりじゃあ当分戻って来ないと思う。
「馬鹿言ってないで下さいよ。 あの様子じゃ、 当分戻って来ないでしょ」
離してくれともがいていたら、 ユーリが突然枯れ木に身を押しつけた。 そのままキツク私を抱きしめると息を潜める。 何? 敵―― まさか。 ここは比較的安全な場所では無かったのか? それとも、 尻尾ちゃんが帰ってきたとか? ありえない。
混乱して暫くしたら、 ユーリの腕の力が緩んだ。
「―― ガルヴが上飛んでった―― あいつ鞍とか着けてないくせに乗るの上手いなぁ…… 」
「――っ! 馬鹿ですか!! 本当にっ」
見られたらどうすんだ! 上司として示しがつかない。 勢い良く、 ユーリの胸を突いて離れると―― 笑顔のユーリと目が合った。 私が睨んでいるのなんて、 どこ吹く風で…… 余計に腹が立つ。
「今日は休みですけど、 団員達と一緒にここに来てるんですよ。 気を抜きすぎじゃないんですか」
ほぼ仕事中と変わらないでしょ! 今と言えば、 ユーリが「へぇ、 仕事中みたいじゃない普通の休日なら…… 今みたいな事をしてもいいのか? 」 と―― にやにや。 そーいう意味じゃないです。
「休日返上で、 お前の『お願い』を聞いてやってるんだ。 これ位のご褒美、 可愛いものだと思うけどな」
腕にすっぽり入るから抱き心地が良いんだよな―― 落ち着くしっ―― て何ですかそれ。 ご褒美とか意味分かんないし。 お願いって言ったって、 まぁ、 確かに皆で巡回しましょうよって言ったのは私からだし―― けどお願いになるのか……?
ユーリだってそれが必要だって思ったからこうして付き合ってくれる気になったんじゃないの?? 何だろう、 釈然としない。
「意味分かんないです。 もう良いですから次に行って下さい」
もう、 自分がどんな顔をしたらいいんだか分からない。 ユーリも私をからかって何が楽しいんだろう―― あぁでも、 いちいち反応するからいけないのか? その反応が面白いとか。
「そんなに怒ってると、 次も逃げられるぞ? 」
「お前の『尻尾ちゃん』 に」 そこだけワザと低い声で私の耳元で囁いて――。
「んなっ! 」
離れ際に耳たぶ噛んでった――? 茫然と固まった私の頬をユーリ撫でる。 固まってるのを良い事に無骨な指が唇の上をなぞった。
「―――っ とっとと行っちゃえ! 馬鹿ユーリっ」
引っ叩こうとした手を避けて、 ユーリが離れる。 バクバクとした心臓が破裂しそうだ。 からかうにしたって限度ってもんがあるでしょ?! しかもそれに振り回されてる自分が悔しい。
逃げないと追いかけて行って殴りそうな私の剣幕に、 ユーリが両手を上げて降参のポーズを示す。 …… そして、 真っ赤になって叫んでる私を置いて立ち去った。
「―― 勘弁してよ」
思わずしゃがみ込んだ私に答える声は無い。
ユーリに触れられるのは困る。 どうしていいか分からなくなるし、 心臓だっておかしくなる。
けど、 一番困るのは触れられるのが嫌じゃないから――。 いつか、 決められた相手と結婚するはずなのに、 これはマズイ気がする。 だって、 馬鹿坊の時は怒りの方が勝ってたけど兎に角、 気持ち悪かった。 ユーリは…… ユーリが相手だと気持ち悪くない。
何で――。
そう思う一方で、 答えを出さない方が良いともう一人の自分が言う。 見ない方が良い事もあるんだよ―― って……。
私は溜息をつくと立ち上がって、 ユーリが立ち去った方を見つめた。
速効で相方が決まったのはガルヴさんでした。
リゼは尻尾ちゃんと格闘中ですが……。
次回は、 尻尾ちゃんがリゼに興味しんしんな理由と、 次々と仲間が相方をゲットする中、 絆が結べそうで結べない誰かの話になる予定です。




