王妃殿下がお怒りです。
大変遅くなりました(汗)
オーガ殺しを飲んだ後の最初の勤務…… やらかした事に頭を痛めながら勤務についたんだけど、 一応皆無かった事として扱ってくれました。 大人な対応ありがとう……。
ヴァイさんだけ、 なんだか挙動不審だったんだけど何でだろう。
そんなある日―― 王妃殿下の侍女のマルチナさんが、 淡い緑の髪を靡かせて、 にこやかな笑顔で書状を持って来たのは―― ようやくデスマーチを終えたある日の午後だった。
ちなみに今は鍛練中――。 ユーリも指導に入ってくれてるから以前よりラクです。
最近は、 黒竜騎士団がまともになりつつあると噂が広がり、 ベランダあたりから遠巻きに見物人が来てるんだけど、 その人達がザワリとざわめいた。
マルチナさんが王妃殿下の侍女頭なのは大概の人が知っているからね。
そんな中、 書状を差し出された訳ですよ。 マルチナさんの笑顔に顔が引きつる―― ヤバイ―― 王妃殿下がお怒りです。
リアの事―― 忘れてた……。
連絡をする時は、 手紙で―― 私からだとリィオかルカが。 リアからだと伝書鳩が届く。
―― 何でそんなコソコソしてるかって?
ただの村娘と、 辺境伯の娘だった王妃殿下が実は幼馴染だって言うのは私の都合で秘密にさせて貰ってるからです。 だから手の込んだやり取りをしてたんだけど…… そう言えば、 お菓子を送って以来、 連絡してない。
しかも、 一昨日リィオが伝書鳩来てたよって言って伝書鳩が置いてった手紙を見せて来た気がする。
私はその時、 忙しかったから後で読もうと思って―― 忘れたん、 だったかな?
「お仕事中に申し訳ありません、 エンフィールド副団長。 私マルチナと申します。 王妃殿下の侍女として仕えさせて頂いていますの。 女性ながらにこの度のご活躍、 王妃殿下がご興味をお持ちになりまして、 是非お茶でも頂きながらお話したいと仰せです。 お時間、 取って頂けますよね? 」
要約―― 『リゼ、 あんた連絡を寄越さないと思ったら、 何かとんでもない件に首突っ込んだんですって? まさかとは思うけど、 怪我とかしてないでしょうね。 忙しそうだから、 遠慮してたけど何の報告もしに来ないって何? 喧嘩売ってる訳?? 取りあえず、 公務にしてあげるから顔出しなさいよ』
と言う意味ですね。 はい。 マルチナさんも怒ってるよねコレ。 いつもは優しい黄金色の目が、 無言の圧力を送って来る。
彼女とも、 昔からの知り合いです。 本来は自己紹介されるような仲じゃない。 周囲の目はあるからそこは仕方がないけど、 張り付いた笑顔は普通に怖い。
普段は手紙のやり取りで赦して貰えるのに強制召喚されたって事は、 拒否権がないって事だ。 マジ逃げたい……。
「お茶ですか? 」
おずおずと聞き返すと、 傍から見れば極上としか見えない微笑みで返された。 けれど、 マルチナさんの目の奥がまったく笑っていない事を私は知っている……。
「はい。 ちなみに今日の午後です。 堅苦しい事は嫌なので、 正装などなさらないで結構です。 団服のまま起こし下さいませ」
問答無用で、 書状を渡され―― 優雅に一礼すると、 私の返事を待たずにマルチナさんは颯爽と去って行った。 問答無用ッぷりが半端ない。 普通はね? 招待の手紙が来た後、 行けるかどうかを手紙でお返事するんだよ??
「…… 都合は聞かれなかったな。 ―― 強制か。 義姉上はそんなに我儘な方では無かったはずなんだが…… リゼ…… お前、 何か隠してる事はあるか? 」
そっと背後に忍び寄ったユーリに声をかけられて、 私は情けない顔をした。
幸い練兵場の周りを走ってる団員の皆にはこの表情は見られてはいないものの、 マルチナさんの事を訝しむ視線がザクザク刺さる。
「―― リアは幼馴染です」
「…… 義兄上が義姉上と出会ったのは、 無体な事をを強いられた友人のために、 文句を言いに来たからだと聞いたんだが…… ソレがお前か? 」
良くご存じで。 村から強制連行されて帰って来ない私を心配して、 マルチナさんと殴りこみに来たんだよね……リア。 で、 そこにたまたま来てた陛下と会った訳ですが。
王都では存在を隠されてた私を見つけた手腕と、 「あんたが元凶?! 」 といきなり陛下平手打ちをかました事で、 陛下がリアに興味を持ったのが運命の出会い。
恋愛感情ってさ、 どこから産まれるか分かんないよね?
「察しが良くて助かります。 この所、 忙しかったんで―― まぁ…… 怒ってるみたいですね」
「生きて帰って来いよ」
求婚する陛下を撃退してたかつての辺境伯の一の姫は、 容赦ない事で知られている。
陛下からの求婚なんて、 普通の家のお嬢さんや姫君なら速攻で「喜んで」 って言う所なんだろうけどリア―― 最初は陛下の事嫌いだったからね。
「ソウデスネ」
無事に帰してはくれるだろう。 けど、 心が持つかは別問題だよね……。 私は青い空を見上げて溜息をついた。
と、 言う訳で午後の仕事はユーリに任せて王妃殿下のお部屋にお茶しに来ました。
扉の前を守っている衛士に訪問理由を告げて、 中に取り次いで貰う……。 リアの部屋に行くのは窓からか隠し通路からかしか行った事がないから、 正直少しだけ緊張した。
「妃殿下におかれましてはご機嫌麗しく―― お初にお目にかかります。 リゼッタ・エンフィールド―― お呼びと聞き、 ただ今まかり越しました」
騎士としての略礼とって軽く頭を下げると、 物柔らかい王妃殿下の声が響いた。
「堅苦しい礼は結構です。 頭を上げてくださるかしら…… エンフィールド副団長。 驚いたわ。 黒竜騎士団の副団長をなさってると言うからどんな方かと思っていたのだけど…… とても華奢な方なのね? 」
そのお言葉に顔を上げれば、 金の入った糖蜜色の髪に穏やかな琥珀色の瞳の王妃殿下が、 にこやかな笑顔で迎えてくださる。 目の奥笑ってないけどねー。
ピシリと固まりそうになる表情筋を総動員して、 ソツの無い笑顔を浮かべると、 私は答えた。
「若輩者ではありますが、 黒竜騎士団の副団長として務めさせて頂いています」
ニコニコにっこり。
「ふふ。 よく来てくれました。 ごめんなさいね? 急に呼びだしたりしてしまって―― 」
「いえ…… この度はお招きありがとうございます、 妃殿下」
ウフフと笑う妃殿下の後ろに、 爪を出した虎が見えるのは気の所為じゃ無いはず。
ちなみに妃殿下の横に侍るマルチナさんの後ろには大口を開けた大蛇が見えます。
部屋には他にも三人の侍女さんがいたんだけれど、 鈍いのか、 何なのかそんな王妃殿下とマルチナさんの怒気は彼女達には伝わらないらしい。 羨ましい。
「今話題の貴女をお招きできて嬉しいわ。 ―― あなたたち―― 後は、 マルチナが居てくれるから良いわ。 下がりなさい」
妃殿下が、 にこやかにそう仰ると侍女さん達がサッと礼を取る。
「はい。 失礼いたします。 妃殿下」
優雅にシズジズと退出していく彼女達をこれほど羨ましく思った事はないだろう―― 私もあの後について行ってこの部屋を後にしたいナ。
「―― さて。 行ったわね…… 本当ーーにお久しぶりね、 リゼッタさん? 」
ゴゴゴゴと音がしそうな気配をだして、 妃殿下がお怒りです。
マルチナさんがゆっくりとカップに紅茶を注ぐ。 たったそれだけの事なのに、 室温が下がったような不安感を覚えた。
「妃殿下に置かれましては、 ご機嫌麗しくなさそうでゴメンナサイ」
テーブルの上に突っ伏して謝る。 気分はドゲザだ。 なんなら五体を投げ出して赦しを乞うのもヤブサカでは無い。 そんなわたしに王妃殿下がのたまった。
「あらいやだ。 どうして私が怒ってるって? 」
「怒ってるじゃん! 顔が笑ってても目が笑ってなーいー! 」
こめかみに怒りの印が見えるよ? それからマルチナさんの気配がとぐろを巻いて私の精神を締めあげる――。 手だしされてないのに締めあげられてると感じるとか―― どんな高等技術。
「当たり前でしょ! このおバカ!! 馬鹿坊ちゃんの時だって心配してたのに連絡寄越さないわ、 念願かなって異動になったのだって陛下から聞いたのよ私! しかも何? あんたが村にいた頃や学院にいた頃より会えないのは理解してたけど、 ここまで会えないってなんなの? しかも、 何か危ない事に首突っ込んだんですって? 」
デシデシとテーブルを叩きながらリアが吠えた。 貯まってた鬱憤と心配してた気持ちとが、 怒涛のごとく投げつけられる。
「リア様―― 落ち着いて下さいませ。 お気持ちは分かりますけれど、 あまり大きな声を出されますと、 外に聞こえます」
助けの手―― かと思ったら、 外に聞こえないようにって言う注意でした。 そうですよね。 マルチナさんも怒ってますもんね。 冷ややかな視線、 有難うございます。 リゼッタの心は砕け散りそうです。
「リゼ様はアレです。 ちょっとうっかり半年程、 お顔を出すのをお忘れになっただけですよね? 」
「―― スミマセン」
返す言葉もありません。 卒業してから早半年―― 卒業したら、 もっと会えるよね! なんて笑って話してたあの頃の自分―― 殴っておきたい。 出来ない約束はするな。 忙しくて無理だから。
「スミマセンじゃないわよ! 心配してるのに連絡だってロクに寄越さないで! 陛下も陛下だわ! リゼが危ない目にあったって教えてくれなかったのよ―― もうもうもう! 絶対に許さないんだから」
どうやら、 情報の漏えい元は陛下じゃなかったらしい。 そっと、 視線を逸らすとマルチナさんと目が合った……。 満面の笑顔を返される。 あぁ―― マルチナさんが犯人ね。
マルチナさんの情報収集能力は―― 実は諜報専門の裏の人ですかと聞きたくなる位にヤバイ。 しかも、 たおやかな虫も殺せそうもない姿に反して、 武闘派侍女です。
私の手甲とか、 鉄板入ってる靴とか、 彼女に教えて貰いました。 暗器の師匠的な存在かも。
ちなみにリアも武闘派です。 弓の名手とだけ言っておこうか。
―― 二人とも怒らせたら怖いからなぁ。
この国には四つの特殊な浮島がある。 この国の周りを一定の周期で回る浮島だ。 かつてそこには国というシステムに迎合できない無法者達の住処だった。
その子孫が大氾濫を機に自分達だけで生きていくのに限界を感じ、 この国に恭順して四人の辺境伯が誕生する。
それから数百年、 二つの浮島の辺境伯が後を継ぐ者がいなくなり廃され、 現在は白百合騎士団を有するリアの故郷―― バルト辺境伯の所と青薔薇騎士団を有するマルス辺境伯の所だけが残っている。
陛下から結界の宝玉を渡されているため、 小さな浮島に結界は張られているけれど、 小さな村とちょっと大きなお屋敷に住む全ての人達が、 戦えるように育てられている。 辺境の浮島にとっては戦える人手は多いに越したことはないのだ。
「―― もしかして、 陛下と喧嘩してる? 」
「してるわよ。 ここ数日、 公務以外で口聞いてないわ」
私の問いかけに、 ツンと澄ましてして言うリアの答えに思わず頭を抱えた。
新婚早々不仲説とか、 流れてないだろうな? ただでさえ、 高位貴族の中には辺境伯の娘が王妃になると言う事に反対してた連中が居るのだ。 彼等に余計な餌を与えたくない。
「勘弁したげて! 陛下は悪くないんだから―― 貴族の嫌味なおっさん連中に餌はあげてないでしょうね? 」
私がそう言ってリアを睨んだのは、 結婚するに至るまでに陛下が苦労したことや、 リアが泣いてた事を知ってるからだ。
大昔よりかは良くなったらしいけど、 高位貴族の中には時代錯誤な貴族主義者がいるんだよね。
それで、 その人達からみると辺境伯って言うのは盗賊の子孫みたいな扱いなんだ…… 辺境伯は―― 純粋な貴族ではないって考え方をしてる訳ですよ。 それに、 自分の身内―― 特に娘が陛下に吊り合う年だったりした人達は、 陛下の花嫁にはウチの娘が相応しい! となった訳です。
幸い、 陛下が五領の領主である公爵達を味方につける事が出来たから結婚できた訳ですが。
それはともかくとして、 今リアと陛下の不仲説が噂になったりするのは非常にマズイ。 嫌味なおっさん連中が嬉々としてリアと陛下を離婚させようとしたり、 自分の娘を側妃にと売り込みに来かねないからだ。
「私がそんなヘマするとでも? 分かってるわよ…… 陛下にだって言えない事があるなんて事―― はっきり言って八つ当たりだもの。 と言うかリゼに対する当てつけね」
八つ当たりで夫婦喧嘩しないで貰いたい。 しかも私に対する当てつけが理由とか本気で勘弁願いたいんだけど。 陛下が苦笑する様子が目に浮かぶ。
「陛下に対する罪悪感が半端ないんですけど、 リア」
「それが目的だもの。 沢山反省するがいいわ」
私のげんなりした様子に、 リアが爽やかな笑みを浮かべながらそう言いきった。
遠慮とか一切ないな―― 巻き込まれた陛下が本気で可哀想だ。 きっと、 人がいる所では表面上仲睦まじく演じられ、 二人だけの時には完全無視とかされたんだろうな。
「反省してる。 反省してるよ―― だから、 二人で睨むのヤメテ」
陛下の新婚生活もかかってる事だし、 ここはもうひたすら謝るしかない。 二人のチクチク刺さるような視線に身を晒して泣きたい気持ちになりながらそう訴えた。
「―― 本当に心配したのよ…… 」
ポツリとリアがそう呟く。 私がまだ幼くて祖父と森を散策してた頃…… 翼を痛めた飛竜とそれに乗って家出してきてたリアを助けて友達になった。 私が村にいた頃は、 良く飛竜に乗って抜け出してきたりアと遊んだものだ。
それからの長い付き合いの中で、 私が騎士になる事を決めてからまともに会えなくなって、 ついには危険な事に首を突っ込んだらしいと情報だけ入ってきたら―― それは心配するだろう。 だって逆の立場なら私も心配するからね。
「そうですわね。 正直言って心配致しました」
マルチナさんに寂しそうな顔でそう言われると、 更に申し訳ない気持ちが倍増する。
家出騒動の後、 何度も何度も私の所に家を抜け出して遊びに来るようになったリアの護衛役として来るようになったのがマルチナさんだ。 若いながらも強くて優秀な彼女は私にとって「お姉ちゃん」 みたいな存在だ。
何度叱ってもリアが抜け出して私に会いに行くから、 とバルト辺境伯が泣く泣く付けたらしい。 そう言えば、 バルト辺境伯に初めて会った時は、 私の事を完全に男の子だと思ってて恫喝された記憶がある。
リアの家に招待されて熊みたいな傷跡だらけの大男に、 「おう坊主―― うちの可愛いリアちゃんに近付くとはいい度胸だなぁ」 と詰め寄られた時には逃げたくなった。 男の子じゃないって信じて貰えて本気で良かったと思うけど。
「ごめんなさい…… これからはなるべく心配かけないようにするから」
平身低頭―― 心を込めて謝ったら、 ようやくリアとマルチナさんの怒りの気配が和らいだ。
その事にホッと息を吐く。 一応、 許して貰えたらしい。 これからは、 ちゃんと連絡が取れて会いに来られるように頑張ろう。
「まったく。 学院にいた時より会えなくなるなんて、 思って無かったわよ。 まぁ。 それだけ仕事が忙しかったんだから、 リゼが頑張ってたって事だとは―― 思うんだケド」
拗ねたようにリアが言えば、 学院時代を思い出す。 毎回ではないけれど休日になると、 王都で嫁入り修行中のリアの息抜きのために抜け出してお茶したり、 可愛い小物が置いてある店を散策したりしたものだ。 そう考えれば、 学院にいた時の方が会えてたよね。
「まぁ、 学院時代とは違って仕事だとそれなりに責任もあるからね―― 馬鹿坊の時には嫌がらせで休みを貰えなかったって言うのもあるけど」
黄雛騎士団にいた時は、 忙しいと言うより嫌がらせされて休みがなかったからね。 あの馬鹿坊っちゃん―― さぁ、 明日はお休みですねって事になると近日中に上げなきゃいけない報告書とかをシレっと出す訳ですよ。 それから、 各騎士団の報告書を纏める仕事とかもあったんだけど、 それを大量に隠しておいて出すとかね。
しかも、 執務室の机の鍵付きの引き出しに入れてる訳だ。 存在は認識出来ても、 勝手に開ける訳にはいかないしね。 それを、 ニヤニヤ笑いながら出す訳だ。 最終的には馬鹿坊の印が必要になるからあの馬鹿も勤務するはめになってた訳ですが。 自分の休日を潰してまで私に嫌がらせをしたかったんだろうか……。
「―― 何ですって? 」
緩んだ空気がピシリと音を立てた。 リアとマルチナさんの笑顔が引きつる。
「あぁ…… いざ休みってなると隠してた仕事を出して来るって言うか…… 」
―― 余計な事言わなければヨカッタ……。 二人の笑顔が怖い。
「―― 死ねばいいのに」
「ちょっとリアさん、 物騒なこと呟かないで―― 」
ボソッとしたリアの呟きに、 マルチナさんも同意する。 ヤメテあげて欲しい。 間違いなくこの二人にはソレをできる力があるからね―― 洒落にならない。 馬鹿坊の事は嫌いだけど、 死んで欲しい訳で
もないし。
「まぁ、 いいわ。 無事に異動できたようだし良しとしましょ。 で、 初恋の王子様はどうなの? 」
ワクワクした顔で聞いて来るリアにゲンナリした顔をしてしまうのは、 かつて騎士団に入る為に学院に行くと告げた時―― どうせ調べられたら隠せないしとある程度の経緯を話した事がある。 リアは何故かユーリの事を「それは恋ね! 」 と断じて譲らなかった。
「―― 何度も言ってるけど、 別に初恋とかじゃないから」
何度も繰り返し言われれば、 いい加減―― 面倒だなって思うのは許されると思う。
リアは自分以外の人間の恋のハナシが大好きで、 私から言わせて貰えるのなら何でも恋に結びつけたがるところがある訳ですよ。
「―― あんたって、 他人でも自分でも恋愛話になると阿呆みたいに鈍感よね? 何でかしら」
リアが、 私の事を残念そうに見た。 その視線の中にワザとらしい憐みを感じて、 思わず溜息をつく。 そんなに鈍感なつもりもないんだけどね。 ロービィの時も気付いたし。 それに――
「そう? リアと陛下の時は気付いたよ? 」
二人が出会った瞬間に、 今までにない程の直感でこの二人は結婚するんだろうなぁと感じた気持ちを思い出す。 陛下は「面白い娘」 って捕らえ方だったし、 リアは「何コイツ嫌いっ」 って感じだったのが、 いつの間にかお互い意識し合って、 けれど最初の印象故に拗れて―― 両想いになるまでが長かった。
恋愛ってこんなに大変なのか…… 自分には縁がないなぁと思ったり。 前にそう話したら怒られたけど。
頭で考えてるウチは恋なんかじゃないって言われた。 制御できない気持ちが恋だそうです。
まぁ、 それはリアの持論であってマルチナさんは情熱的じゃなくても静かに燃えるような想いもありますよ…… と言ってたけど。
「言い直すわ。 自分に向けられた好意と、 自分の気持ちに鈍感、 ね」
リアにそう言いきられて閉口する。 何気に酷い言われような気がするんだけど。 自分の気持ちに位、 自覚はある…… ハズ。 でも最近…… というか酔っ払って色々やらかした辺りから心臓がおかしな具合にコトコトと動く事が増えた―― いや、 イヤイヤイヤ。 やっぱり気の所為だと思う―― ユーリにドキドキするような気がするとか。
「まぁ、 いらっしゃいますよね? そう言う方も。 けれど好意を理解して、 あざとく立ち回る方よりかは好感が持てるかと」
笑顔で辛辣な事をマルチナさんがおっしゃる。
私も男性に対してと女性に対しての対応が変わる人とか、 あまり仲良くは出来ないですが。
「確かにねぇ。 私達とは相容れない人種だからね―― 騙されてる殿方を見ると憐れになるわ」
リアの言葉に蝶よ花よと讃えられ、 にこやかな微笑みだけで宝石やドレスのプレゼントを得て行く女性の姿が目に浮かんだ。 下心の海を華麗にさばいてのけるその手腕は恐れ入る。
そう言う人達が凄いのは自分の身を与えず、 つまりはいずれ誰かの妻になる為の価値は落とさずにいる事だ。 下心には見返りが求められるからね。
そういった恋の鞘当自体は社交界では良く見られる事ではあるけれど、 リアやマルチナさんの言ってるタイプは、 男性を牽制するのに男性に競争させるタイプの女性だろう。 自分はか弱い振りや、 無知な振りをしてその実―― 多くの男性達を笑いながら手玉に取ってるタイプ。
「騙されてると―― 言えばですが…… リゼ様の所のセティル様―― レラン伯爵家の侍女にお困りとか。 …… もし、 機会がありましたら、 前に来ていた侍女はともかく、 今来ている侍女は信用できるとお伝え下さい。 後悔したくなければ話を聞いた方が宜しいかと」
ふ―― と思い出したようにマルチナさんにそう言われて私は首を傾げた。
そう言えば、 ルドさん―― 前に何処かの侍女と言い争ってたよな…… その件だろうか。 というか、 騙されてるって言葉で思い出される情報なのマルチナさん? 不穏な気配しかしないんですが。
「何で私に? 」
基本的に私から個人のもめ事には、 積極的に介入する気はないのでそう問い返す。 ヤバイ状況になりそうなら別だけどね。
「リゼ様の事ですから、 巻き込まれるかと」
うん? 巻き込まれるのが前提なんだ?? そんなにマズイ状況になりそうなんだろうか。
「内容は聞いといた方がいいの? 」
わざわざマルチナさんが警告してきたのだからと、 少し気を引き締めて聞き返す。
ルドさんだっていい大人なんだから、 普通なら対処できるハズだ。 それなのにこんな警告をくれたのだから普通じゃない状態になりそうなのか、 ルドさん一人の手に余る自体になりそうなのか……。
「当人から聞かれるのが宜しいかと」
「ふぅん。 分かった―― 頭の片隅に置いておくね」
マルチナさんのその様子じゃあ、 急にどうこうなる事はなさそうだと判断して私は頷いた。
機会があれば、 と言うのだからルドさんにいきなり話すのじゃなくて、 タイミングを見て話すのが良いのかもしれない。 ルドさん、 自分の事はあまり言いたがる方じゃないしね。
「そう言えば、 そろそろ騎竜をどうにかするつもりなのでしょ? 」
カップをソーサーの上に置きながらリアがそう聞いてきた。 まだユーリとしか話してないんだけど、 どこからその情報を持ってきたのか……。 推理的な物なのか実は勘なのかもしれないけれど、 恐れ入る。
「流石はリア。 良くご存じで。 ユーリとも話したんだけど危険種がみられない近郊の巡回業務は団員連れてっても良いかってなってね―― 」
酔っ払ってやらかした次の日に、 城の隠し通路からユーリと街に出た。 何でか通用門をユーリが通りたがらなかったんだよね。 今日は門衛の人達に会いたくないってなんでだろ。
最初は街で食べ歩きしてたんだけど、 何と言うか―― 行く先々で、 恋人同士的な扱いを受けて気づまりになったもんで、 ついつい仕事の話をした訳ですよ。
皆であのキメラと戦った時、 見えない信頼関係のようなものが感じられた事。 外回りの巡回に対してユーリが危惧してる事は理解できるけど、 その他大勢の貴族や国民にしてみれば黒竜騎士団はまだまだ認めて貰える位置に来ていない事。 その事が団員に与えるであろう影響とかね。
『ユーリは団員が悪く言われる事が良いと思いますか』
『…… 』
広場の噴水の前のベンチに座りながらした私の問いかけに、 暫くユーリは無言を貫いた。
団員と距離を置いていた頃とは違うからこそ、 即答が出来ないのだと思う。
親しくなれば親しくなる程―― きっとユーリは黒竜騎士団の団員が悪く言われる事に心を痛めるだろうから。
『危険種がいる所は俺だけで行く―― 』
渋々と言った様子でユーリが重たい口を開いた。
本当は危険種がいる所こそ、 ユーリ一人で行って欲しくは無いんだけど……。 ユーリは結界を張れる事を過信しすぎてるんじゃなかろうか……。 けれど、 取りつく島もなかった最初の頃を考えれば物凄く譲歩してくれたのは理解できたので黙っておいた。
『なら、 それ以外の所は? 』
念を押すようにそう聞き返せば、 気乗りしない気持ちは隠そうとせずにユーリが答える。
『全員で行けばいいんだろう? はぁ。 騎竜がいるな』
外回りの巡回は騎竜がいなけりゃ始まらないからね。 とは言え、 正規ルートは時間がかかる。
一般に販売されている調教された飛竜もいるけれど、 大人しい気質の子が多い。
騎士団等戦闘職に就いてる者たち向けの騎竜になる飛竜は神経が太くて、 敵を前にして逃げずに向かって行こうとするような子が望まれる。 そういう気質の子は牧場とかで長く抑えておけないので、 注文が入ってから捕獲に行くのだ。
ゲーティアの調教師達にお願いすると徹底的に躾けてくれるけど、 時間とお金がかかるんだよね。 だったら――
『ありがとうございます! ―― 今は予算も少ないですし野良飛竜を捕まえに行きますか』
気持ち的には抱きつきたい位だったけど…… 往来でそれは、 はばかられたのでユーリの手を両手で手を握って上下する。
牧場で飛竜を借りて、 野良っていうか野生の飛竜を自分たちで捕獲して、 テイムした方が早いだろう。
まぁ、 ちょっと危険はあるかもしれないけど、 飛竜は自分より格上だと認めた主には絶対服従する生き物だ。 幸いウチの団員は腰抜けはいないと思うので、 野生の飛竜を自分で捕獲してテイムするのを拒否する事は無いと思うんだよね。
『まぁ、 それが妥当な所か』
私のやる気に苦笑して、 ユーリがそう呟いた。
離した手をそのまま上げて私の髪を撫でる―― 朝起きてから、 ユーリのそう言った接触が増えた気がする。 失態を見せたせいか、 子供扱いされてる気がして落ち着かないんだけど。
固まった私の手を取って、 ユーリは立ちあがった。 何か飲みたくないか? そう言って私の手を握ったまま人ごみを進んで――
「―― 何? 」
私の顔をじっと見つめるリアに思わずそう聞き返した。 ニヤニヤを通り越して、 ニヨニヨとした不可思議な笑みを浮かべると、 私の頬を突きながら口を開く。
「『ユーリ』 ねぇ…… リゼ? あなた学院に入ってからは私達に義弟の事を話す時は『オウテイデンカ』 って言ってたのに。 どういう風の吹きまわし? 」
訳知り顔にそう言われて、 ユーリと呼ぶことになった時の事を思い出して何故だか顔が熱くなった。
恥ずかしい気持ちの方が先行して、 思わず立ちあがれば椅子がガタリと音を立てる。
「っ―― どうだっていいだろ」
我ながら、 動揺しすぎだと思う。 もしかして、 リアもマルチナさんもあの時の事を知ってるとか?
そう思うと自分でも笑えるくらいに落ち付かない気分になった。
「あら、 口調が幼い頃に戻っていてよ? リゼッタさん」
うふふん、 と何故か得意げにリアが笑うので、 知られてるとしか思えない。
青くなったり赤くなったりしている私を見ながら、 マルチナさんが「初々しくていいですわね」 とそう言ってから満面の笑みを浮かべた。
逃げたい。
心底から逃げたい。 リアの事だから、 質問攻めにされるんじゃないかと恐怖を抱いた時だった。
外からノックの音が響き、 侍女さんの「陛下がお越しになられました」 との声がかかったのは。
リアが、 しょうがないわねという顔をしてマルチナさんに合図する。 まさしく天の助け!
「リゼッタか―― できれば、 妻にそろそろ許して欲しいと口添え願いたいんだが」
入ってきた陛下が、 私に気が付きそう口を開いた。
若干やつれて見えるのは、 この所の公務が忙しかったからなだけでは無いと思う。
疲れた時には甲斐甲斐しくお世話してくれてた新妻に、 無視されてたのが響いてるよねコレ。
―― 陛下に不調が出る前に何としても仲直りして貰わねばなるまい。
ま、 リアの事だから陛下が体調を崩すまでやらないと思うけど。 さしずめ、 今日私がお茶会に呼ばれたのも陛下との仲直りの落とし所として丁度よかったって言うのもあったんだろうな。
「ハイ。 申し訳ありません陛下―― と言う訳で、 許してあげて。 頼むから」
申し訳なさそうにお願いすれば、 ワザとらしい溜息をつきながらもリアが頷く。
マルチナさんが、 クスクスと後ろで笑う声が聞こえた。
「いいですわ。 しょうがないから許して差し上げます。 お話出来ない事があるのは知ってますけど、 ヘーカ。 今度からヒントくらいは下さいね? 」
少し拗ねたようなリアの言い方で、 マルチナさんが笑った意味を理解する。
どうやら、 リアは自分で陛下の事を無視して怒ってたくせして、 素直に許したって言えない状態になってたらしい。
陛下にもう怒ってないって言えなくて、 ヤキモキしてたんだろうなぁ。 基本的にリアって寂しがり屋だし。 マルチナさんと目を見合わせて思わず噴き出したら、 リアに思いっきり睨まれた。
「それって、 ヒントをあげたら調べるって事だよね? 」
「えぇ。 全てを知る事は出来なくても、 ある程度の事は―― ね? 」
少し困ったように苦笑した陛下に、 花が綻ぶような笑みを見せながらリアが囁く。
内緒にしとくより、 セト様に誓約させた方が良い気がするのは何故だろう。
だってさリアとマルチナさんが本気になったら結構良い所まで調べる気がするんだよね。 この二人の事だから、 下手は踏まないと思うけど……
「浮気は出来ないね」
やれやれと言った顔で心にもない事を口にする陛下に、 リアが不敵な笑みを浮かべる。
目が本気だ。 冗談でも言われるのが嫌らしい。 新妻の可愛い(?) 悋気に陛下がこれまた嬉しそうに蕩けるような笑みを浮かべた。
何だろう―― 居た堪れない。 できれば、 二人だけの時にして欲しいものだ。 ハートどころか空気がピンク色に染まった気がする。
「そうですわよ? そんな事したらどうなるか―― 」
リアが、 キスしそうなほどに陛下に顔を近付けて下から睨みつけてそう言った。
その腰に手をまわして、 デレッデレの陛下が目を細める。 困ってマルチナさんを見れば、 彼女は空気に徹していた……。 私の視線に気が付き、 二コリと笑うと口パクで『調度品になりきって下さいませ』 と言われた。 えー…… っと―― ハードルが高いのでもう帰ってもイイデスカ?
「―― 君以外に興味はないよ」
まぁ、 無事仲直り出来た訳ですし…… 多少の事はしょうがないと思うよ。 けどさ―― 軽めのリップ音が室内に響く―― 陛下がリアのオデコにキスした音だ。
結婚したら―― ううん、 恋愛したらみんなこんな風になるんだろうか―― だとしたら私は一生恋愛とか無理な気が……。
「知ってます。 じゃ無ければ結婚しませんわ」
リアが囁きながら、 陛下の頬に手を当てる。
駄目だ。 もう無理。 限界です。 私は調度品にはなれないらしい。
今にもキスしそうな二人を冷静に見る事ができない。 そうだ。 お暇しよう。 そうしよう。
「ごちそうさまです。 アツアツでなにより―― そろそろお暇してもイイデスカ」
がばっと立ちあがって自己申告する。 親しい人間のラブラブイチャイチャしてる様子は私にはまだキツイようです。
キョトンとした顔のリアが、 我に返るとガバっと離れた。 どうやら完璧に二人の世界に入っていて、 私やマルチナさんがいる事を忘れてたらしい。 あぁ、 でもこれ陛下は分かっててやってたんだよね―― 多分。 真っ赤になって口をパクパクさせてるリアを楽しそうに見てるもの。
「リゼ様…… お気持ちは分かりますけど、 そう言う時はコッソリ出ても良いんですよ? 」
マルチナさんに残念そうに言われて、 頭を抱えたくなった。
そうだよね? こっそり部屋を出たら良かったよね?? リアと私の間に気まずい空気が流れる。
もし、 次があれば全力で逃げよう…… そう思った午後のお茶会――
更新が大変遅くなって済みません(泣) 私事ですが少々バタバタしています。
少し落ち着いたので、 更新しに来れました。 今回ほど開かないとは思いますが、 しばらく投稿するのが遅れるかもしれません…… 気長にお付き合い頂ければ嬉しいです。




