幕間 未来に繋ぐ思い
エイス団長視点の話です――
『嘘つきめ』
ラディがぼそっと呟く。 そうは言ってもなぁ…… おそらくリゼッタは気付いていた。 けれど、 自分達がいれば邪魔になると思って戻ったんだ。 傷にならなければいいが―― ユーリの事も心配だが、 リゼッタの事も気にかかる。 たった数日の事なのに我ながら入れ込んだものだ。
『否定しなかったから、 お前も同罪』
俺がそうラディに言えば、 そっと目を逸らされた。 自覚があるようで結構だ。
『まぁ、 あぁでも言わないと』
『残るって言いそうだもんな』
二人でそう言い合って、 苦笑する。 怒れる古代竜の精神体が、 ガチガチと牙を鳴らす。
やぁ、 マジでラディが来てくれて助かったわ。 俺だけだと数分も持たないぜ、 これ。 つくづく双子の共鳴作用に感謝する。
『リュケイオスの娘だな? 』
緊張感のある現実をモノともせずに、 そう言ってラディは俺に念を押した。
『ご名答』
『あれだけ似てれば、 流石に分かる―― 元気なのか? 』
答えてやれば、 ホッと息を吐く。 学院を卒業して、 騎士団に所属する前にちょっとその辺一周して来ると言って、 野営の装備で旅立った親友――。
相棒の騎竜だけが王都に帰って来た時に多くの者がリュケイオスが死んだと言った。
何故なら、 帰って来た騎竜は、 血まみれで瀕死の状態。 あの馬鹿が乗ってた所にも血がベッタリとついていたから――。
それを否定したのがリュケイオスの双子の弟―― サイファスだ。 『あの馬鹿が死ねば、 俺には分かります』 サイファスがそう言ったから…… クラレス家は長く、 リュケイオスの行方を捜した。 俺達も、 リュケイオスが生きてると信じられた。
双子だもんよ。 俺にだって分かる。 ラディがこうして来てくれたように。
『記憶は無くなってるらしいし、 怪我の後遺症もあるみたいだけど―― 幸せなんじゃないかい? 』
あいつが一周して来ると言ってたのは、 ゲーティアとウィントスの辺りだったはずなのに、 ドコをどうしてアースゲイドで記憶喪失になってんだか…… そら、 クラレスがゲーティアとウィントスを探しても出て来ないよなぁ……。 帰れたら、 サイファスに教えてやるのを楽しみにしてたんだが、 残念だ。
けどどうせ、 事の確認のためにサイファスが来るだろうから、 リゼッタ見れば分かるだろ。
成長すれば男と女で違いもあるし、 顔とか変わるだろうからどうなるか分からないけれど、 リゼッタの顔は子供の頃のリュケイオスに良く似てる。
『記憶が―― アイツ、 昔から良く物を失くす奴だったが…… まさか記憶もとはな。 笑えない冗談だ。 だが、 最後に親友の娘に会えたのは悪くない』
呆れた顔でラディが言う。 そうだよなぁ…… あいつ、 剣とか普通に鍛錬場に忘れて来てて、 教官に怒られてたんだよな。 似たような顔のサイファスはキッチリしててそんな事なかったけどな。
あっちの双子も同じ顔なのに、 真顔にならないと双子って思われないのは性格が違い過ぎるからなんだろうなぁと思う。 サイファスが氷の貴公子ならリュケイオスは陽光の貴公子と女の子に呼ばれてた。
片や、 常に仏頂面で能面みたいな顔―― もう片や常にニコニコしてて優しい紳士。
ちなみに俺は笑える王子担当だった。 賢い王子担当はラディね。
『―― こんな所に来てなかったら義娘になったのに』
内緒にしておくのも可哀想なので、 爆弾を一つ落とす。 案の定、 ラディがガバっと目を見開き、 俺に詰め寄った。
『何―― だと? おい―― どう言う事だ』
『障害は多いだろうけどね―― あの娘がユーリの片翼だ』
俺の作ったお守りは効果てき面―― 特に、 俺が渡したいと思って渡した二人が結婚するのは高確率だ。
なんでって? 俺には人の縁が見えるから。 ズルイって思うか? けど、 俺が御守りを渡した事が切っ掛けで付き合い始めたりするんだから、 ちゃんと役に立ってるぜ。
と言う訳で、 俺は運命の赤い糸とやらが見える。 ちなみにユーリとリゼッタのは糸じゃなくて鎖みたいに太くて頑丈なヤツな?
切っても切れないんだろうなって感じの赤い糸で雁字搦めになってる。
『―― よりにもよってゲーティアのツギノヒメか…… 議会は許すまい』
ラディが目に見えて落ち込んだ。 その議会が紛糾する時、 俺達はそこには居ないからだ。
俺達はユーリとリゼッタを助けてやることができない。
『俺の時も駄目だったしなぁ』
俺は、 生涯ただ一人の恋人であった彼女を想い出して苦笑した。
フィオは―― 俺が死んだと知ったら少しくらいは悲しんでくれるだろうか―― 今は人の妻になったその人を思い浮かべて苦笑する。
ラディは心の中では応援しててくれたけれど、 国王である以上、 私情は挟めない。 議会の決定を覆す事は出来ずに、 俺はフィオと別れた。
『済まないな―― 出来れば添い遂げさせてやりたかったんだが…… 』
『無理ないさ。 アイツは領主にならなきゃいけなかった。 んな事言ったら、 ラディ―― お前だってそうだろ? 』
申し訳なさそうに、 ラディが言うのを遮って俺はそう話した。 何とかしようと奔走してくれてたって俺は知ってる。
王族の数が少ないために…… 結界の血は外に出せない―― 議会から許可が出る訳も無く、 次代領主の証が彼女に現われた以上、 添い遂げる事も彼女が結婚する事も止められなかった。 何故なら、 彼女もまた血を残さねばならなかったからだ。
ラディだって領主の証が現われちまったジザベラと別れたんだ。 同じだろ?
『それでも、 俺にはユリアスがいる』
まぁ、 ジザベラとは結婚寸前だったしなぁ…… よりにもよってあの死ぬとか無縁の頑丈そうなジザベラの兄貴が、 突然死ぬとか誰も思わなかったし…… 確か、 部屋で転んだんだったか? んで、 ピンピンしてたんだけど、 夜に急変したんだよな――。
葬式前にジザベラが兄貴の死体に文句を言いまくってたのを想い出す。 『お兄さまのバカバカ! なんで私より先に死ぬとか!! せめて、 子供を作ってから死になさいよもう!! お兄さまのばかぁ! 』 兄が死んだ悲しみと、 怒りがグチャグチャになった酷い状態だった。 今思えば妊娠初期で不安定だったのもあったんだろう。 ラディがその傍に寄りそって、 背中を撫でてあやしてたんだよな。
俺はそれを見て、 そっとドアを閉めたっけ。
『ウチはあれかね? そう言う厄介なのに惹かれる性質かね? 』
『せめてアリウスがそうじゃ無い事を祈ろう―― 』
俺の言葉にラディが呟く。 そうだねぇ。 これ以上心配事が増えると、 俺達安らかに円環に行けないもんね。 どうしよう気になり過ぎて自縛霊とかになったら…… ユーリ達に会わせる顔がない。
『厄介な所の家で、 年齢的に釣り合うのがいないから大丈夫じゃないか? ―― 制約のない嫁さんを貰えるといいな。 ユーリも、 リゼッタを嫁さんにできるといいんだけどねぇ』
指折り数えて確認すれば、 アスに釣り合う年齢で領主の直系の子女はいなかったと思う。 隠し子でもいりゃあ別だけどな。
『そもそも、 あの二人に恋愛感情があるのか? 』
ラディの言葉に苦笑した。 最初は嫌いだなんだって言ってたのに、 リゼッタは何だかんだでユーリに一番懐いてる。 ユーリはユーリで、 何が気に入ったのか最初っから「弟」 みたいに感じてるようだけれど……
『無意識下で意識し合ってるよ。 ただ、 二人ともお子ちゃますぎて…… 』
ユーリは、 本能的な部分では、 リゼッタが少年じゃ無い事に気がついてるはずだ。 ただ、 リゼッタにも言ったように…… 自分に都合が悪いから見ようとしてないだけだ。 いつまでそれが続くかな?
リゼッタがユーリに白状するのが先か、 ユーリが気付くのが先かは分からないけどなぁ。
きっとユーリは戸惑うだろう。 その時に恋心の一つでも自覚してくれりゃ言う事ないんだが。
『あぁ…… だからさっき頼んだのか? ユリアスの事』
流石は双子の兄。 分かってらっしゃる。
『そ。 せめて縁が続くようにしとかんと…… ユーリも一生独身になりかねないし』
あぁ言っとけば、 少なくともリゼッタはユーリに関わろうとするだろう。
そうすれば、 いつかはどうにかなるかもしれない。
『セトか』
『覚えてるだろ? ユーリが産まれた時―― 顔を見に来たセトが…… 』
ラディの呟きに俺は問い返した。
忘れもしないユーリが誕生した日。 俺と、 ラディとアスがそりゃもうデレデレと揺りかごを覗きこんでいると、 ふわりとセトがやってきた。 『へぇ。 産まれたんだ』 そう言ってユーリの顔を見て―― 無言になった後、 破顔して今まで見た事も無いような笑顔を浮かべた。
『忘れるはずないだろう―― 『唯一無二の片翼とでなければ結ばれない、 呪いみたいなモノがついてるね』 …… 笑顔で嬉しそうに言い切ったからな。 産まれたばかりの俺の子に! 』
おぅ、 兄ちゃん根に持ってるね。 実際は呪いじゃないんだけどね! けれど、 あの鎖みたいな太い糸を見れば呪だって言いたくなるの分かるわ。 あれって他の人間が入る余地ないもん。 割って入ろうとしたら、 それこそ呪われるんじゃないか?
『あの時の、 ラディの途方にくれた顔―― 』
『エイス―― お前だって何とも言えない顔をしてたぞ』
あの時、 意味とか良く分かってなさそうだった、 アスだけがニコニコしながらユーリの頬っぺたを突いてたっけ。
俺と、 ラディは情けない顔をしてたよな。 セトの言い方も悪かったしなぁ。
あの後、 誤解が解けるまで―― 呪いじゃなくて、 ユーリの前世が望んだことだって分かるまで、 ラディは解呪の方法を探しまわった訳だから、 セトに文句を言うのは当然だろう。
『セトとお前がそう言うなら、 あの娘はそうなんだろうさ。 ユリアスの前世は、 どうにも独占欲が強かったらしい』
溜息をついてそう言って―― でもラディの眼差しは怖ろしい程に優しい。 大切だからだ。 ユーリの事が。
そのユーリの執着は俺には怖ろしい物であり、 羨ましいものでもあった。 俺も誰にも渡したくないと言えれば違っただろうか。
フィオをあれ以上苦しめたく無くて、 手を離した―― けれどそれはただ、 逃げただけじゃなかったか。
『どうにかなるさ。 セトが、 どうにかしないはず無いし』
セトにはセトであの二人に執着する理由があるのだから、 議会が反対しても、 どうにか丸めこむような事くらいならするかもしれない。
『不安だ―― やっぱり戻ってもいいか? 』
急に、 ラディがそんな事を真顔で言った。 現状を把握して欲しいんだけど、 お兄ちゃん……。
俺達の目の前に怒り狂った竜がいらっしゃるよね? 結界もこのままだと平行線で決着もつかないし、 そろそろ腹を括らないといけない状況だよね?? なのに今―― 本気で戻ろうかと思ったよね?!
『この状況でソレを言う? ちょっとお兄ちゃん無責任過ぎ』
『言っただけだ阿呆―― しかし、 これはどうにもならんな』
俺が、 泣きたい気持ちで叫ぶと、 ラディが不貞腐れた顔で呟いた。 嘘つきめ。 本気で言ってたくせに。 けど、 ラディは絶対に戻らないと分かっていたので、 それ以上責めたりはしなかった。
父親のラディは、 息子達に激甘だけど、 国王陛下であるラディは国と民を愛してる。
ドラゴンをこのまま放りだしたら、 次は誰が犠牲になるか分かったもんじゃない。
『リゼッタとの約束を破るのは心苦しいけど、 ま…… しょうがないでしょ』
俺は嘆息しながらそう言って笑った。 円環に還るのはどうやら大分先になりそうだ。 リゼッタが知れば無茶苦茶怒るだろう。 それともユーリの事を考えて泣くかな? ユーリは…… 許しちゃくれないだろうなぁ…… 俺だけでも怒るだろうけど、 ラディもいるし……。 まぁ、 リゼッタも確証がない事は言わないだろう。
『しょうがない、 行くか。 最後まで付き合え弟―― 』
『了解―― 兄ちゃん』
ラディが楽しそうにそう言って、 俺はそう返事をする。
今、 俺達に出来る事…… それは竜に同化して結界を張り、 竜を眠りにつかせる事だ。 正直言って先の見えない愚か過ぎる選択だと思う。 俺達が個をどれだけ保っていられるか分からない。
けどさ…… ユーリやリゼッタの為なら、 やってやろうじゃないかと思う事ができる。
俺達の力が弱くなっった時―― 結界は解けるだろう。 けれど、 その時はユーリが、 リゼッタがこの竜を倒せるくらいに強くなっててくれると信じている。 それまでの時間稼ぎをしようじゃないか。
『―― 人の身であれども、 宿る魂がそうなら、 ユリアスはきっとこのドラゴンを倒すだろう―― 』
セトが言ったように、 ユリアスの魂がヴェルムの御子であるのなら、 きっとこの狂いしドラゴンを倒す事が叶うだろう。 何だって魔族じゃなしに人の子として産まれたのかは分からないけれど。
『知ってる? それって親バカって言うんだぜ? 』
からかうようにそう言いながら、 俺達は口の中に飛び込んだ。
怒れるドラゴンの口の中に飛び込むのは、 正直あまり気持ちの良いものじゃあないけどな。
負の感情が魂を蝕もうとするのを、 ラディと手を合わせて弾き飛ばす。 手なんか合わせるのなんて子供の時以来だ。 すっげえ、 間抜けな気分だけれど、 力を循環させるにはこれしか手がない。
『―― お前だって叔父バカだろうに』
『ははっ! 違いない。 俺達の可愛いユーリなら、 俺達よりもっと強くなれる』
苦笑したラディに指摘されて俺も笑い声を上げた。 漆黒の闇の中、 俺は俺達と言う個を守るための結界を、 ラディはイティスの浮島ごと結界を張ってドラゴンを押さえつける。
双子の共鳴作用があるからこそ、 できる芸当だ。 力を最小限で増幅し合う。 守ってみせる―― 俺達の大切な者たちを。 その想いだけを頼りに、 俺達の戦いは始まった――。
これにて、 過去編は取りあえず終了――。 リゼと、 サイファス叔父さんが初めてあう所はもっと話が進んだら書きたいと思います。
と言う事で、 イティスの浮島が消えたのはエイス団長と、 ラディ陛下の結界のせいでした。
次回から一応本編。 リゼの親友であり、 王妃であるリアからついに呼びだしが。
『不注意で世界が消失したので異世界で生きる事になりました。 』 もこの後、 更新します。




