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廃棄世界に祝福を。  作者: 蒼月 かなた
39/69

幕間 遠き落日 リゼッタ・エンフィールド 後編 ※流血あり※

何とか…… 後編で収めました。 こちらも長めです(汗)

 次の日は、 特に事件もなくロックドラゴンの繁殖地についた。

岩山みたくゴツゴツした灰色の身体に、 色とりどりの結晶の花が咲く。  

 発情期は雄雌共に気性が荒くなってるので、 眠らせる必要がある。 なので家から持ってきた、 沈静効果のある香木の白蓮の木の皮に、 煙が良く出るケムの木の枝―― 道中に採取してきた眠り草―― それらを混ぜて煙玉を作った。 

 ロックドラゴンは盆地にいるので、 風の流れを見て煙玉に火をつけて煙を出した後、 盆地に煙が充満するようにした。 数分で―― 足をつくロックドラゴン。 眠ってから十分もすれば煙が晴れて目が覚めるはずだ。

 

 「さて、 コレ噛んでってね」


 腰に下げた袋から、 乾燥させた葉っぱを出す。 それを配ってやりながら笑顔で僕はそう言った。


 「何ですこれ」


 セイが葉っぱをひっくり返してそう言った。


 「目が覚めるヤツだよ。 『マジドの葉は死人も起きる』 って知らない? 」


 「ぐぁっ!!! なんじゃこりゃあ」


 僕が効果を話す前に、 口に入れて噛んでたアイズが声を上げた。 声を押さえた事は褒めてやろう。 叫んでたら殴ってた。 余計な物音は、 他の動物を寄せる事があるからだ。

 あの煙の中で行動するにはコレを噛むのが一番だと説明する。 噛むっていっても、 アイズみたいにガブガブする必要はまったくない。

 今にものた打ち回りそうなアイズの反応を見て、 皆それぞれ恐るおそると言うように葉っぱを口に入れた。 


 「…… 苦いを通り越して舌が痺れてるんですが…… これって正常なんですか」


 反射的な涙だろう。 涙目になったセイが恨めしそうな顔で僕を見た。 アイズの様子をみて、 ちびっと噛んだだけだと言うのに、 症状が酷いのは大丈夫なのかと聞いて来る。 大丈夫です。 正常だ。 


 「正常正常。 コレ噛んでないと寝ちゃうから絶対出すなよ。 ちなみに夜噛むと寝れなくなるからね」


 死人も起きるって言われてるくらいだからね。 察して欲しい。 思いっきり口にしたアイズは今にも吐きそうな顔をしてる。 口の中は痺れてるを通り越して痛いって状態だろう。 

 まったく、 僕が悪いヤツでそれが毒だったら死んでるよね。 確かに口に入れろって言ったけどさ。

知らない物を説明を聞く前に口に入れるもんじゃない。


 「吐きだしてぇ」


 半眼になったユクトがそう言って空を見上げた。 アイズは口も開けない状態らしい。 


 「まるで拷問みたいだあねぇ」 


 レンが苦笑してそう言えば、 ユーリが不機嫌さ全開で言葉を続ける。


 「―― さっさと行くぞ。 終わらせて出したい」


 「それ賛成ー」


 「採るのはコレな? 一人一本だけ採って来い。 それ以上採ってきたらブチ倒す」


 エイス団長が、 げんなりした顔でユーリに同意するのを見ながら、 僕は祖父ちゃんの形見の手帳を開いた。 そこに載っている石の花は―― およそ三十種。 薬種になるものから、 観賞用として有名な物まで様々だ。 その中から、 僕は蓮の花みたいな形をした青い花を指さす。


 「一応、 何でか聞いてもいいかい? 」


 エイス団長がそう言って僕を見た。 


 「石の花は、 ロックドラゴンが求愛行動に使う花なの。 あんたらだって告白するのに丹精込めて育てた花を、 横から来たやつに駄目にされたら嫌だろ? 一本ずつ採ってくれば、 それだけで足りる分は採れるんだから、 間違えても女にやる為に余計に採ったりすんなよ―― そこのおっさん」


 「な…… 何の事かなぁ。 おじさん分かんない」


 指を突き付けられた、 レンが目を逸らしてそう言うのを見て思いっきり睨みつける。

手帳の花を見せてから、 ソワソワし過ぎ。

 おおかた、 意中のお姉さんにでもプレゼントしようって腹だろう。 花なら他のものを街の花屋で買って行け。


 「挙動不審だ阿呆。 やったら二度と表を歩けないようにしてやるからな」


 怪しいそぶりを見せたら全身ひん剥いてやる。 その状態で村に戻ってやるから―― とにっこり笑って言ったら、 全員が息を飲んだ。 これだけ脅せば実行しまい。 

 採るロックドラゴンが被らないように注意しながら散会した。

僕は寝息を立てる、 灰色のロックドラゴンの背中に慎重によじ登る。 ゴツゴツしてるから、 とっかかりがあって登りやすいのがありがたい。


 「悪いな。 一つだけ貰うぞ。 可愛い嫁さん見つけろよ」


 青い結晶の花を丁寧に切り取って、 僕は背中から飛び降りた。

無事に採集を終えて、 戻れば、 皆もちゃんと採って来れたようだ。 一つ一つ手にとって、 間違いが無い事を確認する。 先に釘を刺しておいたので、 余計に採って来るような馬鹿はいなかった。

 後は、 村に帰れば僕の仕事はお終いだ。 それが、 少し寂しく感じるのはこの人達と居るのが予想以上に楽しかったからかもしれない。―― 急げば今日中に帰れそうだ。 


 ―― これで、 陛下の石膏病も治るはず。 ユーリも嬉しそうで良かった――。


 そう言えば、 帰り道の休憩中にエイス団長にお守りを押し付けられた。 恋愛成就で結婚できる―― とか。 胡散臭すぎる。 そもそも初恋もまだなのに、 どう成就させろと?

 お守りの半分は誰に渡すかお楽しみだって笑ってたけど、 誰に渡す気なのか―― 適当とか怖いんだけど、 と言ったら「目星はつけてる」 んだそうだ。 余計に不安なんだけど。

 そんな事を考えてたら唐突に不安になった。 ユーリは―― どう思うかな。 友達になった僕が女だって知ったら。

 嘘つきだって思われたら嫌だなぁ…… 今までそんな事を気にしたりしなかったんだけど、 騙してるような気持ちになって少し凹んだ。 

 今度、 遊びに来るって言ってたから、 帰る前にちゃんと本当の事を言った方がいいかもしれない。

 

 ―― 夕方、 なんとか陽が沈む前に村に帰り着く事ができた。 


 流石に疲れた。 ユーリ達がピンピンしてるのが恨めしい。 騎士って体力あるんだなぁ――。 僕も少し鍛えた方がいいだろうか。

 いつの間にか傍に来た、 クロとシェスカを撫でてやる。 二匹とも大分打ち解けてくれたけど、 呼ばない限りは二匹でいる方が気が楽そうだ。 帰らせ方が分からないから、 仲良くなりたいんだけどな。

 僕は夕焼け空を無言で見上げた。 何故だか急に心細くなる。 まるで、 森の中で迷子になったみたいな寂しい気持ち――。


 その日の夕焼けは血のように赤く、 不安を掻きたてるものだった――。


 まるで、 その不安が的中したように…… 夕飯時に、 やけに外が騒がしくなった。

 母さんは身重だし、 父さんは定期的な治療のために隣村の診療所に湯治に行ってていない。 僕はティルに母さんの事を任せると、 広場の方へと降りて行った。 人だかりをかき分けて先に進むと事切れた騎竜とその前に倒れる瀕死の男――。 四肢はかけ、 目ももう―― 見えてない。

 辺境伯の所の監視隊のようだ。 この服は…… リアの所のやつじゃない。 知らない人だ―― それにホッとした事に自己嫌悪した。 近くに寄れば、 ユーリ達、 黒竜騎士団が事情を聞いているのが分かる。

 おそらくはこれが遺言になるだろう…… それでも、 男は必死に話す。 騎士の義務を果たすために。

エイス団長が、 後は任せろと囁くと男はやっと解放されたような安堵した息をついた。

 宿屋の息子のカッツが水を持って走って来る。 慌ててるため、 コップの中身は半分位しか残っていない。 男は水を一口飲むとそのまま事切れた。


 「行かれるのですか」


 「えぇ。 彼の話だと、 ほとんど対象を確認する間も無く襲われたようです。 ―― 危険種の可能性もある以上、 放っておく事は出来かねる。 結界がありますから、 ここは大丈夫だと思いますが念の為、 外出は控えて下さい―― 最後まで勇敢だった彼の事を頼みます」


 村長の言葉に、 よそいきの丁寧な口調のエイス団長が答える。


 「任されよ。 清めて、 講堂に安置致します。 今の時期、 イティスの辺りを通るのはマルス辺境伯の所でしょう。 連絡が取れるかどうかやってみます」


 「ありがたい。 どうぞ、 宜しくお願い致します」


 亡骸は、 講堂に安置する事になったらしい。 女達が、 簡単に清めた後、 男達が戸板に亡骸を乗せて運んで行く。 騎竜の亡骸も簡単に清められた。 ただ、 こっちは重たいので今日はこのまま置かれる事になるだろう。 


 「―― ユーリ、 行くのかよ? 」


 出発する準備を始めるために、 動きはじめた騎士達の中からユーリの袖を引っ張って僕は見上げた。


 「あぁ。 もしかしたら、 怪我人がいるかもしれないからな。 人手はあった方がいいだろうし」


 当然だと言うユーリに僕は押し黙った。 心臓をカリカリと爪で引っ掻くような不安が消えない。

赤い血のような夕日が思い出された。 後から思い返せば、 これは「虫の知らせ」 ってやつだったんだろう。


 「―― どうした? 」


 「分かんない。 分かんないけど―― 行かないでよ」


 不思議そうな顔をして聞いて来るユーリに、 僕はそう言葉を続けた。 不安は膨らむ一方で―― ユーリに行って欲しくないという根拠の無い、 我儘と言われてもしょうがない気持ちが僕を突き動かす。


 「バーカ。 僕達は黒竜騎士団だぞ? 大丈夫だよ。 ナイトメアスライムだって討伐した事あるんだからな。 リゼルは帰って大人しくしとけ。 明日―― 帰る前に騎竜エリュシオに乗せてやるよ。 乗りたがってたろ」


 ユーリは、 そんな僕を呆れ顔で見た後、 額を指で小突いた。

満面の笑顔を浮かべながら、 僕の目を見てそう話す。 大丈夫だからと安心させるようにだ。


 「本当に、 本当に約束だからな―― 」


 根拠がない事だから、 僕はそう言う事しかできなかった。 明確な理由があれば、 エイス団長に行かないで欲しいって言えたけど、 僕にはそれを説明できなかったからだ。 

 村の人達に混じって、 黒竜騎士団が夜闇の中に飛び立って行くのを見送って、 僕は家に戻った。

母さん達に、 簡単に外の事を説明した後、 部屋に閉じこもる。


 「どうしよう、 どうしよう、 どうしよう」


 不安感ばかりが異常に膨らむのが分かる。 こんな事は初めてだ――。 冷静になれない。

のしのしと部屋の中を歩き回る僕に、 クロもシェスカも、 リィオも不安そうだ。


 『リゼ、 変。 どうした』


 『リゼ、 おかしいわ。 何で? 』


 クロとシェスカがクンクンと鼻を鳴らしながら心配してくれる。


 「分かんない。 けど不安なんだ」


 『困った』


 爪を噛みながら、 イライラする僕にクロが哀しそうな顔でそう言った。


 『分かった。 リゼ。 僕。 見る? 』


 落ち着きなく、 翼を閉じたり開いたりしていたリィオが、 僕を見上げてそう言った。

心配で気になるなら、 リィオの目を使って見に行けば良いと言ってくれたのだ。 まったく、 思いつかなかったその方法に、 僕は期待を込めてリィオを見た。


 「…… 行ってくれるの? 」


 『僕、 夜。 飛ぶ―― ヘーキ』


 胸を張って言うリィオが頼もしい。


 「ありがと、 リィオ。 頼む」


 心を、 リィオに繋ぐ―― 窓を開ければ、 元気よくリィオが飛び立った。 続いて僕も窓から外に出る。 

 外に出て空を見上げれば、 飛び去るリィオの姿―― その視界に自分を繋ぐ。 

新月の暗い視界をものともせずにリィオの翼が夜を割く。 焦る気持ちを押さえて、 リィオの視界を共有しながら飛び続けた。

 前方に、 煌々と光る浮島が見える―― おかしい―― こんな事あるはずがない。 まるで燃えてるように―― 明るいなんて。


 『嘘でしょ』

 

 炎の中に浮かび上がる巨大な影に、 リィオが混乱しかけるのを宥めて上空からその姿を確認した。


 『ドラゴン


 あぁ、 ここはこの世の地獄だ。

さっきまで、 皆、 笑って話していたはずなのに―― どうして? 

 

 引きちぎられ喰らわれて、 原型を留めない人の―― カラダ

 怯えながらも主を守ろうとする騎竜が、 なすすべも無く屠られていく―― ダンマツマノコエ


 ユーリを突き飛ばしてセイが死んだ。 アイズとレンが、 蒼白な顔で竜を引きつける。 ユクトが呆然とするユーリを引っぱたいて正気に返すと、 アイズとレンを助けに行こうとするユーリを、 エイス団長の方へと追いやった。

 エイス団長は―― 下肢を食いちぎられて浅い息を繰り返している状態だ。 誰が見ても分かる―― 助かる事はあり得ないと。

 黒竜騎士団はもう駄目だ。 完膚なきまでに終わってる。

アイズが尾に潰されて、 レンが牙を突き立てられて絶命した。 ユクトが悲鳴のような声でユーリに逃げろと叫んで竜に突っ込んで行く。 そして、 あっけなく死んだ――。


 逃げろって? どうやってさ―― 


 騎竜はすでに全滅してる。 この浮島から逃れる術なんて残ってやしない。

なんて理不尽。 現実感のないこの状況に思考は上滑りを繰り返す。  


 どうしようどうしようどうしよう―― どうすればいい?


 応援を呼ぶ? 否。 精鋭の、 黒竜騎士団を殺す程の暴威を止める事が出来る者がいるのか?

そもそも、 応援を呼ぶまでにユーリが生き残れるはずがない。

 心が悲鳴を上げた―― その現実に。 平穏を求めて、 心が軋む。 コレは夢だと思いこもうとするのはまだ正気を保っている証拠か。


 『あぁ、 どうしよう…… どうすればいいの! 』


 視界の端に、 岩陰にエイス団長を引きずっていくユーリが見えた。 エイス団長は―― もう生きてるのがおかしいくらいの状態だ。 


 『怖いよ。 リゼ、 怖いよぅ』


 『ごめん。 ごめんリィオ―― 僕は』


 怖がるリィオに謝る―― 僕はユーリの傍に行きたい。 その意志が強制力を持ってリィオを縛り付けた。 心が―― ううん。 魂が強制的に繋がるのが分かる。  

 僕はリィオの中から、 ユーリの傍へと降りた。

エイス団長のあまりの様子に息を飲む―― 助かるはずがないその姿に、 涙がボロボロと零れた。


 「あぁ…… あぁ。 来てくれたのか。 済まない。 済まない。 泣かないでくれ…… 君ならできるさ…… きっとだ」


 エイス団長が囁くようにそう言って、 僕に手を伸ばした。 何が出来るって言うんだよ、 こんな僕に―― 見てるだけの僕に―― そう思ったら、 エイス団長の心が優しく僕に触れた。


 『リゼッタ―― ゲーティアの乙女―― 君ならできる。 ユーリを村に召喚してやってくれ』


 『ユーリを―― 召喚? そんな事―― 』


 唐突に言われた言葉に混乱する。 ゲーティア? それはこの国の領の名前の一つだ。 それが何だっていうんだろう。 けれど、 召喚と言われて思い当たる事があった。


 『無理じゃないさ。 クロたちのように―― 』


 やっぱり、 エイス団長はその事を何でか知ってたらしい。 クロもシェルカもリィオも―― 家族は森で拾って来たと思ってる。 言葉を話せる事も知らない。

 けど実際は皆、 ある日の朝、 突然僕のベットの中にいたんだ。

そして、 クロは言ったのだ『あるじ? 』 と。 シェスカはこうも言った『召喚、 した』 と。


 『無理だよ! 自分じゃどうやって召喚したかも分かんないのに』


 『できるさ。 お前の父さんはできたぞ? 昔、 良くそれで抜け出して遊んだ』


 軋む心でそう叫べば、 穏やかな気配をさせたエイス団長が、 懐かしむようにそう言った。

怒られたケドな、 そう言って笑う気配に息を飲む。 エイス団長は父さんを知ってるの――?


 『父さん――? 』


 顔がそっくりだって言われて、 あぁこの人は記憶を失くす前の父さんを知っているのだと理解した。

心臓がぎゅっと音を立てる。 


 『門を開け。 魂の中に―― ある門だ。 ユーリを…… せめてユーリだけでも生かして帰したい』


 縋るようにそう言われて、 断れるわけがない。 僕はユーリの命綱と言う訳だ。 今にも千切れそうな綱だけど。 

 ユーリが、 必死にエイス団長の手を握る。 竜がユーリ達に気がつかないのは、 エイス団長が辛うじて結界を張っているからだ。


「そうだ…… ユーリ、 お前にはこれをやる。 お守りだ。 きっと、 お前を 守る から…… あぁ、 済まない兄さん ラディ…… 帰れなくて ゴメン…… 済まない。 君に 願うしか ないんだ ユーリを 頼…… 」


 ユーリに囁くように話すエイス団長を見守る。 ユーリに渡したのは、 布に包まれた何かだ。

心に触れた所為か、 エイス団長のおそらくは走馬灯が見えた。 

 ラディと呼んだのは、 双子の兄である国王陛下―― ベットに横たわり顔色が悪いその姿―― 次に見えたのは、 はにかんだ笑顔で笑う女性だ―― 『フィオーリア―― フィオ…… 愛してる』 聞こえた言葉はそれだけで、 エイス団長の目から生気が消える。 


 『エイス団長―― 約束するよ。 きっとユーリを助けるから』


 魂の門―― エイス団長の言葉を思い出して、 自らをかえりみる。 

無意識でも、 クロ達を召喚したのは僕だ。 ならきっと出来るはず。 僕の中の奥、 深く探って門を探す。

 あった―― 鍵のかかった門だ――。 そう知覚できるものが確かに存在していた。 

けど、 鍵が分からない…… どうすれば―― そう思った時に、 カチリと音が鳴った。

 僕の中に流れる血が覚えてる―― 

 

 『アリア・イシュカ・クラレス』 


 名を呼ばれる―― いや、 問われたのか…… 流れる血に。 知っている名ではないのに酷く懐かしいその響き――。 ううん。 僕はリゼッタ・エンフィールドだ。


 『ならば、 リゼッタ・エンフィールド…… クラレスのゲーティアよ。 唱えよ。 そして命じるがいい。 ―― お前もまた我の末裔すえなのだから』


 思い出せ、 そして命じよ―― その声に導かれて、 僕は僕を知った。


 『……―― リゼッタ・エンフィールドの名において命ずる。 我は召喚す。 ※※※※の子※※※※、 ユリアス・ヴァン・ファーレンシアを我の元に。 我が※※たる者を此処より我の元へ』


 言葉に出したはずなのに知覚できない部分がある―― 誰かに、 何かに阻害されているけれど、 召喚を実行するには問題ない。 

 自分の肉体をイメージする。 自分の身体を焦点にして、 門を開く為の碇を降ろす。 リィオから、 私に向かって光が落ちた――。

 目がくらむ一瞬で、 真っ白な空間へと投げ出される――。 

そこは嵐だ。 怖ろしい程の暴風が僕達に吹き付けた。 黒く、 赤い風―― それは、 怨嗟と呪い、 怒りに哀しみ―― およそ負の感情と呼ばれるに足る怖ろしい風―― それが、 竜から発せられて召喚の為の道を破壊しようとする。

 僕は、 必死にユーリとリィオを抱きしめた。 ユーリとリィオの意識はとうに無く、 ぐったりとしていて動かない。


 『何だ―― あれ…… 』


 道を維持するのに必死になっていた僕の目にソレは飛び込んで来た――。


  あの竜の身体の中――

  ―― 悲鳴 ―― 

 ―― 怒声 ―― 

  ―― 苦しいと叫ぶ ―― 声が ――


 『嘘だろ? 』


 魂が、 怖ろしい程の数の魂が―― そこにいた。 

竜という器の中で、 翻弄され吠え狂う幾百もの生命の慟哭―― 

 あまりの醜悪さに吐き気がした。 なんて酷い―― 古く、 竜と混ざり合って境界すら分からない魂は何だったかすら分からない。 夥しい数の苦しむソレ。 


 『あぁ…… あぁ―― 嘘、 嘘嘘嘘っ! 』


 新しい、 呑み込まれたばかりの魂が見えた――。 騎竜の―― そして騎士の。

もだえ苦しむその姿に、 心が壊れそうな程の衝撃が落ちる。

 ―― コイツは食ったモノのの魂を―― 捕らえているんだ!


 エリュシオ

   ミーリア

     ジークス

       エナール

         ケイノル

           ザッファ

   メルリナ

     エイジス

       クアファ

         レーン

          メナス 

            ザルド


 最初は警戒されたケド、 人懐こい良いコ達だった。 触らせて貰った時のヒヤリとした手の感触。 特に自分達の主に撫でられた時、 とても…… とても嬉しそうな顔をしていたのが目に浮かぶ。

 どのコも主を見捨てる事なく、 戦った。 敵わないと分かっていて主を守った。 怯えながら、 それでも立ち向かって――。


 ユクト (少し子供っぽい所のある、 面倒見の良い兄貴みたいな)

   アイズ  (説明より先に行動しちゃう馬鹿っぽい所もあるけど、 楽しいイイヤツ)

     セイ (黒竜騎士団で一番の常識人。 心遣いが優しい大人なお兄さん)

       レン (ちょっとだけ寂しがりやで、 お茶目なおっさん)

        ザッツ (休憩時間に遊んでくれたお兄さん)

   オルド (来年、 結婚するって言ってた―― )

     メルク (美人なお姉さん。 お金を貯めて家を買う―― 親孝行するんだって笑ってた)

       サヴァル (帰ったら、 パン屋の女の子に告白するって―― )

         イヴァ (男勝りな女性騎士。 恋人が欲しいって言ってた)

           クレド (今度、 子供が産まれるんだって嬉しそうだった―― )


 みんな、 みんな生きてて普通に笑ってて、 生活があって―― 家族がいたんだ! 

こんな、 事が―― 許されていいはずがない。 死後も、 輪廻の円環に還れないなんて間違ってる!


 『落ち着いて、 息をするんだリゼッタ。 君が乱れれば場が乱れる。 道が閉じれば一貫の終わりだ』


 『―― エイス…… 団長ぉ』


 優しい声に振り返れば、 そこにいたのはエイス団長で―― 僕は、 思わず涙を零した。 


 『しかし、 困ったね。 死んだら終わりと思ったら…… 取り込まれてるなんて正直想定外だよ―― 団長として、 見捨てる訳にもいかないしなぁ』


 どこかのほほんとした様子で言うエイス団長に、 僕は思いっきり噛みつくように吠えた。


 『あんなの嫌だよ! 絶対に嫌だ!! 』


 許せるもんか。 死んでしまった事すら許せないのに、 あんな所に閉じ込められて苦しめられる―― そんな事許せるわけがない。 


 『ま、 許容できんわな。 取りあえずは、 結界を張ったから、 見つかる事はないが―― 』


 『僕が―― 召喚する』 


 どうしたもんかと悩むエイス団長に、 僕は絶対的な意志を持って言いきった。 絶対に、 置いて行ったりしない―― あんな中に。 置いて行ったりしたら、 僕の大好きな人達はあの中で竜と同化し永遠に苦しみ続ける事になるんだ。 そんな事、 絶対にさせない。


 『っ! おいおい、 落ち着け。 んな無茶な―― 今、 さっきまで、 動揺を通り越してパニックになりかけてたでしょうが。 そんな状態で召喚なんて―― 』


 エイス団長が慌てた様子で、 僕を止めようとする―― ケド僕は絶対に引く気は無かった。


 『でも、 やる。 絶対にやる! 』


 この場が特殊なせいか、 意志がそのまま力となって噴きあがった。

皆の名が怖ろしい程の早さで、 僕の中を駆け巡る。 召喚の呪文すら必要とせずに、 意志の力だけで強引に竜の中から魂を引き剥がす。 見捨てない。 絶対に返してもらう。 皆が還るべきなのは輪廻の円環の中だ―― 地獄のようなお前の中なんかじゃない! 


 ただの意志だけで、 僕はその召喚を成功させた。 


 『感謝する。 幼いゲーティア』


 ユクトが、 アイズが、 セイとレンも…… 黒竜騎士団の皆が頭を垂れた。 主に寄りそう騎竜がクルクルと喉を鳴らす。 これは僕に対する親愛表現だ――。


 『団長は、 まだ逝かないんですか? 』

 『最後まで見届けたらな。 お前達は先に逝っとけ。 大所帯で残られても困るからな』


 苦しみから解放された清々しい笑顔で、 皆が敬礼すると姿が段々滲む様に消えて行く――。

僕の目から涙がポロリと零れた。 そして、 魂の道行が平穏であればと、 願いを込めてただ祈る――。 


 『輪廻の円環へ旅立つ魂に―― 一時の安らかな眠りと…… 流転し、 再び産まれ出いづる時に幸いなれと―― 』


 祈りに、 ありったけの願いを込めて――。 そんな僕を優しい顔で見ていたエイス団長の顔が強張った。


 『マズイね。 気付かれちゃったよ』


 『エイス団長も逝って―― 僕はどうにかユーリ達と戻るから』


 強引に魂を引っこ抜いた事で、 どうやら竜に僕達の存在が気付かれたらしい。

苦い顔をする、 エイス団長に僕はそう言った。


 『ソレはちょっと無理かなぁ―― 奴さん、 怒髪天をつく勢いで怒ってるし。 このままだと村までついて来るぞ』


 その言葉に、 僕は青褪めた。 村は結界の中だから普通は竜に知覚される可能性は極めて低い。 けど、 エイス団長の結界を越えて僕達の存在に気付いた竜なら――


 『そんな! 』


 僕のせいで、 竜が村を襲うような事になるかもしれないなんて、 とんでもない。 けれど、 怒れる竜にこの場所がバレてる状態でここに居続けることも不可能だ。


 『まぁまぁ。 エイス団長に任せなさい。 君等を守るのは俺の仕事だ』


 軽い調子で言う、 エイス団長に真面目に考えろよと突っ込もうとした時―― その声は聞こえた。


 『―― 俺達の―― だろ? 』


 エイス団長のすぐ横に、 鏡に映したかのようにもう一人が現われた――。


 『ばっか! お前なんで来るんだよ―― 』


 エイス団長が、 髪を掻きむしってその男性に文句を言う。 僕はその姿に見覚えがあった――。 さっきエイス団長の走馬灯に現われた姿とは別人かと思うほどに健康そうだけど―― この人は僕達の国の国王陛下だ――。 あっけにとられて、 二人のやり取りを僕は見る。


 『馬鹿とは余計だ阿呆。 ―― 国の事はマリウスに任せられる。 大丈夫だ。 それに―― ユリアスは俺の子だぞ? 俺が助けに来るのは道理だろう。 むしろ、 お前はサッサと成仏しろ』


 『それはちょっと酷いんでない? オニイチャン』


 後から来たはずの国王陛下が、 エイス団長をシッシと犬猫を追いやるように手を振った。

ジト目になったエイス団長が、 膨れて国王陛下に文句を言う。 顔だけみればそっくりなんだけど、 性格はまったく違う事に驚く。 


 『成仏する気がないなら手伝え』


 『えー、 俺がそれを言われるのかぁ。 やる気が減るなぁ』


 腕を組んだ国王陛下が言えば、 やる気をなくした顔のエイス団長がそう言った。 


 『なら、 邪魔だからどっか行け』


 『酷いし』


 国民皆が信じてる、 賢王―― 慈悲王と名高い国王陛下はドコイッタ。 弟には慈悲の欠片もない一刀両断っぷりである。 どうしよう―― 今は危機的な状況のはずなのに、 この二人のやり取りがそんな空気をブチ壊している。


 『残ってるのが、 お前だけだったらここに来たりしなかったんだがな』


 トドメとばかりにそう苦笑して国王陛下が仰った。 その言葉を聞いて、 エイス団長が僕を見て片目をつぶった。

 僕にでも分かる嘘だ。 この人はきっと、 エイス団長だけが残っていても来たろうに――。 だって目が笑ってる。 国王陛下はちゃんと優しい目をしてた。 どうやら、 僕が怯えないように気を使ってくれての会話だったらしい。

 

 『驚かせたようで、 申し訳ない―― ゲーティアの乙女よ…… 名を聞いても? 』


 エイス団長に対しての時とは違う、 優しい声でそう問いかけられる。 少し緊張しながら、 僕は名前を名乗った――。


 『―― リゼッタ…… リゼッタ・エンフィールドです―― 』


 『君に会えて良かった。 息子を頼む―― ここは俺達に任せて行きなさい』


 慈悲王の名に違わない優しい笑顔は、 少しだけユーリに似ていた。 国王陛下はユーリと違って垂れ目だけど。 

 諭すように言われる言葉に、 僕は嫌だと首を振った。 こんな所に置いて行ったり出来ない――。 きっとユーリが哀しむ。


 『お前さんの気持ちはありがたいけどね。 俺たちなら大丈夫。 アレを上手に寝かしつけたら、 さっさと輪廻の円環に戻るからさ。 むしろ、 ここに居られると集中できない』


 俺達二人だと結界の力が強くなるから大丈夫―― 双子の特性だって笑って言って、 エイス団長が僕の頭を撫でた。 国王陛下も、 任せなさいと言ってにっこり笑う。


 『嘘じゃないよな? 』


 嘘だ――。 僕はそれを分かってた。 けど、 僕達が邪魔なのは確かだと確信もしてたんだ。

僕達を逃がす為に言った言葉に、 それでも僕は縋りつく。

 嘘は嫌だよ? どうか無事に魂の円環に還って―― そう願って、 意志を視線に込める。


 『あぁ。 大丈夫だ。 約束する―― ユーリを頼むぞ。 リゼッタ―― できたら、 コイツが自分を許せるようにしてやってくれ』


 最後まで、 心配するのはユーリの事で。 だったら、 僕に出来る事はこの人達に安心して貰う事だと心に刻んだ。 絶対に、 絶対に約束は違えない。


 『分かった―― 約束する…… ユーリが幸せになれるように…… 僕…… 頑張るから! 』


 『『ありがとう。 リゼッタ―― 心から感謝する』』


 嬉しそうに笑う二人を見て、 僕は泣きながら無理矢理に笑顔をつくった。 絶対に約束を守るよ。 何年かかっても忘れない―― きっとユーリが幸せになれるようにするから…… 安心して?  

 あぁ、 神様―― この世界には居ないって分かってる。 けど―― 今は貴方に祈りたい。

エイス団長と、 ユーリのお父さんを守って下さい――。 

 そう祈って―― 僕達は光に包まれた……。  

 分けるかどうか最後まで迷いましたが、 遠き落日、 取りあえずは終了です。

とは言っても次の話は、 エイス団長と国王陛下視点の短い物が入ります。 リゼが行った後のやり取りですね。

 ユーリだけが助かった経緯が何とか書けて良かったです。 もっと纏め上手なら良かったんですが……。

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