幕間 ユーリとリゼ 後編
後編です。 まだユーリ視点――。
どうしてこうなった――。
俺の部屋のベットの上で俺の服を放そうとしないリゼッタを見つめて俺は途方に暮れた――。
それは、 寮に帰りついた時に起こった。 門衛の奴等の生温い視線をどうにか気にしないようにして通り抜け、 リゼッタの部屋の前についた時――。
『あれぇ、 かぎ、 どこぉ……? 』
リゼッタが探せど探せど鍵が無い。 切羽詰まって、 クロとか開けられるだろうと扉をノックしたが部屋の中は物音一つしやしない。 ―― 寝てるらしい。 動物の姿をしてる癖に、 それはどうなんだお前ら? この建物が倒壊しても起きないんじゃないか??
そのまま、 ここで寝ますとか言ってるリゼッタを置いておくわけにもいかず、 俺は何年ぶりかに自分の部屋に入った。 ベットの埃避けのカバーを外し、 歩く気を無くしたリゼッタを抱えてその上におろす。 流石に、 同じ部屋で酔っ払いといれる気がしなかったので岩熊亭に戻どうとした時だった。
『ゆーり、 どこいくの? 』
服の裾をしっかりと握られて、 ホールドされた。 ゆーり、 そう呼ばれて。
その破壊力を想像して貰いたい。 落ち着け俺―― コレは据膳じゃない。 ただの性質の悪い酔っ払いだ。
手を出したら負けだ―― セトに、 それみた事かと言われるのはゴメンだ。
それなのに――
『おいてっちゃ、 やーです』
リゼッタに泣きそうな顔で言われて、 結局俺は動けなくなった。 どちらかと言ったら嫌いじゃない女にそう言われてお前は置いて出て行けるのか? 無理だろう。
それで、 現状に至る訳だが……。
「リゼッタ…… お前は酔っ払って良く分からんだろうがな。 襲われたくなければ大人しく離せ」
取りあえず、 コイツを寝かしてから出て行こうと考えてギッチリ掴まれた服の裾を引っ張る。
酔っ払いだとは言え、 リゼッタのこの様子に心底―― 自分で送りに来て良かったと思う。
我慢強い俺の理性に感謝しろ。 この状況じゃ押し倒されたって文句を言えないぞ、 お前。
「? ゆーりは酷い事しないもん」
―― 首を傾げてそう言われても非常に困るんだが……。
本当に色々キツイ…… お願いだから早く寝てくれ――。 服を手から離そうとすればするほど、 リゼッタが離すまいと握り込む。 シャツのボタンが千切れそうなんだが……。
イヤイヤしてるのが可愛いらしいが、 ふと気付いた。
「―― 信用してくれるのは有難いんだがな…… つーより、 男と認識されてないって事か? 」
コイツの事だ。 ありうる。 だから俺に平気で口移しで薬を飲ませられたんじゃないか?
そう気付いた瞬間、 カチンと来た。
「ゆーりは男のひとでしょ? 」
当たり前のように―― 不思議な顔をして言うリゼッタ。 おそらく、 お前の言ってる『男』 と俺が言った『男』 は天と地ほどにも違うだろう。
ゆらり、 と沸き起こった意地悪な気持ちに、 リゼッタが敏感に反応する。
小さく首をすくめて、 少し怯えた顔をした。
「そうか? 」
馬鹿だなぁお前――。 そんな顔、 逆効果でしかないのに。 苛めて欲しいと言ってるようなものだ。
指の腹で、 リゼッタの喉元をくすぐる―― 身じろぎして、 身体を引こうとするのを無理矢理抱きとめて俺は笑った。 華奢な身体の背を撫でるようにして、 リゼッタの混乱した顔を堪能する。
こんな風に触れられた事がないからだろう―― あぁ、 でも押し倒された事があったんだっけ? その時、 どこまで触れさせた?? そう思った瞬間―― 我を忘れた。
「ふっ」
リゼッタの頤を指で上に向けさせ―― 噛みつくようにその唇を貪る。
角度を変えて、 深く口付れば―― 苦しそうな顔に余計に煽られた。
口付た時の息の仕方も分からないその姿に、 これは初めてなのだと心が躍った。
「キスしながらでも呼吸はできるぞ? 」
意地悪く笑って、 もう一度―― 深く口付る。
「―― なん、 で? 」
真っ赤な顔で今にも泣きそうな顔をしたリゼッタに、 さすがに少し良心が痛んだ。
「今のはわざとだ。 男と二人っきりでいたら、 これだけじゃ済まなくなるぞ? 俺は戻るから―― 」
もっともらしく、 言い訳をして俺はリゼッタを引き離そうとした。 こんな状況で二人だけなんて明らかにマズイ。 さっきまで保っていた俺の理性は限界が近い。 もはや、寝たら戻るとかできそうも無かった。
「やーあ」
それなのに、 リゼッタは俺の服を離さず―― 真っ赤になって俯いたまま小さく囁く。
「…… くそ、 どうしろって言うんだ―― 」
我を忘れた自分を殴ってやりたい。 俺が煩悶してるその時、 下から鼻を啜る音がした。
ヤバイ―― 泣かせたか。
「…… ゆーり、 きすは好きな人とするんだよ? わたしじゃだめなの」
俺を見上げるリゼッタがそんな事を言う。 俺に薬を飲ませる時は―― って言ったら駄目だよなぁ。
半泣きの状態で、 とてつもなく情けない顔をしたリゼッタはとても可愛らしい。
「―― なんで駄目なんだ? 」
俺じゃ駄目だと言われて、 少し凹んだ。 駄目って事は俺は対象外って事だろう?
「わたしは、 好きなひととけっこんできないもん。 だからけっこんするひとを好きになるの」
俺から目を逸らして、 リゼッタがそう話す。 リゼッタの目からポロリと一粒涙が零れた。
「じゃあ、 ケイオスかクレフィスを好きになるって? 」
ケイオスとクレフィスと結婚するって言いたい訳か? それでお前はアイツ等を好きになるっていうのか。
想像なんてしたくない。 イライラとした気持ちを隠せない俺の口調はかなり、 ぶっきらぼうになったと思う。
「ならなきゃいけないんだよ。 けど…… ゆーりは? ゆーりは好きな人いないの? 」
自分に言い聞かせるようにそう言った後、 リゼッタはハッとしたように顔を上げてそんな事を聞いてきた。
「…… どうだと思う? 」
正直に答えてやる気なんて無い。 もしも、 もしもお前だと言ったのならどんな顔をするだろう。
けれど、 それは望めない未来だ。
「分かんない、 けど。 ゆーりは幸せにならないといけないの」
「―― 無理だな。 なぁ、 リゼッタ。 俺だけ生き残って―― そんな資格ないだろう? 」
哀しそうな顔で言ったリゼッタに、 俺はそう言って苦笑した。
勝手で、 我儘な話だ。 結界の―― ファーレンシアの血は残さなければならない。 けれど、 俺は家族を愛する気はなかった。 愛し愛されればそれはとでも幸福だ。 俺はそれを望まない。
だから、 俺の妻になる女は不幸だ。 出来れば、 それを理解して契約できる人物を探せれば良いんだがな。 そんな奇特な人物は普通いない―― 探すのは困難だ。
「あるよ! 何いってんの? みんな優しいひとだったもん。 ゆーりが幸せになって欲しいっておもってるもんっ」
突然、 リゼッタがそう叫んで―― 俺の胸を叩いた。 後ろ向きな俺の気持ちを追い出すかのように、 その言葉が…… 叩かれた衝撃が俺の心に響く。
あぁ、 本当に俺は昔どこかでコイツに会ってたんだな。 そう素直に思った。 どこで出会っていたかは思い出せないが、 死んだ騎士団の仲間の事をきっとリゼッタは知っている。
「ゆーりを不幸にしたい人なんていないのにっ。 ゆーりが自分を不幸にしたらみんな怒るんだから」
リゼッタの言葉に思わず、 泣きたくなった。 確かに、 皆の性格を考えれば怒られそうだ。
「ゆーりは、 ゆーりがみんなと同じたちばになったら、 生き残った人をうらむの? 」
「―― 恨んだりしないな」
きっと、 幸せになって欲しいと思うだろう。 気にしてたら殴りに行きたくなるかもしれない。
思わず、 苦笑がこぼれた。 リゼッタ目を輝かせてニコニコと笑う。
あぁ…… 俺を『可哀想なやつ』 にしてたのは俺自身か。 俺の勝手な罪悪感で、 死んでしまった奴等を理由にして逃げてただけだ。 それならあの世で皆「言い訳に使うな」 って怒ってるかもしれないな。
「でしょ? みんなも同じだよ。 ゆーりにいっちばん幸せになってほしいにきまってる」
嬉しそうに笑ってそう言うリゼッタに俺の心のトゲが音を立てて溶けるように消えた気がした。
お節介なリゼッタ。 最初は土足で俺の心を踏みにじりに来たのかと思った。 強引だわ。 気が強いわ。
気がつけば、 目が離せなくなっていた。
俺だけじゃ無い、 『黒竜騎士団』 をあっという間に変えてしまった。
「―― そう思うか? 」
それなら、 俺は願ってもいいだろうか? 抜け道を探しても??
そうだ認めてしまえばいい。 簡単な事だ…… 俺はリゼッタが欲しいんだ。 誰にも渡したくない。
セトに文句を言われようが、 笑われようがもう構うものか。
「ん。 あたりまえでしょ? 悪いのはわたしなんだよ…… こんかいだって…… だってぇ」
にこりと笑って言った後、 リゼッタが急にボロボロと涙を零した――。 俺は慌てて、 その涙を拭う。
何がどうしたら、 リゼッタが悪くなるのかが分からない。 今回? カザルの事か??
酔ってるから思考が飛んだんだろう。 リゼッタの中では筋道が通ってるのかもしれないが、 正直俺にはさっぱりだ……。
「おい! 急にどうした? 」
「たす、 け られな かったぁー 」
俺の問いかけに、 堰が切れたようにリゼッタが声を上げた。 子供みたいに泣くようすに驚く。
強い女だと思っていた―― カザルの事で―― アインに対する怒りがあるのも、 救えなかった子供達に対して後悔があるのも気付いていた。 けど、 リゼッタはそれ以上に傷ついていたのかもしれない。
当人も気付いてないくらい深い所で――。
「それこそ、 お前のせいじゃないだろ? あぁ、 泣きやめよリゼッタ」
抱きしめて、 宥めるように揺らす。 背中をトントンと叩きながら、 壊れたように泣くリゼッタを場違いなまでに愛おしいと思った。 守りたい。 弱くて強いこの娘を。
きっと、 酔いがさめればいつものコイツに戻るだろう。 傷ついてる事も隠して、 あるいは気付かずに『副団長』 をするだろう。 なら、 今だけは泣かせてやった方がいいのかもしれない。
「ゆーり、 ゆーりは死んじゃやだぁ」
ぎゅうと縋りつくように身を寄せられて、 心臓が飢えたように悲鳴を上げた。
リゼッタは哀しんでいるのに、 俺は縋られた事が嬉しい。 ゆーりと俺を呼ぶリゼッタが愛しい。
「大丈夫だ。 ここにいるから―― 傍にいてやる。 ずっといるから」
リゼッタを深く抱きしめて瞼にキスをする。 明日になれば、 覚えているかも分からないのに……。
いや、 だからこそか? ずるいな―― 俺は。
拒否されないのを良い事に、 軽く口付を落とした。
「ほんと? うそつかない? 」
「あぁ…… お前のそばにいる。 リゼッタ――」
安心できるように、 優しくそう言えばリゼッタがホッとした顔をした。
そのままリゼッタは、 少し顔を赤くして目を逸らして俯いた。
「ん―― リゼッタじゃなくてリゼがいーです」
俺の胸に頭を押しつけたまま、 くぐもった声でリゼッタが言う。
多分恥ずかしいのだろう。 それなのに俺にはリゼッタの声が甘く聞こえた。 都合のいい耳だ。
俯いたままの、 リゼッタの耳に唇を寄せる。
「分かった。 リゼ――。 もう寝ろ。 そばにいるから」
自分にこんな声が出せたのかと思う程、 掠れて―― 切なく甘い声が出た。
今は先を急ぐ気はない。 リゼが酔ってるのに突っ走れば傷つけるだけだろう。
「そば…… うん。 ユーリ…… 」
俺の服を握ったまま、 そう呟いたリゼは暫くすると穏やかな寝息を立てはじめた。
俺は店に戻る事を諦めて、 リゼを横に寝かせると一緒になってベットに転がる。
さわり心地の良い髪を撫でれば、 まるで猫のように俺の胸にすり寄ってくるリゼが可愛い。
リゼ。 リゼ――。 馬鹿みたいにその名を口の中で噛みしめる。
柔らかい身体を抱きしめて寝るのは、 拷問に近い気もするが―― それでも我慢する価値はある。
逃げられないように『俺』 を意識させてやろう。 俺が誰を好きなのか、 お前が知る日が楽しみだ。
取りあえず、 明日から覚悟して貰おうか。
ユーリの方は呪縛的な考えから抜け出す事が出来た模様。
リゼの呪縛はユーリに頑張って貰おうと思ってます。
次回は、 リゼの視点に戻ります。
『不注意で世界が消失したので異世界で生きる事になりました。』 もこの後更新します。




