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廃棄世界に祝福を。  作者: 蒼月 かなた
33/69

おーがごろし

おそくなりましたが次話更新です。

 エマちゃんとシアちゃんと別れてから、 岩熊亭に向かった。

今日は、 夜から皆でご飯――。

 アインの毒にやられたまま不眠不休のデスマーチ。 身体よりも心がゴリゴリとすり減って行く。 特にアインと対峙した黒竜騎士団ウチは報告書の量が半端ない。 後は、 師匠による現地に行っての行動確認作業とかね。 

 特にアインにかかわる事は細かく確認される訳ですよ――。 同じ事何回も聞かれるしな。

その度にアインの所業を思い出して腸が捩じ切れそうになる訳だ。

 私達のあまりの顔色に、 流石の師匠も今日の仕事を早めに切り上げさせてくれた。

そして、 明日は久しぶりの真っ当なオヤスミデス。


 ―― 明日は一日中寝ていたいかも。

 

 エマちゃんとシアちゃんの家に行くのは本来仕事を中抜けして行く予定だったんだけど(その分は残業するはずだった)寮に帰って一息着いてから着替えて行けました。

 心配かけたくなかったので、 ヤバイ顔色と目の下のクマをどうにかしたいって言ったら、 アスさんが栄養剤をくれた。 おまけにルドさんが顔をマッサージしてくれて、 少しやつれてはいるけれど普通の顔色に戻ってくれた。 感謝――。 

 それで岩熊亭の話に戻すと…… 今朝ユーリが、 オルバさんとティルはどうしてるかとか言う話しをしたんだよね。 それで夜、 皆でご飯でもしに行くかって話しになったんだけど、 ケイオスがそれならウチも―― って話しになり、 じゃあ席数確保しとくかって話がトントン進んだ。 

 そんな感じでロービィが昼休みに岩熊亭へ―― そうしたらオルバさんが今日は泊まり客がいないから八時以降なら貸し切りにしてやる、 と……。  

 まだ六時だから早いんだけど、 寮に戻ったら寝ちゃう気がするので岩熊亭に向かってる。 


 「なんでぇ! リゼッタ嬢ちゃんもか」


 岩熊亭の扉を開けたら、 第一声がオルバさんのその声だった。 まだ夕飯には早目の時間のせいか、 お客さんの姿はまばらだ。 


 「…… 他に誰か来てるんですか? 」


 「ユー坊だよ。 イオと何かやってたらしくてなぁ。 帰っちまったら最後、 寝落ちするからって奥にいるぜ」


 凄く納得。 夜は寝れないユーリも今なら夢も見ずに眠れるだろう。


 「あー…… まったくもって同じような状況デス」


 「そうかい。 じゃあリゼッタ嬢ちゃんも奥で少し休んでるといい」


 苦笑しながら私が言えば、 オルバさんが奥の部屋を指し示す。 私はありがたく、 その言葉に頷いた。 居間ででも休ませて貰おう。


 「スミマセン。 タスカリマス」


 栄養剤のお陰で身体の疲れは大分ましなんだけど、 目がショボショボしてるよ…… 私はヨロヨロと奥の部屋へと向かった。

 ダイニングには、 目に蒸しタオルを当てて椅子からずり落ちそうになってるユーリが、 カパッと口を開けた状態で死にかけている。 気持ち良さそうだなぁ……。


 「うおっ! 」


 私の気配で起きたらしい。 ユーリが驚いた所為で、 椅子からずり落ちかける…… 少し悪い事をしちゃったかな?


 「あぁ…… リゼッタか…… 」

 

 蒸しタオルを手にして、 態勢を立て直したユーリが億劫そうに口を開いた。


 「はい。 団長…… さっきぶりです」


 「おう…… エマちゃんとシアちゃんだっけか? どうだった?? 」


 頭を振って、 座りなおしてユーリが言う。 まだ少しボーっとしてるみたいだ。


 「ふふ。 友達になりましたよ。 二人とも、 薬を嗅がされてたから事件の事は覚えて無いみたいです」


 「そうか…… 不幸中の幸いだな」


 私はユーリのその言葉に同意して頷く。 


 「イオに会って来たんですって? 元気にしてました? 」


 私はオルバさんが言っていた事を聞いてみた。


 「んあぁ。 元気、 だぞ。 路上生活してた時に盗みをやった店に一緒に謝りに行った……。 暫く、 無償奉仕すれば許してくれるそうだ…… 」


 タルタロスから出た後、 イオは色々思う事があったらしく、 騎士になりたいと言い出した。

前科があると騎士にはなりづらい。 しかし、 ちゃんと罪を償っていれば話は別だ。

 エイノさんみたいに孤児時代にスリをしてても騎士団に入れたのは、 保護された後に奉仕活動等を真面目にやって恩赦されたからに他ならない。

 結界があるから何とかなってるとはいえ、 この世界は過酷だ。 少しでも見込みのある人材には是非とも騎士でも文官にでもなって貰いたい……。 それが故の措置である。

 恩赦が出るか出ないかは、 その罪の重さとその罪に情状酌量の余地があるかどうかで決まる。

イオの場合は生きるためにしてた事でもあるから、 真面目に奉仕活動を続ければ恩赦は出るだろう。

 

 「お店の人が良い人で良かったですね」


 中には法外な金銭を要求して来る店とかあるからね。 そう言う場合は警邏隊か、 保護された孤児院に相談すれば仲介役をしてくれるんだけど、 知らずに払っちゃったって例も無くはない。

 汗水たらして頑張って払って、 恩赦申請書類にサインしてくれって行ったら断られたりね。

 ユーリがついて行ったのなら、 そんな事にはならないと思うけど。


 「そうだな…… あぁ、 イオは黒竜騎士団に入りたいらしいぞ? 」


 嬉しそうにそう言うユーリに私の顔も思わず綻んだ。


 「じゃあ、 入って良かったって言って貰えるように良い騎士団にしましょうね」


 「おう…… 」


 大分お疲れらしいユーリが、 ほにゃりと笑った。 実は半分位寝てるんじゃなかろうか……。

大の男に言う事じゃないけれど、 随分と無防備な可愛い顔になってる。

 ―― よっぽど嬉しかったんだろうなぁ……。

 オルバさんが私にも蒸しタオルをくれたので、 私もユーリに倣って椅子に座って目に当てた――。


 ―― ヤバイ…… 気持ちい――


 ……寝落ちしました。 凄い勢いで意識が消えたよ。 蒸しタオル凄いわ……。

けど、 寝落ちしたお陰か栄養ドリンクがまだ効いてるのか大分スッキリした気がする。

 エーリケさんに起こされたのが八時頃。 お店は閉店の札を出し、 ウチとケイオスんとこの貸し切りで、 オルバさんのお手製料理がテーブルに並ぶ素敵な光景――。 

 クロ達は私の部屋でお留守番。 来ても良いって言われたから誘ったんだけど、 あの後―― 師匠にコキ使われて皆がお疲れ状態……。 いやもうかろうじて動く屍状態で、 留守番してるって言われてしまった。 オイシイゴハンよりも睡眠を貪りたいらしい。


 「あぁ、 起きましたか? 」


 ケイオスが奥から歩いて来た私とユーリにそう声をかけて来た。 

どうやら、 全員揃った所らしい。 暫く顔を会わせなかった人もいる訳だけど、 皆一様に顔色が悪い。 目の下クマは当たり前。 クロ達みたいに、 ご飯とか言わずに睡眠を貪った方が良かったかもしれない。

 けれど、 事後処理をする度に、 感じる痛みも苦しみも―― 消化できずにいる…… 私達。 ユーリもケイオスも団員達のそんな気持ちを切り替える場として敢えて今こうして集めたのだろう。

 皆もそれを分かってる。 だから、 眠いのに、 疲れてるのにココに居る。 ―― 誰ひとり欠ける事なくこの岩熊亭に――。 


 「あーっ! もう疲れた疲れた、 つかーれーたー! 」


 エーリケさんが駄々っ子のようにそう叫んだ。 気持ちは分かる。 明日のお休みが終わったらまたデスマーチが始まるしね……。


 「確かに…… うちの団長容赦なかったからな―― 」


 遠い目をしてロービィが呟いた。 甘いぞロービィ。 師匠に容赦とか期待するだけ無駄だ。 疲れてからが本番だと思ってるからね。 あの人は。 限界突破したその先の新境地を超えたその先位までは普通にやらせるだろう。

 正直、 今の段階でお休みをくれたのが信じられない位だ。 それだけ、 私達の顔がヤバかったんだろうなぁ。

 

 ドゴン


 と、 凄い音を立てて飲み物がテーブルの上に置かれた。 ティルさんだ。 

横を向いたままの仏頂面に視線が集まる。


 「―― るかったな―― 」


 「あぁ? 」


 ヴァイさんが喧嘩売る気かコラな感じでティルさんを睨みつける。 ガラが悪いよヴァイさん。 下から睨みつける様子はその辺のゴロツキにしか見えない。


 「悪かったな! って言ったんだっ」


 その顔だと悪いと思ってるとは見えないんだけど―― ティルさんは仏頂面のままで私達を睨みつけた。


 「―― っ…… ふ―――――――っ」


 大きく長い溜息を吐いた後、 また視線を逸らせたティルさんが腰に手を当てて俯く。


 「―― 自警団だよ。 裏切り者が二人もいただろ…… 俺達の所為で、 ひでえ事になっちまったって分かってる―― 俺達が、 もっと騎士団を信用できてたら…… もっと早く違った結果が出てたんだろ? ―― 無事に帰って来れたガキどもがもっと居たはずだ…… 」


 カザルを、 守りたい―― 良くしたいと願っていたはずが結局―― 犯罪者に利用される形になってティルさんや自警団の人達の中にも変化があったらしい。 その顔は苦痛に満ちていた。


 「確かに、 信頼しあえてたら…… 結果は違ったろうな…… けど、 そもそもは俺が原因だ。 お前が前に言ってたように自分の事にかまけて、 結果的にカザルを見捨てた…… 謝らなければいけないのは俺だ――ティル。 済まなかった…… 」


 ユーリが真剣な表情でティルさんにそう言った。 ティルさんはその言葉に吠えるように反応する。


 「くそっ! だから俺はお前が嫌いなんだ―― 確かにお前の所為ってトコもあるけどよ。 違うだろ? 俺達は見捨てられたって、 拗ねて信じる事を諦めちまった、 ガキだったって事だよ。 阿呆! 」


 それだけ言い切るとティルさんはズンズン奥に行ってしまった。 後ろ姿が耳まで真っ赤っか――。

プライドは高いみたいだったし、 私達、 特にユーリにこれを言うのも勇気が必要だったんじゃないかなぁ。 

 調理場から顔を出した、 オルバさんが頭をかきながらティルさんをフォローする。


 「悪ぃな。 アレでも反省して精一杯、 謝ってるつもりなんだ…… まだまだガキで素直じゃねぇがな」


 オルバさんは、 ははっ、 と笑ってそのまま奥に引っ込んだ。

拗ねてるって…… 何だかんだでユーリの事が嫌いじゃないって事じゃなかろうか。

苦笑するしかない感じの雰囲気がこの場を包んだ。


 「まぁ、 これを機にカザルの連中との付き合いも変わってくと良いよなぁ」 

 

 ジョイナスさんがそう言って、 ツマミの枝付きマメをつまんだ。 そのまま口に放り込むと苦笑する。


 「俺もたいがい素直じゃねーけど…… アイツも相当こじらせてるよな…… 」


 ヴァイさんがそう言って奥の方を見つめた。 その言葉にエイノさんとルドさんが笑いを零す。

こじらせてる自覚はあったらしい。 ユーリとの関係も大分改善されてると思うんだけど、 それが気にいらないらしくてワザと絡みに行ったりしてるもんね、 最近のヴァイさん。


 「嫌でも変わって行くと思いますよ? 今回の件で、 カザルの人達の騎士団への風当たりは大分、 弱くなりましたからね。 信頼できないって言う思い込みが外れれば、 まぁ良い方向に行きますよ」


 ケイオスがそう言って笑顔になった。

カザルの人達にとって、 少しは信頼してもいいと騎士団の事を思って貰えたのなら嬉しい。

 今はまだ足りない私達だけど、 いつか信頼しあえる関係になれるといいな。


 「さて、 腹も減った事だし―― そろそろ始めないか? 」


 ユーリがそう言ってケイオスを見た。 


 「そうですね。 今日まで不眠不休で御苦労さまでした―― 」


 「皆良く頑張ってくれた―― 休み明けの事は今は忘れろ。 とりあえずは、 お疲れ様だ」


 ユーリに促されてまずはケイオスが、 そしてユーリが言葉を続ける。 


 「とはいえ今回は、 お祝いと言う訳にいかないのが心苦しいですが…… 」


 ケイオスのその言葉に、 皆が沈痛な顔をする。 この件を語るのなら必ず思い出す。 救えなかった子達の事を。 例の水晶は師匠に預けた。 魂を解放する前に浄化が必要らしい。 今は師匠に召喚された天使のラファエル君がつきっきりで浄化を行ってくれている。


 「そうだな…… まずは祈りを。 輪廻の円環へ旅立った魂に―― 一時の安らかな眠りと…… 流転し、 再び産まれいづる時に幸いなれと―― 」


 「幸いなれと―― 」


 皆で、 手を組み祈りを捧げる。 ユーリが唱えたのは葬送の時に死者に送られる一般的な言葉だ。

 この世界では輪廻転生が信じられている。 実際に過去世の記憶を持った人物は残念ながら知らないけどね。 

 輪廻の円環に戻った魂の安らぎを祈り、 また産まれて来る時は幸せになって下さいと言うそれだけの言葉だ。 簡素であるが故に、 私達はそれを真摯に祈る。 

 

 「さて、 それじゃあご飯にしようか? 明日は休みだから好きなだけ飲むと良いよ」


 ケイオスのその言葉にガチャガチャと食器が鳴った。 取り皿やジョッキが皆に配られる。

男共とエーリケさんがお酒を一気飲みした――。 私とフィオナさんは、 お酒では無くオレドの実を絞ったジュースだ。 魔国領ではどうだか知らないけど、 この国は十六才で成人なんでお酒は飲めなくもないんだけど…… どうも自分が自分で無くなるようなフワフワ感があまり好きじゃ無い。

 初めて飲んだ時は記憶飛んだし…… どんな失態するかも分からないしねー。


 「意外だな。 リゼッタさんは飲まないんだね? 」 


 ケイオスが、 オレドのジュースを見てそう言った。 一緒にご飯食べたりするのは初めてだし知らないのも当然だ。


 「あぁ…… なんか飲んだ時の感覚があんまり好きじゃないんだよねぇ」


 「あー。 そう言えばリゼは卒業祝いで飲み会した時も飲んでなかったよな」


 ロービィが、 ジョッキに次のお酒を注ぎながらそう言った。 ロービィが好きなエールだ。 これ苦いんだよなぁ。 なんで美味しいと思うのか理解ができない。


 「何? あんた達って同期なの? 」


 ルドさんが、 ジョッキに注いだ果実酒を舐めるように飲みながらそう言った。


 「ついでに恋バナとか無かったんですかぁ? 」


 私に覆いかぶさるようにして、 エーリケさんが絡んでくる。 すでにお酒臭い。


 「エーリケさん…… 酔うの早すぎ…… ナイですよ? ロービィ君には愛しの―― 」


 「黙れよ馬鹿! 」


 私が苦笑しながら言ったら、 真っ赤な顔になったロービィに言葉を遮られた。 愛しのミィナの事は秘密にしたいらしい。 まぁ、 これ位にしておいてあげるよ―― ロービィの『アレ』 発言のせいで子供の格好したのはこれで忘れてやろう。


 「ほうほう。 何だよロービィ…… 水臭い」


 ジョイナスさんがロービィの肩に腕を乗せながらニヤニヤと笑う。 


 「あんたはフィオナさんとイチャイチャしてりゃあいいんですよ。 俺んトコには首突っ込まないで下さい。 おい、 リゼ…… 人の事言ってる余裕がお前にあるのか? 馬鹿坊ちゃんとかどうなんだよ」


 ジョイナスさんの腕をうざったそうに振り払いながら、 ロービィがそんな事を私に言った。

おかしなヤツだな…… 学院にいる間、 友達以外の男子にはどちらかと言われると遠巻きにされるか、 馬鹿坊みたく嫌がらせされた位しか記憶に無い。 恋愛話には程遠いと思うんだけど。


 「アレはだって嫌われてたじゃん」


 私はジョッキを片手に、 考えた後そう言った。


 「―― あー。 最後までお前の認識ってそれだったん? 」


 憐れなものを見るように、 ロービィがそう言う。 

……? なんだろう。 なんだかこの反応、 ルカにもされたような気がするんだけど……。


 「馬鹿坊ちゃん? 」


 「私が、 黒竜騎士団に移動になった原因? みたいなもんです」


 ガルヴさんに聞かれて、 私はそう答えた。


 「そう言えば、 異動の理由は知らないな」


 ユーリ…… まぁ、 その書類はユーリの寮の部屋で埃をかぶってるでしょうからね。 知らないのも無理は無い。 


 「ここに来る前は、 黄雛こうすう騎士団でお守してたんですよソイツの。 学生時代の同期の馬鹿です。 私の方が成績良かったんで、 在学中から良く嫌がらせされてたんですけど、 何をトチ狂ったのか私を押し倒そうとしたので、 急所蹴って締めて―― 下着一つに剥いて王城の二階から中庭に逆さづりしました」


 私はにっこり笑ってそう言った。 初めてこの話を聞いた男性陣にドン引きされた。 女を押し倒そうとしたんだからそれ位、 可愛い仕返しだと思う。 エーリケさんがケタケタ笑っていて、 フィオナさんは何て言って良いのか分からないように困った顔をした。


 「テーブルクロスに罪状書いて横に垂らしといたんだろ? 」


 苦笑したロービィに言われて頷く。


 「あぁ…… それもやったね」


 コレのお陰で異動できたんだし、 馬鹿坊ちゃんにも感謝しないといけないな。


 「…… 」


 「それ、 聞いた事あるわ…… まさかリゼだったとはね」


 ルドさんがそう言って溜息を吐いた。 そういう事があったという噂だけは聞いた事あるらしい。


 「おっそろしい女だな。 お前…… 」


 ヴァイさんがそう言って身を縮込ませた。 急所を遠慮なく蹴りあげられるさまを、 リアルに想像したらしい。 ご愁傷様です。


 ばきゃり


 何かの砕ける音にそちらを向くとユーリの持っていたジョッキが砕けてる。 本体を持って飲んでたらしく、 残ってた飲み物がユーリの手からボタボタ零れた。


 「―― 団長? 」


 エイノさんが不審げな視線を向ける。 幸いジョッキの中身はそれほど残って無かったようだ。

アスさんに台拭きを渡されて、 手を拭くユーリ。 私はガルヴさんと一緒に床を片付けた。

 ついでに、 ユーリの手に怪我が無いか確認しておく。 幸い破片は刺さってないようだ。 そんな私にユーリが笑顔で聞いてきた。


 「…… あぁ、 どうやらヒビが入ってたみたいだな…… それで、 その馬鹿とやらはどうなったんだ? 」


 ユーリさん、 笑顔の割に目が据わってますけど……。 飲み過ぎた? 


 「え……と、 廃嫡の上ゼンフィルド家の療養地に幽閉ですね」


 「…… そうか…… 」


 ユーリが貼り付けた笑顔のままでそう言う。 アスさんがユーリに新しいジョッキを渡す。 ユーリがそれに新しいお酒を注ぐ。 強いお酒だ―― オーガ殺し――


 「つか、 お前ってゲーティアの一族なんだろ? それだったら移動しなくても済んだんじゃん? 」


 ロービィにそう言われて、 私は思わず頭を抱えた。 まぁ、 クロ達を見られたんで完全にバレましたよね? 召喚の力を持つのはゲーティアであるクラレス家の血族だけだ。

 あの日まで、 家族の誰も知らなかった―― 大怪我をしたユーリを迎えに来た師匠が私を見つけるまで――。 


 「当分バラす気なかったんだよ―― 私は田舎育ちの一般人みたいなもんだし」


 私は貴族生活とは無縁だったし。 泥だらけで、 森を駆けまわる…… ただの子供だった。 記憶の無い父がクラレス家の一員だったなんて知らなかったしね。 ―― 父は、 村奥の滝で母が見つけた。 その時に生死の境を彷徨い目覚めた時には記憶を失っていたのだ。 

 身を証す物はなく、 身元不明人として届は出したものの家族は見つからず…… 結局、 母と恋に落ちて結婚した。 

 父がゲーティアだと言う事を知ってるのは母と、 上の弟だけだ。 ―― 父にはまだ告げてない。

怪我の後遺症にいまだ苦しむ父に負担をかけたくない―― それが一番の理由だけれど、 告げる事で起こりうる騒動にまだ向き合える気がしないからだ。


 「―― そうかなぁ? 」


 突然、 ケイオスがそんな事を言った。 お酒を飲みながら私の方をじっと見つめる。


 「ケイオス? 」


 「リゼッタさんは僕か兄さんと結婚する可能性があるよねー? 」


 にっこり笑ってケイオスが言った。 予想できなかった所からそう言われて私の頭が一瞬真っ白になる――。 し…… ん とその場が静まり返った。


 「ほぅ? 」


 ユーリの這うような低い声が聞こえる。 


 「…… ケイオス君…… 表に出ろコラ」


 私はゆらりと立ち上がってケイオスの胸倉を掴んだ。 セト様に良く似た笑顔を浮かべるケイオスの顔を殴ってやりたい気持と格闘する。


 「あははは。 婚約者候補ですよね? 一応秘密じゃないじゃないか。 それなのに学院ではバレたくないからって僕達の事避けてたんですよねぇ」


 「知ってんなら何で今言ったのか聞いても? 」


 コイツ。 余計な詮索をされないために、 ゲーティアの双子を避けてたのにも気付いていたらしい。

それなのに何で今暴露したんだよ――。 婚約者候補―― 彼等の婚約者候補ではなく私の・・―― だ。 それを言わなかっただけマシなのか……。


 「ん? 今言った方がオモシロそうだったからですよ」


 何故かユーリの方を細くした目で見ながら、 ケイオスが言った。 あぁ、 本当にもう性質が悪い。

理由なんて聞くんじゃなかった。 私は、 諦めて胸倉を掴んだ手を放して席に戻った。

 この顔をする人間に何を言っても無駄だからだ。 


 「マジかよ…… やっぱ首席で卒業したからか? 」


 「ロービィ煩い。 知りたかったら師匠にでも聞け。 私は絶っ対に答えるの嫌だからな」


 絶対に言うものか。 首席卒業? そんなもの関係無い。 

決められた事だ。 だから、 私は恋なんてしない―― そう考えたらズキリと心が痛んだ。

 瞬間的にユーリの方を見てしまう――。 ユーリの顔は半分俯いていて分からない。

今―― どんな顔をしてるのか――。 何で、 私はそんな事が気になるんだろう……。


 「ウチの団長が教えてくれるとも思えないが…… 試してみればどうだ? ロービィ」


 「やめとく―― しかし、 リゼに結婚の可能性があるとはなぁ」


 ジョイナスさんの言葉に、 ロービィがそう言った時だった。


 ごきゃ


 ユーリのジョッキがさっきよりもコナゴナに砕ける。

引きつった顔で、 エイノさんが砕け落ちた破片を見た。


 「―― 団長、 その…… 大丈夫ですか? 」


 心配そうなガルヴさんがそう言って台拭きを差し出す。


 「あ? 問題ないぞ―― 大丈夫だ」


 貼り付けた笑顔を浮かべて、 穏やかにユーリが言った。


 「なんだ―― またヒビか? 今日のコップは壊れやすいな」


 のんきそうな声でヴァイさんが言って自分のジョッキを確認する――。


 「―― ヴァイ、 それにヒビは入ってなかった…… 」


 ぼそりとアスさんがそう呟いた。


 「ほら。 やっぱり面白い」


 ケイオスがそう言ってユーリを見て楽しそうに笑う。 何が楽しいんだか分からない。

ジョッキが壊れた事だろうか? それにしてもさっきからユーリは少し変じゃなかろうか……。

 疲れてるから、 酔いが回るのが早いのかもしれない。


 「フィオナ、 ウチの分団長はヒドイ男だと思わない? 」


 「完全に確信犯よね? 」


 エーリケさんがフィオナさんと何やら話してる……。 ケイオスが酷いのは知ってるけれど、 何が確信犯なんだろう……?


 「まぁ反応みてれば、 からかいたい気持ちも分かるケド―― 相手がお子様だからねぇ」


 ルドさんがそう言って私を見た。 お子様って私の事なの? そりゃあ、 童顔だけどもさぁ。

少しカチンときて、 思わず睨んでしまう。


 「どうでも良いけど、 今の話―― 余所でしないで下さいよ? もしどこかに漏れてたら犯人捜して―― 死ぬほど後悔させますからね」


 精神的にも肉体的にも後悔させてやる。 そんな気迫を込めてテーブルを見まわした。

目を逸らす人、 両手を上げる人、 コクコク頷く人、 どうでも良さそうな人と様々だけど一応、 触れてまわる気がありそうな人はいなさそうだ。


 「…… リゼ、 目が据わってる」


 「アスさん…… それは本気だからですよー? 」


 少々、 顔色が悪くなったアスさんにそう言われて、 私はニッコリと微笑んだ。


 「まぁ、 落ち着け」


 「嫌だなぁ、 エイノさん落ち着いてますよ? 」


 怯えてるアスさんを庇うように、 エイノさんがそう声をかけて来た。

落ち着いてるよ。 怒ってるだけだケイオスに。 言うのは無駄だと理解していても、 この場で暴露された事を許した訳じゃあない。 


 「ちょっ! リゼ? 」


 私はジョッキを手に取り、 中身を一気に飲んだ。 慌てた様子のヴァイさんの声が聞こえた瞬間、 身体の中がカッと火を吹く――

 

 「んあ? 」


 私はジョッキを見下した。 味が違う……。 オレドじゃない……? テーブルに視線を落とせば右の方にオレドのジュースが入ったジョッキが一つ。 じゃあ、 私が持ってるコレは何だ?


 「それ酒だぞ 」


 呆れた様子のエイノさんの声が聞こえた。

んん? どうやら私は隣に座ってたエイノさんのお酒を間違って飲んだらしい。 エイノさんが飲んでたのは確か―― おーがごろし? だったけ? ん。 そーだった気がする。

 なんだかふわふわしてきたよ? けど、 心臓がドカドカしてる―― その後の事は覚えていない。


 次の日―― 私は二度とお酒は飲まないと誓った。 絶対、 絶っ対 二 度 と 飲 む も ん か!

 

リゼの婚約者候補がケイオスorクレフィスです。 何故かという理由はまだ先になるかと。

次はユーリからの視点のお話です。 間違ってお酒を飲んだリゼ。 この後どうなるでしょうか?


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