幕間 歌う少女 ※流血表現あり※
幕間です。
「私の心は灰のよう。 尽きて燻ぶる火のように―― 怨んで呪って貴方ごと…… 共に死ねれば幸福で夢見るように蕩けるの。 貴方と共に黄泉路へと―― ゆければそれは愛しくて灰から花も咲きましょう。 貴方と私の骸から綺麗な花が咲くでしょう―― 」
叶わなかった愛の歌だ。 想い人を忘れられず、 恋慕う想いと相反する恨みごとを歌う詩。 不実な恋人を怨む歌―― 娼館の女たちの間で歌われる歌だ。
そんな歌を幼い少女が歌っている。 しかもその場所が異常だった。
轟々と燃え盛る家の中…… 目の前には手足を引きち切られたおそらくは女の死体。
爪は全部剥がされている―― 拷問されて殺されたようだ。
剥がされた爪は血まみれの少女の掌の中…… 死体すら燃え始めてるというのに少女の身体も服も燃える気配すらない。
業火の中だというのに、 その可愛らしい顔には笑みを浮かべ汗一つ浮いてなかった。
「随分とご機嫌だねぇ」
後ろから声が掛った。 少女が不満そうに振り返る。
「そう思うのなら、 邪魔をして頂きたく無かったわ」
手にしていた爪を男に投げつける。 それを避けて男が笑った。
ひょろりとした男だった。 彫りの深い顔立ちをしているのに、 何故か顔が印象に残らない。
「ゴメンよ。 でも、 もうココを出ないと」
申し訳なさそうにそう言って、 男が謝った。
「そうなの…… つまらないわ。 もっと楽しみたかった…… ふふふ。 あの人帰ってきたら吃驚ね。 こんなありさまじゃあ、 評判は悪くなるでしょう」
少女が言ったのはここが店だからだ。 ウィントスきっての宝飾屋…… 「イルマの涙」 イルマという名の心優しき聖女が流した涙が宝石になったという伝承にあやかってつけられた名前だ。
「だろうねぇ、 呪われた店なんかで買い物をしたいニンゲンはいないさぁ…… 」
男がそう言ったのは、 この店で不幸事が続いているからだ。
まず、 この店の店主夫婦の間に産まれた長男が病で死んだ。 そして、 娘は行方不明。
とどめがこの火事だ。 人々は焼け跡から無残に殺されたこの店の妻と、 雇われた侍女や商人見習いの住み込みの丁稚の死体を発見するだろう。
「あの店は呪われている」 そんな噂が立つのが目に見えるようだ。
「けど、 良かったの? あの男は殺さないで」
「えぇ。 構わないわ。 何百年と続いた老舗を自分の代で潰してしまう…… プライドの高いあの男には耐えられないでしょうね。 生きて苦しみ続ければいいのよ―― ざまぁ見ろだわ」
嬉しそうに、 愛しそうにそう言って少女は嗤った。
幼い顔に似つかわしく無い凄惨な笑みだ。
「本当、 いい拾い物だったよ。 君に出会えて僕は幸せだ」
そんな少女を楽しそうに見つめて男が言う。
「拾い物なんて―― 犬猫みたいに言わないで下さる? 私は貴方の共犯者よ」
燃えた女の首にキスをして少女は妖艶な笑みを浮かべる。
年齢に似つかわしく無い情念の籠った笑みだった。 憎しみと怨みと呪いが籠ったその笑顔。
「ふふふん。 君みたいな共犯者は初めてだ。 これから、 宜しくね―― 呪歌」
母から貰った名前は捨てさせられた。 新しい名前はこの男と出会って捨てた。
今の少女は「呪歌」 だ。 呪いを振りまくそのために、 この男と共に歩くと決めた。
「えぇ。 いいわよ…… 宜しくね? 」
純粋な、 おおよそこの場には似つかわない清らかな笑みを浮かべて少女は男の手を取った。
新しく現われた呪歌という少女。 彼女が今後どうなるのか、 何をするのかはまだ不明――。
次回はエマちゃんとシアちゃんにリゼが会いに行く話になります。
『不注意で世界が消失したので異世界で生きる事になりました。』 もこの後更新予定です。 そちらも宜しくお願いします。




