緊急会議
事件後行われた緊急会議の様子です。
会議室の中は、 怖ろしい位の静寂に包まれている。
騎士団会議―― ただし通常とは違う。
まず、 普段はいないオルバス宰相がいる。 逆に、 普段いる衛士や控えの小姓の姿は見えない。
そして、 ユーリ以外の騎士団の団長と副団長は着席せずに席の後ろに控えていた。
―― 席に座るのは五領の領主。
地の領アースゲイド領主のガヴィル公、 水の領ウィンディア領主であるユージェス公、 火の領ファイオス領主のレーゲン公、 風の領ウィントス領主であるマリウス公、 召の領ゲーティア領主であるクラレス公――。
一様に硬い表情なのは、 五領領主が王都に召集されて騎士団会議に出るなんて異常事態が前例のないものだからだ。
陛下が、 重々しい溜息を吐いて立ちあがった。
「さて、 全員揃ったな……。 会議を始める前に一つ。 各騎士団団長と副団長には誓約を立てて貰う。 ここでの出来事は、 第三者に漏らすな。 事は国の歴史に関わる秘事だ。 口頭での口約束では生温い。 貴殿等を軽んじる訳でも、 信用しない訳でもないが…… アレに関わる全ての者がこの誓約を課されているのでな」
騎士団の団長、 副団長達の顔がより緊張したものになる。
平然としてるのは私とユーリ、 師匠とクレフィス…… そして各領の領主だけだ。
誓約―― ゲッシュそれは召喚術士により異邦の神族を召喚して行われる―― 普通はね。
その神の立ち会いの元に決して破らぬ誓いを立てるのだ。
多いと言ってもやたらめったらに許可されるものでもなく、 国王陛下とゲーティアの領主によって相応しいと認められ許可されたものだけが結べる誓いだ。 通常なら手続きに三ヵ月はかかる。
「…… それはもしや、 破れば命がないってヤツですかねぇ」
赤虎騎士団団長のレーゲン様が苦笑気味の顔で仰った。 戸惑う他の団長達の中で、 この方だけがどこか深刻さにかける顔をしている。 わざとなのか、 素なのか計りかねる顔だ。
「その通りだ。 私と、 各領主、 黒竜騎士団と白竜騎士団の団長それに副団長はすでに誓約を終えている……。 さて、 君達はどうする? 」
命、 そう聞いて―― 団長達の顔に緊張が走った。
まぁ、 そうだよね。 ただでさえ異常な会議の場でゲッシュしろって言われればそりゃあ緊張もするだろう。 神の前で誓うとはそういう事だ――。
簡単に説明するならば…… 私は酒を口にしない―― と誓えば、 一滴も口にする事が出来ない。
例えば、 食事の料理に肉の臭みを取る為に入れられた酒ですらそれに抵触する。
その時の誓いが片腕が使えなくなるとかであればまだ良い。 命をかけていた場合は口にした瞬間にあの世行きだ。 逡巡しない方がおかしい。
「誓いますよ。 重大事なんでしょう? 」
レーゲン様が頭をガシガシ掻きながらそう言った。 レーゲン公…… ジザベラ様が苦笑している。
まったくこの男は―― という声が聞こえて来そうだ。
この状況で即答するのがレーゲン様らしい。 ほんとこの人とは気が合いそうだ。
「団長だけに任せる訳にも行きませんからね。 私も誓います」
テルゼ副団長が、 呆れたような顔をレーゲン様に向けてそう言った。
次に何故かユーリを睨んだ青狼騎士団のユージェス様とオロオロとしたファティマ副団長が誓うと宣言。 緑鹿騎士団団長ウィニス様と副団長のガヴィル様、 紫鷹騎士団のエルカ団長と副団長のマリウス様も誓いの声を上げた。
『了解…… 言質を取ったよ…… では、 今の誓うという言葉に基づき、 枷をはめる……。 この会議で話された話は第三者に出来ない。 後、 私に関する話も…… ね。 話そうとすれば警告が。 それを無視すれば本当に死ぬから注意してね? 』
聞きなれた声が空中から響いた。
誓うと言った団長達の首に黒い茨模様の蔦が一周刻まれる――。 それは赤く光った後にまるで存在しなかったかのように消え失せた。
「やぁ、 一部の人間以外は初めまして。 私の名前はセティウス・エル・ロア・ヴァレンティアだ。 よろしくね」
セト様が陛下の真横…… 空中に姿を現す――。
会議室が一瞬静まり返った。
異界の神族以外に、 この世界で唯一ゲッシュを科せる種族がある―― そう。 魔族だ。
相変わらず黒っぽい服を着て、 この場の緊張に似つかわない笑顔でセト様は会議室全体を見回した。
ちょっと、 近くにいたから寄っちゃった―― それくらいの気安さで自己紹介をするセト様に会場全体がざわめく。
「ま、 魔族! 」
ファティマ副団長が蒼白な顔で叫んだ。
その言葉に、 会議室の中が再び張りつめる。
「そうだねぇ。 魔族だよ。 一応当代魔王の弟だ。 そして、 君等に馴染みのある呼び方をするのなら『黒の賢者』 と言えば分かりやすいかな…… 」
にっこりと楽しそうに笑って言うセト様の横で陛下が呆れた顔をしている。
一応、 私は知ってはいたけど…… 会議室の中では「魔王の弟? 」 とか 「まさか」 とか色々な言葉が飛び交っていた。
ジザベラ様とクラレス公は面白そうな顔をしているけれど、 他の領主達は苦い顔だ。
レーゲン様は少し驚いた顔をした後、 事の成り行きを楽しむつもりみたいだけど、 他の騎士団の団長と副団長の動揺が激しい。
ユーリも全然驚いてないから、 セト様が魔王の弟だって言うのも知ってたんだろう。 師匠とクレフィスは我関せずな顔をしてる―― けど、 これは…… この顔は内心楽しんでるだろうなぁ。
「馬鹿な…… 『黒の賢者』 はゲーティアの…… 」
ユージェス様が動揺したような声を出した。 気持ちは分かる。 私も最初に聞いた時は動揺したからね。 だって黒の賢者と言えば、 絵本なんかで有名だ。 この国に知らない者などいない位に―― ゲーティアの祖としてね……。
「そうだねぇ。 今のゲーティアの子達には全て僕の血が入っている。 なにせ子孫だからね」
そうなのだ。 ゲーティアの生き残りの乙女を連れて来た救国の賢者はそのまま乙女と結婚した。
実際は、 この国に来る前に結婚してたみたいだけれど。 つまりセト様が言ったようにゲーティアの血にはセト様の血が入ってる―― そう魔族の。 それは私の身体の中にも少なからず入っている血だ。
「陛下! これは一体…… 」
ざわつく会議室の中でエルカ団長がそう声を上げた。
「静まれ! 動揺する気持ちは分かるが、 落ち着いて貰いたい。 コレは間違いなく『黒の賢者』 当人だ。 彼自身召喚の力を持つ…… 前魔王とゲーティアの娘の血を引くゲーティアの末裔だ」
更なる爆弾発言が落ちた気がします。 陛下―― これは私も初耳だ。
前魔王の息子というのはまだ理解できる。 お兄さんが今の魔王なんだからおかしくはない。
けれど、 セト様自身がゲーティアの血を引いてるのは驚きだ。 と言う事はセト様は半魔って事だよね。
人と魔族は見た目はあまり変わらない。 唯一違いがあると言えば魔族は耳が少しだけ尖ってるって事。
無茶苦茶長生きだし、 耳も尖ってるからセト様は純血の魔族だとばかり思っていた。
「ははぁ…… これは驚いた。 昔話の賢者サマがまだ生きてるとはねぇ……。 半魔たぁいえ、 魔族ってヤツは長生きだってぇのは本当か」
レーゲン様が感心したような声を上げた。 この状況で楽しそうにそう言い切るレーゲン様にセト様が目を細めた。 ロックオンされてますよ、 レーゲン様。 好きそうだもんなぁ…… セト様…… こういうタイプ。 あぁ恋愛的な意味じゃないよ? 自分を見て物怖じしないヒトが好きなんだよ。 面白いらしい。
「ヒトが魔族への誤解を解いて、 勇者を送って来なくなってからかなり経ったけど、 親交がはじまったのは最近だからねぇ。 知らないのも当然だと思うよ」
セト様がこの国に来てから何百年も経ってる訳だけど、 親交というか交流みたいなものが始まったのは最近だ。 主に物流面で。 商人というのはその辺は尊敬できる。 「おそろしい」 モノであった魔族―― 気分屋で対応を一つ間違えばアリを潰す様に私達を殺せる魔族―― その国に行商行っちゃうんだもん。
お陰で、 最近の王都では魔国領で採れる珍しい石や食べ物が流通するようになってきた。
「…… 成る程。 失礼な話…… 最近やっと交流し始めた魔族が、 すでにゲーティアの血と混じっていたとあれば民が混乱すると言う事ですか? 」
ウィニス団長が、 そう呟くように話した。
商人のお陰で、 大分魔族に対する印象は良くなりつつあるけれど、 全てが払拭された訳ではないからね。 ましてや、 昔は勇者を送って魔王を倒そうとしていた訳だ―― 余計に交流なんてとんでもなかったろう。
「そういう事。 昔話の魔族は、 魔獣を使って人の世を襲う悪者ってイメージだったからね。 まぁ、 ソレは完全に誤解なんだけど…… 歴代魔王の中には、 遊びでこの国を襲った魔族がいなかった訳じゃないから…… あ、 今は大丈夫だよ? 私の母上もヒトだし、 兄上の妻は元勇者だ。 特に兄上の代になってからは悪戯にヒトに干渉しないように躾けてあるから」
さらりと凄い事実が出たよ…… セト様のお義姉様は元勇者ですか……。 どうなってんの魔王の家系。
勇者って魔王を殺しに行った人ですよね? なんで結婚してんだ。
可能性が高いのは勇者リシュルかなぁ…… それ以前の勇者様一行は首だけ転送されてこの国に戻って来てた。 それが変化したのは彼女の代からだったはず―― 勇者一行が首が繋がった状態で国に転送されて来るようになったのは。
とは言え、 リシュル自身は帰って来ていない。 なので死亡説が今まで主流だったんだけど。
「躾け…… ですか」
ユージェス様がポツリと呟いた。
「そう。 破れば死ぬから、 遊ぼうとも思わないだろうね。 ちなみに少数の魔族はもう何十年も前からこの国で生活してるものもいるよ? あぁ、 安心して貰っていい。 そっちの手綱は私が握ってるから」
…… セト様。 ゲッシュで縛ってるからって言いたい放題だね。 会議室内がシンとしてますよ。
すでに、 この国で生活している魔族がいるとか…… 各領のご領主サマもこれは初耳だったらしい。
一様に渋い顔になった。 陛下が、 片手を顔に当ててコメカミを揉んでいる。
知ってたけど、 まだ言うつもりは無かったって所かな。
私はセト様を信じられるけど、 他の領主達はどうだろう? まぁ、 その辺は後日会議でもなんでも開いて下さい。
「…… 」
「さて、 例の場所に行って来た。 人攫いの件で現れた仮面の男は魔族に近い。 けどね、 魔族と言うより闘神ヴェルムに近い」
―― ぞくり、 と背筋が粟だった。
セト様が、 会議室に現われて初めて不愉快な顔をする。
「何だと……? 」
ユーリが席から立ち上がり、 セト様を茫然と見上げる。
私も同じ気持ちだ。
魔族に近いモノだとは思った。 けど、 あのあり得ない再生能力や黒い血に得体の知れない生き物を相手にしている気持ちになって…… この会議が開かれる前、 師匠と陛下…… おまけに何故かその場に居たセト様に報告する時にその話をしたのだ。
『ふむ。 魔族なら―― とりあえず私の管轄だねぇ。 ちょっと残ってる気配を探って来よう』
そ言ってその場から姿を消したのが二日前――。 その結果がまさかの闘神ヴェルム? いや、 当人じゃないにしても近い気配ってナニ。 アインはそんな大物な訳?
「いや、 待って下さい…… 人攫いの件って言うのは先日の会議の事ですか? 」
エルカ団長がそう厳しい顔で声を上げた。 そうですよね。 前置きと説明とかナシでいきなり言われればそうなりますよね。 分かります。 セト様がごめんなさい。 こう言う魔族なんで早めに諦めて慣れる事をオススメします。
「闘神ヴェルムだと? 」
「落ち着け、 最初から説明する! 」
ざわざわと動揺が走ったので、 陛下が声を荒らげた。 この場を一喝―― シンと会場が静まる。
若くとも、 この方は私達の『国王陛下』 尊敬できる方だ。
ユーリと師匠が、 交互にその日あった出来事を説明していく。 この場にケイオスが居ないのは祭壇で戦っていなかった事と事件の後始末を引き受けて貰ってるからに他ならない。
―― 話を聞いて各領の領主と、 騎士団の団長達の顔は蒼白だ。
「かつての、 大氾濫を引き起こした犯人だと! 」
「魔族なら、 私達の管轄じゃないのでは? 」
ざわざわと不安げな声が沸き起こる。 騎士団長や領主を弱腰であると思う事無かれ。
相手はいつも相手して戦ってる魔獣の類では無い。 闘神ヴェルムに近いと言う事はもっと根源的な災厄に近い。 ヒトは嵐に勝てるのか? 答えは否だ。
「正確には魔族じゃない。 魔族なら、 兄上の支配下だ。 そんな生易しいモノじゃないって言ってるんだ。 アレは私の父上並みの化け物だ」
セト様が言うには、 魔族であれば魔王の言葉に逆らえないのだという。
どういう仕組みでそうなってるのかはさっぱりだけれど、 この国にちょっかい出さないように『躾けてある』 という自信は魔王に逆らえないという事からも伺える。
「じゃあ、 その…… ヴァレンティア殿のお父上に頼る訳にはいかないのですか? 」
ガヴィル公が駄目もとで、 と言わんばかりにそう言った。
「この世界が消えていいならそうすれば良いと思うよ」
セト様が、 にっこりと満面の笑顔を私達に向ける。 この件で、 魔族は戦力的に期待するなって事ですね。
「父上や兄上は力が強すぎる。 戦えば、 この世界位消滅するだろうね。 あぁ、 私にも期待してはいけないよ? ヒトの国に来るにあたって、 戦闘しないように誓約して来てるから。 私の力でもこの国位は消滅させられるらしいからね」
聞いてはいけない事を聞いた気がします。 流石は闘神ヴェルムの子孫だと言う事か……。
実際、 ヴェルムとヴェルガの殺し合いでは世界が壊れかけたって伝承が残ってる。 一応お話の中ではヴェルガの弟妹達が力を合わせて、 世界を支えて壊れないように守ってたけど…… あれはお話の中の誇張じゃ無かったって事か。
アインを倒す為だけに世界が崩壊してれば世話はない。 それって魔族はどうだか分からないけれど、 ヒトは全滅する気がする。
「…… どうすればいいんです? そんな化け物が何かを企んでいると知って…… 」
マリウス公が茫然と呟いた。
「正直な所…… 現状ではどうしようもない。 ただ、 アインという男が語った『その武器では倒せない』 と言う言葉があるように、 何か倒せる武器があるのかもしれない。 とりあえず、 例の監獄はこの国が出来たばかりの頃に稼働していた『タルタロス』 だと言う事が分かった。 そこは引き続き、 マルトリア学術院の研究者達に調べさせる。 それとは別に、 アインが起こしたと思われる事件の伝承等がないかも調べる予定だ…… 」
マルトリア学術院はこの国の文官になりたい少年少女が達が通う学校である。
そこの研究者は研究馬鹿として有名だ。 三度の飯より研究が好き…… 結婚したら奥さんに苦労させるタイプなので独身か離婚経験者が多い。
それは置いといて何故、 現状では対処できないのに領主まで参加させたこの会議をしたのか? それは情報が共有されているのか、 されていないのかで大分対応も変わってくるからだ。
対処のしようも無い災害に気を付けろと言っているような物だけれど、 その情報があれば異変に気付く事もあるだろう。
アインは、 欲望に働きかける。 人攫いの連中が利用されたように、 黒騎士が唆されたように。
誰が思ったろうか。 カザルの人身売買組織の話がこんな大事になるなんて。
「後は、 私の父上に話を聞いてみるかなぁ…… まともな古竜辺りがどこかに生き残ってれば何か分かりそうなものだけど」
セト様のポツリとした呟きは、 全員には聞こえなかったようだ。
けれどユーリが古竜という言葉に反応する。 狂ったあの竜を思い出したのだろう……。
陛下にオルバス宰相がそんなユーリを見て痛ましげな顔をした。
この日の会議は大混乱のままに閉会した。 陛下から出された指示は二つ、 各領で資料をあたりアインが関わった事件を探す事。 そして、 小さくとも何か異変が無いか気を配る事――。
今はこれ位しか出来ない。 けれど、 それがアインに繋がる道であると信じるしか無かった。
アインが、 ヴェルムに近いとはどう言うことなのか? アインの正体が分からぬままに会議は終了。
このすぐ後に短いですが幕間をUPします。




