悪しき物 ※流血表現あり※
戦闘続きます。
黒騎士が、 何かを唱えると私達がいる祭壇に黒い膜が張られた。
銀鎖で触ってみると、 弾かれた。 私達が逃げられないように障壁を張ったらしい。
魂の入った水晶は、 黒騎士にとってとても魅力溢れる物だったようだ。
グオンッ
重たい風切り音を立てて、 黒騎士の剣が空を斬る。
その巨体からは想像できない素早さだ。
まともに受けるのは、 私には無理。 それだけじゃなく、 攻撃を通すには私の剣じゃ心もとない。
なので駄目もとでオドを剣に通す。
私の剣はエタナリウムを使ってないので、 効果はそれほど期待はできないけれどオドを通さないよりは強度があがるはずだ。
もちろん銀鎖も強化した。
ガキン
避け切れないと判断したユーリが黒騎士の剣を受け止めた。 おそらく、 ユーリも剣にオドを通して強化してるのだろう。 …… 馬鹿力め。 黒騎士の力を吹き飛ばされもせずに受け止めている。
少し羨ましくなった。 私にはとてもできない芸当だ。
私は、 黒騎士の身体に右手の銀鎖を巻き付けた。 両腕を封じてしまえば動けまい。
銀鎖の先を床にアンカーとして突き刺して固定しようとした所で、 黒騎士がフンと気合を入れた。 銀鎖がバツンと弾けとぶ。
―― 筋肉の力だけで、 銀鎖を引きちぎるとか!
見通しが甘かったみたいだ。 ちょっとの強化じゃ効果ないらしい。
―― あぁ……もうこれ予算で直して貰えないかな……。
残った左の銀鎖にこれでもかとオドを流し込んで強化する。 幸い私のオドの量は人並み以上にあるのでちょっとやそっとじゃあ枯渇しないから使いたい放題だ。
ギンっ
ガッ
あの剣と切り結ぶなんて、 ユーリの剣はどうなってるんだろうと思って見たら、 剣に薄膜が張ってあった。 あれは…… どうやらオドで強化した上に結界を張ってるようだ。
―― 結界のあんな使い方―― 初めて見たよ。
取り敢えず、 黒騎士はユーリが抑えられそうだったので、 私は別の事を試してみる事にしようか。
アインだ。
召喚者のアインが死ねば、 黒騎士が強制送還される可能性が高い。
あいつをどうにかしてみるのもアリじゃないかと思った訳だ。
私はユーリを援護しながら、 黒騎士を攻撃するふりをしてアインに銀鎖を飛ばす。
『うわっと! 』
避けた所を、 銀鎖を曲げて更に追う。
銀鎖はアインの腕を浅く斬り裂いた。 血が床に滴り落ちる。
戻した銀鎖の先についた血は黒い。 ―― 魔族の血も赤いはずだった。 ならアインは?
『いったぁい。 顔に似合わず酷いコトするなぁ…… 着眼点はとってもいいケドさぁ。 駄目だよ? 君が戦うのはアッチ! じゃないと…… 』
ぎしり。
そう嗤うと、 アインが水晶を握りしめる。 聞こえないはずのあの声が恐怖と痛みを増した。
水晶…… ただの魂の容れ物ではないのか…… それにアインが好きなように苦痛を与える事ができると?
『うふふ。 いーい顔。 僕その顔好きだなぁ…… じゃ、 頑張ってねぇ? 』
クルクルと空中を楽しそうに飛びながら、 アインが挑発するように言う。
私は唇を噛み締めた。
腸が煮えくりかえる。 このままヤツを殺してやりたい。 けれど、 アインの手の中にある水晶がそれを躊躇わせた。
この戦いに勝って、 アインが大人しく水晶を渡すかどうかも分からない…… けれど今、 水晶の中にいる子供達の魂を苦しめて奪取する事が最善とも思えなかった。 その時――。
「うぉっ! なんじゃこら」
ヴァイさんの声だ。 どうやら追いついたらしい。 その後ろからはルドさんの「何コレ、 結界? 」
って声がする。 障壁に阻まれ、 こちらに来られないようだ。
階段の一番上、 広くなっている所にウチの騎士団員が揃ってる。
「ヴァイノスっ! 状況は?! 」
ユーリが黒騎士と斬り結びながらそう叫ぶ。
「団長?! なんすかそれ! 」
ヴァイさんは見た事もない黒騎士の大きさに驚き、 半ば混乱してるようだ。
しかし、 そんな事を聞かれても、 ユーリに説明してる余裕などありはしない。
私も黒騎士の方に向かいながら、 ヴァイさんに怒鳴り声を上げる。
「いーから状況! 」
私のその声に答えたのはルドさんだ。
若干放心気味のヴァイさんを押しのけて障壁を叩きながら叫ぶ。
「白竜騎士団が下で戦ってるわ。 自警団のほうと、 孤児院の方は白竜騎士団の別の分団が押さえてくれてる。 特に孤児院の方はサイファス団長が子供達の呪いを解くように指示されてるわ」
『あぁ…… 僕の素敵な呪いに気付いてくれたんだ? 』
うっとりとアインが言った。 手で、 水晶を転がしながら…… 嬉しそうに宙を回る。
その声に、 皆はアインの存在に初めて気付いたようだった。
全身黒で、 のっぺりとした笑い顔の白い仮面だけが浮き上がって見えるアインにぎょっとしたような顔をする。
『あんな扱いされてるんだもん。 あの子達は要らない子デショ? そんな子達に素敵な素敵なプレゼントぉ! 逃げようとすると発動してぇ、 後は五日もお家に帰らない悪い子はぁ…… ね? 』
ちょん と首を切るような仕草をして、 アインが嗤う。
「貴様! 」
ユーリがこめかみに血管を浮き上がらせながら怒鳴った。
一瞬の隙を逃さないように黒騎士が振り落とそうとした剣を私が銀鎖で逸らす。
ユーリが気まずそうな顔で悪いと、 目で謝った。
『怒んないでよ。 ちょっと、 内臓かきまぜられて死ぬだけだってばぁ。 ちゃんと死体も再利用したんだから褒めてよー』
その言葉に、 ユーリは憤怒の形相をした。 皆は何を言っているのか分からないようだ。
そして、 私は…… 愕然とした気持ちで、 アインを見た。
口の中が、 カラカラで気持ちが悪い。
―― 死してなお、 子供達はコイツに弄ばれなければならないのか……?
その子達が何をしたと言うの? ただ、 一生懸命に生きていただけなのに!!
『ん? 分からない。 下でお仲間が戦ってる中に入れてあるョ』
にやぁりと嫌な嗤いを浮かべて言うアインにヴァイさんが怒声を上げる。
「くそが! てめぇいい度胸だ…… ここ開けやがれっぶっ殺してやる!! 」
ガンガンと剣で障壁を叩くがびくともしない。
「存在そのものがまるで毒だな…… 」
エイノさんが吐き捨てるようにそう呟いてアインを睨みつけた。
ルドさんは唇を噛み過ぎて、 血が出てるし、 アスさんは蒼白だ。
いつもは温厚なガルヴさんが、 赤黒い顔でアインを睨めつけている。
『僕ってば酷い言われようだなぁ…… 哀しーい。 あ、 ソレは僕が張ってるんじゃないからねぇ、 開けたりとか解いたりとかはできませーん』
目の前が怒りで、 真っ赤になる。 冷静な部分の私が落ち付けと言ってるのを意識の隅に叩き出して、 アインに攻撃をしそうになったその時――。
『リゼッ! 』
そう、 叫んで駆けあがってきたのは、 クロだ。 後ろからシェスカも駆けあがってくる。
あぁ! 二匹が来てくれたのなら、 大丈夫だ。
「クロ、 シェスカ! 」
私の大切な二匹が来た事で、 私の頭が少し冷静さを取り戻す。
『お待たせ。 リィオとルカはイオと一緒にいるわ。 安心して』
シェスカが私を安心させるようにそう言った。 私達の絆は強い。
だから、 今の私の精神状態がどうなってるか分かっていて気が気じゃなかったらしい。
その心配が今はありがたくて、 少し泣きそうな気持になって微笑んだ。
『くそっ! なんだこれ…… 入れないぞ? 』
クロが、 障壁に体当たりをして叫ぶ。 シェスカが不安そうに私をみた。
「今、 喚ぶ」
私はそう言うと指先にオドを集めて空中に召喚陣を描く。 指先から展開された小さな召喚陣はそのまま空中に固定され、 そこを起点に花が開くように次々と陣を形成していく。
私は白く光るその召喚陣に、 掌を重ね召喚の呪文を唱えた。
『リゼッタ・エンフィールドの名において命ずる。 スコルの子クロムウェル※※※※※、 ハティの子シェスカティナ※※※ 血の盟約に従い、 現出せよ、 現出せよ、 現出せよ。 現れ出て我が元で力を示せ』
真の名は契約者にしか唱えられない。 悪用されないように、 契約者以外の聞いてる人間には意味のない音にしか聞こえない。
召喚陣が私の力に呼応して光を増す。 キーンとした音が空中を奔った。
黒騎士が私の様子を見て召喚を阻止しようと、 剣を振るった。 ユーリがソレを阻止する。
黒い雷が黒騎士の手で私に落とされた。 しかし、 その雷は召喚待機状態になってる召喚陣のシールドによって弾かれて四方に散った。
ズ…… ズズ ズ
黒いシールドの外にいたクロとシェスカが光を放つと解けて消えた。
そして召喚陣から二匹の獣が姿を現す。
まずは頭、 そして前足…… 身体が出て最後に尻尾……
ズ……ン
そう音を立てて―― 床の上に降り立つ。
巨大な黒い狼は足元に太陽の炎を纏い、 少し小型の白い狼が揺らめく月の光を纏って現出を果たす。
がふぅとクロが炎を噛み締めた。 ツンと上を向いたシェスカが冷気を吐く。
『おぉー。 障壁が張られた状況で召喚ができるなんて、 キミタチ随分と絆が強いんだねぇ…… 』
アインが驚いたように目を見開いた。
クロが炎で床を焼きながら、 黒騎士に躍りかかる。 その後をシェスカが追った。 シェスカの通った後は氷がパキパキと音を立てて起立する。
ユーリが、 慌てて後ろに下がった。
シェスカが黒騎士の剣に噛みついて下に固定―― クロが下がった手のお陰でガラ空きになった首に噛みついて黒騎士を引き倒す。 そのまま噛み砕こうとするけれど、 流石に硬くて無理みたいだ。
『うーん、 タゼイニブゼイってやつだねぇ。 流石にこれだと黒騎士が不利だなぁ…… ヨシヨシ。 力を分けてあげよー』
ニコニコ笑ったアインが、 黒騎士の顔の横に現れた。
『なにを…… 』
黒騎士が、 何かを感じたように顔を逸らそうとする。
それはおかしな光景だった。 黒騎士を今まさに危機に追い込んでいるのはクロとシェスカだ。
なのに、 黒騎士は二匹を恐れるのではなく、 アインを恐れている。
それは、 この場の誰もが感じたものかもしれない。
全身を、 毒虫に這いまわられているような…… その気配。
エイノさんが、 存在そのものが毒だと言った気持ちが良く分かる。 キィキィとガラスを引っ掻くような感覚が心臓に広がる。 コレは―― 悪しき物だ。 それも、 超弩級の。
『ここままだと君、 死んじゃうでしょ? それだとあっさりしすぎてツマンナイからさー』
何でもない事のようにアインが自分の親指を噛みきった。 黒い血がダラダラと口から零れる。
意味が分からない。 コイツハナニヲシテイル?
―― 信じられない事に、 アインの親指は断面がウゾウゾと蠢いた後、 綺麗に再生した。
黒騎士が、 慌ててアインから逃げようともがく。
ユーリが、 不穏な気配の呪縛を断ち切ってアインに斬りかかった。
私もそれに続く。 アインのしようとしている事をさせてはいけない。 そんな衝動が全身を支配した。
アインはユーリの斬撃を宙に飛んで避けて、 黒騎士を踏み台にした私の攻撃はかわして避ける。
追撃させた銀鎖は、 アインが手から出した黒い力に弾かれその衝撃で私は吹き飛ばされた。
ユーリが私の後ろに入ってくれたおかげで、 なんとか態勢を立て直す。
クロとシェスカが毛を逆立てて唸り声を上げる。
『どうせ、 死んじゃうならイイヨネ? だいじょぶさぁ…… ちょっと痛いかもしれないけど力をあげるよ…… もしかしたら死なないで済むカモよ? 』
君の意識は残らないと思うケドネー。 そう言って口から親指を取り出す……。
アインは自分の血に濡れた唇をぺろりと舐めると…… うっそりと嗤った。
ぞわぞわとした悪寒が背筋を這いあがる……。
ユーリと一緒に走りながら、 銀鎖を放った。 少しでも牽制になれば…… 私達がそこにつけるまで持てばと思って。 千切れた方の銀鎖の残った部分を黒騎士の腕に巻き付けた。
アインへと投じた銀鎖は矢のように飛ぶ。 アインが、 馬鹿にした笑いを浮かべてソレを払った。
また吹っ飛ばされそうになったけど黒騎士に右手の銀鎖を巻き付けていたので、 踏みとどまれる。
油断しているアインに、 銀鎖に沿って目だたぬよう後から投げた棒状の小剣が突き刺さった。
親指を持っていた右手が垂れ下がる……。
その機を逃さず、 ユーリがアインを肩から切り落として―― 一瞬身体がズレた…… 殺ったか? と思った瞬間…… 元の位置に戻って傷が塞がる。
私が投げた小剣は腕から押し出されて床に落ちた。
『ざあーんねぇん。 普通だったら死んでたよ。 吃驚したぁ―― 痛いから斬られるのは嫌いなんだよねー。 うふふ、 惜しかったネ! 普通の剣じゃあ僕は死なないョ』
あまりの光景に息を飲んだ瞬間、 アインが黒騎士の口に親指を放り込む。
途端に黒騎士の身体が爆発したように見えた。 衝撃にクロとシェスカが飛ばされて障壁に叩きつけられる。 鎧がはじけ飛んで音をたてて障壁に突き刺さった。
『ふざ…… けるな…… これは契約外…… っ』
黒騎士の身体が膨張を続ける。
苦悶の声を上げながら黒騎士がアインを握りつぶそうと宙に手を伸ばす。
『ぎ…… あぁぁぁあああ! ヤメロヤメロヤメロ! 私を喰らうなぁっ! 』
聞くに堪えない音が響く。 ガキゴキと骨格が砕け組みかえられて行く音だ。
うぞり
それは蠢いた。 身体にはいくつもの目。 ギニョロ、 ギョロと辺りを睥睨している。
人型は壊れ、 巨大な獅子のような姿。
それも歪んで、 溶け落ちてヒュドラのような姿に変わる。 何度かそんな移り変わりを繰り返して……。
身体を起こしたクロが、 黒騎士だったモノが完全に安定する前に叩こうと炎を吐く――。
しかしソレは、 黒い光に阻まれた。 アインだ。
黒騎士だったモノは安定しないで揺らぎながらも、 最終的には熊の身体に蛇の頭、 雄山羊の頭と獅子の頭…… そしてアレは竜の尾か…… 黒い体の表面にギョロギョロとした目がついた異形に変わった。 魔物と言うにはおぞましく、 生命と言い切るには何かが欠落している。
こんな生き物見た事がない―― キメラと言うべきか……。
黒騎士自体は消滅したのだろう、 障壁がバリンと音を立てて崩れ、 黒騎士の…… 障壁に突き刺さっていた鎧が音を立てて落下した。
嫌な沈黙がこの場を支配する。
『僕と違ってぇ、 こっちはちゃんと殺せるからね? さぁ頑張って僕を楽しませてョ』
アインが両手を広げてクスクスと笑い声を上げる。
ガチガチと、 キメラの頭達が歯を鳴らした。 涎がダラダラと口から零れる。
どうやらお腹がすいているようだ。
もちろん、 ご飯は私達――。 けど、 当然食べられる気は無い。
スコルとハティに子供はるのか分からないうえ、 属性はなさそうですが…… ここではその設定と言う事で……。 ついには、 黒騎士もザコ扱いに。 アインがだいぶ暴走中。
次回はキメラ戦。 これ以上は進化(?)しないと思う……。
『不注意で世界が消失したので異世界で生きる事になりました。』 も更新しましたので宜しければお願いします!




