生贄召喚 ※流血的表現あり※
少し重たい内容です。
―― あぁ…… 嫌なニオイだ。
古い血と新しい血…… むせかえるようなそのニオイ。 コレは何だ?
床に何かを引きずった跡。
「古過ぎる」
壁に飛んだ一つの血の跡を見て、 ユーリがそう呟く。
確かに。 最近のものだけじゃない。 灰色や退色にまでなってる血痕もある。
何年、 何十年、 それとも何百年…… ここは使われて来たのか……
イオが言ったように、 木製の扉に鉄格子が嵌められた牢屋が姿を現した。
通路の左右にずらりと並ぶそれを、 一つ一つ覗いて行く。
「…… いませんね」
親指の爪を噛む。 まさか…… と嫌な考えをしそうになって、 私は首を振ってそれを追いだした。
ユーリも、 焦燥を隠さない。 厳しい顔で奥を見つめる。
悲鳴は…… 聞こえない。
だからと言って楽観視もできない。
「…… 」
牢屋の中を確認しながら先を急ぐ。 牢屋のいくつかには、 古い服を着た白骨死体が転がっていた。 足には鎖のついた枷が嵌っている。
昔は、 監獄として機能していたのかもしれない。 けれど…… 罪人だったにしても死体を放置したままってどんな状況なんだろう。 その時――
絶叫が聞こえた――
女の子の声なんかじゃない。 野太い、 男の声だ。
ユーリと顔を見合わせて走る。 あの声はただ事じゃあない。
両脇の、 牢屋の確認を取り敢えず諦めて…… 一本道の真っ直ぐな通路を走って行くと、 大きな入口が一つ口を開けていた。 ひと際明るくなっているその部屋に辿り着いて―― その先でみたものは……。
―― 食屍鬼……!
一瞬、 目を疑った。 何人もの、 何人もの子供達。
それが、 男達に襲いかかっている。
全身が傷だらけの子供達。 その服の胸元が一番赤い。 おそらくは心臓を抉られて死んだのだ。
本来なら、 結界内であるここに居るはずもない魔物。 けれど、 多くの死がここに瘴気を産み魔を孕んだのかもしれない。
「くそっ! くそっ! くそっ! 何でこんなこんな」
パニックになりながら、 子供達を切り捨てて行く男。
「言う事を聞けば、 金が手に入るって言われたから俺は…… 許してくれ、 許して…… ぐあっ」
謝って逃げながら、 突進してくるのをよけきれず、 子供達に群がられ噛み裂かれて死ぬ男。
「嫌だ嫌だ嫌だ! 俺ぁまだ死にたくねぇっ! 」
涙と涎を垂らして、 ただただ逃げ惑う男。
「祭壇だ。 祭壇の上に行け! 走れ走れ走れ! 」
こんな中でも冷静に状況を見定め、 逃げる事を指示する男。
「なんでだよう…… なんでだよう…… 今までっこんな事なかったじゃねーか! 」
一人、 壁によじ登り…… 下に群がる子供達を蹴り落としている男。
「てめぇ! おい黒マントぉーーーーーーーっ ぶっ殺してやる!!」
子供達を斬りながら、 祭壇の上に向かって吠える男。
―― こいつら……
人身売買の組織の奴らか……。
なんでこんんあ状況になったのかは分からないけれど、 グール化した子供達に襲われているのは自業自得な気がした。 だってこの子達はお前らのせいで死んだのでしょう?
昏い思いが首をもたげて顔を出す。
「リゼッタ。 しっかりしろ…… 来るぞ」
「…… 」
ユーリの言葉に正気に返る。 私達に気付いたグールが襲ってきたからだ。
一人目を斬り捨てて、 二人目を銀鎖で両断する。
理解してはいても、 心が痛む。 この子達は、 私達が助けられなかった子達だ。
この世界でのグールは死体に邪妖精が入り込んだものだと言われている。
この子達の魂はここに居ないのだと言い聞かせながら、 斬り伏せた。
「くそっ! 何人いるんだ…… 」
ユーリがそう言うのも無理はない。 数えてる暇など無い程の大人数だ。
男達は、 私達を囮にこれ幸いと祭壇とやらに向かい出した。
この部屋の真ん中にある太い塔のようなものだ。 その周りに階段が螺旋状に伸びている。
上を見れば、 一番上の所から何本か橋が渡っているので他にも出入り口があるのかも知れない。
「斬り抜けて、 アイツ等を追うぞ」
「えぇ…… 逃がす訳には行きませんからね」
「ここにいない子供達が無事だといいんだが…… 」
子供達が着ているのは、 ボロボロの服だ。 その感じから、 孤児だった子供達なのだと理解できた。
私達は、 グールの群れの中を走り抜けながら祭壇の塔を目指す。
男達はもう中程まで登ったようだ。 その後を追う。
階段は手すりもない。 人が一人…… 通れるくらいの幅のものだ。 駆けあがって行けばグール化した子供達も後を追って来ようとする。
その姿が、 助けを求めて縋るように見えた。
―― 助けられなくてごめんね
くだらない感傷だ。 けど、 謝らずにはいられなかった。
ユーリも、 痛ましげに子供達を一瞥した後、 男達の後を追って駆け出した。
追って来るグールに銀鎖で攻撃する。 最初に登って来た何人かが塔から落下して行った。
階段下では一斉に押し寄せたグールが階段を上ろうとするので、 結局は押し出されて登って来られない状態になっている。
上へ登る度に、 周囲が薄暗くなって来た。 灯りの数は変わらないのに…… まるで、 何かの気配が灯りを暗くしているようだ。
「うわぁ! 」
男達が逃げたはずの祭壇からはくぐもった悲鳴が聞こえてくる。
私達が祭壇の上部に辿りついた時…… そこで見たのは異様な光景だった……。
先に逃げたはずの五人の男達。 ただ、 平たいだけのその塔の上で――
一人は胴から両断されて既に事切れている。
一人は腰を抜かして。 その場を離れようと必死だ。
一人は口から黒い泥を出して。
一人はブルブルと蠢動する泥の中に埋没している。
そして最後の一人は……
黒いローブの仮面の男に顔面を掴まれてビクンっビクンと痙攣していた。
『やぁやぁ。 お客さんだぁ! いらっしゃい。 この前ぇ見逃してあげた子がぁ君等を連れてクルナンテ』
きゃはは! 予想外~!!
ふざけた口調でケタケタ笑うそれに。 ゾワリと全身が泡立つ。 口調はまるっきり子供だ。
声は多分少年。 体型はひょろりとしているものの、 ユーリ位の身長はある。 確実に大人だ。
私を見る視線に覚えがあった。 ねっとりとした…… 気持ちの悪い…… あの時のヤツだ。
『んふふふ~。 まさか君が騎士団の子だったとわ! 世間は広いのかなぁ? 狭いのかなぁ? 初めまして? 初めまして! 僕の血の同胞よ! ケド、 君には僕の嫌いな奴等の血も入ってるんだよネー! 』
何を言ってる? 血の同胞?? 私にあんな変な親戚はいない。 そんな事を考えていたら途端に仮面の男の口調が変わった。
『遊ぶのも大概にしろ、 アイン』
渋い男の声だ。 それが、 仮面の男の口から洩れる。
『えー! だってここもう放棄するんデショ。 いいじゃ~ん! ツヴァイってばうるさいんだから』
また再び少年の声。 これは、 何だ?
『ツヴァイの言う通りデショ。 あんたがあの子供をメンドくさがって放置したからヨ。 後ちょっとで結界を破れたのにサ』
また別の声だ。 少年、 いや青年の声。
『ブーブー。 ドライの意地悪。 破れなかったのはぁ、 ロクなの連れて来れなかったコイツ等のせいで~す! 』
また、 アインと呼ばれた少年の声に変わる。 何と言うかキモチワルイ。
『はぁ…… まっあったく…… 八割方、 お前さんのせいじゃろうが』
急に聞こえたのは、 大人の妖艶な女性の声だ。
『そうかな? そうなの? フィーアってば物知りだね! 』
また、 きゃははは! と笑うアイン。
『前の大氾濫の時も、 結局上手くいかなかったのは、 アインの所為だったじゃんか。 もうちょっとしっかりしてよねー 』
今度の声は小さな女の子の声だった……。 そこで、 我を取り戻す。 こいつらが言っていた内容を思い返して血の気が引いた。
こいつら…… 結界を破ろうとしてたのか……? しかも、 大氾濫にも関与してる――??
『フュンフだってノリノリだったくせに! ズッルイ!! もうみんな黙っててヨ』
アインが、 ぶーっと言った後から、 他の声は聞こえなくなる。 一人り芝居?
いや、 多重人格か……。
『あぁ、 ごめんごめん。 お客さんお~ 放っておくなんて! 父様に怒られちゃうよねぇ。 とゆー訳で、 今回の「結界壊そう大作戦」 は失敗☆ だから、 ここまで来た君達にご褒美です! 君達には玩具をプレゼントぉ! これを無事倒せたら残ってる子達は無事に返してあげるよ~? 』
クスクスと楽しそうに嗤うアイン。
顔を掴まれていた男が頭を潰されて、 ぼとりと落ちる。
そこに集まるのは黒い泥。 いいや違う。 コレはスライムか……。
「アシッドスライム」
ユーリが忌々しそうにそう呟く。 ここに、 結界の中に居るはずもない魔物だ。
泥のように思えたのは、 食べられ溶かされていた犯人達が薄暗さの所為で泥のように見えたのだと理解出来た。
「マズイですね…… 対スライム用の装備持ってます? 」
スライムには剣が効かない。 種類にもよるが、 コレには炎が有効だ。
剣でスライムと戦うには、 剣に炎の効果を付加しないとならない。
ファイオス領の術士が力を込めた火炎石を使って効果をつけるか、 召喚術士の召喚獣等に効果を付けて貰うしかないんだけど……
「…… 外回りじゃないからなぁ…… 」
そりゃそうだ。 結界内で魔物と戦う想定なんてしてませんもんねー。
…… 次から、 一通り持ち歩こう。
「ファイオス領主の血を引いてるんだし、 どうにかなりません? 」
駄目もとで、 火系の力は使えないのかとユーリに問い詰める。
「無理。 俺は結界の力しか持ってない」
外見はファイオス系なのに残念な事だ。
浅黒い肌とか、 完全にファイオス産だって分かるのにね。
「じゃあ、 ケイオスが来るまで持たせましょう。 ケイオスの所の焔なら焼けます」
うちの子達が参戦出来るなら、 焔も着いて来てるだろう。 あれの炎ならアシッドスライムも殺れるし、 剣にエンチャントして貰える。 そう言ってユーリと話合ってたら、 不満そうな声が聞こえた。
『えー、 そこは倒そうよ。 頑張って僕を楽しませて欲しいなーぁと、 言いたい所だけどネ』
戦って欲しいのはコレじゃないんあだぁ―― 耳元で声が聞こえて、 慌てて振り返る。
いつ移動したのか、 私のすぐ後ろにアインがいる。
「いつのまに……! 」
ユーリが怒りを込めて、 アインを睨んだ。
『うふう。 吃驚した? ねぇ吃驚した! ……んん? 君、 僕の大嫌いな結界のニオイがするなぁ…… けど……ナンダロ。 それだけじゃないような? フンフン。 何だか懐かしいニオイ……? 』
今度は、 ユーリに興味を持ったようだ。 ユーリの匂いを嗅ぎながら、 アインが顔近付ける。
とっさに私は銀鎖でヤツの顔を狙った。 ユーリも剣で胴を薙ごうとする。
攻撃が当たる直前にアインは一瞬にして空中に消えると、 別の場所にまた現れた。
『う~ん』 と言いながら、 私達の周りを飛び回る。
この、 神出鬼没な感じに覚えがある。 セト様だ。 コイツはまさか…… 魔族?
『ま、 いっかぁ! 考えても思い出せないんなら、 どーでもイイヤ。 じゃあーショータイムだよ! アシッドスライムとぉ! そこで腰抜かせてるのとぉ、 後、 おまけに死体をつけて……。
”闇に住まう者よ、 我が呼びかけに答えよ。 我は汝の力を欲する者。 アイン、 ツヴァイ、 ドライ、 フィーア、 フュンフの名において命ずる。 顕現せよ 顕現せよ 顕現せよ。 生贄の羊を受け取り、 我が命を聞け” 』
召喚…… 違う。 コレは普通の召喚じゃない。
どこの言葉とは知れない呪文と思われる文字が、 魔方陣と共に展開。 黒いサークルが現出する。
唯一意識のある腰を抜かした男が助けを求めるようにこちらを見た。 思わず手を伸ばすと召喚サークルの黒い稲妻に弾かれる。
「…… た…… 助けて―― 」
恐怖が滲んだその声が聞こえた瞬間、 黒い柱が立った。
『うふふ。 さながら生贄召喚とでも名付けようかなぁ』
クルクルと空中を飛びまわって、 アインがうっとりとした声で言いながら召喚陣を見つめた。
『僕が呼んだのは「悪魔」。 異界の、 魔物みたいなモノかな。 生贄さえ捧げれば、 言う事聞いてくれるからネ。 話が簡単で良い。 重宝してるよ。 ―― さぁ黒騎士。 この二人と戦ってくれるかな? 』
黒い柱に飲み込まれて、 男が、 アシッドスライムが消失する。 まるで柱に喰われたかのように。
絶望に沈んだ男の恐怖の顔が頭から離れない。
その柱の中から、 ガラスを掻いたような不快な音と共にそれは出て来た。
アインが呼んだ「悪魔」 だ。
『…… 心得た』
そう腹に響く声で、 ユーリの身長の三倍はあろう体躯の黒騎士が重々しく頷く。
手にするのは巨大な剣。 全身を黒い鎧に包まれていて表情は分からない。
『そーだ! 勝った方にはぁ、 コレもあげるよ…… 結界を壊すために必要だったけど。 もう要らないし』
いつの間にかアインの手には黒い輝きを放つ水晶玉が握られていた。
「な…… に…… あれ」
声は聞こえない…… 声は、 聞こえない! そのはずだ。
なのに、 水晶の中で子供達の叫び声が聞こえる。
「まさか…… 」
ユーリが青褪めた顔で、 そう呟いた。
『そう! 悪魔の大好物。 魂で~す』
ケタケタと嬉しそうに、 アインが水晶を手の中で弄ぶ。
『無償でそれを寄越すと? 』
黒騎士が、 訝しげに確認を取る。
『うんタダで。 僕にはもう、 いらないものだからねぇ。 ちなみに悪魔に魂を食べられちゃったら転生とかムリだから! 』
さっきの奴等みたいにネ。 そう言ってアインはニヤリと嗤った。 ―― あの召喚で、 犯人達の身体が生贄になっていたと思ったのは間違いだったらしい。 さっきの奴等の魂は、 この悪魔に喰われたのだ。
ぞわり、 と悪寒が走った。
コレに負ければ、 あの子供達の魂は転生を許されず、 苦しみのまま消滅するのか――?
―― そんな事、 許せるはずがない――!
当初、 アインとツヴァイだけだったはずなのにフュンフまで増えました(汗)
それに伴い性格もグレードアップ。
自分の首を締めた感しかないですが……。
カザル編が終わった後に、 廃棄世界と関連がある方の小説を前編、 中編、 後編とUPする予定です。 短いですが。 メインの主人公はセト様となります。 またUPしたら後書でお知らせしたいと思いますので、 そちらも宜しくお願い致します。
次回は黒騎士戦です。
『不注意で世界が消失したので異世界で生きる事になりました。』 も更新しました。




