カザルの闇
遅くなりましたがなんとか(汗)
「孤児の子供は、 カザルの奥…… ルゼラ孤児院に帰った」
そう言ったのは、 一番最後に入ってきたエイノさん。 どうやらエイノさんが少年を追いかけて行ってくれてたらしい。 孤児院の子供だったのか…… それにしては酷い身なりだったけど。
エイノさんの口調は苦々しげだ。 何かあったのだろうか……。
「カザルの奥は大分酷いぞ。 路上生活者も多けりゃ、 薬をやってるヤツも多そうだ。 なんでそんな所に孤児院があるんだか理解できない…… 院内にこっそり潜り込んで暫く様子を見たが…… あそこの孤児院はロクなもんじゃないな」
ハッっと吐き捨てて、 エイノさんは口を引き結んだ。 ケイオスが訝しげな表情で先を促す。
「どういう事です? 」
「ほとんどの子供が粗末な飯しか食べていない。 服もボロボロだ」
ケイオスに促されて、 エイノさんが言葉をそう続けた。 痣ができている子もいると言う。
孤児院は国から運営費を得て成り立っている。 そのはずだ。 孤児院にいれば最低限の衣食住が保証されるはずなのに…… てっきり引き取られたばかりで孤児院になじめてなくてあの格好なのかと思ったけれど、どうやら違うようだ。
「まさか。 巡回で行った時にはそんな子供居なかったぞ? 薬やっててヤバそうなヤツもだ」
そう言ったのはロービィ。 白竜騎士団の面々は驚きを隠そうとはしていない。
どうやら、 その状況を知らなかったみたいだ。 もちろん、 そんな事が分かってれば、 何らかの対処をしたと思うし……。 隠されていたって事かな。
「巡回の情報がどっかから漏れてるんだろ? 多分だが、 巡回が来た時は隠してんのさ。 一部の子供達は綺麗な服着て美味そうな飯を食ってた。 院長のお気に入りなのか…… 巡回に備えて言う事を聞く子供をそういう扱いにしているのか…… 分からないけどな」
苦い物を飲んだ顔をしてエイノさんは溜息を吐く。 実際に見てきた者としては、 忌々しい気持ちが強いのだろう。
「虐待に運営費の着服ですか…… 国営の孤児院とは思えない有様ですね」
ケイオスが苦々しい顔をして、 押し黙った。
カザルの闇の部分がこうして私達の目の前に現れた――。 それが予想以上だった為に、 動揺が隠せないのだろう。
「あの少年はイオ兄って呼ばれてた。 優遇されていない子供たちのリーダー格みたいだな。 狭い部屋の中に…… 十五人もぎゅうぎゅう詰めで寄り添って床の上で寝ているようだ」
この辺の床材は石である事が多い。
今の季節はまだしも、 寒くなれば…… 外で寝るのと変わらない。
そもそも、 孤児院の一室って普通二段ベットを四つ入れて八人部屋とかのはずだ。 その様子だと、 ベットも入れてなさそうだよね…… そこに十五人を突っ込むとか。 普通の感覚の人間が出来るもんじゃない。
「くっそ。 あの狸…… 」
院長を思い出したのだろう。 ロービィがそう言って歯ぎしりした。
それはきっと…… ここに居る白竜騎士団の総意だろう。 皆似たり寄ったりの顔をして、 怒りを堪えている。
「カザルの現状がそんな事になってたとはな…… 」
ユーリが、 頭痛を堪えるようにそうポツリと言った。 怒りや、 後悔。 色々な感情がないまぜになっているのが分かる…… 少し辛そうだ。
「…… カザルの現状を甘く見てました。 離れた所に宿舎がある為、 我々の本来の巡回地域より目が届いていないという自覚はありましたが…… これは白竜騎士団の責任です」
ケイオスが、 感情を抑えつけるようにそう言った。
普通の騎士団は、 宿舎周辺地区を巡回する。 地区内の人とは馴染みであるから、 何かおかしなことがあればすぐ騎士団の耳に届けてもらえる。 しかし、 黒竜騎士団の代わりにカザルを巡回してくれた騎士団は白竜騎士団で、 宿舎があるのは貴族が多く住むシェイレである。 カザルと信頼関係が結べていたとしても、 シェイレの雰囲気はカザルの人達には敷居が高い。 ましてや、 信頼関係が結べていないのなら…… カザルの人達が白竜騎士団の宿舎に相談や、 報告に来るとも思えなかった。
「本来の巡回地域より離れてるんだ。 目が届かない事があるのは当然だ。 これは俺の責任だ。 カザルの事を放り出して……。 信頼を失った」
黒竜騎士団とカザルが信頼関係を結んでいた時には、 何かあったら直ぐに連絡が取れる体制ができていたと聞いた。 ユーリの方針で黒竜騎士団が崩壊した頃、 とても巡回など取れる状況ではなくなって歯車がおかしくなったのだと思う。
師匠や、 陛下はユーリが何故そういう行動を取ったのか理解していたし、 今は時間が必要だと判断を下した。 そんな経緯でカザルは白竜騎士団の預かりとなったんだけど。
「責任の所在だの、 後悔するのは後でもできるわ。 それより今は攫われた子達の事よ」
そう言ったのはルドさんだ。 沈痛な表情で、 そう話す。
カザルの今の現状よりも、 今しなければ…… 優先されなければいけないのは、 攫われた女の子達を無事に保護する事だ。
「そこの院長が、 言う事を聞かない子供達を脅しつけるのに面白い事を言っていた。 『逆らってばかりいるとお前も売っちまうぞ』 ってな。 院長がいなくなった後、 泣き始めた小さな子達を年長の子達が慰めている時に話してたのが『我慢しろ。 外じゃ生きていけないんだ。 理不尽でも逆らうな―― あそこに売られたら殺される』 …… だ」
それは…… 孤児院が人身売買の組織と繋がりがあると言う事だろうか。
では、 イオ少年が私に忠告しに来てくれた件と、 攫われた子供たちの件は繋がる…… ?
人身売買の組織の話と、 女の子が殺される件は最悪別件の可能性もあるかもと思っていたのだけど……。
「くそ野郎が。 虐待してるだけじゃなく、 子供を売ってるってか」
ヴァイさんが苛立たしげに吐き捨てる。 ―― 何とも言えない嫌な沈黙が広がった。
「その院長達が…… まぁ、 孤児院の子供らもだが…… 攫われた子供たちの行方を知ってそうだな」
ジョイナスさんがそう言って眉根を寄せた。
「話を聞きたい所ですけど…… 」
フィオナさんは沈痛な表情だ。
確かに話を聞きたいのは山々だけど、 院長が大人しく話すとも思えない。 それは子供たちもだ。 そんな孤児院の状況じゃあ簡単に心を許してくれるとも思えない。 警戒して話してくれなさそうだ。
「けど、 問題があるわね。 巡回の情報が漏れてるわけでしょ。 何処から? 」
エーリケさんが腰に手を当てて嘆息する。
その気持ちは良く分かった。 カザルは騎士団を信用してないどころの話じゃない。
内通者がどこにいるかは分からないけれど、 この作戦に情報漏れは致命的だ。
「…… そうよね。 騎士団内に内通者って言うのは考えにくいし」
フィオナさんがそう言って口を噤む。
「騎士団内にいるんなら、 この作戦はもう破綻してると思うよ。 カザルの、 この辺に住んでる住人とかじゃないのかな。 入口付近を騎士団が巡回してる間に奥に知らせに行けばどうだろう? 」
自信はないけれど、 とガルヴさんが言った。
この作戦は大っぴらになっていないだけで、 騎士団内では調べようと思えば調べられる。
確かに騎士団の中に内通者がいるのなら、 とっくに支障をきたしていてもおかしくないと私も思う。
「…… ありそう」
一言ポツンと言ったのはアスさんだ。
「…… あたし、 気になってる事があるのよね…… 自警団が独自に捜査してる時、 犯人のアジトに行ったら逃げられた後だったってヤツ…… 」
ルドさんが爪を噛みながらそう話す。 確かに変かも。
騎士団から、 自警団に子供が攫われているかもしれないから注意するようにと連絡が入った後、 自警団はアジトと思われる場所に踏み込んでる。
どうしてそこに踏み込んだのかは分からないけれど、 なにがしかの情報があってそうしたはずだ。
その時の自警団はカザルの他の人達が動揺しないように慎重に動いていたと聞いている。
「一応、 秘密裏に動いてたんだよね。 外に情報がもれないように」
私はそう、 ルドさんに確認する。 ルドさんは頷いて言いにくそうに口を開いた。
「…… ねぇ…… 自警団内に、 いるんじゃないの」
―― 内通者。
言われなくても、 ここに居る全員が同じ事を思ったはずだ。
ティルさんは今は外出中。 私達が来ると知って「飯がまずくなる」 って言って何処かに出かけた。
おそらくは自警団の集会所にでも行ったんじゃないかな。
「よし。 情報操作しようか」
私は思い切ってそう言った。 そんな言葉に皆の視線が集まる。
「情報操作? 」
ロービィがそう聞き返して来た。 私は「うん。 そう」 と言ってから皆を見回す。
「こうなって来ると、 誰を信用していいのか分からないですからね。 取り敢えず…… オルバさんはともかくとして、 ティルさんは信用できると思います? 」
ユーリの方を向いて私はそう問いかけた。
ユーリは真剣な表情で、 ティルさんは信用できると言う。
「…… アイツはあんな態度ではあるが、 カザルの現状に一番憤ってるはずだ。 少なくとも犯罪に加担してよりカザルが悪くなるような事はしないはずだ」
信じていると、 言いきるユーリ。 まぁ、 私もティルさんは疑ってないんだけど。
他の人達にも理解して貰う必要があったんで敢えて確認してみました。
「そうですね。 私もそう思います。 おかしな連中が私に引っかかった訳ですし、 ティルさんは私達の事を自警団内では言ってないと思います」
その言葉に確かに、 と幾人かが頷いた。
「一応、 自警団としてではなくティルさん個人に協力をお願いしたからね。 まぁ、 説得してくれたのはオルバさんだけれど」
ケイオスがそう言って微笑する。 確かに私たちじゃあティルさんに協力をして貰う事なんて不可能だったろう。 まるで返事をするかのように部屋の奥からオルバさんのイビキが微かに聞こえて来て、 思わず全員で笑ってしまった。
「なら、 ティルさんに情報を流してもらいましょうか」
ティルさんに情報を流して貰えるならそんなに不自然じゃないだろう。 ロービィがお客として出入りしてるしね。
「ロービィから聞いた事にでもして貰って、 孤児院に巡回が行くって自警団の人達に言って貰いましょう。 で、 エイノさん。 またちょっと孤児院を張っててもらえませんか。 それから、 エーリケさんは自警団の集会所を見張って下さい」
自警団に内通者がいるなら、 誰かが孤児院に知らせに走るだろう。 それはエーリケさんに追ってもらおうと思う。 自警団に内通者が居なかったとして、 それでも情報が漏れているのならカザルの誰かが孤児院に知らせに走るハズだ。 それはエイノさんに確認して貰えば良い。
「あぁ…… それで内通者が動けば正体が分かるって事だね」
ガルヴさんがそう言って頷いた。
後はこちらの手の平の上。 偽情報を掴ませるも良し。 逆に情報が漏れないようにする事もできる。
「えぇ。 それで、 白竜騎士団にはそのまま本当に巡回に行って欲しいんです」
私の言葉にヴァイさんが訝しげな顔をする。
「内通者をあぶり出すには、 実際の巡回は必要ないんじゃないのか」
確かに、 ヴァイさんが言うように本来なら情報だけ流してで実際に巡回しなくても問題は無い。
けど――
「ええ本来なら。 でも巡回をすれば、 ティルさんの情報の信憑性があがります。 それからこっちが本命ですが、 囮になってもらいたくて」
内通者が、 ティルさんの情報が正しいと思い込んでくれれば儲けもの。 それに……
「ははぁ。 院長共がそっちに対応してる間に、 少年に話を聞くつもりかな」
ジョイナスさんがそう言って顎に指をかけた。
私はにっこり笑って頷いた。 一応、 警告に来てくれた時に面識はあるからね。 話してくれるかどうかは正直分からない。 賭けだと言えるけど……。 もし話して貰えるのなら、 院長に話を聞くより信憑性はあるだろう。
私達は頷きあうと、 そう話し合いを終わらせた。 明日は昼ごろ巡回が入る。 なので午前中にその話をティルさんから自警団内に広めて貰わないといけない。
けれど、 それどころじゃない現実がすでに起こっている事をその時の私達は知らなかった。
そう―― シアちゃんとエマちゃんが姿を消していたのだ――
そんな情報が入って来たのは次の日の朝、 ティルさんに叩き起こされて知る事となる。
方針が決まったと思ったら…… シアちゃんとエマちゃんが行方不明に。
『不注意で世界が消失したので異世界で生きる事になりました。』 もこの後更新です。




