今度こそ、 焼き鳥
意味分からないタイトルで済みません。 読んで頂ければコレだと理解して貰えるかと。
岩熊亭の中をクルクルと走り回る。 今はお昼時だ。 ユーリもまた忙しそうに店内を行き来していた。
今朝、 私にお化粧してくれたのはルドさん。 そうルドさんですよ。
一応、 方針が変わったからお化粧の仕方を教わった訳ですよ……。 自分で出来るように。
結果、 お化粧で私に今すぐできる事はないと知りました。
アイライナー…… 手が震えてガタガタ。 細く引けなくて太くなるから見れたもんじゃなかったし。
口紅…… どうしても手が滑ってはみ出す―― 結果、 完成したのは道化師もこんなメイクにはしまいというものだった。
そこで、 初日の時はフィオナさん。 それ以降はルドさんとエーリケさんにお願いする事になった訳です。 女子力ってなんだろう。 皆はどうやって身につけたのか……。
そもそも、 ルドさんに出来るのに私に出来ないって…… 何?
ちょっと自室で練習してみた時の事を思い出した。 クロ達がさも、 申し訳なさそうに縮こまる。
『…… リゼ、 人には得て不得手ってものがっ 』
笑うのを堪え切れなくて、 吹いたのはルカ。 その後ろでリィオは完全に笑っている。
『リッゼっ それ何? 面白い~! 』
私は手元にあったタオルを丸めて投げつけた。 リィオが『もうっ! 何するんだよ』 って言ったけれど知るもんか。
『…… しょうがないわリゼ。 その、 慣れて無いのだもの。 失敗する事だってあるわ』
『そうだぞ、 リゼ。 そもそも、 リゼはその、 化粧が無い方が可愛いと思うぞ』
優しさって時には残酷だよね。 私は、 クロとシェスカから思わず視線を逸らせた。 慰めようとしてくれる二匹の気遣いが逆に心にグサグサ刺さる。 その様子に、 余計慌てるクロとシェスカ。
『ふっ う。 何だって急にこんなこと始めたんだい? 』
ルカにそう言われて、 耐えきれなくなった私はサッサと顔を洗ってお化粧を落とした。 ぼたぼたとまるで涙のように水道の水が私の顔と腕から落ちる。
その有様を見て、 さっき私がリィオに投げたタオルをシェスカが拾って届けてくれた。
「…… 明日から暫くお化粧するからだよ。 でも自分でやるのはキッパリ諦めた。 上手く出来る気がしないわ。 これ」
半ばヤケクソになってそう言えば、 クロが不可思議そうな顔をして首を傾げた。
シェスカも不思議そうな顔をしている。
私がどちらかと言うとお化粧をするのが嫌いだと知ってるからね。
『なんだってそんな事に……? 』
リィオが不思議そうに呟く。
「…… カザルで女の子が誘拐されててね。 その囮役。 で、 皆には悪いんだけど、 明日から暫くケイオスの所に行ってて」
ゴシゴシと顔をタオルで拭きながら、 私は皆にそう告げた。
『何それ! 嫌だよ。 僕達だって手伝える』
真っ先にそう怒ったのはリィオ。 他の面々も口には出さないけれど不満そうだ。
「嫌でもなんでも。 師匠からのお達しだよ。 ケイオスの所の焔だってこれには参加できないんだから。 それなら、 クロ達の手を借りる訳にはいかない。 それにいつ戻れるか分からないからね」
私のその言葉に、 クロとシェスカは何とも言えない苦い顔をした。 師匠の事を思い出したのだろう。
ルカは納得顔だ。 私が修行つけて貰ってる時に一応、 皆も修行させられたんだよね。
だから、 皆師匠の性格は理解している。 この中でルカの反応が薄いのは一番ソツなく師匠と付き合えてたからだ。
『絶っっ対に やーだーーーっ! 隠れてだって着いてくからね!! 』
無理だって分かってるはずなのにリィオがそう叫んだ。
リィオがもっと幼い頃に完全に魂を繋げた事があるせいか、 どうしてもリィオは私に対する依存が強い。
未熟な状態で繋げるとそう言う事があると後から知った。
クロやシェスカとそう年は変わらないのに幼い感じが抜けないのは、 未熟な状態のリィオに魂を繋いだ私が原因だ。 だからいつもなら強く言ったりしないんだけど……。
「リィオ。 じゃあ今日でリィオとはお別れだ」
『何でそんな事、 言うの!』
真顔でそう言い切った私に、 リィオが涙声で怒った声を上げる。
「…… ねぇリィオ。 師匠がそれに気がつかないと思うの? どうせあの人の事だから、 どっかで召喚獣に見張らせてるに違いないんだから。 確実にバレるよ」
目をそらさずに、 淡々とそう告げればリィオが怯んだ顔をした。
リィオにとって師匠は逆らってはいけない怖い人だ。
『今度こそ、 焼き鳥だねぇ』
ルカがそう言って尻尾をたてながらリィオの前を横切った。 焼き鳥ってうのは、 修行中私と一緒に居たくて私の修行の邪魔をしたり、 自分の修行をさぼった為に師匠の召喚獣の一匹、 火蜥蜴のアギトに尾羽を焦がされた時の話。
『今のはわざと外した。 次は焼き鳥になりたいかね? 』
顔色一つ変えず空に逃げたリィオに容赦なく最大火力で炎をぶっ放した師匠の姿を忘れる事ができない。
夜戦の修行中だった―― 新月の夜に夜空をはしる深紅の炎。 周囲がまるで昼間かって位に明るくなったのを覚えている。
後で、 クロと話した時、 『あ、 リィオ死んだ』 って思ったと聞いて、 あぁ私も同じ事思ったわー、 と考えて思わずリィオの焦げた尾羽を見つめたっけ。 ―― まともに当たったら焼き鳥どころか消し墨だ。
その件以来リィオが私の修行の邪魔をすることも、 自分の修行をサボる事も無くなった。
『うぅ』
その時の事を思い出したのだろう。 リィオがプルプルと震えて呻き声をあげた。
あの火力を間近に感じてトラウマになってない方がおかしい。 師匠の言葉に込められた次は無いって殺気、 私もトラウマになりそうだったしな。
『貴方の事は忘れないわ』
シェスカがそう言って溜息を吐く。
『短い付き合いだったなリィオ』
無情にもクロまでがそう言って目を伏せた。
『だって…… だって…… うぅ…… リゼの馬鹿ーーーっ』
そう言ってリィオがベットの下に潜り込む。 窓が開いてなくて良かった。 開いてたら外に逃走していただろう。 これは、 呼ぼうと何しようと出て来ないヤツだ。 私は早々に説得を諦めて他の皆の方を見た。
「悪いけど、 明日出る時リィオもケイオスの所に連れてってくれる? 」
私は溜息を吐くと、 他の皆にそう言ってリィオの事をお願いする。
『まかされた』
しゃがんで言った私にルカが得意そうに膝の上に乗りながら言った。
「いつもごめんね」
『リゼの所為じゃないわ。 しょうがないもの』
鼻を押しつけて来るシェスカの鼻筋をかいてやる。
師匠が噛んでる時点で、 シェスカ達は諦めがついたらしい。 残念そうではあるけれど、 まぁあの人に逆らおうとは思えないよね。
『オレだって、 寂しく無いとは言わないぞ。 早く終わるといいな。 その仕事』
クロがそう言って私の腕の間から顔を出す。
グリグリと頭を擦りつけて来る様子に笑いながら耳の後ろをかく。
「本当にねぇ…… 」
早く攫われた子達を助けてあげたい。 そう思いながら皆の頭を撫でる。
『ま、 私達の事は大丈夫だよ。 焔に会うのも久しぶりだし…… 』
ゴロゴロと喉を鳴らすルカがふとそんな事を言った。
「あれ? ルカ、 焔に会った事あったっけ? 」
『おっと…… リゼには話した事が無かったかな? 個人的な知り合いだよ。 クロ達は知らないと思うよ』
少し慌てたように私に答えるルカ。 まぁ、 行動範囲が広いルカの事だ。 何処かで会う事でもあったんだろう。
『オレ達はリゼから、 話に聞いた事ある位だな』
クロとシェスカがそう言って顔を見合わせて頷いた。
「そっか。 じゃあ、 焔にも気を使ってあげてくれる? リィオと同じで拗ねてるからさ」
尻尾をベシベシ床に叩きつける様子を思い出して、 ちょっとお願いしておいた。
『あぁ…… あそこも仲が良いからねぇ…… ふむ。 リィオは必ず連れて行くよ。 焔と気が合いそうだ』
ふふふ、 とルカが微笑む。 焔に会えるのが楽しみなのかな。
次の日、 リィオはクロに首根っこを咥えられてケイオスの所に連行されて行った。
暴れれば羽を痛める可能性があるため、 硬直したまま大人しく運ばれるリィオ。
朝もムクれてて口もきいてくれなかったけど、 帰る頃には機嫌が直ってるといいなぁ。
―― どうしてるかなぁ、 皆。 リィオ大人しくしてるといいけど。
そんな事を考えていたらお昼の混雑は乗り切れたようだった。 店内を見回せば、 もうすぐ食べ終わりそうなお客さんが二人残っているだけだ。
「すまんな。 助かった。 二人とも腹が減ったろ。 昼飯だ。 食べなさい」
オルバさんがご飯を持って来てくれたようだ。 有難く受け取る。
もちろん、 にっこり笑うのも忘れない。
「ありがとう、 おじさん」
「叔父さん有難う。 お腹ぺこぺこだったんだ」
ユーリもそう言って、 お皿を受け取った。 大きなお皿の上には野菜とお米そしてカウレの挽き肉を豪快に丸めて焼いた大きな肉団子が二つ乗っている。 スパイスが効いた肉は頬が落ちそうな位に美味しい。
「…… お兄ちゃんはこの後どうするの? 」
食べながらユーリにそう聞いた。
「うーん。 取り敢えず仕事を探しに行って来るよ」
ユーリは少し考えるようにしてから頷いて私にそう告げる。
「…… ミエナも着いて行ったらダメ? 」
参考にしたのは、 学院に入った頃に隣のクラスにいた女の子。 家の事情とやらですぐに辞めちゃったんだけど……、 どうして騎士になろうと思ったのか疑問に思うほどの儚げな美少女だった。
お願い事をする時は下から見上げるようにして、 睫毛をパチパチっと……。
ついでにワザと自分の事を名前で呼ぶのも忘れない。
「…… ミエナ。 邪魔するつもりだろ…… 駄目だ」
タジタジっとしたユーリが目を逸らしてそう言った。 お兄ちゃんしっかりしてよ。 何で目を逸らすかな。
「邪魔しないから」
「駄目。 妹連れて職探ししてる時点で雇って貰えないだろ? 」
甘えた声でそう言えば、 苦虫を噛み潰したような顔をしてユーリが答える。
ふむ。 今度は我儘を言う妹に困ってる感が出てる気がするよ? お兄ちゃん。
「むう」
流石にちょっと子供すぎるかなぁと思いつつも口を尖らせてそう言えば、 近くでご飯を食べていたお客さんから声がかかった。
「ははは。 ミエナちゃんは本当にお兄ちゃんが好きなんだなぁ」
「うん! 私もっと小さい頃はね、 お兄ちゃんのお嫁さんにして貰おうと思ってたんだけど……。 残念ながら無理なんだって」
即答でそう答えて、 満面の笑顔を浮かべておく。 ユーリが困ったような顔をして溜息を吐いた。
その様子が、 微笑ましい兄妹に映ったらしい。 苦笑を浮かべてそりゃあ結婚はできねぇなぁとお客さん達が言う。
「まぁ、 兄妹じゃあなぁ。 うちの息子の嫁に来るか? 」
「おい、 そこのおっさん何言ってやがる」
いきなり、 息子の嫁にと言われてビックリしたけど、 実年齢的にアウトだろうと思って笑ってごまかそうとしたら、 驚くほどの勢いでユーリが立ちあがってお客さんを睨む。
「おーおー、 兄ちゃん。 そんな調子で妹離れ出来るのか? お前さんの仕事が決まったら、 ミエナちゃんは故郷に戻るんだろう? 故郷で彼氏ができるかもだ」
からかうように言われて、 ユーリが複雑そうな顔をした。 いいよーいいよー、 お兄ちゃん。
妹が心配なお兄ちゃんっぷりがしっかり出てていい感じ。 妹いないのに凄いなユーリ。
私と同じように誰かを参考にしてるのかな?
「…… ミエナ。 いいか? 好きなヤツが出来たらまず俺に言えよ? 相応しいかどうか絶対に見に行くから。 ちなみに今はいないよな? 」
勢い良く座って、 私の横に椅子をズリ動かして来るとユーリが驚くほど真剣な顔で聞いて来る。
目が据わってて怖いんだけど。
「お兄ちゃん? どしたの?? 」
口元を引きつらせながら私が聞き返すと、 ユーリに重ねて問いかけられました。
「いないよな? 」
ちょっと、 ユーリ迫真の演技過ぎやしませんかね。 小さい子だったら泣くぞこれ。
「うん。 いないけど」
どうにか、 その言葉だけ絞り出してゴクリと唾を飲む。
「よし。 ならいいんだ。 ミエナはこの後どうするんだ? 」
さっきとは打って変わった笑顔になると、 ユーリが私の予定を聞いて来た。
私達のやり取りを見てたお客さん達が何が楽しいのか後ろで大爆笑している。
「昨日、 近所の子と仲良くなったの。 その子達と遊んで来ようかな」
「そうか。 近所の子達と遊ぶんなら安心だ。 危ない所もあるから、 その子達の言う事を良く聞くんだぞ? はぐれたりしないようにな」
ちょっと考えてからそう言えば、 ユーリはそう言ってほっとしたように笑った後、 まだ爆笑しているお客さんの方をギロリと睨んだ。 お客さん達の笑い声が余計に大きくなったよユーリ。
可哀想に、 腹筋が大分辛そうだ。
ユーリが私の分のお皿も片付けてくれたので、 着替えて外に。
お手伝いしている時は、 汚れると嫌なのでエプロンドレスを着てたんだよね。
昨日仲良くなった子達が遊ぶ時の待ち合わせ場所は岩熊亭の裏の方にある広場だって聞いていたのでそちらに向かう。
視界の端にエーリケさんを見つけた。 そちらを見ないようにしながらスキップして楽しそうな様子を周囲に見せる。
「あ、 ミエナちゃん! 」
仲良くなったエマちゃんとシアちゃんが笑顔で手を振ってくれた。 私も手を振り返しながら走って行く。
「お手伝い終わったの? 」
「うん。 エマちゃんとシアちゃんも? 」
エマちゃんの問いかけに笑顔で頷く。
エマちゃんは近所にある雑貨屋さんの娘さん。 十才の女の子でオレンジ色の髪をポニーテールにした活発そうな雰囲気の可愛らしい子。 対してシアちゃんは十二才…… やっぱり近所にすんでる学者さんの娘で銀髪の儚げな女の子だ。 エマちゃんは午前中家は手伝いをしていて、 シアちゃんは午前中はお父さんに勉強を教わっているらしい。
「もちろん、 終わったわ」
「私もよ」
誘拐事件があるのに女の子を外に出して大丈夫なのかと思ったら、 カザルではもっと奥の方にある妖しい店とかに出入りしている孤児の子供がいなくなる事が元々多かったらしく、 子供がいなくなるっていう異常事態を気にする人間が少ないらしい。 しかも奥に行かなきゃ大丈夫って言う根拠のない話がまかり通っている。
危機感が無いって思うよね。 けれど、 人間なんて自分の身にそんな事が起こるなんて思わない生き物だ。自分や、 自分の家族には悪い事は起こらない…… 無意識でそう思ってしまうのは仕方無い。
しかも今現在いなくなってる比較的治安が良い家の子達の家庭環境が良くないせいで、 その子達は家出したんじゃないかってカザルでは考えられてる事が分かった。 白竜騎士団が気がついたのは短期間に家出人捜索届が相次いだ事と、 最後に訴えが来たのが他領から来た商人で、 たまたま商談でカザルに寄った父親からはぐれたらしい五才の娘が探しまわっても見つからなかったからだ。
「今日は何して遊ぶ? 」
私がそう聞くと、 エマちゃんが考えるようにしてから案を出す。
「そうねぇ…… 生地屋さんを見に行く? それとも石屋さん? 」
小さな女の子や男の子たちはすぐそこで泥だらけで遊んでるけど、 これ位の年齢になるとそう言ったお店に行くのが流行りらしい。
あくまで行くだけ。 買えるようなお金は持って無いから、 外の窓から覗き込むだけなんだけど。 あれが可愛い、 これが可愛いと言いながら、 将来それを買う自分を想像するんだって。
なんとも可愛らしい事だ。
「私、 生地屋さんでリボンを見たいわ」
シアちゃんがそうモジモジしながら言った。 二人はいまお金を貯めてるらしい。 おそろいのリボンを買う為にね。 これ位の年の女の子が頑張ってお小遣いを貯めて買うには丁度良いのだろう。
「いいわね。 じゃあいきましょう」
私はそう言って三人で歩き始めた…… 瞬間―― ぞわりと毛が逆立つような悪寒が走る。
周りを見渡したくなる衝動を意志で押さえ込んだ。 ねっとりとした視線に全身を舐めまわすように見られて背中がざわざわする―― そして確認が終わったとでも言うようにその視線は唐突に消えた。
まるで、 そんな事がなかったかと思える位に気配が完全に消える。
―― 釣れたか?
背中には脂汗。 何というか気持ちが悪い視線だった。 けれど、 人身売買組織の人間があんな気持ちの悪い視線を寄越すだろうか? 普通は値踏みする視線を寄越しそうなものだけど――。
どちらにしても、 不審な出来事には違いない。
私は何事も無かった振りをして、 エーリケさんに合図を送った。
ブーツに異和感があるふりをして足を後ろに曲げて振り返ってブーツの底を見る。 それから爪先でトントンと二回地面を蹴って報告終了。 これで、 誰かが見てたと伝言できたはずだ。
立ち止まった私をエマちゃんとシアちゃんが呼ぶ。 私はそれに答えながら先を急いだ。
リゼ曰く気持ち悪い視線が来ました。 果たしてコレは人身売買組織の人? それとも別の何かか。
次回は、 もう少し話しを展開できたら良いなと思っています。
この後、 『不注意で世界が消失したので異世界で生きる事になりました。』 も更新予定です。
そちらも読んで頂ければ嬉しいです。




