誰かの記憶 ※短いです※
毎度毎度申し訳ないです。 連続させた方が良いと思って急ですが予定を変更しました。
初めて俺が彼女に会ったのは、 ついにやってきた死の気配に戸惑いと安堵をおぼえていた頃だった。
魔族は、 成長した後、 時が止まったまま悠久の時を過ごす。 そして死期が近づくと、 力が衰えそして老い始めるのだ。 老い始めた魔族は同族の前から姿を消す。 力のある者が尊ばれる魔界において、 老いとは恥ずべきものだからだ。
「それにしても長かったな」
俺の成長が止まってからどれだけ時間が経ったことか。
俺の父は闘神ヴェルム。 純粋な闘神の子で生き残っていたのはある意味、 俺だけなので随分長く生きた事だと思う。
兄上は……、 あれは途中で復活してるから純粋な父上の子かと言われると疑問が残る。 あの人は規格外なのだ。 当時の状況を考えれば、 絶対に死んだと思っていた。 復活した事に驚きを隠せない。
『…… 生きてるとは思わなかったぞ。 ゼフィル』
『それはこっちのセリフだ兄上。 今まで何をしてたんだ』
『そうだな。 死んでたんじゃないか? 』
死んだと思われてから数千年。 弟妹達は既に亡く。 そんな頃にひょっこり戻ってきた男。 普通の事のように今まで死んでいたと言い切る俺の兄。
おかしな話で、 生きた年数で言えば俺の方が年上になってしまった。
そう言えば兄上には、 魔王をやれと言われた事もあったな。 面倒なので断ったが。
自分が妻といたいが為に面倒事を押しつけようとするのは止めて欲しい。
息子に継がせろと言ったら、 本当にそうしやがった。 ――普通、 魔王の代替わりは魔王を殺して魔王になるというものだ。 だから前の魔王が生きたまま代替わりしたのは魔界の歴史において初めての事だと思う。
―― まぁ、 兄上らしいと言えば兄上らしい。
そんな無茶ができたのはこの魔界で誰よりも強くて逆らえる者がいないからだ。
そもそも妻といたいから隠居するって理由で魔王を辞めるとか前代未聞の珍事だろう。
今までは、 そんな兄の事が理解できなかった。 それなのに――
「死ぬ時になって…… 」
出会うとは思わなかった。 今まで女に不自由した事はないが、 欲しいと思ったのはこの女だけだ。
―― アリア・イシュカ・クラレス。 ゲーティアの乙女。
ヒトの世から逃げて来た女。 淡い黄金の髪に深緑の目の人間。
驚くほど脆く、 短命な……。 俺とはまったく違う生き物――。
ボロボロの衣裳を纏ってなお、 彼女はとても美しかった。
そして、 出会った瞬間に、 互いに恋に落ちたと知った。
自分が死ぬ間際になって、 誰かに心を奪われるなんて認めるものかと随分あがいた。 信じられなくて、 素っ気ない態度を取ったと思う。 愛おしいと思う気持ちが膨らめば膨らむ程――
―― 憎んだ。
俺はこれからどれだけ生きれるのか分からない。
最盛期の姿であったなら、 魂を繋ぎ寿命を分けて死ぬ時は共に、 とする事もできた。
けれどきっと俺が先に死ぬ。 そうしたら、 彼女は誰かのモノになるのだろうか。
グツグツと膨らむのは怒りだ。
それならいっそ殺してしまおうかと、 暗い考えが沸き起こって思わず自分を嗤った。
「これが嫉妬か」
今まで理解した事のない感情に翻弄される。 兄上が、 自分の妻を囲い込んだ気持ちが分かる。
片時も手放す気は無いと、 言いきって。
そもそも俺は、 誰かを愛する気はなかったんだ。
父の狂気を目の当たりにして、 愛は時に怖ろしいものなのだと幼い頃に心に刻みつけて育った。
なのに俺は結局…… 彼女の手を取った。 自分の心を偽る事に疲れて。 今、 彼女を失う事に耐えきれずに。
粗末で質素な小屋の中、 隣で眠る彼女を見る。 苦悩を知らないその穏やかな寝顔。
そっと唇に触れてから、 アリアの腹に手を添えた。
その腹の中には子供がいる。 だからこそ、 俺は彼女を殺す事が出来ない。
アリアが楽しそうに、 嬉しそうに大きくなった腹を撫でたりするから……。
きらきらと輝く瞳で俺を愛していると言うから。
「この年で父親だと。 笑わせる」
吐きそうな位に感情が荒れ狂う。 俺は先に死ぬだろう。 アリアとこの子は残される。
それがこんなに辛いだなんて、 この世界はとても残酷だ――。
絶えたと言われた事のあるゲーティア。 丁度その頃のお話です。
この二人の子孫が今のクラレス家のゲーティアに続きます。
連続で番外仕様で申し訳ないですが、 重要な話でもあるのでUPしました。




