会議の結果、荷物を抱えて………。
私的にキリが良くなる所までと昨日中に上げる予定でしたが、 調整していたら遅くなりました。
本日の更新はここまで。 次回までは少し時間を頂きます。
私は大荷物を抱えたまま、 ぼろっちい黒竜騎士団の宿舎を見上げた。 ぼろっちいだけじゃなく、 随分とお酒に煙草の匂い…… まるで貧民窟の裏路地にあるなんか怪しい酒場みたいな臭いがする場所だ。
そんな臭いがするような所だもの…… 当然のごとく、 宿舎の前の練兵場は草ぼうぼうである。
我が国ファーレンシアの王都アウレーゼには、 要となる騎士団が六つある。
国王、 アリウス・エスト・ファーレンシア陛下直属の黒竜騎士団。
それから白竜騎士団に緑鹿騎士団、 青狼騎士団、 赤虎騎士団、そして紫鷹騎士団である。
各々の騎士団の紋章は名に使われている動物と交差した剣が使われている。 後は名前と同じ色の団服でどこの騎士団か一目瞭然だ。
さて皆様ここで疑問に思わないだろうか?
例え仮がつくとは言え団長を絞めた私が―― あのバカを逆さづりにした私が、 国王直属の黒竜騎士団に異動とか…… 普通無いよね? 栄転じゃん。
しかし、 安心して貰いたい。
この黒竜騎士団は現在、 宿舎の様子からも予想できる通り落ちぶれている。
全国民から『ゴミ溜め騎士団』と呼ばれている程に……。
かつては栄光輝く黒竜騎士団…… 全国民の憧れの的である騎士団だったんだけど、 魔物の異常繁殖の調査に赴いた先で騎士団がほぼ壊滅。
唯一生き残った陛下の異母弟で公爵であるところのユリアス・ヴァン・ファーレンシア殿下が団長になった後、 これでもかと言わんばかりに堕落したのである。
まず団員が宿舎で酒に賭けごとドンちゃん騒ぎ。 喧嘩上等とガラがどんどん悪くなっていった。
しかし団長はそれを諌める事もなく放置して結界の外での任務…… 国の周囲の警戒や魔物討伐には自分一人で行き、 団員は決して連れて行かない。 宿舎内には執務室等もあるものの、 書類仕事は副団長に任せて城内の至る所で昼寝している所が多数目撃されている……。
そんな騎士団に異動せよ、 と言うからには私の処遇は降格って事ですね。
そんな訳でお荷物騎士団からゴミ溜騎士団に異動になりましたよ!
やったね! ―― いやいや本気です。 嘘じゃあないですよー。
私の騎士団異動の決定にかかわったほとんどのお偉いさんは、 これを降格人事として決めた事だろう。
しかし、 一部の人達は知っている。 私が最初から行きたかった騎士団が――。
黒竜騎士団だったって事を。
一週間紛糾した会議が決着したのは昨日の事。 昨日の今日で異動先に来てるとか私ちょっと張り切ってるなぁとは思ったけれど、 そこは先方からの後任が一刻も早く欲しいという事情もあるので本日荷物を持ってやって来ました。
会議は前代未聞だって事で大分揉めた。
大体の内容は『やり過ぎではあるが、 ゼンフィルド子爵がしたことを考えれば…… 』とか『さすがにあのやりようは騎士としては失格では…… 』とかまぁこんな感じ。
バカ坊は父親のゼンフィルド侯爵曰く心痛で屋敷に引きこもっているらしい。 で、 バカ坊の代弁をするためにゼンフィルド侯爵がやって来た。 相変わらず、 情けない奴だな。
とは言え私も陛下に『我に返ったらショックを受けていてとても、 会議で事情を話せる状態では無い』って事にされて会議には出てないのであまり文句は言えないけどね。
現在私は会議室の隣の隠し部屋で、 筒抜けの会話を聞きながらお茶を飲んで結果を待っている状態だ。
あ、 ちなみに王城の料理人が作ったプチケーキ達はとっても美味しかったです。
バカ坊は結局、 今まで侍女さんや平民出の騎士にしていた事も明るみに出た為、 廃嫡の上ゼンフィルド家の療養地に幽閉となりました。
それから、 特に揉めたのは私の処遇。
日頃からフォローしたりバカ坊から助けてた効果か、 有難い事に侍女さんや他の騎士達から私に対する罰を軽くして欲しいと署名が届いた。 それが面白くないのはゼンフィルド侯爵。 自分の息子は廃嫡までさせられたのに、 元凶が騎士団に居続ける事は許せない! と噛みつかんばかりの勢いでごねるごねる。
元々お宅の息子さんの身から出た錆びなんですけどねー。
『それは困ったな。 他の卿等はどう考える? 』
陛下、 声はあまり困ってなさそう。 というよりこれはもう飽きてらっしゃる。
そんな中、 こんな折衷案はどうですか? と声をあげたのがクラレス公爵だ。
『ゼンフィルド侯爵はリゼッタ・エンフィールドに騎士団に居続けて欲しくない。 しかし、 侍女や他の騎士達からの署名も無視できるものでも無い……。 確か…… 黒竜騎士団のアイオロス副団長はご高齢で後任を探しておられましたな……。 どうでしょう? 彼女に黒竜騎士団の副団長をやって貰うと言うのは』
ゼンフィルド侯爵からしてみれば、 若い娘が荒くれ者揃いの黒竜騎士団で副団長なんか勤まらないと考えたのだろう。 満面の笑みが見えそうな声で『それは良いですな! 』と言っている。
陛下が『では、 ゼンフィルド子爵は廃嫡後、幽閉。 騎士エンフィールドは黒竜騎士団に副団長として異動。 皆それで良いな? 』というと出席者全員の承認を得て会議は閉会された。
がちゃりと、 隠し扉が開いて宰相のオーレス・ジル・オルバス様が顔を出す。
「待たせてしまって済まないね。 聞こえていたと思うが万事上手く収まったよ」
疲れた顔に申し訳なく思いつつ頭を下げる。
「オルバス宰相閣下、 ご迷惑をおかけしました」
直後から関わってしまったが為に、 今回の件で一番大変な目にあったのは多分この人。 バカ坊の父親からの猛攻、 とかね。 私が会議に出ない事の文句とか陛下に言えないから宰相閣下が割を食ったのだ。
青灰色のいつもはキッチリセットされた髪が乱れているのは気の所為じゃあないはず。
一見、 優しそうに見えるから文句言われやすいとは、 陛下の談。
宰相やってる位なので性格は狐だそうです。
私が隠し部屋から出て会議室に入れば、 そこにいたのは陛下とクラレス公。 そして空中からはセト様が姿を現した。
セト様はクラレス公爵の血縁に当たる魔族で本名はセティウス・エル・ロア・ヴァレンティアと言う長ったらしい名前のついた黒髪の美丈夫だ。 セト様と私は友達で時々お茶を飲みに行く仲。
陛下とセト様は古くからの友人で、 こちらはお忍びで城下の酒場に飲みに行く仲らしい。
セト様は絶対に姿を消してた会議の間、 事の成り行きをニヤニヤしながら見ていたと私は断言できる。
「なんだかんだで上手く行ったねぇ。 私としては君達の予定通りに事が運んで嬉しい限りだけど」
嬉しそうに深緑の瞳を細めて笑うセト様に、 私もほっとして笑顔を見せた。
「リゼッタ。 君はもしかしてこの騒ぎをわざと起こしたんじゃあるまいな?」
陛下が疲れた顔で溜息を吐く。 気心知れた人達しかいないので陛下の口調は大分砕けてますね。
年若いとはいえ、 白金髪の格好良いお兄さんに菫色の目を細めて睥睨されるのは、 ちと怖い。 陛下って普段眠たそうな顔をしているぶん、 真顔で睨んでる時とかはちょっと冷酷そうな感じになっちゃうんだよねぇ……。 幸い元々の気さくな性格を知っているので泣かなくて済んだ。
「申し訳ございません。 本当にご迷惑をおかけしました陛下。 ですが誓ってわざとではないですよ?結果としてはラッキーって思わなかったとは言いませんが。 正直、 私の予想以上に子爵がバカだっただけです。 お疲れはアマリア妃殿下に癒して貰って下さい」
新婚さんである陛下を一週間も会議漬けにするつもりはなかったので、 ここは素直に謝っておく。
妃殿下には後で彼女の好きな菓子を持って謝りに行こう。 ちなみに妃殿下と私は元々幼馴染。
彼女はバルト辺境伯の娘で、 結果的に私が陛下にアマリア…… リアを紹介したような状態。
その縁で陛下にはこっそり良くして貰っている。 リアとは今でも一緒に隠し通路から城抜けして、 お菓子屋さん巡りをする位には仲が良い。
「まぁ良いさ。 リアも心配していた。 そのうち顔を出してやってくれ。 黒竜騎士団に入るのは君の望みだ。 とは言え私の愚弟は一筋縄ではいかぬと思うぞ? 騎士団の連中も元は実力がある者達だったが、この所の噂は酷いものだ。 若い女性には荷が勝ち過ぎるのではないか? 」
リアも心配していたしな、 と言う陛下に苦笑する。
私は真っ直ぐに陛下の目を見て答えた。
「私がどう答えるか分かっているくせに聞くんですね? 陛下。 戦死した黒竜騎士団の人達には短い間とは言え遊んで貰った事があります。 とても、 とても良い人達でした。 特に前団長にはお世話になりました。 だからこのままは嫌なんです」
念の為だと言いながら私の覚悟を聞くなんて、 なんだかんだで陛下は優しい。
私は胸元のお守り袋に入っているソレを握りしめた。 前団長が私にくれた形見の品だ。
「前団長か…… せめて叔父上が生きていればな…… 今頃ユリアスは私の右腕として隣に立っていたとそう思うのは…… さすがに少し兄バカすぎるか……? まぁ言ってもしょうがない事だな」
陛下にとって亡くなった叔父上とは前団長の事だ。 昔を思い出しているのだろう。 陛下は少し寂しそうに微笑んだ。
「儂としては若い娘が一人であんなむさ苦しい所に行くもんじゃないとは思うのだがな。 決めたら曲げない意志の強さは、 お前さんの父親似かね」
クラレス公が顎髭をいじりながら、 榛色の目を細めてニヤリと笑う。 こうしているとまるで孫を見て心配? してる白髪の好々爺にしか見えないんだけどな。 実際は割と腹黒狸なので、 この笑顔に騙されてはいけない。
「私達は君の願いを知る者だ。 しかも農民として暮らしていたお前を家族から引き離し、 王国に協力を強いている。 これ位の望みなら叶えてやっても問題はないさ」
陛下はそう言って苦笑しながら周りを見回した。
幸い他の方達も同じように思ってくれたようで私に向かって頷いてくれる。
「強いられた、 とは思ってませんよ。 そうする事を選んだのは私ですから。 でも感謝します。 本当にありがとうございました」
感謝の気持ちを込めて深く頭を下げれば、 セト様がくしゃりと私の頭を撫でた。
リゼの人間関係がチートです。 とは言え、 現状それを知る人間はほとんどいません。
次回はモフモフした仲間が登場します。