自警団の人達の協力は期待すべきじゃない。
微修正しつつ話を投下。
試着一つでエライ目にあった気がする。 衣裳は脱いでフィオナさんに預けた。 次の日にはもう調整し終わってたから仕事が早い。 私がやったら二、 三日かかるよ。
私が着せ替え人形になってる間にケイオスがカザルにいる協力者に連絡を取ったそうだ。
岩熊亭と言う宿屋さん。 そこの主人が、 親戚の子供達を数日預かる事になったという設定にしてくれると言う。
あれ、 迷子設定はどうしたとなる訳ですが…… 行ってすぐに獲物がかかるとも思えないから宿に滞在しながら様子を見て微調整していく事に変更になったのだ。
潜入用の名前が付けられる事になって結局呼び方を統一して―― なんてのは意味が無くなった訳ですが。 呼び間違えないようにしなきゃね。
「上手く兄妹に見えるといいですけどね」
「大丈夫だと思うぞ。 見た目が似てない兄妹は結構多いからな。 色だけ合ってれば兄妹と言われればそう思い込むもんだ」
横を歩くユーリとそっと話す。 街の外から歩いて来た風を装っているので二人とも服装は旅装だ。
砂色のマントに下も動きやすい服。 今はユーリの髪は私と同じほぼ黒に見える焦げ茶。
目の色も、 私と同じ深緑になっている。 これは魔法薬を使ったもので点眼する事で色が変えられるというものだ。 髪も目も色を乗せるなら色素が薄い方が上手く行く。 私よりユーリの方が色素が薄かったので私は色を変えず、 ユーリが変える事になったのだ。
ユーリは肌の色がファイオス領の人っぽいけど、 まぁ日焼けと言いきれなくはない。
キョロキョロと周りを見ながら歩いていてワザと転びかける。 助けてくれたユーリがちょっと叱って私の手を握った。 迷子防止に見えるようにね。
昔とは違うごつごつした大きな手。 並べば分かる、 ユーリの胸までしかない私の身長。 こんなに違うんだなぁと少し感慨深くなった。
「どうした」
思わずじっと見上げていたら照れたような顔をしてそう聞かれた。
私は笑ってごまかしながら、 『大好きな兄』 と繋いだ手をブンブンと振る。
上手い事いったみたいで、 通りすがりのおばちゃんに「あら、 仲の良い兄妹ねぇ」 と笑顔で言われた。 そんな私をちょっと困ったように見てユーリも笑う。
「しょうがないやつだな」
ユーリ、 いつもこんな風に優しく笑えばいいのに。 なんだか感傷的になりそうな気分になって私は慌てて今回の作戦に意識を集中させた。
白竜騎士団は、 巡回でカザルの人達に面が割れてるのでこの作戦は黒竜騎士団が主体になる。
連絡役はエーリケさんとロービィ。 エーリケさんは、 気配を消して印象を薄くするのが得意らしい。
ロービィは元々この宿屋のご飯を目当てに通ってるらしいので居ても違和感はないそうだ。
岩熊亭にはすでにヴァイさんとルドさんが夫婦を装って泊まっているはずだ。 もちろん女性役はルドさんね。 行く前に見たけど女性にしか見えなかった。
明日はエイノさんが客として泊まりに来るはず。 アスさんは既に宿屋の裏方で料理人見習いとして潜り込み、 ガルヴさんが食料品の配達業者として顔を出してもらってる。
で、 最後に私達が親戚ですと乗り込む訳だ。 宿屋が忙しい時は兄妹揃ってお手伝い。 その後の時間でカザルを見学してる風にしてまずは宿屋の近くを一人で出歩く予定。 もちろん後には変装した黒竜騎士団の誰かがついて来る。 それで駄目なら迷子を装ってカザルの奥、 治安の悪い所に行こうと思う。
「あれだな。 岩熊亭」
ユーリの言葉に頷く。 お芝居はもう始まっているので、 今の私は初めての王都に緊張してる女の子だ。
「お兄ちゃん、 ここが叔父さんの宿屋? 」
「おう。 俺も来るの初めてだけど…… 名前は合ってるな」
手元に持っている紙切れと宿屋を見比べるユーリ。 不自然にならないほどの声で話す。
興味津々に宿屋を見上げる。 カザルに三軒しかない宿屋である岩熊亭は見た目は二階建ての七部屋。
大きい通り沿いにあってその外観はどうやって作られたのかは分からないけど、 まるで天然の岩をくりぬいて作ったのかのような外観をしている。 だから『岩』熊 なのだろう。
「こんにちは」
ユーリとそう言ってドアから入った瞬間―― 熊―― がいた。
「おう。 いらっしゃい」
ガルヴさんよりも遥かに大きな巨体だ。 間口が普通よりデカイと思っていたけど納得。 天井が高いのもこの人が出入りして生活するなら当然だ。
私はぱっかり口を開けてその人を見上げた後、 慌ててユーリの後ろに隠れる。
「おう。 怖がらせちまったかな。 良くきたな。 クルト、 ミエナ大きくなったなぁ。 つってもミエナは赤ん坊の頃に一回会っただけだ。 俺が誰だか分かんないよな」
照れたようにガシガシと頭を掻く『叔父さん』 ――この宿屋の主人オルバさんだ。
「叔父さん、 久しぶり! ごめんね無理言って。 俺が王都で仕事を探したいなんて言ったから」
「はっ。 遠くにいる甥っ子のたっての頼みだ。 妹も一緒に来るって聞いた時は驚いたけどよ」
ユーリの口調が何処にでも居る青年のような口調になる。 お芝居が案外上手いものだ。
申し訳ないと思いつつも、 叔父に会えて嬉しいって感じと王都に来たんだという期待感が良く出てる。
対してオルバさんも凄い。 会話しながら、 私にウィンクしてくる。 怖くないよ~って言うアピールらしい。 お茶目な感じで微笑ましい。
本当の叔父さんに会ったかのような気持ちになった。
「一緒に行きたいって聞かなくて。 兄離れして貰わないと俺こっちで仕事見つけられないよ。 ほら、ミエナ叔父さんだよ。 隠れるなって」
困り切った口調で、 でも懐く妹が可愛いって感じでユーリが言う。
腰に抱きついて隠れてる私を引っ張り出すようにして『叔父さん』 の前に立たせた。
「別に取って喰ったりしないから大丈夫だぞ」
身体を引き気味の私がこれ以上後ろに下がれないようにユーリが後ろにピッタリと付く。
大きい身体を中腰にしてオルバさんが笑った。 笑うと厳つい顔がくしゃりとして優しい顔になる。
「…… こんにちは、 叔父さん」
おずおずと声を出して私は上目使いをしてオルバさんを見上げた。
「はぁ。 かーいーなーウチにもこんな娘が欲しいわ。 息子どもは元気は良いが可愛げってもんがねぇからよ」
大きな手で頭を撫でられる。 フードが取れて首がグラグラした。
オルバさんには息子さんが二人いる。 一人はトッドさん。 今はファイオスに行っていて職人になる修行中だそうだ。 もう一人はティルさん。 彼も一応協力者だと言うけれど…… 騎士は嫌いらしい。
ティルさんには事前に従兄妹が暫く岩熊亭に滞在するって話を色々な所でしてもらっているはずだ。
「おやっさん、 なんだいその子らあんたの親戚だって? 」
食事をしてたお客さんが声をかけてきた。 軽装だからご近所さんかも。
「おうよ。 かーいーだろ? 手ぇ出すなよ」
ニカっと笑ってオルバさんがそう言った。 その後、 真顔で牽制するあたり甥っ子と姪っ子が可愛くて仕方がないって感じに見える。
「いやいやいやいや。 兄ちゃんは射程外だし、 嬢ちゃんはなぁ。 流石にそんな小さい子には手ぇ出せないよ。 でも将来凄い美人になりそうだなぁ。 おやっさんの親戚だなんて嘘だろ? 」
「血は繋がってねーからな。 俺の義理の姉貴の子供だよ」
まぁ、 どう頑張ってもオルバさんと血縁って言うのは信じられないよね……。 疑われるのは折り込み済みです。 なのであらかじめ決めてあった設定をオルバさんがよどみなく話していった。
どうやら無事お客さんも納得してくれたようだ。
「あぁ。 それで納得だぜ。 おやっさんのご面相を見りゃなぁ…… 」
からかい口調でお客さんが言う。 話し方からして随分と気心知れた間柄なんだろう。
「お前、 喧嘩売ってんのか。 あ? 表に出るかコラ」
「悪かったよ、 おやっさん。 ちょっと思った事が正直に口から出ちまっただけだって」
「口から出ちまったってお前、 正直すぎんだろ」
恫喝口調はオルバさん流の冗談のようだ。 苦笑するお客さんに呆れたように言ってから私達を見て笑顔を出す。
「さぁ、 疲れてるだろ。 今日は手伝いはいいからとにかく荷物を置いて来い。 おーいセイズ」
「はい」
店の奥からアスさんが出てきた。 セイズって名前になってるようだ。
無口そうなのは相変わらず。 愛想とは無縁なので接客は無理だろうと判断されての料理人見習い。
アスさん料理は得意なので一応楽しんでるみたい。
「料理人見習いのセイズだ。 こいつらは昨日話てた甥っ子達だ。 悪ぃが部屋まで案内してやってくれ」
「はい。 おやっさん」
本当に最低限の事しか言わないなぁ。 けど初めて会った時、 私に一言も口をきいてくれなかった事を思えば物凄く頑張ってくれているのが分かる。
私達が案内されるのは住居部分。 宿泊できるのは二階だけ。 一階の調理場の中を通り抜けるとすぐ奥に居間があった。 先に来ていたヴァイさんとルドさんが席に座って待っている。
ヴァイさんは横を向いて不機嫌そう。 ルドさんはニコニコ笑って手を振ってるが目が笑ってない。
どうしたんだろう?
「本当に来たんだな」
そう言ったのは私達が入ってきた調理場の入口、 その横の壁に寄りかかっていた人物だ。
馬鹿にするような口調でユーリの方に向きなおり歯ぎしりしそうな表情で更に吐き捨てる。
「カザルを見捨てたくせに良くのこのこ来れたもんだ」
「久しぶりだな、 ティル…… 」
あぁ、 この人がオルバさんの息子さん。 対するユーリはとても気まずそうだ。 憎々しげにユーリを睨むと不愉快だとティルさんが全身で表す。 一瞬、 ユーリの事を殴るのかと思った。
「お前には名前を呼ばれたくもない。 親父達はお前の事を信じるって言いやがるケドよ。 俺達自警団はお前を認めねぇ。 今回の件はしょうがないから手伝うだけだ」
それだけ言い捨てると、 ティルさんはユーリを押しのけて出て行ってしまった。
ユーリも嫌われたものだね。 まぁ、 個人の好悪はどうにかできるものでもないのでしょうがない。
ティルさんは言われた事の最低限の協力はしてくれるだろう。 ただ…… 自警団の人達の協力は期待すべきじゃない。 あれだけ嫌々ですって言われればねぇ。
「…… 私自己紹介まだだったんだけど? 」
ユーリの表情が硬かったので、 冗談めかして明るい声で言う。
「安心しろ。 俺達もお芝居用の名前だけ知ってりゃいいって自己紹介なんざできてねぇよ」
苦虫を噛み潰した顔で言ったのはヴァイさんだ。 成る程、 不機嫌の理由はティルさんか。
自分も、 ユーリに対して同じような対応してたはずなのに一緒くたにされるのは嫌らしい。
ティルさん騎士団嫌いって聞いてるからもっとキツイ対応されたのかもしれないけど。
「ユージェス様といい敵が多いですね団長」
横目でチラリと見上げてやる。 ユーリに敵対宣言する人がこれで打ち止めだと良いのだけど。 ユージェス様もそうだけど仕事に支障が出そうな予感がするんだよねー。
支障が無ければ個人の自由で放っといてもいいんだけど。 一応、 支障が出るつもりでいよう。
そうすれば、 慌てずに済むだろうし。
「まじで勘弁して欲しいぜ。 こっちに着いて早々、 『俺は騎士団が嫌いだ』 だぜ」
ねちねち嫌味っぽくてイライラすんだよ! とヴァイさんが言い放つ。
落ち着け。 それでもティルさんは一般人で協力者。 嫌な事があっても我慢して欲しい。
「後はもう取りつくしまもなかったわよねぇ。 団長…… 貴方あの人に何をしたのよ」
ルドさん自身はティルさんはどうでも良いそうです。 ただ、ヴァイさんが噛みつかないようにするのが疲れたらしい。 だからあの笑顔か……。 ご苦労様です。 ヴァイさん基本的に売られた喧嘩は買いたい人だからなぁ。 疲れるのもしょうがない。
「…… 俺は前の団長のようにできなかったからな。 自分の事に手いっぱいになってる間にカザルからの信頼を失った。 見捨てたと言われるのもしょうがない。 悪かったな…… ティルのお前達への反応がキツイのは俺が原因だ」
哀しそうに笑ってユーリが言った。 ティルさんの言う事に一切反論しなかったのはユーリに負い目があるからか。 きっとずっと気になっていたのだろう。 このカザルの事が…… だから団長自ら強行にカザルに行くと言ったのだ。
ヴァイさんがユーリの顔を見て「別に団長を責める気は……だな ……その」 とか慌ててモゴモゴ言っている。 ふぅん。 ――これはちょっと良い傾向かな。
少し前のヴァイさんならお前のせいかって余計に怒ってたはずだから。
私はルドさんと顔を見合わせて思わず苦笑してしまった。
ユーリの事が嫌いな人が多くて切ない。
次回はおまけの話を入れるか、 通常のままで行くかで思案中です。
この後すぐ、 『不注意で世界が消失したので異世界で生きる事になりました。』 も更新するので宜しかったらそちらもお読みください。




