取り敢えず衣装合わせ。
サイズ確認の為だけの衣装合わせをしてみました。
やる気満々のエーリケさんとフィオナさんのお陰で、 取り敢えず衣装合わせをする事になりました。
ぶっつけ本番で着れなかったらシャレにならんからね。
衣裳は、 各領で形や色など特徴が違う。 女性の物は草木の刺繍がされたものが多いけれど、 フィオナさんが持ってきた衣裳は、 フレアスカートのワンピース。
スカートと袖の部分が黒い厚手の生地でハイウエスト。 腰の部分は白地に鮮やかな刺繍がほどこされた布を巻いて垂すようだ。 柔らかな曲線を描くスカートの裾は良く見れば紺色の糸で花が刺繍されている。
胸元はハイネックの白いシャツ。 刺繍は無いけれど、 首から胸の所まで小さなクルミボタンがびっしり付けられている可愛らしいデザインだ。
これらの衣裳は、 各領の村々で見られる服装だ。 と言っても特別な外出の時や季節のお祭り等に着られるもので母親や姉など一家の女性が手作りするのが習わしである。
男性の物も一家の女性が作るが、 こちらはもっとシンプルだ。 刺繍は魔除けの意味合いが濃く、 着る物の安全、 健康、 幸せへの祈りが込められていた。
本当なら、 私の村のを着れれば良かったんだろうけど、 私は帰りたいという里心がつかないように実家に置いて来たからね。
代わりに母がこれだけは持って行けとお守り袋に刺繍してくれたからあんまり置いて来た意味は無くなったけど。
「さて、 じゃあ着替えて貰いましょうか」
フィオナさんが持ってきた衣裳一揃い、 腕に抱えてたものを広げて見せる。 場所は変わらず会議室。 ただ先程と違うのは、 大きな木製の衝立が搬入されたことか。
今私がいるのはその衝立のカゲ。 そのすぐ横にエーリケさんとフィオナさんがいる。
他は出入り口の扉付近だ。
「胸とか、 腰とか丈は詰められるから着て貰ってから調整だね」
女性だけなので、 衝立の奥で一部下着とキャミソールだけ残して着替える。
生地感が自分の物とそんなに変わらないので何だか懐かしくなる。 ちび二人は元気だろうか。
私の実家は両親と弟二人と妹一人の六人家族。
父が怪我の後遺症で身体が弱いので稼ぎ頭は母と私と上の弟だ。 特に上の弟が頑張ってくれるので安心して王都に居られるので、 申し訳ないと思いつつも有難い。
「…… 胸がキツイ」
着てみて思わずそう言葉が出た。 ちょっと胸元が窮屈みたいだ。
破れる訳じゃないけど、 肩を動かして回しながら確認してみれば布がツれるので少し動きづらい。
「…… リゼッタ副団長は、 着瘦せするタイプなのね。 少し前の衣裳とはいえ何だか切ないわ」
額に手を当てて、 フィオナさんが溜息を吐いた。 着瘦せ、 してるんだろうか。 良く分からない。
でも、 取り敢えず着れてるんだから良いんじゃないかな? まぁ、 他にも微調整は必要だと思うけど。
「確かに。 腰の所は詰めないとだしね…… コレは、 どうしたもんか」
考えるようにしてエーリケさんが私の着ている服を横に広げる。
困ってそうな口調なのにどこか嬉しそうなのが不思議だ。
腰の所は布巻くんだから多少ダボッとしててもいいんじゃないかなぁと思うんだけど。
「胸はちょっとキツイ位だし…… 丈を直す位で良いんじゃ? 」
「や、 ダメでしょこれ…… 子供らしくしようっていうのに…… マズイわね」
私の言葉に渋面のフィオナさんが言った。
腰の所は詰めないと布巻いた時に余った布が寄って格好悪いそうです。 そう言うものか。 いつもピッタリサイズしか着て来なかったから良く分からない。
そう考えるといつもピッタリに作ってくれてた母に感謝しなくちゃね。
女性の同士の気安さから胸をモフモフされてる所に外から声がかかった。
「何こそこそしてんだ。 着替えたんだろ? どんなだよ」
そう言いながらヴァイさんがおもむろに覗き込んで来た―― フィオナさんと私の方を見て凍りつく。
「や、 着替えは終わってるけどさ」
いきなり見るのはアカンだろ。 呆れ顔でそう見れば、 ヴァイさんが体制を崩して衝立に思いっきりぶつかった。 口をパクパクさせて何か言いたそうだ。 どうしたんだろう。
「いきなり覗き込むなよ。 万が一着替えてたらどうするんだ」
ユーリがそう言って近づいて来る気配がする。
途端にヴァイさんが挙動不審になって、 ぐらついていた衝立にまたぶつかった。 ぶつかった衝撃で今度こそ衝立がバランスを崩して倒れて行く。
フィオナさんと一緒にゆっくり倒れる衝立を思わず目で追ってしまった。 ユーリの足がギシリと音を立てて止まる。
「ブフォっ」
ユーリが吹いた。 呆けた私と一瞬目が合う。
『ユーリは混乱している』 そんな事が手に取るように分かる状態で真っ赤になると、 まだよろけてるヴァイさんに腹パンしてから手刀を首に入れて意識を落としてぞんざいに床に放りだす。 それからぎこちない動きで衝立をもう一度たてた。 その間三秒に満たない早技だ。
「駄目だろうあれは! 」
衝立の外でユーリの叫びが聞こえた。
そうかそうか似合わないって事か。 そんなに急いで隠す程ダメだったのか。
思わず泣きたくなった。 ちょっと変な顔になったせいか、 フィオナさんとエーリケさんが大丈夫って聞いて来る。 大丈夫ですよー。 ちょっと凹んだだけです。
「僕達からは良く見えなかったんですけど、 駄目だったんですか? 」
ケイオスの冷静な声がする。
「子供に見えない! 」
うん? 似合って無いとかじゃないのか。 その言葉にちょっと気持ちが浮上する。
とはいえ子供に見えないのは由々しき問題だよね。
ユーリの叫び声にエーリケさんとフィオナさんが目を見合わせて笑顔になった後、 何故か私の頭を撫でてきた。 「初々しいわね」 とはフィオナさん。 …… 何が?
「ホンっと可愛いわ」 とはエーリケさん。 …… 誰が? ―― 意味が分からない。
「まぁ、 ウチの副団長様はそもそも子供じゃないしねぇ…… 」
ルドさんからも冷静な突っ込みが入った。 そりゃそうだ年齢的には子供じゃないからね。
私の年齢だと村だったら結婚してる子の方が多い。
「そうだが、 そう言う事じゃなくてだな…… くそっ」
ここにいるのがウチの団員だけだったら地団太踏みそうな声でユーリが呻く。
後ろのほうでロービィが笑いを押し殺してる気配がした。 アイツはどんだけ寿命を減らす気だろうか。
私は取り敢えず、 自分の胸元を見つめた。
「…… そんなに駄目かな」
多分、 ユーリが問題視してるのはコレだよね。 首を傾げてフィオナさんとエーリケさんを見る。
二人は嘆息した後頷いた。
「…… まぁ、 駄目でしょうね。 胸は、 押さえましょうか。 布巻いて」
フィオナさんは考えるようにした後、 片手をクルクル回してそう言った。
確かに胸元に布を足すのは大変そうだけど、 胸に布を巻いて押さえれば服も切らなくて良いし何とかなりそうだ。
「残念だけど。 そうだね。 私はコレはコレで有りだと思うんだけど…… むしろ正義」
エーリケさんの残念って意味が分かんない。 問題視されてるコレはエーリケさんにとっては有りだそうな。 正義ってなんだよ。 私の胸に正義は詰まってない。 なんていうか時々、 エーリケさんの事が良く分からない。 悪い人では無いのは分かるんだけど、 趣味は絶対合わない気がする。
「エーリケ、 貴女の趣味で有りでも、 作戦的にアウトだから。 ていうか作戦じゃなくてもアウトよ」
フィオナさんが頭が痛いのを堪えるようにして言う。 どうやら、 二人の趣味も完全に同じって訳じゃないらしい。 二人が同じ趣味じゃなくて良かったと思う。 エーリケさんには悪いけど。
「まぁ、 皆がそう言うんじゃ駄目だろうね。 じゃ、 胸は布を巻くって事で」
しぶしぶって感じのエーリケさんがフィオナさんに同意した。 最初は長身の無表情なお姉さんだと思ってたけど、 色々意表を突いてくれる。 見た目と性格のギャップが酷い。 それでも口をとがらせて言うエーリケさんは可愛いと思う。
「そうしましょ。 腰の所はは腰帯があるって言ってもね、 やっぱりこれだけ緩すぎると格好が悪いから詰めるわ。 後は丈もちょっと詰めましょうか」
裾側には刺繍があるので、 腰回りを詰めるのと一緒に腰の所で長さも調整するらしい。 フィオナさんは慣れた調子で持ってたマチ針と洋裁用のペンで直す所に印をつけていく。
「その方がいいね。 ふくらはぎは出さないと。 靴が映えない」
ワンピースのスカートを持ちあげて私の足を出しながらエーリケさんが言った。 これ位が良いんじゃない、 とフィオナさんと話し合う。
「後は靴よね。 リゼッタ副団長は何か似合いそうなの持ってるかしら? 」
「焦げ茶の編みあげブーツならあるけど」
フィオナさんの問いに、 私は私物を思い出して言った。 黒のニーハイブーツじゃ似合わなかろう。
焦げ茶のやつなら丁度ふくらはぎ位までのものだ。 ちなみに、 これにも仕込んでます。 鉄板。
「それなら大丈夫そうね」
そんな話をしていたら、 衝立の外からヴァイさんの呻き声が聞こえた。
どうやら意識が戻ったらしい。 ユーリの手刀が良い感じに入ってたと思うんだけど頑丈だな。
「うぅ。 いてぇ何すんだ団長」
イライラとした完全に怒った声だ。
「黙れ。 いいからお前はもう少し寝てろ。 ついでに見た物も忘れておけ」
ユーリが底冷えのするような声で言う。 仁王立ちして鬼気迫る表情だ。
足元にいたヴァイさんが、 その言われように顔を赤くして怒鳴り声をあげた。
「ざっけんな」
あ、 これ駄目かな。 仲裁に出た方が良いだろうか。
そう思って動こうとしたらルドさんがワザとらしい大きな溜息を吐いた。 思わず、 衝立から顔を出す私とエーリケさんの目にヴァイさんを笑顔で睨むルドさんが見える。
「はいはい。 勝手に覗いたあんたが悪いのよ。 いいから黙っとけ」
最後はドスの聞いた声でしたよ。 その言葉にヴァイさんは気まずそうに目を逸らして黙り込んだ。 覗いた訳じゃないとかモゴモゴ言ってるけど、 着替え中だったら完全に覗きだからアレ。
何だか試着一つでエライ事になった気がするんだけど。
「どーでも良いから喧嘩はしないで下さいよ」
顔を出したままに、 ユーリ達にそう呼びかけた。 そんな私に何とも言えない空気が漂う。
ルドさんが、 ていうかヴァイさんまでバカな子を見るような目で見て来るんだが。
失礼だな。 間違った事は言って無いと思うんだけど。
「お前にそれを言う権利はない。 どうせ斜め上の方向にしか理解してないだろうが! 」
鬼の形相で振り返ったユーリに言われた。 斜め上ってなんだよ意味分からんし。
覗かれたって言っても服着てたし。 そんな怒る程の事はないよね。
でも忘れた方がいい程に変な物を見せたって事? 私の恰好はそんな変な恰好じゃないぞ。 多分。
とにかく、 裸を見せた訳でも見られた訳でもないんだから怒る方がおかしいと思う。
「どうでもいいから、 落ち着いて下さい団長。 裸の胸を見せた訳じゃなし」
飛び蹴りした時もそうだけど、 いちいち騒ぎ過ぎだと思う。
「…… それはちょっとユリアス団長が可哀想だと思うよリゼッタさん」
頭を抱えたユーリを見て、 ケイオスがそう呟いた。
エーリケさんとフィオナさんが、 私の肩を叩いてから首を横に振る。
「リゼッタ副団長はお子様だねぇ」 と全開の笑顔でエーリケさんに「男心をもう少し理解しようね」 と優しい笑顔でフィオナさんに言われましたよ。
どうして今のやり取りで私が子供で男心が分からないって結論になったんだろう。
それを聞こうと思って口を開きかけたら、 ルドさんにいいから黙っとけって目配せされた。
私はユーリが諦めたように私を見るのに何だか耐えきれなくなって思わず目を逸らしてしまう。
師匠…… 睨まれた訳じゃないので目を逸らしてもコレは負けじゃないですよね?
取り敢えず、 ユーリは色々意識すればいい! という回でした。
次回は、 協力者の所に行きます。




