警戒してる狼を手懐けるように。
またちと長めです。
睡眠薬の件の後、 ユーリと会った時が最近の中では一番緊張した。
目と目が合った瞬間に凍りついてピタリと止まる。
『あ、 おう』
『……… おはようございます団長』
城内の庭の片隅で、 一瞬逃げそうな態勢を取りかけたユーリと……… 思わず追いかけそうになった私。
一瞬の攻防の後、 二人同時に構えを解く。
私がジリジリと近づいて行くと取り敢えず、 一メート程離れた所でユーリが片手をあげた。 これ以上は現状では無理らしい。
ユーリの顔が赤いので、思わず口付したのを思い出した。
--- あれは人命救助。 あれは人命救助。 寝かせる為の行為で意味は無い。
頭の中でそう唱えて冷静さを保つ。
二人して、 ほぼ同時に溜息を吐いた後、 芝生に座った。
そんな状態を一週間続けて、 少しはユーリの緊張が解けて来たように思う今日この頃。
まるで野生の狼を手懐けようとしている気分だ。 警戒感が半端なかったのが懐いて来ると少し可愛く思えてくるのは何の不思議も無いはず。 絶対言えないけど。
このやり取りも通りかかる侍女さんとかに最初興味津々の様子で見られたけれど、 彼女達の好奇心を満たすような事が無いと判断されたようで、 すぐに日常風景の一部になれたようだ。
「じゃぁ、 今回の巡回も特に問題は無かったと」
「あぁ、 極端に魔物が減ったとか、 増えたとかも無かったな」
ユーリの報告を聞きながら、 巡回の報告書を書く。
あらかた聞いた所で、 眠そうな欠伸をしていたので、 昼寝を勧めてみた。
もぞもぞ、 と楽な体勢を整えてあっと言う間に夢の中へ。 私は横で報告書の続きを書いていく。
二、 三日前までは私が傍にいると落ち着かなくて良く寝れないようだったのが大した変化だ。
ちらりと、 ボサボサの髪から覗くユーリの目元を見る。 金色のまつ毛が以外と長い。
「この外見も、 どうにかしないとかな」
仮にもこの国の王の異母弟がこの格好はまずかろう。 いや、 騎士団長としても胡散臭すぎる。
素材は良いのだから活かさないでどうするよ。 無精ひげを剃って髪を切る、 それだけできっと絶対良くなる自信がある。 後はよれよれの団服か。 こう言うのはセト様辺りが嬉々として協力してくれそうなんだけど。
実はあれ以降、 セト様にはまだ会えて無い。
会える時にはしつこいくらいに来るのに、 今回はぱったりと途絶えている。
「逃げてる訳じゃあるまいな……… 」
思わず唸るようにそう言えば、 ユーリがクルリと振り返り私の顔をまじまじと見た。
「誰が、 逃げてるんだ? 」
「すみません。 起こしちゃいましたか? ……… セト様ですよ」
「セト? なんで……… 知り合いか?? 」
きょとんとした顔で言われて、 今は苦々しい顔をして頷く。
「えぇ、 茶飲み友達です。 ちょっと用があるんですけど、 中々捕まらなくて。 団長は、 最近あ会ったりしなかったですか? 」
「茶飲み、 アレとか。 義兄上と同じような事してるな。 そう言えば五日位前に一度来たぞ……… 顔を見に来たと」
「……… 今度、 見かけたら私が探してたって伝えて下さい」
私の方じゃなくて、 ユーリの方に行ったか。 何をしたかったのかは分からないけど、 あの人が何かを企んでてその結果を確認しないなんて事は絶対あり得ない。 ……… それとも、 まだ進行中なのか?
それはそれで面倒だなぁ………。
「……… 分かった」
そう言ってあっさりとユーリは目を瞑った。 暫くすると、 呼吸が規則正しい寝息に変わる。
本当に寝付きが良い人だ。
それから二時間程してユーリが起きたので、 別れて宿舎に向かって歩いて行く。 中庭の木立を抜けて白い 柱の立ち並ぶ廊下を歩いて行くと、 ルドさんがいた。
侍女さんと何か言い争い? してるっぽい。 必死な侍女さんが追いすがろうとするのを、 無理矢理引きはがしてこっちに来る。
「お帰りなさい副団長。 良く続くわね」
強張っていた顔がホッと緩んで安心したようにルドさんが微笑んだ。
人目があった所為か、 ルドさんの呼び方は『副団長』 だ。
「まぁね………いいの? 放っておいて」
ちらり、 と侍女さんに目を向ければ彼女が今にも泣きそうな顔をして青褪めている。
「いいのよ。 宿舎に戻る所を捕まっちゃって。 しつこくて困ってたから助かったわ」
一瞥すらせずに吐き捨ててルドさんは私の背を押して侍女さんのいる方向とは逆に進んで行く。
「ふうん。 まぁそう言うなら別に良いけど。 彼女を避けるなら、 遠回りして帰ろうか。」
「悪いわね」
ルドさんの表情が堅い。 よっぽど嫌な話だったのだろう。
「やになるわ。 大人しくしようとしてる所にトラブルなんてゴメンなのよね」
聞き取れない位にささやかな呟き。 耳は良い方なのでしっかり聞こえた私は、 気になっていた事を聞いてみる。
「そう言えば、最近は婚約者のいる男性落としてないみたいだね」
「ゴホっ……… あんたってズバッと聞くわね。 まぁいいけど。 一応、 この騎士団がまともになろうとしてるんだからお休み中よ」
「お休みなの? 」
聞こえていると思わなかったらしくて、 咳き込むルドさんを見上げて聞く。
「あんたが、 私達を裏切らない限りはね。 それにアレだって一応……… 人助けしてたのよ? 」
私の責任が重大なんだが。 まぁ、 裏切るつもりもないのでここは軽く受け止めておこう。
「それは頑張らないとかな。 人助けってさ……… ルドさんが落したって言う男性の婚約者、 難アリの人だったって言うのと関係ある? 」
「マジ嫌な子ね。 私からは言わないわよ」
横目で聞いたら睨まれました。 分かったよ。 これ以上は聞きません。
「了解」
実は、 なんで落とすのが男だったのか気になってちょっと裏取りをしてみました。
調べてみたら婚約者の女性が浪費癖があったり、 男性依存症で束縛激しかったりとまぁ、 男性としては婚約解消したくなるよねって人達でしたよ。
通常なら普通に婚約を解消して終わりなんだけど……… 貴族の婚約は家と家の契約である事も多い。
男性側が立場が弱い場合は解消するのは難しくなるんだよね。 その救済措置だったんじゃないかな。
女性側は、 男に取られたなんて話はできるだけ隠したい。 男性側はそもそも婚約解消のために芝居をしてる訳だからすぐに別れても騒がない。 といった所が正解だろう。
「あんたって本当、 隠し事を探すの得意よね」
「もちろん、 長所として言ってくれてるよね? 」
「嫌味で言ってるに決まってるでしょ」
あんた他にも色々してるだろって探るように見られた。 嘘は言わないけど、 余計な事は話す気ないので気が付かない振りして歩きます。
そうこうして歩いて行くと、 宿舎の入口の所にアスさんがいる。 私を見て手をあげたのでどうやら探していたっぽい。
「二人とも……… お帰り」
「ただいま、 アスさん」
「ただいま、 アス」
「リゼ、 この間の薬……… 改良した」
この間の薬とは睡眠薬の事ね。 一応、 薬効を確かめたいのと寝不足の友人に飲ませるって言ってアスさんから貰った睡眠薬。
言った通り、 ちゃんと自分の身を持って薬効を確かめました。 結果は夢も見ないでぐっすり。
ただやっぱり怠くなるのと、 ユーリは何も言って無かったんだけど、 朝起きた時に口の中に凄い苦味が残る。 これじゃあ、 使いにくいとう事で苦味の改善を頼んだんだよね。 後、 効き目が凄いから睡眠を導入する位の軽い薬はできないかって言ってあったんだ。 どうやらそれをやってくれたらしい。
「分かった。 試してみるよ」
アスさんにはまだ話してないんだけど、 この薬とかを騎士団の資金調達に使えないかって思ってるんだよね。 普通の騎士団でも、 武具の素材になりうる魔物の角とか爪とかを討伐した時に持ちかえって売って資金にしてるんだけど、 うちは団長しか巡回出てないし、 そういう資金になりそうな物は一切持って帰ってこないから……… 別の資金調達方法が必要な訳ですよ。
具体的な案が決まったら、 アスさんに協力して貰えるか確認しないと。 正直、 ユーリの細工も売れると思うんだけどな。 駄目もとで今度話してみようか?
そう言えば、 そろそろリアの所に顔を出さないとマズい気がする。
今日の仕事が終わったら、お菓子でも買いに行こう。
アスさんから小瓶を受け取って、 執務室に。
「はぁ、 リア流石に怒ってそうだよな。 リィオに手紙だけでも運んで貰おう」
笑顔で怒る親友を思い浮かべて溜息一つ。 心の中でも謝り倒しておく。
「さて、 これを書いちゃうか」
先程作っていた報告書類をもう一部作る。 こちらは黒竜騎士団用の保管分だ。
改ざんや紛失等に備えて、 報告書は騎士団内でもう一部保管する事になっている。 五年保管なのでそれ以降のものは重要事項以外処分されているけれど。
その辺を、 てきぱきとこなして今日の仕事を終わらす。
ざっと片づけて執務室の鍵を掛けて自室に戻った。 動きやすい私服に着替えてリアの好きなチョコを買いに出る。
「もう夕方だぜ? 珍しいな。 これから街かよ」
「あぁ、 ゼロさん。 ちょっと至急手に入れたい物があるもんで」
今日の門衛は知人だったので挨拶を交わす。
前に街中で、 迷子になってたゼロさんの娘さんを保護した事があってその時からの知り合いだ。
「気をつけて行ってきな」
「うん。 ありがと」
リアの好きなチョコ、 まだ残ってると良いんだけど。
急ぎ足で、 人通りを抜けて行く。
お菓子屋さんが立ち並ぶ、 通称『甘い夢通り』。 そこの一角にチョコレート専門店メルリーレザンがある。 小さい店ながら豊富な品ぞろえで可愛らしい店内が女性に大人気だ。
夕方なのもあって、 店内に人の数は少ない。
リアの好きなチョコは数種類のナッツが入ったロシェとオランゼの皮にチョコレートを絡めたオランジェットなので、 ショーケースの中のそれを探す。
残念ながら単品はもう品切れだったので、 十二個入りの箱を選んだ。 幸い、 ロシェとオランジェットが入った物があったのでそれを購入する。
「はぁ。 取り敢えずあって良かったよ」
「何があって良かったんだ? 」
「ロービィ? ロービィじゃんか! 学院卒業以来だな」
声をかけられて振り向けば、 白竜騎士団の団服を着た学院の友達ロービィがいた。
少し離れた所に、 他の団員達がいたので巡回中なのだろう。
白竜騎士団は三分団あって、 一分団が大体六人で組んでいる。
「巡回中か? 」
「終わって宿舎に戻る所だよ」
「そうか、 元気だったか? 」
「おう。 もちろんだ。 お前が元気なのは知ってたぜ。 同期生の中でお前ほど噂が駆け巡った奴を俺は知らない……… 遂に、 リゼが坊ちゃんに耐えきれなくてキレたってな」
顔を逸らして失笑するロービィ。 おそらくは話を思い出して笑い転げたいのを我慢しているのだろう。靴のかかとでロービィの足を踏んでおく。
「まあ、 どうにかなってるみたいで安心したよ。 他の連中も心配してたんだ。 一応は」
「お前達に心配して貰っても気持ち悪いけどな。 どっちかって言うと私がどうなるかで賭けてたろ」
「あたりまえだろ。 まぁでもミィナは本気で心配してたから、 お前に会ったって言っとくよ」
やっぱり賭けてたらしい。 何だか相変わらずそうで安心した。
「そうか。 そうしてくれると助かる。 落ち着くまでは時間がかかるから、 当分ミィナにも会えそうにないから」
皆、 所属が別れてしまったからね。 時間ができたらご飯でも行きたい所だ。
「まかせとけ」
ミィナの事が好きなロービィが嬉しそうに言うので生温かい視線を送っておいた。
「どうせ、 ミィナに会える口実になるんだ感謝しろ。 所で、 あそこにいるのは分団長だな」
「あぁ。 そうだが」
「なら、 挨拶しておかないと。 お前の所の騎士団には借りがある」
この前巡回を代わって貰ったので私服ではあるが挨拶は必要だろう。 流石に公衆の面前で敬礼するのはどうかと思ったので目礼してから口を開いた。
「黒竜騎士団副団長リゼッタ・エンフィールドです。 白竜騎士団団長、 サイファス・レン・クラレス閣下には先日直接御礼申し上げましたが、 貴殿の分団に巡回を代わって頂いたとお聞きしました。 急な巡回の変更を申し訳なく思いますと共に、 代わって頂けた事に御礼申し上げます」
「白竜騎士団第一分団分団長ケイオス・セイ・クラレス……… って今更な気がするんだけどね? リゼッタさん」
「一応、 形式は必要かと」
付き合いは親しくないがケイオスとも同期なので、 この挨拶はワザとだ。 ケイオスは白竜騎士団団長の長男で、 あの狸……… いやクラレス公の孫にあたる。
「君、 もう仕事終わりで私服じゃない。 団服着て正式な場所で会った訳じゃなし、 形式ばったのは別に必要ないよ。 まぁ、 君も元気そうで良かった。 黒竜騎士団も、 良い方に行ってくれそうで正直嬉しいよ」
黒髪に、 深緑の瞳の好青年がにこやかに笑って言った。 父親のサイファス様に良く似ているのに、 受ける印象はまったく違う。 サイファス様は表情筋ついてますか? って言う位に表情が読みにくい人だ。 あの飄々としたクラレス公の息子とも思えないが、 公の若い頃に顔は瓜二つだというから驚く。
「まぁ、 君達の黒竜騎士団がちゃんとしてくれれば、 僕等の負担も減るからね。 頑張って」
「はい。 頑張ります」
街の巡回も、 黒竜騎士団の管轄を団員の多い白竜騎士団にお任せしている状態なので、 大変申し訳ない。 早く、 うちも巡回できるようにしないと。 そのためにも、 ユーリと騎士団会議に出ないとなんだよな。
「あ、 そう言えば、 治安の悪いカザル地区で女の子の誘拐が多発してるんだ。 リゼッタさんなら大丈夫だと思うけど、 一応気をつけてね」
カザル地区か……… 本来のうちの管轄だね。 誘拐とは穏やかじゃないですな。
フラグを盛り過ぎました。 追々回収しますが、 二話に分けた方が良かったかも。
次は、 騎士団会議入ります。