表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄筆  作者: 黒瀬 新吉
9/14

閉門

「和尚様、お一人で『おつとめ』に行かれるのですか?」

「高乾院」の門をはく寺の小僧はその手を止めると慧明にそう尋ねた。


「おつとめ」とは、今日の「池中屋」の法要のことだ。慧明は「真宗(浄土真宗)」の経も読むことができた。当時、封建社会の身分に特定の宗教が結びつき、為政者等から保護を受ける。そうした宗教が長くこの国に続くなか、身分にかかわらず極楽に行けると説く「真宗」は一心に「阿弥陀仏」に向けて「念仏」を唱えれば良いのだ。その「親鸞」の教えは「一向宗」とも呼ばれ瞬くうちに国中に広がっていった。「池中屋」もその「門徒」だった。慧明は「阿弥陀経」をそんな「人々のため」に覚えたに過ぎない。彼もまた「禅僧」の枠から少しはみ出ていた。


「梅雪(いつしか慧明は慧雪のことを山野僧らしく、そう呼んでいた)も行に励んでおると聞く。明日の法事に呼ぶには及ばん、それに阿弥陀経まではあやつには教えてはおらぬしな」

その粗末な山寺の和尚は笑ってそう言った。一人残った小僧も京へやる事になっている。慧明は新蔵(梅雪)のために「高乾院」をこの地に開いていたと言ってもよい。慧明はたびたび山野で新蔵が人々のために筆をとり、何やら書いているのを見た。慧明は妻子を亡くし、新蔵を息子の様に思っていたのだ。そっと梅雪の様子を見ていたのは、新八郎に新蔵を託されたからだけではなかった。

「わしは、何をしているのじゃ。わしの罪はわしのこの手で、この足で償うべきものであるはずだ」

そう慧明は思い、再び修行のため行脚しようと思ったのである。

「梅雪め、いつしかこのわしの師匠になりおった、はっはっはっ」

梅雪の周りに集まる、村人の笑顔の中に、慧明は仏の姿を見たのだった。

「素山道立和尚、梅雪は正に山野坊じゃな。あやつは気付いておらんが、そこがまたよい」


 その夜、慧明は新八郎の元を久し振りに尋ねた。慧明と新蔵の父「新八郎」はともに中津の藩士として、播磨への国替えが決まったあともしばらく中津に残っていた。藩士達の暮らし向きがやっと落ち着いた後。ようやく明石に戻った。しかし国替えの話は、また後日にしよう。かまどうまはそれを詳しく知らない。


「高乾院は既に役目を終えた、新八郎よ。畢竟(ひっきょう)、現世の人々のために仏はあるのだ……」

形などにこだわってはいけない、そう新蔵(梅雪)にそう伝える事ができた。慧明は素山の周りに集まる多くの村人の姿を見て強くそう思った。その日の夜、慧明は親交のある禅僧に長い文を書き、「高乾院」の小僧たちを別の寺へ預ける事にした。そして、最後に残った小僧も明日には京に立つ事になったのである。


「人を救えるのは、誰よりも人でなければならないのかも知れない」

素山もまたそう思っていた。


 寺の屋根瓦には素山とよく出会う、烏がとまっていた。その門を素山はもう二度とくぐる事はなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ