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鉄筆  作者: 黒瀬 新吉
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藩士崩れ

かまどうまは、話しを続けた。

「一禅一仏という言葉がある。簡単に言えば一念し座禅を行えばそこに仏が現れるたしかそう言った意味だろうが、どんな行であれそれを一身に続ければそこには悟りがあるという事かもしれない」


禅僧の中には素山のようなものがいてもまったく不思議ではない。素山は現在でいえば普通の僧だった。

「おやあんた知ってるの? この坊さん」

「ああ、お万。きっとお前のことも知っているだろうよ」

素山は山岳坊の言葉に「どきり」とした。

「まんのことも? あたしは憶えちゃあいないけど……」

「まあそうだろうな、きっと念仏でもずっと唱えていたに違いないわ」

山岳坊はそう言うと素山に近づき、こう言って笑った。

「行き倒れにも名をつけ弔うか……、なるほど、お前らしい」


「私はただ、人として産まれたものを、名もなく死んでいくのは、あまりに哀れに思ったものでな」

「そうか、しかしそれこそ、執着することではないのか?」

「わたしは、生きることに執着し、生きていた証を残して死のうとしているものは、誰でも仏の入り口に立っていると思いはじめている」


「素山、道に立ち、行き倒れに名をつけ仏を生む……か。うん、なかなかの名調子だわい」

山岳坊は不思議とこの若い僧が、気に入った。山岳坊は一つ尋ねてみた。


「お前、根っからの坊主ではあるまい。どこの藩のつながりか聞かせてくれ」

「父は確かに『豊前』中津の藩士である。国替えの際に明石に戻ったのは、藩士たちの暮らし向きが落ち着いた後だったと聞く。まだ幼い頃に寺へ出されたので、詳しくはしらない……」

「そうか、父は中津か、名をなんと言う」

「石坂新八郎」

「石坂……」

その名は覚えがあった、それは随分前の事だ。山岳坊はその頃を不意に思い出した。


「そうか、こいつはあの石坂の息子なのか……」


「一行一仏。いや、一筆一仏とでも言うものかな、ははははっ」

おまんが山岳坊の袖をつかんだ。

「お前さん、嫌だよ怖い顔して。さあ、そろそろ屋敷に戻ろうよ。おかしらの合図までまだしばらくは日があるだろうからさ」

「そうだな……」


山岳坊のその懐は、山道を一回りしただけで少しばかりの金子(きんす)で重くなっていた。それももっともだ、行き倒れが充分なカネを持っている方がおかしいのだ。

夕暮れの道を二人は歩いていく。山岳坊は「匕首(あいくち)マサ」と仲間には呼ばれていた男だ。押し込み先で有無を言わさずに手代(使用人)を匕首で殺す。大抵はそれで蔵の鍵を主人は震えながら差し出すものだ。「豪商」ほどあっけない。

「結局、命あっての物種ってわけさ」

暫くたって、山岳坊はお万にこう話しを続けた。


「おりょうが手際良く、入り込んでいる。さすがに今度の蔵は手ごわそうだな、池中屋は用心深いそうだ」

「そいじゃお前さん、今度の『押し込み』は長ものを使うのかい?」

「池中屋は生意気に用心棒を雇っているらしい。用心棒といっても所詮、浪人か藩士崩れに違いないがな」


 『藩士崩れ』そう、侮蔑されながらもマサは士官を望んでいた。しかし小藩の彼には「つて」らしきものは無い。妻も子もある朝、静かに消えていた。それからの彼は「阿部正月(しょうげつ)」という名を髪とともに捨てた。山岳坊は「正月(まさつき)」と名乗り始めた。もっともそれは隠密や邪魔者を殺すのに坊主の方が怪しまれないという理由からだった。


 実は新蔵の父「石坂新八郎」の暗殺を依頼された事もあった。

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