一足一禅
「本当の事は知らぬ」
かまどうまは、私に言った。私はただそれを聞くだけだった。
一寸座れば一寸の仏、一尺座れば一尺の仏、という言葉が禅にはある。素山は出家後、毎日座禅を行っていた。そして決まった時刻になると山道に立つ様になり、往来する旅人の姿を見つめていた。素山は父と母、弟の顔すらも忘れてしまいそうだった。
「この世に生を受けた私が、その縁を断ち切ってまで修行をしているのは一体何のためだろう?」
素山は東へと向う旅人の様子を見てそう思のだった。人々は皆顔が違う、容姿も風体も老若男女皆同じものはない。至極当然である。しかしそれを見続けているうちに素山はある事に気が付いたのだった。一様にその目には何かが輝いている。それは希望や期待だけではない、仕官に燃える野心、夜逃げをしたものには安堵さえ見て取れた。人はそれを自身の足で進み、その手で掴もうとしている。
素山の前を通り過ぎた貧しい母が、乳飲み子を抱えて再び戻ってきた。そして素山にこう言った。
「お坊様、お頼みしたい事がございます……」
「何でしょうか?」
「娘に名を付けてもらえませんか?」
やがてその夫が現れた。訳を話したのはその男だった。
「わしらは美作(岡山県北部)の百姓です、いくら汗水たらしても米の一粒だって自由にならない小作です。姫路の村に荘園小作の空きがあると、『つて』を頼っていく途中です」
そう言うと、男は素山の托鉢の椀にひとつかみの麦を入れた。
「娘に名を付けていただきたいのです。わしらにも書けるようなものをお願いいたします」
素山は、その申し出に少し戸惑った。やがて懐から半紙を出し、墨つぼに筆を浸けた。素山は決して達筆ではない。しかし父ゆずりのその書体は、はっきり力強いものだった。
「米」そう書いたのを見て、夫婦は同時に言った。
「こめ、ですか? この字は知っています、わたしにもこれなら書けますが……」
不満そうな男に素山はその下に仮名でこう書いた。
「よねと読む、これがかなというものだ」
それを聞いてとたんに母が言った。
「よね? いい名前です、聞いた事もある。これが漢字とかなですか、この娘にはもったいないことです」
素山はそこでこう言って笑った。
「よね、米を粗末に扱うものはこの国中にはおるまいな、たちどころに仏罰が当たろうぞ、ははははっ」
その半紙を大事にたたみ、男は何度も頭を下げた。
「そら、およねの誕生祝いだ、両手を出しなさい」
素山は、男の両手に托鉢の椀をひっくり返した。その手には早速白いものが混じっていた。
夫婦はよねとともに、東の道を進んでいった。振り返った素山の前にいつの間にか人々が集まっていた。素山はまたさっきの様にたたずんで人々を見送った。
「これもひとつの行ではないだろうか?」
素山はこのとき「居士」と呼ばれる、在野で禅修行をする僧に変わり始めていた。