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鉄筆  作者: 黒瀬 新吉
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野党の娘

 素山は「猪穴」のおかげで、山野の修行を朝早くから日が沈むまで行えた。泰平の世の中には、もっとも不用な者として「さむらい」は各地で減り続けていた。「国替え」を機に「浪人」になったものや「仕官」のために放 素山は「猪穴」のおかげで、山野の修行を朝早くから日が沈むまで行えた。泰平の世の中には、もっとも不用な者として「さむらい」は各地で減り続けていた。「国替え」を機に「浪人」になったものや「仕官」のために放浪するもの。商家に養子に入る者も多かった。中には「武士」の名をわずかの金銭で「売り飛ばす」者もいた。石坂新八郎(新蔵の父)」の様に妻の実家で暮らす者はまだましな方だった。


「わしもあのまま侍であれば、どこぞの山野で土塊になっていただろうて」

素山はそう思いつつ、おりょうが煮てくれたうどんをすするのだった。差し向かいで女子とうどんを食べる姿に素山は苦笑いをした。

「なるほど、こうしてみればわしも立派な山岳坊だな……」


「おい、素山。ところでどこへ行っていたんだ? いつもより遅かったが」

「心配してくれてありがとうよ、なあに「山岳坊」のところへな」

おりょうは、それを聞くと箸を止めた。

「山岳坊……、そいつはなんていう名だ?」

「ああ、名は知らぬが、ちょっと山野の行であったものでな、知っているのか?」

「いや、詳しくは知らんが……」

「そうか、まあ身なりは僧だが、野党のような男だ。おや、箸が進まんな、お前らしくないぞおりょう」


 それどころじゃあない、素山は「匕首(あいくち)マサ」を知っている。おりょうの父親が「頭」の野党「闇ガラス」の一の子分だ。おりょうは「間者(スパイ)」として豪商を絞り込んでは「頭」に報告をしていた。そしていざ押し込む時にはマサがその匕首で次々と店のものを襲う、元は名のある武士だったというのも間違いではないだろう。マサの事を素山は知っている、おりょうはおそるおそる素山に尋ねた。


「それで、その山岳坊には会えたのか?」

素山は答えるのに躊躇した、まさか厠に隠れていたとは言えない。嘘も方便だと彼は思った。

「いや、留守であったわ……」

「そうか、まあそんな野党のような奴と関わるな、素山」

「そうだな、少しは学ぶべき事があるかと思っていたが的外れの様だ。おおそうだ、聞きたい事がある」

「聞きたい事? 何だ、素山」

「お前、いつまで男の格好をするつもりだ。年頃の女のくせに」

「変か?」

「いや、わしはいいのだが。折角の器量がもったいないぞ、ほらこれをやろう」

素山は懐から小さな包みをとり出すとおりょうに渡した。

「何だこれは、紅じゃあないか。これを俺にくれるのか」

「ああ、お前がいつも放り込んでくれる銭で買ったものだ。遠慮せずとっておけ。『ゆうげ』の支度をしてくれる礼だ」

 おりょうは素山に言った。

「素山、お前のために銭は使えよ。俺にはこんなもの似合わない。いいか、金輪際こんなものは買うなよ」

おりょうはしかし心の中では素山に礼を言っていたろう。


「素山、もう少し食えよ。もったいない」

「ああ、そうだな。おまえはいい女房になれるぞ」

「素山、おまえは山岳坊より立派な破戒僧になれるぞ」

「言うな、こいつ。ははははっ」


 素山は空いた器をおりょうに差し出した。

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