二の段 かまどうま
「南無阿弥陀仏」
その僧は「真宗(浄土真宗)」の僧ではない。行き倒れの侍のために懐から短冊を取り出しそう筆で書くと、身ぐるみをはがれた侍のあばらの浮いたへその上ほどに短冊を置き上に手頃な石を積んだ。こうしてこの僧は何年もこの峠で仕官を夢見て死んでいく浪人や田畑を捨てて逃げ出す百姓、罪人や駆落ち者たちを見ていた。名を「梅雪」しかし「素山道立和尚」山道にいつも立っているお坊さん「素山」という方が通り名だった。
彼は禅宗の寺「高乾院」の僧だと称していたが、誰ひとりそんな寺は知らなかった。何より素山は峠につながる山道の古い「猪穴」に住んでいた。それさえ最近飯炊きのけぶりで知れるまでは、村人にも所在が知れぬ仙人のような「僧」だったのだ。何故そんなことを知っているか? 当たり前のことさ、わしは「素山」が来る前からその「猪穴」に住んどった「かまどうま」というものだ。ついでにほれ、あのけぶりがいつから上り始めたのか聞かせてやろう。最初はそうだな、お前が好きそうな芝居に変えてなぁ。
托鉢の椀に一粒落ちた「尊い」雨、続いてひどい嵐。雷の音が近づく
新蔵 「やれやれ、今晩もシシの穴が宿か。明日は晴れてくれるだろうが」
穴を塞いでいた、枯れ葉を払う
新蔵 「誰だ、そこにいるのは」
おりょう 「お前こそ誰だ、ははん、その格好は破戒僧かそれとも盗人か」
新蔵 「わしはれっきとした、高乾院の僧じゃ」
おりょう 「そんな寺、知らんな、おお寒い、寒い。早く入り口を閉めろ」
枝を折り、焼べる、おりょう、火の粉のはじける音
おりょう 「まあ、ずぶぬれの衣を脱いで広げろよ、風邪をひくぞ」
新蔵 「おお、すまんな、元はシシの穴だ、まあよいわ」
おりょう 「ところで食い物は、貰えたのか? 破戒僧」
新蔵 「いや、西の戦がまだ続いている、どの家にも余分はない、それに破戒僧などとわしを呼ぶな、慧雪というのがわしの名だ、お前は何という」
新蔵が追加の枝を数本、折って焼べる
おりょう 「名はおりょう、おい、慧雪とやら椀を出せ」
椀にビタ銭が数枚投げ込まれる、外からはムシの声
おりょう 「飯代だ、とっとけよ、ようやく雨も上がったようだな」
新蔵 「こいつ、飯まで食っていやがる、待て、お前も濡れているではないか、もうすこし乾かして行け」
着物が落ちる、新蔵の頬をはたく、おりょう
新蔵 「お前、おなごか?」
おりょう 「だったらどうした!」
新蔵 「あっはっは、さっきも言ったろ、わしは破戒僧ではない。安心しろ。着替えるまで後ろ向きになっていてやる、もう少し乾かしてから行けよ」
翌朝、鳥のさえずりにめざめる、おりょう
おりょう 「あの坊主、もう出かけたのか、浪人が毎日、この山を越えようとやってくるからな、まあそのおかげでおまんまになる」
続いて合図のハト笛が響く
おりょう 「お頭の笛だ、なんだろう?」
椀にまた入るビタ銭、続くおりょうの声
おりょう 「これは宿賃だ、慧雪」