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鉄筆  作者: 黒瀬 新吉
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すれちがい

やがて気をとり直したものの、疲れからか再びおりょうは倒れてしまった。ぐったりしたおりょうをマサが廃屋まで運んだ。おりょうのことを一晩中看てくれたのは、万だった。翌朝になってマサがおりょうにこう聞いた。


「ところでおりょう、あの男の本当の名前を知っているか?」

「梅雪どのでは?」

「石坂新蔵。いや、今では母方の姓を名乗り中島新蔵か?」

「マサは何故、そんな事まで知っている」

しばらく間をおいて、マサが言った。


「中津藩士だったあいつの父を斬るのが俺の最後の役目だったのさ。それを邪魔した男が慧明こと天野道幸と言う訳さ」

「それは本当なのか?」

「俺も最初はわからなかった。しかしあの石坂新八郎の息子なら、新蔵の素性は間違いあるまい。ただ苦労はするぞ、おりょう」

「……」

「おやおや、おまえさんたら、まるで娘を嫁がせる父親みたいなことを言うじゃないかい」

「そうとも、もしもの時はこの俺がついていることを忘れるな。おまえを泣かすようなことでもあれば……」

「馬鹿なことを言うんじゃないよ、たった今、間違いあるまいって言ったくせに」


「あっはっは、そうだな。さあそろそろ素山、いや新蔵のところに行け。おりょうを送ってやってくれ、その…」

「加助、その名前をわしは素山様に初めて教えてもらった」

「そうか、加助というのか。よろしく頼むぞ」

「もちろん、命に代えておりょう様を無事お連れいたします」

「あらあら、還俗した途端、妻も下男も出来たようね」

「まあ、妻なんて……」

しかし、とっくにおりょうはその気になっていた。マサと万が見えなくなるとおりょうは交互に送る足を速めた。いつの間にか加助の方が遅れがちになった。ようやく何度も通い慣れた山道に出たところで、おりょうは、とうとうたまらずに駆け出した。


「梅雪様」

庵に着いたおりょうは今にも、その言葉が溢れそうだった。しかし辺りを見回してもそこに梅雪はいなかった、その日の朝、梅雪は師の後を追うように西国へ向かってしまっていた。おりょうが「闇烏(やみからす)」にさらわれた事を聞き、おりょうを取り返そうと思った彼はその昂る気持ちに気付き、ついに世俗に戻ろうと決めたのだ。生真面目な梅雪は、慧明の元に還俗の許しを乞おうと庵を出立した。しかしそんなことをおりょうは知る由もない。


「梅雪様、梅雪様……」

「素山和尚……」

おりょうと加助の声が峠に一日中こだましていた。


かまどうまはそこまでを話すとこうひとりごちした。

「慧明こと天野道幸が何故西へ向かったのか、それを話すまえに新蔵の祖が豊前中津藩でいったいどんな暮らしであったのかを伝えねばならないな……」


かまどうまは、そう言いつつ、いつの間にか見えなくなった。



 鉄筆ー素山道立和尚 (了) 2016.jun.11

素山道立和尚 そうよばれた「梅雪」は西に向った。そして師の逝った芸州に移り住む。

ひとまずここで話は終わります。

中津藩の石坂氏、新八郎の話は次回よりはじまります。暫くお待ちください

2016.jun.11 黒瀬新吉

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