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ちゅ~にんぐ!!  作者: ひばごん
おいでませ! 境間世界 チュートピア!
6/6

6話 後悔そして羞恥死

「アアアアアアアアアッッッッッッッッッーーーーーーー♂」


 ワォーーーーーン ワォーーーン  ワォーーン


 自宅、ってか自室に戻るなり、僕は頭を抱えて絶叫した。

 そりゃあ、もう、ビリーでヘリ○トンな兄貴もかくやというよう絶叫ぶりだった。

 あまりにに大音量で叫んだため、ご近所のワンコロどもが呼応して遠吠えたぐらいだ。

 バウリンガルあたりで翻訳すれば、きっと“黙れ小僧!!”と出てくるに違いない。

 ってか……やば、そういえば今0時だったんだっけ……通報とかされてないよな……


「どうしたんスか、ダンナ?

 パンツなレスリングにでも混ざりに行くんスか?

 行くんなら、あたちもついて行っていいっスか?

 ばっちり撮影して後であちしたちに見せてやるんスよ~」


 バカが何か行っていたが、今の僕にはこいつをかまっている余裕はミジンコほども無かった。

 よろよろと、ベッドへ行き着くと倒れるように飛び込んだ。

 そして、布団を頭からかぶり……


「ぬわわわわああああああぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」


 絶叫した。

 今ならぬわすがぱぱーっと叫んで灰によって人生の終了がメラ○ーマしそうそうだ……

 だめだ……自分で何を言っているのかわからなくなってきた…… 

 そうだ!

 ここは一度落ち着こう……落ち着くには深呼吸が有効だ……


 すぅー はぁー すぅー はぁー


 だめだ……全然落ち着かない……むしろ息苦しい……なぜだ! 

 ……布団に頭突っ込んだままだった。そりゃ、息苦しくもなるな。


 むくり


「おっ? ダンナが出てきたっス」


 僕は、頭に被せていた布団を取っ払うとベッドの上で座禅を組んだ。

 そして、そっと目を閉じる……

 ゆっくり息を吸い……ゆっくり吐く……

 心を……そう、心を落ち着けるのだ!

 ジェ○イの騎士のように! マス○ーヨーダのように!


 ひっひっふぅー ひっひっふぅー も一つおまけに、ひっひっふぅー


 僕は、なけなしの“心の余裕”をかき集めてここ二時間(体感時間)の間に起きたことを思い返していた。

 チェルに連れられて、チュウトピアへ行きました。うむ、それ自体は問題ない次。

 チェルの本体に会ってお話をしました。意外にかわいいだった。うむ、これも問題ない。

 チューニングという異次元バトルを見ました。うむ、あれは面白かった。次。

 チェルの本体から、チュウトピアの歴史の話を聞きました。うむ、意外にヘビーな内容にビックリしたな。

 話の流れで、チェルたちに協力することになりました。うむ、困っているなら助けたいと思うのが人情だ。

 なーんだ、別に変なところなんてどこにもないぞぉ~? ハッハッハー!


「にしても、ダンナって意外にたらし(・・・)だったんすねぇ~。

 マアヤにあちしに手当たりしだいってやつっスか?

 特に最後の“キミのために勇者になる”的な? 台詞にはマジしびれたっスわぁ~!

 あっ、一応褒め言葉っスよ?

 ダンナは草食系に見えて、バリバリの肉食系だったんスね~、びっくりっス!!」


 ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる


「ぬわわわわああああああぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」


 ワォーーーーーン(黙れ小僧!!)  ワォーーーーーン(うるせぇ!!) ワォーーーーーン(ホネっ○食べたい!!)


 そして、僕は三度(みたび)絶叫した。

 チェルのせいで、心の奥底に沈めたかった情景が脳内にフラッシュバックする。

 誰あれ!?

 何ナチュラルに“すっげーかわいいのに”とか、何言っちゃってるの?

 キザなの? どこぞのお坊ちゃまキャラなの? 言ってて恥ずかしくないの?

 特に最後のアレは何だよ!

 ほっぺたに手当てて、涙を拭うとかっ! 今時、ドラマだってそんなことしなだろっ!!

 何? この羞恥プレイ……恥ずか死ぬ……


「クッ……殺せ……」


 僕はうなだれながら、そうつぶやいた。


「なんでいきなし囚われた女騎士みたいなセリフ吐いてるんスか!?」

「だってぇ~恥ずかし過ぎるじゃないか~!

 ってか、誰だよアレ!? 何で真顔であんな恥ずいことできんだよぉ~!

 明日から、どんな顔して会えっていうんだよぉ~!

 びえええぇぇぇーーーーん!?

 もう、死ぬしかないじゃない!」

「ダ、ダンナが壊れたっス……」


 その後、数十分にわたり僕はQB……じゃなかった、チェルに慰められることになったのだった……


-------------------------------------


「ふむ……つまり、アレっスよ!

 ダンナは、外見の変化がない代わりに、内面が劇的に変化したんスよ」

「どういうことだよ……ぐすん」

「ほら、向こうであちしが説明したじゃないっスか。

 “チュートピアでは、望んだ自分になる”って」

「でも、それって外見の話だろ……?ぐすん」

「精神的にもって言ったじゃないっスか。

 “強く望んだ自分”になるんスよ。

 つまり、チュートピウでのダンナの姿こそが、ダンナが望んだ真の自分ってことっスね」


 あんなのが……あんなキザったらしいことを真顔で言ってしまうような姿が、僕が望んだ僕だとでもいうのか……


「ダンナの場合、思ったことをそのまま言ったりやったりしてるような気がするんスよ……

 現実世界で、言いたいことも言えず、やりたい事もできず……みたいな抑圧された環境のせいで、向こうでは、こう……はっちゃけちやった、みたいな?」


 項垂れて動かなくなった僕を見て、チェルがそんなフォローをしてくれた。

 ぶっちゃけ、うれしくも、励まされた気もしなかったけど……

 なに? 僕ってば知らず知らずのうちにストレス溜めまくり、みたいな?

 現代人はストレスの受けすぎで、そういった感覚が鈍感になってる、なんて話を聞いたことがある気がするが……とにかく、だ。


「僕……もう、向こう行かない……おうちにいる……」


 僕は体操座りの姿勢のまま、コテンとベッドに転がった。


「ちょっ!! 何言ってんスか、ダンナ!?

 ついさっき協力してくれるって言ったばっかりじゃないっスか!

 あちしたちを救ってくれるって言ったじゃないっスか!

 あれはウソだったんスか!?」

「はい……ウソです……もう放っておいてください……そっとしておいてください……

 もう……もう、こんな思いをするのはいやなんじゃ~! グスングスン」

「ダ、ダンナぁ~!?」


 その後、チェルがなにやら言っていたようだが、そんなものに耳を傾けている余裕などないわけで……

 僕はひっそりと、枕を涙に濡らしながら、眠りへとつくのでした……

 

-------------------------------------


 悲しくったって……苦しくったって……明けない夜はないわけで……

 今日も今日とて、お日様がサンサンとSunしてるわけで……

 道端で雀がチュンチュン言ってるわけで……

 まぁ、何が言いたいかと言えば朝がきてしまったということで……

 ……学校行きたくないよぉ~。


「はぁ~……なんで学校って行かなくちゃいけないのかな……」


 僕が、そんな人生の命題のようなものをぽつりとこぼすと、首の後ろ辺りからチェルがひょこっと顔を出した。


「まだ言ってるんスか? 女々しいっスよダンナ。

 そもそもダンナは“学校に行きたくない”んじゃなくて、“マアヤに会いたくない”だけじゃないっスか。

 男の子ならいい加減、腹くくって諦めるっス。 それでもチン○ンついてるんスか?」

「朝からなんてこと口走ってやがる……仮にも女子なんだから、言葉を選べ言葉を」


 なんてことを話しながら、僕は意気消沈の中、学校へ向かって歩いていた。

 ちなみに、チェルの姿は同調者(チューナー)もしくはその素養がある者以外には見えていないらしい。

 便利な機能だ。

 と、いうことで今チェルは僕の頭の上やら肩やらをうろうろとしていた。

 所詮はぬいぐるみなので大した重量ではない。が、少々邪魔ではあった。

 邪魔ではあったが、それを振りほどく気力が、今の僕には無かった……

 そんな感じで、俯いてとぼとぼと歩き住宅地を抜けた頃……


「あっ、マアヤっス!」


 ビクンッ


 チェルの言葉に促され、前方を見ればそこには確かに委員長の姿があった。

 委員長にも、チェルの声が聞こえたのか僕たちの方を見て驚いた表情を浮かべていた。


「おはようっス! マアヤ」

「おっ、おはようチェル……と浅間(アサマ)……くん」

「あっ、うん……おはよう……委員長……」


 委員長は若干、僕から顔を背けて挨拶をした。その表情がどこか困ったように見えるのは気のせいではないだろう。

 やっぱり、委員長も昨日のことを気にしているのだ……

 なんというか……いろいろとやりにくい……

 僕は気まずさから視線を下げると、そこに何かいた……いや、出てきた。

 委員長が持っていた学校指定のカバンの端……少しの隙間を無理矢理出ようと、何かがモゾモゾとしていた。

 ぎゅぽっ、といた感じで出てきたのはショッキングピンクの……カバ?


「あっ、勇者さま……なの」

「ごふぉ!!」


 バタッ


 僕はその場で吐血して(してない)倒れた。


「ちょっ、浅間(アサマ)くん!?」

「どうしたの、勇者さま? 持病の痔が悪化したの?」

「グフッ!!」


 なるほど……このカバは二号か……一号がいるんだから二号だっているよな……

 こっちでの姿は一号が“でっていう”なら、二号は“カバ”なのか……

 ってか、誰が痔だ! っと、奴を地面に叩きつけてやるところだが、今の僕に以下略……


「……くっ、殺せ……殺せよ!!」

「えっ!? 何で!?」

「あ~、また始まったっスよ~。マアヤ実はっスね……」


 僕の頭を踏み台にしてチェル(一号)が、昨日からのやりとりを委員長へ手短に説明した。


 説明中……説明中……


 なんとか立ち上がり、先ほどよりも数倍も重くなった足を引きずり僕はヨタヨタと歩く。

 あの後、道の往来で倒れているのは迷惑だから、と委員長に叩き起こさた。説明は道ながら聞くことにしたらしい。

 まぁ、あの場でじっとしてたら遅刻確定だしね……

 ちなみに、部活の朝練は今日は無い。


「……つまり、向こうでは浅間(アサマ)くんは性格が変わっちゃうって言うこと?

 で、昨日の言動はそうせだと?」

「ん~多分そんな感じっスね……なんと言うか……こう……思ったことをすぐ言っちゃうというか、やっちゃうというか……常時自白モードって言うか……とにかく、自信満々になるんスよ……きっと」


 当の本人を無視して、チェルは身振り手振りを使って委員長に説明していた。

 しかし、この光景……

 チェルたちのことは他の人には見えないらしいから、傍から見たら独り言を言ってるようにしか見えないんだろうな……

 今のところはまだ学生の姿がまばらだからいいものの、人が増えたら控えよう。

 危ないやつだと思われてはたまらない。


「で、ダンナ自暴自棄になって“殺せ殺せ”って五月蝿いんスよ~。

 しかも、“もう、向こうには行かない。手伝うのも辞める”って言い出して、マジ困ってるスよ。

 マアヤからも何か言ってやって欲しいっス!!」

「勇者のくせに約束を反故とか、許せないの……このチ○カス野郎」


 一号が一号なら、二号も二号だった……

 こいつら後でまとめてブッ殺してやるっ!!

 そして、僕はその罪を背負って生きるんだっ!!(反省するとは言ってない)


「ん~、ねぇ、浅間(アサマ)くん……」

「はっ、はい……なんでせう……」


 僕の方を向く委員長の目が真剣になっていた……ちょっとこわい。


「今の話本当なの? 行かないとか、辞めるとか……

 “助ける”って言い出したの浅間(アサマ)くんだよね?

 ……あのときのチェルルさん、すごくうれしそうだった……私も浅間(アサマ)くんのことすごいなって思ったんだよ……私じゃあんなこと絶対に言えないから……

「うぐっ!? でも……その、ですね……

 当方にも止ん事無き理由が……ありまして、その……」

「じゃあ、その理由って何?

 チェルルさんが、浅間(アサマ)くんのことを皆に話したとき、皆すごくほっとした顔していた……

それなのに約束破るの?

 ううん、例え辞めるにしてもそれは浅間(アサマ)くんが自分の口で、皆に説明するべきことなんじゃないかな?

 そんな逃げるみたいに、一方的に“行かない”とか“辞める”とか言うの……そんなの誠意がないよ。皆に失礼だと思う……」

「うっ……ぐぅ……」


 委員長は怒ったような、悲しいような……そんな目で僕のことを睨んでいた。 

 ぐう正過ぎて、何も言えない……

 昨日……って表現であっているのかは疑問だが、帰り際にチェル(本体)はネイルズの住民に僕が正式に同調者(チューナー)としてチューニングに参加することを話していた。

 僕だってその時の光景を忘れたわけじゃない。しっかり、覚えている……だけど……


「ねぇ、浅間(アサマ)くん……私も、その……あんな(・・・)……かっこう見られて、すごく恥ずかしかったのは同じで……その、恥ずかしい思いをしたのは一緒というか……

 それに……浅間(アサマ)くんが言うほど、昨日の浅間(アサマ)はおかしくはなかったと思うよ?

 ちょっと、学校とキャラが違うかなって思うくらいで……

 それに、折角……仲間が出来たと思ったのに……辞めるなんて言わないで……欲しい、かな……

 私も一生懸命手伝うから……」


 委員長は手をモジモジとすり合わせ、若干頬を紅くしながらぼそぼそと呟いた。

 なんですと!?

 アレ(・・)がおかしくない? バカなっ!?

 そんなの絶対にお世辞に決まってる!

 お世辞なのは分かっているが、委員長の言った通り、恥ずかしい思いをしたのはお互い様だ。

 正体がバレたときの委員長の反応も、相当だったわけだしな……

 それでも、委員長はチェル(本体)たちのために頑張ろうと言っているのだ。

 だったら、僕だって……


「委員長の言うとおりだ……うん……僕も覚悟をきめて頑張るよ。

 僕が言い出したことなんだから、最後まで責任もたないと……」

浅間(アサマ)くん……」


 あっ、なんか委員長がうれしそうだ。


「ゴメンね、委員長。ちょっとショックが大きすぎて愚痴りたかっただけだと思う」

「ううん、私も、折角できた仲間が居なくなっちゃうのは……その、寂しいから……

 あっ! へんな意味じゃないからね! 

 ほっ、ほら! 私って弱っちいから、一人だとすごく不安でっ!

 チェルルさんや皆の期待にも答えられなくって……

 その、それで……ね……浅間(アサマ)に相談したいことがあって……」

「僕に?」

「うん……今はちょっとあれだから……できれば、お昼くらいにでも……

 あっ! 勿論、浅間(アサマ)くんの都合がよければでいいから!」


 あれ(・・)というのは、周りの目のことだろう。

 学校が近づくに連れて、周りの学生たちの数はさっきより随分と増えていた。

 人前で話しにくい内容で、委員長からの相談となればその内容は自ずと決まってくるわけで……


「僕でいいの?」

「うん……客観的な意見が聞きたいの」

「……じゃあ、なるべく人が近づかなくて静かなところがいいよね。

 まさか、教室で話すわけにもいかないし……」


 委員長を人気ひとけがなくて、静かなところへ連れ込む……そう考えると、何だかいけないことをしている気になってくる。


「う、うん……そうだけど……」

「そうことなら、いい場所があるんだ。

 昼休みになったら、お昼の準備して錬心館(れんしんかん)の前で待ってて貰えるかな?」

「? どこに行くつもりなの?」

「まぁ、それはお楽しみにってことで」


 うおおぉぉぉ!!

 高校に入って初の女子と一緒にお昼!

 僕にはこんな青春っぽいイベントとは無縁だと思っていたけど、まさか実現する日が……って良く考えらチェル(一号・二号)が同伴なのでそんなに喜べるものでもないか……

 内容だってチュウトピア関連で間違いなしだろうしね。

 と、いうわけで僕は委員長とお昼の約束をして、その後は生徒の姿も増えてきたということで無難に世間話でもしながら一緒に登校したのだった。


 ……ちなみにだけど、この光景を何処からか隆弘(タカヒロ)は見ていたらしく教室に着くなりかなりからかわれてしまったのは別の話だ……


-------------------------------------

 

「ごめん。待った?」

「ううん、そんなには……」


 昼になり、僕が錬心館(れんしんかん)の前に着いた時には、既に委員長は両手に小ぶりの巾着を抱えて待っていた。

 てか、今のやりとりはデートの待ち合わせの様で、ちょっと恥ずかしかった。


「委員長って弁当派なんだ……」


 僕は、委員長が抱える巾着袋を見て言った。

 しかし、これが弁当なら委員長はずいぶんと小食らしい。

 僕なら、そのサイズで三つは食べられそうだ。


浅間(アサマ)くんは購買なんだ……すごいね……」


 委員長の視線が、僕の抱えていた本日の戦利品へと向けられていた。

 そう。そこにあるは購買三種の神器!!

 コロッケパン! ヤキソバパン! カツサンド!

 そして、ペットボトルのコーヒーだった。

 境目きょうもく高に置いて、昼食のスタイルは三つある。

 一つは、学食。

 一つは、弁当。

 一つは、購買だ。

 委員長の言った“すごい”とは、まさにこの購買のことだった。

 境目きょうもく高の購買の利用率は他の高校とは比較にならないほど高い……と、思う。だって、他の高校の購買利用率なんて知らないし……。

 まぁ、とにかくすごく高いのだ。

 物自体、安かろう大きかろうなので食べ盛りの僕らにとってはなんともありがたいものだった。

 故に、昼になればそこは戦場と化す。

 あふれる猛者をなぎ倒し、至宝の一品を手にすることが……というのはまぁ、どうでもいいのだけどとにかく混むのだ。

 いつもは二品も掴めればいいところなのだが、今日に限って人気メニューランキング入りしているパンを三つもゲットできてしまった。

 そのせいで、委員長を少し待たせてしまったのだど、悪いことをしてしまった。


「私にあの中に入っていく勇気はないよ……」

「慣れだよ慣れ。委員長って小柄(・・)だから、案外うまくいくかもしれないよ?」


 決してチビとは言ってはいけない。

 彼女は小さい(・・・)のではない。小柄(・・)なだけなのだ。


「無理だよ! 絶対に、直ぐ弾き出されそう……」


 委員長は、絶対に無理だと言って、手をバタバタと振っていた。


「んじゃ、行こうか。ついてきて」


 こうして、僕たちは錬心館(れんしんかん)の前を後にする。

 錬心館(れんしんかん)は学校の敷地的にかなり隅の方にある。

 校舎に近い建物から、体育館・木工、金工室、園芸部の温室、錬心館(れんしんかん)だ。

 僕が向かっているのは更に奥。

 錬心館(れんしんかん)の裏にある用具倉庫を越えたその先……

 昼でも建物の影に入ってしまうため薄暗く、滅多に人が近づかないその場所に目的のものがあった。


「ここって……」


 委員長が驚いたような声を上げた。

 委員長だって、その存在は知っていただろうけど、実際にここまで足を運んだことはないだろう。


「そう。茶室です」


 今はもう廃部して無くなってしまっているが、まだ茶道部があった頃建てられたものだ。

 昔この高校に茶道で有名な人の息子だか娘だかが入学したときに、寄贈されたものらしい。

 結局、当時立ち上がった茶道部はそこそこ有名にはなったらしいのだが、あまり長くは続かなかったらしい。

 廃部になって活動する者がいなくなったわけだが、地元では有名な人からの寄贈ということもあり、取り壊すわけにもいかず、今でもこうして学内の厄介者として片隅でひっそりと佇でいる。


「ちょっと待ってて……」

浅間(アサマ)くん?」


 僕は委員長を置き去りにして、近くの木へとよじ登った。

 ある程度の高さ……まぁ、身長の半分ほどの高さを登ると、茶室の天窓に手を伸ばして、ガタガタと揺すった。


「ちよっ、浅間(アサマ)くん!?」


 何度かガタガタすると、窓は簡単にスライドした。

 僕は木に登ったまま靴を脱ぐと、そのまま天窓から進入。

 膝より低いところにある入り口用の小さい窓のカギを開けて、委員長を招き入れる。


「どうぞ」

「どうぞって……これって、先生に許可って……」

「取ってるわけないじゃん。

 誰も来ないとは思うけど、早く入った方がいいよ?」

「……うっ、うん……」


 真面目な委員長には、抵抗があるのか頷きはしたものの入ってくるまでに少し時間がかかった。


「おじゃま……します……」

「どぞどぞ」


 まるで自分の部屋のように招き入れ、委員長が入ったのを確認してから、僕は自分の分と委員長の分の靴を中に入れると、あらかじめ用意してあった箱に放り込み小窓を締める。


「ここの天窓ってカギがかかってる状態でも空けられるんだよね。ちょっとコツはいるけど」

「……」


 僕の声が聞こえているのかいないのか……

 委員長は口を半開きにして、室内をぐるりと見回していた。 

 そこはおよそ、茶室と呼べるような内装ではなくなってしまっていた。

 本棚に並ぶ漫画に小説、何処から持ってきたのか低いソファー、転がる数年前の漫画雑誌……

 一言で言えば“十代少年の部屋”だ。


「何……これ……」

「僕が見つけたときにはもうこうだったよ。

 一番古いものだと五年くらい前のものがあるから、当時から先達が私物化してたみたいだね」


 僕がここに入れると知ったのは、ちょっとした偶然だった。

 一年の中頃、校内清掃のとき錬心館(れんしんかん)裏の用具倉庫の壁に奇妙な落書きが残されているのを見つけた。

 “聖域サンクチュアリへと至る道程”

 そう記された落書きは、なぞなぞ調に書かれた地図だった。

 僕は清掃活動そっちのけで謎解きに躍起になり、そしてたどり着いたのが……この茶室だったという分けだ。

 その後、誰も謎解きに挑戦できないように、落書きはしっかり消去した。

 まぁ、僕が卒業するときには、同じようなことをするつもりでいる。

 と、そんなことがあったことを委員長に話すと、


「……ちゃんと掃除しようよ……」


 と呆れ顔で、ありがたいお言葉を頂いたりした。

 僕はガラクタの山の中から、折り畳み式のテーブルを掘り出し展開。

 少し誇りを被っていたので、持っていた除菌用ウェットシートで軽く拭く。

 この茶室、電気はブレーカーが落とされているため使えないが、設置された水道は使えたりする優良物件だ。

 ちなみにだが、この場所は隆弘タカヒロにだって話していない秘密基地だったりする。


「でも……いいのかな……こんなことして……」

「まぁ、随分前からこっそり使われてるみたいだし、気にしなくていいんじゃないかな?」


 真面目な委員長にはこういった不法占拠スクウォッター的な行為は、後ろ髪が引かれる思いなのかもしれない。

 適当にスペースを作ると、僕は畳みの上にどかっと腰を下ろして目の前のテーブルに戦利品を置いて一つを開封した。

 まずはコロッケパンだ。


「委員長も突っ立ってないで座ったら?

 あっ! 定期的に掃除はしてるから汚くは無いと思うよ」

「う……うん、それじゃあ……」


 委員長は若干戸惑いながらも、僕と同じように手持ちの巾着から弁当を取り出すとテーブルの上に広げていった。

 子供受けしそうな、デフォルメされた動物の絵がプリントされたなんともかわいらしい感じの弁当箱が、目の前に置かれる。

 何だか。委員長のイメージじゃないものが飛び出してきたな……

 委員長ってもっと……こう……地味で質素な感じなデザインの弁当箱を使っているイメージがあったから、ちょっと違和感だ。


「ずいぶんかわいらしい弁当箱使ってるんだね……」

「ははは……ちょっと恥かしいな……これって妹のなんだ。

 私が使ってたやつ壊れちゃって……代用品」


 照れ笑いを浮かべながら、委員長は二段重ねになっている弁当箱を開いた。

 下段はふりかけのかかったご飯で、上段は玉子焼きやプチトモトなど色鮮やかなおかず群だった。

 見るからに、おいしそうである。


「うおぉ……手が込んでるね……」

「そんなことないよ……昨日のおかずのあまりを詰めただけだから」

「ん? もしかしてその弁当、委員長が自分で作ったの?」

「作ったって言うか、詰めただけだって……」

「でも、自分で用意してるっとことでしょ? すごいね……」

「別にすごくなんて……」

「……こちら、すねーくっス……ターゲットが対象あるふぁーにアプローチをかけた模様……指示を求むっスおーばー」

「……了解なの……そのまま様子を見るの。ターゲットが盛って行動を起こしたら取り押さえて……現行犯で処刑なの」

「こちらすねーく、了解っス……」


 なんて、ぼそぼそ言っている小声が、後ろから聞こえてきた。

 振り向けばそこにアレがあった。

 さっきまでは絶対に無かったみかん箱が、不自然極まりない所にごろっと置いてあった。

 てか、二号! 逮捕すっとばしていきなり処刑かっ!

 後で、朝のこと共々覚えてろっ!


浅間(アサマ)くん?」


 僕は徐に立ち上がるとみかん箱へと近づき……


「……ふんっ!!」


 ずがっ!!


「ぷるこぎっ!!」

「けばぶっ!!」


 みかん箱を全力で踏み潰した。


「あっ、浅間(アサマ)くんっ!?」

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