5話 チュートピア・歴史講座
前回のあらすじ
チェルルは導体者・チェルと記憶を共有したことにより、剣護の生着替え(かぶりつき)のイメージデータを手に入れた。
まぁ、一言いうなら“女は怖い”ということだろうか……
クラスでは、地味の最先端を行っている委員長が、髪型とメガネを外しただけでこげに化けるとは……
女とは、実に恐ろしき生き物である……
あの黒縁の瓶底メガネは、外したら絶対に目が“3 3”になると思っていたのだけど、そんなことはなかった。
残念だ。
そのことを話したら、呆れたようなため息混じりに、あれが伊達メガネであることを教えてくれた。
なんでそんなものをしているのか聞いたら、やんわりはぐらかされてしまった。
まぁ、言いたくなさそうなのでそっとしておこう。
空気が読める男。そして、気遣いができる男。それが僕だ!
と、いうわけで現在は大チェルの実家にお邪魔しております。
こっちには喫茶店とかないから仕方ないね。
「そうですか……されは残念でしたね……」
「全然ダメだったよ……私がもっとうまくできればいいんだろうけど……力になってあげられなくてごめんね、チェルルさん」
「いえ、御気になさらないで下さい。
こうしてし、マアヤさんが戦って下さるだけで、私たちは感謝しているのですから……」
大きな丸テーブルを、三人で車座に座る中、大チェルは委員長から、今日の戦果の報告を受けてそう答えた。
委員長は申し訳なさそうに項垂れ、大チェルは少し残念そうに笑っていた。
小チェルズは、小チェルズで必死に委員長を励ましていた。
なんだか、空気が思った以上に重苦しい……
こういうときにこそ、空気が読める男が空気を変えねばなるまい!!
デキる男は忙しいのだ。
「で、委員長ってなんで名前隠してたのさ?」
「えっ!? そっ、それは……その……ねぇ?」
ねぇ? と言われましても……
委員長は、はにかんだで照れ笑いを浮かべた。あら、かわいい。
学校でもそうしてれば、さぞおモテになることだろうに……勿体無い。
「だって……恥ずかしい……じゃない……
いい歳して、こんなバカみたいな格好してさ……知り合いに知られたくなんてないよ……」
「バカヤローー!!」
「ひっ!?」
僕は絶叫とともにガタリと立ち上がった。
突然の僕の大声に、委員長だけじゃなくこの場の全員がビクンッと身を震わせた。
「誤って! 全国のレイヤーさんに謝ってよ!」
「ちょっ、浅間くん?」
「コスプレは自己表現なのです! 変身願望の体言なのです!
そりゃ、普段からそんな格好してれば頭おかしい人ですよ?
でもね、お正月には晴れ着を着るし、夏には浴衣、ハロウィンに仮装して、クリスマスにサンタ服を着るじゃない!!
コスなんてそれの延長じゃないか!
なぜ! なぜコスプレだけ弾圧されなければならないのか!
私は声を大にして問いたい!」
「浅間くん……学校とキャラ違くない?」
「お構いなく!!」
「お構いなくって……」
立ち上がり力説する僕に、周囲の視線が突き刺さる。
僕はテンションを平常時まで下げると、委員長の方へと向き直った。
「ってかさ、こっちの世界にその格好で来ちゃったってことは、委員長もこっち側の人間ってことでしょ?」
「……」
僕は、委員長の今の姿……模造品の9の格好を指差して言った。
この世界では“自分のなりたい自分”が投影されると言っていた。
つまり、彼女が委員長の“なりたい自分”だということだ。
それはつまり、委員長が“魔装少女隊 リリック・ヴァルキリー”というアニメを知っている、ということを意味していた。
それも、自己投影してしまう程度に、だ。
「物質界……向こうの世界、現実なら、確かに笑う人だっているよ。
でも、こっちで今の委員長を笑う人はいない。
なにせ、僕しかいないからね!」
「浅間くん……」
「それに、委員長すごく似合ってるじゃん! その格好、かっこいいと思うよ?」
「そっ、そう……かな……?」
「うん」
あまり褒められ慣れていないのか、委員長は顔を真っ赤にして俯いていた。
「ダンナ、ナンパの次は口説き落としっスか? 褒め殺してコロっと落ちるのを狙ってるんスか?
引くっスわぁ~、マジ引くっスわぁ~」
「やっぽり、男は狼なの……マアヤの貞操が、危険で危ないの……」
何やらガヤガヤ言っている小チェルズをギロリと睨むと、二匹揃って距離を取った。
僕の有効射程外まで逃げたのだ。
ここ何度かの被弾で、多少は学習したらしい。
小癪な奴らだ。
「僕も“魔装少女隊 リリック・ヴァルキリー”は見てたけど、面白いよね。
僕は月並みだけど、ヒロインの“高城 ののか”が好きだったな……
委員長はやっぱり模造品の9?」
僕は一度椅子に座りなおすと、委員長に向かってそう尋ねた。
こういうものは、自分からカミングアウトした方が向こうだって話しやすいものなのだ。
同好の志であり理解者である。というスタンスを全面に出して、受け入れる余地のある懐の深さを示すのだ!
僕は貴方の敵ではない! 味方なのだ! と。
空気も読めて、気遣いができる上に、懐も深い男! それが僕なのだ!
もう、完璧じゃないか!
……いい加減、自画自賛も寂しくなってきたので止めよう……
「あっ……
もしかして……とは、思ったんだけど……浅間くんって、やっぱりこっち側の人なの?」
「うん。こっち側の人ですよ」
ここで言うこっち側とは、所謂アニメや漫画、ゲームなんて物が大好きな人たちの集まりを言っています。
「全然気づかなかったよ……
チュウトピアにいるのに、格好がいつものまんまだし……
浅間くん、学校じゃすごく普通にしてたから……普通の人だとばっかり……」
「ああ、そうそう。
格好のことはチェルたちにも驚かれたよ。変化がないのは珍しいって。
学校の方はその……ね? わかるでしょ?」
僕ははぐらかすように頬をポリポリと掻いた。
漫画やゲームはそうでもないが、アニメやラノベが好きだというとやたら白い目で見られたりする。
それで僕は昔、痛い目を見ているわけで……
「でも、会場で浅間くんを見たときは、ホントびっくりしたよ」
「僕は、委員長の変身ぶりにびっくりしたけどね」
「はうぅ~~……」
そう指摘すると、委員長は両手で顔を覆って俯いてしまった。
きっと、隠したその顔は真っ赤になっていることだろう。
かわいいじゃねぇか、ちくしょう……
「学校でも、髪を下ろしてネガネ外せばいいじゃん?
きっとモテモテだよ?」
「そんな私なんて……
それに……学校では、あまり目立ちたくなんだ……」
委員長よ……手遅れだよ……
格好がレトロすぎて、そりゃもぅ学校で目立ちまくってるから……とは言わない方がいいんだろうな……
「そっか……今の委員長、すっげーかわいいから勿体無い気がするけど、本人が嫌なら仕方ないね」
「うん……ありがと……って、えっ……えっ!?!?
かわ……か、かわ……わた……えっ!?」
委員長は混乱にかかった!
顔が耳まで真っ赤になり、顔で茶が沸かせそうなくらい湯気が頭から立ち上っていた。
いや、比喩とかそう言うんじゃなくて、本当に湯気が出ていた。
きっとあれは、委員長の心象が具現化された影響なんだろうなぁ……
「でたっ!! ダンナの口説き落とし第二段っスよ!!
是が非でも、マアヤをお持ち帰りする気っスね!!
ダンナの目がマジっス!! 狩人の眼っス! やばいっスよ!」
「本格的にマアヤの貞操が風前の灯火なの!」
「ううぅ~~……貞操とか言うなぁ……」
「ふふふっ、ケンゴ様とマアヤ様は大変仲がよろしいのですね」
「まぁ、同じ学校で同じクラスだからね。
学友くらいには親しいと思ってるつもりだよ」
友達だと思ってるのは僕だけでした……とかだったら泣きそうだけどね。
「で、どうでしたか? チューニングの感想は?」
「正直、すごく面白かったよ。
僕たちの世界にも、格闘技の試合なんかはテレビ中継されたりしてるけど、そう言った物とは全然違って新鮮だった」
「そうですか。喜んで頂けたのならよかったです。
その……急かすようで悪いとは思うのですが……
ケンゴ様は今後、チューニングに参加して頂けるのでしょうか?
それとも……まだ……」
それは、たぶん“仮契約”のことについて言っているのだろう。
あの戦いを見て、僕が協力するのかしないのか……
今のさっきで返答を求めてくるあたり、チェルたちにはやっぱり余裕はないのだろう。
大チェルは申し訳なさそう、と言うか、不安そうな、と言うか……
そんな感じの表情を浮かべて、僕の顔色を伺っていた。
「その前に幾つか……いや、二つだけどうしても聴いておきたいことがあるだけどいいかな?」
「はい。私でお答えできることでしたらなんなりと……」
「うん。それじゃ……
一つは、“キミたちは何のために戦っているのか?”って言うことと、
もう一つは“どうして、ネイルズには同調者が少ないのか?”
っていうことなんだけど……」
「そうですね……その二つの問いは、一つの同じ問題から発生しています。
少し、お話が長くなりますが、よろしいでしょうか?」
「勿論」
「では、失礼して……」
「マアヤ様には既にお話したのですが……」と、前置きの上で大チェルはここチュートピアについて話してくれた。
大変長いので、割愛してまとめると次のようなことらしい。
まず、ここチュートピアに住む人々は元は僕たちとは別の物質界の住人だった。
しかし、“ある科学者”がとある実験をしたことで、チェルたちの世界は壊れてしまったらしい。
文字通り世界が、だ。星ではなく、世界が壊れた。
大チェル曰く、“世界とは分厚本のようなもの”らしい……
本を構成する1ページ1ページが、僕たちが暮らす世界に該当するのだとか……
そのページが幾つも折り重なることによって、“宇宙”が形成される。
この“宇宙”というのは、僕たちの認識している“空の上の宇宙”とは少し違う。
ありとあらゆる次元・空間にある世界をまとめたものを、彼女たちは“宇宙”と呼んだ。
僕たちが言う宇宙、太陽系だとか銀河系なんていうのも、チェルたちに言わせてしまえば一つの世界に過ぎないのだ。
仏教に“三千世界”という宇宙概念があるが、それに近い考えだと思う。
三千世界についての説明は割愛する。詳しくはWebで!!
とにかくだ、本の中の1ページを破り捨てるようにして、チェルたちの世界は壊れた。
しかし、そんな中にも助かろうとがんばった人たちがいた。
チェルたちの世界の科学者たちだ。
科学者たちはこう考えたらしい。
既に壊れた世界を修復することはできない。なら、別の世界に逃げればいい。と……
しかし、そう簡単に世界を飛び越えることは出来なかった。当然だ。そんなに簡単にぴょんぴょんと飛び越えられたら、僕らの世界だってもっとファンタジーになっているはずだ。
と、言いたいところだが、この“世界を超える”研究というのは、チェルたちの世界ではかなり進んでいてほぼ実用化にこぎつけていた。
そして、世界が全て壊れてしまう前になんとか“世界”から脱出する方法を作り出すことに成功した。
それが世界に“穴”を開ける装置だ。
さっそくその装置を起動し、“隣の世界”へ逃げようとしたところで、科学者たちは自ら犯した取り返しのつかない過ちに気づいたのだという……
そう、チェルたちの世界を破壊していたのは、この装置そのものだった。
正確には、この装置の試作機が実験中に世界に無数の穴を穿ってしまった。
無数に開いた穴によって世界は歪み、その負荷に耐えられなくなったことで世界は崩壊を始めたのだ。
科学者たちへの受難は更に続いた。
最悪なことに、必死の思い出で開けた“穴”の先には別の世界は存在しなかった。
何も無かったのだ。
“穴”の先にあったものは無だった。
宇宙という本のページの一枚に穴が開いたとしても、次のページに続いている訳ではなかったのだ。
ページとページの間にあるもの……それは隙間だ。
物質界と物質界が直接触れないようにするための緩衝空間、その隙間をチェルたちは峡間世界と呼んでいた。
それが、ここチュートピアのある世界だった。
この峡間世界に物質は持ち込めない、ということには科学者たちも早い段階で気づいたらしい。
そこで、次に科学者たちが考えたのは、精神のみを峡間世界へと送る、といことだった。
これは割りと簡単に実現した。
というのも、“精神をエルネギー体”に変換するという技術は既に確立されていたからだ。
その技術の応用によって誕生したのが“幻想事象転換結晶体チュウニウム”である。
彼らは、このチュウニウムを使って峡間世界に新たな大地を作った。
それが、チュートピアだ。
そして、自ら作り出した大地へと逃げ出したのだが……
そのとき、既に世界の大半は崩壊してしまっていたと言う。
命からがら逃げ出せた人間も、チュウトピア全体で10万に満たなかったらしい。
元の総人口が100億を超えていたことを考えれば、雀の涙の方が遥かに多い。
こうして、大脱出により生き延びることが出来た人々が今現在のチュートピアの人たちなのだ。
各勢力に分かれて領土が存在するのは、複数の組織が同時多発的に別々に対応したためらしい。
未曾有の事態に、連携だの連絡だのできるわけもないか……
「なんか……壮絶な物語過ぎて、ついて行けないんだけど……」
「昔話だと思って、聞き流して下さって結構ですよ」
「いや……無理だろ……」
大チェルがニコリとそんなことを言っていたが、重すぎる話にどう答えたものか少し迷う。
聞くのは二度目らしい委員長でさえ、涙目になりながら鼻をずずっとしていた。
「ってことは、チュートピアの人口って10万人?」
「いえ、その後いろいろありまして、今は多分1万人を越えてはいないかと……」
さらに1/10って……100億から1万って何分の一だよ……ケタ多すぎてわかんねぇなコレ……
で、そのいろいろって言うのがまた大問題だった。
言ってしまえば食料危機だ。
いくら峡間世界が精神によって構成された世界だといっても、永遠の楽園とは程遠かった。
精神は無限のエネルギー体じゃなかったのだ。
ストレスを感じれば疲労は溜まるし、磨り減りもする。
そして、擦り切れてしまえば……
チェルたちが精神体にも、食事……というかエネルギーのようなものが必要なのだと認識したのは多くの同胞が消滅してからだった。
チェルたちはどうすれば、この消滅現象から逃れることが出来るかを研究した。
そして、突き止めたのだ。
心の体力……気力とでも呼べばいいのだろうか……とにかく、そう言ったエネルギーの存在だ。
精神体であるチェルたちは、そのエネルギーを消費して存在している。
そして、そのエネルギーが切れてしまえば……消えてしまうのだ。
チェルたちはこのエネルギーに“エナジタイト”という名前を付けた。
研究は進む。
エナジタイトは、あるレベル以上の精神構造を持った生命体にしか生成できないことが分かった。
平たく言えば人間だ。
そして、精神のみで構成された自分たちではエナジタイトが作り出せないことを知った。
絶望している時間は無かった。そうしている間にも、同胞は次から次へと消えていたのだから……
チェルたちは次の手を考えた。
自分たちで作り出せないなら、作り出せる者に提供して貰えばいい、と。
「それがつまり……」
「はい。同調者です」
「でも、提供って言われてもな……」
「ケンゴ様たちが、なにかする必要はありません。
そのためのチューニングなのですから」
曰く、精神とはこのエナジタイトによって構成されているらしい。
このチュートピアにある、ありとあらゆるものがエナジタイトによって構成されているのだ。
逆説的に言うならば、この世界の全てはエナジタイトなのだ。
それには、チェルたちは勿論、僕や委員長だって含まれている。
では、どうやってエナジタイトを回収するかと言えば……
「一度、破壊します」
「破壊?」
「はい。
エナジタイトは一度存在が確定してしまうと、他のものへは変わらない性質をしています。
しかし、存在が破壊されたとき一瞬だけ変質前のエナジタイトと戻るのです。
そのエナジタイトを回収します。
そのための舞台と装置があの闘技場であり、世界調律なのです」
つまり、こうだ。
1、チェルたちは何処かの世界から、同調者を連れてくる。
2、その同調者同士を戦わせる。
3、どちらかが倒される、もしくはダメージを受けることで同調者を構成している精神体が無印エナジタイトに変換される。
4、それを回収する。この回収装置があの闘技場だと言う。
5、回収されたエナジタイトはチューニングの勢力別勝利数に応じて、各勢力へと分配される。
そして1へ戻る……
この繰り返しなのだと言う。
「例えば、ここにある椅子とかテーブルですが、これらを破壊することは出来ません。
勿論、叩けば破損はしますが、すぐに元に戻ってしまうからです。
これは先ほどお話した、存在が確定してしまう現象のためですね。
しかし、それも無尽蔵と言うわけではないのです。
復元しようとする際、破損の度合いによってエナジタイトは消耗されます。
存在を構成しているエナジタイトが、修復に必要なエナジタイトの量を満たせなくなったとき……」
「消滅する……と」
「はい。
しかし、これらのものを闘技場へと持って行き破壊すると、闘技場に施された装置の影響で修復に消費するはずのエナジタイトを吸収し、復元を阻害します。
破損したものは、常に復元しようとエナジタイトを消費し続けるため、最終的には全てのエナジタイトが世界とへ還元されるのです」
「でも、それだと同調者はかすり傷一つで敗北が確定するんじゃ……」
「そうですね。理屈の上ではそうなのですが、闘技場に施された吸収施設では、同調者の自己再生速度に遠く及ばないのです。
なので、より多くを吸収するには完全破壊をするか、常に損傷を与え続ける必要があるのです」
昨日のボクのように、木っ端微塵になってしまえば再生以前の話……ってことか。
「……ってちょっと待ってよ!
そのエナジタイトってやつが無くなったら消滅するんだよね!?
もし、僕たちのエナジタイトが吸収され尽くして枯渇したら……」
「ふふふっ、その点は大丈夫ですので安心して下さい。
先ほども言いましたが、同調者は自らエナジタイトを生成することが可能なのです。
そうですね……例えば、長距離のマラソンをしたとしますよね?
ゴールをしたときは、疲れて果てて一歩も歩けないような状態になります。
でも、次の日にはまた走ることができるようになりますよね?
同調者にとって、エナジタイトとはその程度のものなのですよ」
なんとなく……分かったような、分からないような……
とにかく、チェルたちはそのエナジタイトってやつを補給しなと死活レベルでヤバイ、というのは分かった。
そのために僕たちに戦って、そして勝って欲しいとうこともだ。
「でも、それだったら尚更同調者の絶対数を増やした方がいいんじゃないの?
二人って、どう考えて非効率だし……」
「……その通りなのですか……私たちにはもう余裕がないのです……」
「余裕?」
「エナジタイトの備蓄です。
この世界の全てはエナジタイトによって作られています。
それは、チュウニウムも同じことなのです。
そして、チュウニウムは一つ作り出すのに膨大なエナジタイトを消費します……
私たちにこれ以上の、チュウニウムを作り出す余裕はもう……」
「大変お恥ずかしい話なのですが……」チェルはそう切り出して話しを進めた。
彼女たちの勢力・ネイルズは正直弱小組織だった。
同調者の確保はうまくいかず、運良くスカウトできても芳しい成績を収めることができなかったらしい。
勝ちが得られなければ、エナジタイトの配給は減る。
配給がなければ、備蓄を削ることになる。
備蓄が底をつけば、住民への配給を削ることになり……そして、エナジタイトの尽きたものから消滅して行く……
行き着く所は、ネイルズ領という集合体の消滅……
そんな負の連鎖が始まったのだ。
「じ……じゃあ、前にスカウトしったていう同調者の人たちは今はどこに?
その人たちにも声をかけてさ!」
「もう……誰も残ってはいないのです……」
「……えっ?」
「皆様、同調者としての能力を失ってしまいましたから……」
「能力を失う……?」
「はい。
チュウニウムの適性は精神波長の同調は勿論ですが、実はもう一つ重要な要素があります。
それが年齢です」
「年齢……?」
「チュウニウムとの同調現象は十代をピークに次第に低下していき、最後には同調そのものが行えなくなります。
中には、二十代になっても持続できる方もいるようですが、残念なことに我々のところにはいなかったようです」
それは、僕たちもいつかは力を失うってことか……
「それなら……前の同調者のチュウニウムを使って、新しい同調者を探せば……」
「それも無理なのです……」
「それは……どうして……?」
「チュウニウムは、登録者である同調者の能力が消失すると、チュウニウム自身の力も失ってしまうのです……」
「……えっ?」
「チュウニウムの同調者となれる人物は、ただの一人なのです……」
……おいおい、ウソ……だろ……
「いや……でも……それじゃ、僕が同調者になるのを断わったら……」
「……」
チェルは何を言うでもなく、僕の目を見つめて寂しげに微笑んでいた。
「チェルはそんなこと一言も……断わったらまた別を探すって、軽いノリで……だから僕は……」
この石は、チュウニウムは使いまわしができるのだろうと、僕は勝手に思い込んでいた。
何の疑問すら抱かずに……
「そのことは気にしないで下さい。
無理強いするつもりはありませんから……
返事も今ここで、とは申しません。後日で結構です。
ただ……辞退されるようでしたら、その……早めにご決断して頂くと私たちも助かります。
その子を遊ばせておくわけには行きませんからね……」
変わらず寂しげな表情をしたチェルの視線の先にいたのは、小チェルだった。
辞めるなら辞めるで、小チェルは次の同調者を探しに行かなければいけない、ということか。
「ダンナ……」
小チェルは縋り付くような視線で、僕を見つめていた。
「っ……」
そのとなりにいた委員長も、同じような目で僕を見ていた。
ついでに、二号まで同じ目をしていた……
「……」
ふむ……どうしようか……
さっきまでは確かに、やってみたいと思っていた。
話を聞いて、手を貸したいと思った。助けたいと思った。
反面、僕なんかで力になれるのか、とも思った。
だからって、僕が同調者になることを辞退したところで何も状況は好転はしない。むしろ悪化する。
いや、待てよ……そもそもこのシチュエーションは、かなりおいしいのではないだろうか?
ふと、そんな考えが、なんの脈略もなく思いついた。
亡国の危機に瀕した国を颯爽と救う……まさに、勇者だ。
ラノベで使い古された、王道パターンではないか!
男の子だったら。誰だって一度はヒーローになりたいって思うだろ! だろ!
御誂え向きに、かわいいお姫様まで初期セットで付いてくる親切設計!
で、世界を救った暁にはお姫様とムフフでニュフフな関係になるわけですよ!
これは、あれか?
ガイアが僕にもっと輝けと囁いているのか?
もう、細けぇこたぁどーでもいいんだよ! 勝ちゃいいーんだろ、勝ちゃよ!?
「なっ、なんか、ダンナがニチャニチャしててマジキモいんスけど……」
「絶対、よくないことをかんがえているの……」
そこの豆チビ二匹、じゃかーしーわ!!
特に一号!
僕のスマイルはそんな粘着質じゃない!
「……よしっ! 決めた!!」
一拍の沈黙の後、僕はテーブルをダンと叩くと勢い良く立ち上がった。
「ネイルズの同調者に僕は、なる!!」
いきなりの僕の奇行に、ポカーンという顔をしていた面々だったが、真っ先に僕の手を取って喜んだのは大チェルだった。
うおっ! 手がすべすべしていて、ちょーやーらかいです!!
「っ! ありがとうございます。ケンゴ様!!」
「ダンナならそう言ってくれると思ってたっスよ!」
「なかなか見所があるやつなの……」
小チェル一号も勢い良く僕の頭へと飛びついてきた。
うっとおしい上、今しがたの暴言の件もあってベチーンをかましてやろうかと思ったが、まぁ勘弁してやろう。
「浅間くん……」
委員長もほっと安堵の顔だ。
「ですが……急にどおしたんですか?
迷っていたように見えたのですが……」
「あ~、迷ってたって言うか……いろいろとね……」
まさか、脳内妄想を暴露するわけにもいくまいて……
「よしっ! そうと決まれば、明日から……とは言えないけど、僕もチューニングに参加するよ!
そして、この国(国じゃないけど)を見事に救済して、僕は勇者になる!」
「ゆっ、勇者……ですか?」
「ダ、ダンナ!? プレシャーにヤられて、お頭がおかしくなったっスか!?」
「もう、ダメなの~! おしまいなの~! みんな助からないの~!」
こいつら……後で覚えてやがれ……
特に一号!
「あのな~、なら聞くけど僕が一人戦線に加わって、この危機的状況がどーにかなるとか、本気で思ってるのか?」
「それは……その……」
「え~っとスねぇ~……」
「おしまいなの~! もう、誰も助からないの~!」
大チェルは、僕の参戦が焼け石に水ていどの慰めでしかないことは十分に理解しているらしい。
気まずそうに俯いて、目を合わせようとはしなかった。
てか、二号うるさい! 後で、黙らせる!
「こんな危機的状況を解決できたなら、それこそ正真証明の勇者だ。でなきゃ英雄でもいい」
「どっちも一緒っスよ……」
「なの~なの~」
「うるさい!
とにかくだ! 僕がこのネイルズ領を守る勇者になるって言ってるんだよ!
もう、誰も消させやしないさ!」
「ケンゴ様……」
感極まった、といったようすで大チェルが口元に手を当てて、涙目になって僕のことを見つめていた。
「まかせなって! 僕たちでなんとかして見せるさ! ね、委員長」
「うん……私がどこまで手伝えるかわからないけど……全力でがんばるよ!」
「二人とも……ありがとう……ございます……」
大チェルは、目じりに浮かべた涙を零してニコリと微笑んで見せた。
「第一、ヒロイック・サーガの最終目的はお姫様の救出って、相場は決まっているからね。
勇者を目指すと豪語したからには、それくらいのことはしないと格好がつかないでしょ?」
僕はそう言って、大チェルの頬に手を当て、零れた涙を親指で拭い取った。
「ケっ、ケンゴ様っ!?」
なぜか、大チェルは目を見開いて驚いた表情を浮かべ、顔を真っ赤に染めていた。
「っ……!」
横合いから、ぶっ刺すような視線を感じたが、きっと気のせいだろう……
「つっ、ついにダンナがあしちたちも口説きはじめたっス!
しかも、お姫様扱いっスよ!
まぁ? 正直?
ダンナみたいなのは趣味じゃないんスけどぉ~、しょうがないからぁ~、ほっぺにチュ~くらいはしてやってもいいっスよ?」
「これでまた、愚かな男を一人、虜にしてしまったの……
わかってたの……わたしの美しさが罪……なの……」
僕は、ん~っと唇をタコチュウにして迫ってくる一号の顔面を無言のまま力強く掴むと、ソレを二号へ向かって力強く、最大限の力を込めて……
ブゥオォン!!
ぶん投げた。
「ゲラハッ!!」
「ゲラッバ!!」
見事にぶち当たった二匹は、ビリヤードの玉よろしく部屋中を縦横無尽に跳ね回った。
仏の顔も三度までだ……覚えておけジャリども!
今回は解説回になってしまいました……
ホントはもっとさくっと流すつもりだったのですが、自己矛盾を解消して行ったらまるまる一回を使ってしまった……
もっと短くするべきだったかも……