4話 “かわいい”は正義! しかし、勝てるとは言ってない
残念なことに、チェルは獣っ娘ではなかった。
なので、もふもふを要求することが出来なかった。
すこぶる残念だ。
しかし、獣っ娘ではなかったが、エルフっ娘ではあった。
横に張り出した人より長い耳。
まさにエルフ耳である!
生きているうちに、本物をこの目で拝めるとはまさに僥倖。
と、いうことで同じ要領でエルフ耳をふにふにしていいかと誠心誠意頼んでみたところ、大きい方のチェルには“私が我慢することで、同調者を手放さずに済むなら……”と、泣きながらの了承を貰い、それを見ていた小さいチェルが、どこぞのクマを見るウサギのような目で僕を睨みつけていたので咄嗟に“なーんちゃって♪ 冗談冗談♡ テヘペロッ♡”と、機転の利いた対応を取ることによって事なきを得た。
パーヘクツで隙のない神対応だった自負している。
こっちの世界では、僕たちの世界以上に肌の触れ合いに抵抗があるようだ。
覚えておこう。
迂闊にラッキースケベが発生しようものなら訴訟ものである。
基本はノータッチ! 基本はノータッチだ!
僕は紳士なので見るだけで我慢しよう。
「んじゃ、記憶領域の共有するっすよ!」
「はい、お願いします」
小さいチェルは、姿を現すなり大きいチェルへと、ふよふよと飛んでいた。
そう、飛んでいたのだ。
まぁ、異世界ですし? 本当は精神体で実体はないらしいですし?
そういうこともありなのだろう。
しかし、はて?
“記憶領域の共有”とな?
「ではでは、始めるっスよ~」
「……」
そう言って、小さいチェルは自分の額を大きいチェルの額へ押し付けた。
熱を測るときにやる、あの“おでことおでこがピッタンコ”のアレだ。
何秒かそうしていたかと思ったら、何事もなく離れてしまった。
眩い光に包まれるわけでもなく、目からレーザーが出て光通信をするわけでもなく……
あっけないほど簡単に、それは終わりを告げていた。
妖精とキスを少女……みたいな感じで、少々ユリユリちっくな光景に、ちょっとドキドキしてしまったのは内緒の話だ。
「で、今何してたんだよ?」
「えっと……それは、その……ですね……」
なぜか大きいチェルが、顔を紅くして顔を背けてしまった。
あれ? 僕何かしましたか?
「言ったじゃないっスか~“記憶領域の共有”だって」
「だから、それが何かって聞いてんだよ、バカ」
「あ~! バカって言ったっス! バカって!!
バカって言った奴がバカなんスよ~!」
「……ふふふふっ」
始めのうちこそ、なぜか顔を背けていたチェルだったが、堪えきれなくなって小さく笑いだした。
そんな、僕と小さいチェルとの言い争いを一頻り見た後、大きいチェルが丁寧に説明してくれた。
もう、顔を背けられたりはしなかった。よかったよかった。
さすが、大きい方は天使だ。小さい方とは分けが違う。
で、実際何をしていたかというと……文字通りだった。
小さいチェルが物質界で見聞きして来た事を、大きいチェルに教えていたらしい。
大きいチェルは導体者ではあるが物質界にはいけない。
なのでこうして物質界の情報を収集しているのだそうだ。
「ってか、チェル。何で今まで隠れてたんだよ?
いるならいるで、さっさと出てくればいいのに……」
「そう簡単にはいかない事情、ってのがあるんスよ……
そもそも、ダンナがあちしのことをもっと気にかけてくれれば、あちしももっと早く出てこれたんスよ?」
「どゆこと?」
「では、私がご説明しましょう」
ありがとう!! 困ったときの解説チェル衛門!!
つまりは、こういうことらしい。
チュウニウムは同調者と契約するまではニュートラルの状態にあり、チュウニウムに宿っている精神体であるチェルにもアクセス権限があった、そのため限定的だがその力を使うことが出来た。
その力によって作り出されたのが、物質界でのあのぬいぐるみ、というわけだ。
イメージを具現化させている、ということを考えるとチェルのセンスがかなりやばいことが窺い知れる。
しかし、一度同調者と契約を交わしたチュウニウムはメインアクセス権限を同調者に設定してしまうらしい。
この状態になると、サブ権限であるチェルにチュウニウムの力を使うことは出来なくなってしまう。
そのためチュウニウムに閉じ込められている状態のチェルは、自分の意思で外には出られなくなってしまっていたのだ。
自分で出られないのであるなら、出してもらえばいい。ということで、同調者の……つまり、僕の出番である。
では、どうすればいいのか。方法はいたって簡単だった。
チェルの存在を強くイメージする。それだけだ。
それだけで、チュウニウムの中からチェルを引っ張り出すことが出来る。というか、実際できている。
チュウニウムの力の源はイメージだ。イメージ力こそが力となるのだ!
従来の手順であるなら、チュウトピアに着いた段階で導体者の不在を不安に思うことで、導体者のことを強く意識することになるという。
その不安感からくる導体者を求める意識を利用するらしいのだが……
僕の場合、そのあたりは全部後回しに考えていた。
小さいチェル曰く、
“まったく物怖じしないとか、大物なのかバカなのかわからないっスよ!!”
と、大絶賛されてしまった。照れるぜ。
だがしかし、だ。
あのとき、僕がイメージしたチェルは物質界でのあの姿のチェルだったはず……
なのに実際出てきたのは、大きいチェル(なんか大きいとか小さいとか、呼び分けるの面倒だ。からこれからは大チェル、小チェルと呼ぶようにしよう、うん)を僕の知らないSD化した小チェルだった……
わからないときは、チェル衛門に聞くに限る。
「それは、その姿こそがこの子の本来の姿だからです。
チュウニウムの力を持ってしても、他人の容姿をかえることはできませんから」
とのことだった。
他人のが無理なら、自分の容姿は変えれる、ということなのだろうか?
話す→チェル衛門→聞く→容姿について
「はい。同調者に選ばれる方々というのは得てして“理想とする自分”というものを強く思い描いているように思います。
例えば、背が高い自分。
例えば、カッコイイ・可愛い自分。
例えば、精神的に、肉体的に強い自分……そういったものですね。
チュウニウムの力によって導かれた同調者は、チュートピアへと足を踏み入れたその瞬間から、その願望は叶えられ、自分の理想とする姿へと変わるのです。
むしろ、ケンゴ様のように何の変化もない方が珍しいのですよ?」
大チェルは、ふふふっ、と口元を隠して上品に笑っていた。うん、かわいい。
彼女とコレが同一人物とはとても思えんな……
僕は、そんなことを考えながら、今一度自分の姿を確かめた。
首から下は、いつもの見慣れた制服姿だった。
そう、制服だ。
僕がこの世界から受けた影響といえば、よれよれの部屋着ジャージが学校指定の制服に変わっていたことくらいだろう。
大チェルの話からすれば、これが僕の“僕が理想とする僕”ということになるらしいが、制服着た自分が理想って、なんかぱっとしないな……
鏡がないので、顔の方までは確認できないかったが多分いつもの顔だろう。
イケメンだとは思っていないが、醜悪というほど悪くはない……と、思いたい。
そんな中……
「折角、いらしているのですからおしゃべりだけでは勿体無いですよ。
“チューニング”をご覧になって来られては如何ですか?」
と、いうのが大チェルからの提案だった。
大チェルは小チェルとの記憶共有によって、僕がお試し期間、仮契約中の同調者であり、チュートピアがどういうところなのかを知るために今ここにいる、ということをよく理解してくれていた。
なので、押し付けがましく“この世界のために戦え”だとかそんなことは言ってこなかった。
小チェルの様子からすると、そんな余裕もないだろうに……健気だ。そして、かわいい。
こんなかわいい娘を、あんなに怯えさせてしまっのは大変申し訳なく思う所存だった。
と、いうわけで僕たちはそのチューニングを観覧しに行くことになったのだった。
僕たちとは、僕と小チェルだ。
大チェルが行かない、というのはちょっと寂しかったがしょうがない。
彼女には彼女なりの理由があるのだろう。
「では、行ってきます」
「はい。楽しんで来てください。お帰りをお待ちしております」
「あいっス! んじゃ、ちょっくら行ってくるっス!」
「自分にこんなことを言うのも何ですが……
貴方は多少、粗野な所がありますから、粗相のないようにして下さいね」
「ホント……自分に言うことじゃないっスね……」
こうして、僕たちは大チェルに見送られてチューニング会場へと向かったのだった。
嗚呼、あんなかわいい娘に見送られながら家を出るとか(まぁ、僕の家じゃないけど……)何時から僕ってリア充になったんだろか……
近いうちに、爆発するかもしれない。
いや、既に爆発経験があるから“リア爆”回避フラグは回収済みなのか!?
と、なれば……これから先はリア充ライフを満喫できるってことか?
いいぞ~これ。
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チューニングとは、僕が初めてこの異世界・チュートピアへと来たときに爆死したあれだ。
同調者と同調者がチュウニウムの力を使って戦うらしいのだが、前回は僕は何かをするまえに丸焦げにされたので、実際はどういう戦いになるのかさっぱりわからなかった。
だから、ちっと楽しみだったりする。
「ここがチューニングの会場っス」
そう言って、小チェルに案内されたのは、大きな闘技場のような場所だった。
「ここに入るのか?」
「そうっスよ」
外見はまんまローマのコロッセオだった。
僕たちはドデカイ入り口を抜け、エントランスホールに足を踏み入れた。
「実際にエントリーする場合は、あっちの窓口に申請することになるっス。
いろいろ手続きが必要っスから、参加するときは言って欲しいっス」
「ん? 参加には手続きが必要なのか?
前回は僕何もしてないのに、いきなの対戦だったけど……」
「言ったじゃないっスか? ウラ技だって。
本来なら、正規の手続きを踏まないとチューニングには参加できないっス」
「ふ~ん……」
「で、観戦希望者は反対側のあっちの窓口になるっスよ。
今回、あちしたちはあっち側の窓口に行くっス」
僕は小チェルの言った窓口を目指して歩き始めた。
小チェルは相も変わらず、ふよふよと僕の隣を浮遊していた。
「シングル観戦希望二名っス」
「はい。少々お待ちを……はい。大丈夫ですね。
では、左手ゲートから入場して下さい」
「どもっス~」
僕は先を行く小チェルついていく。
「入場料とか観戦料とかは取られないんだな」
「ンなもんないっスよ。
そもそも、貨幣が存在しないっスからねぇ。
物質界と同じに考えたらダメっスよ」
そりゃそーか。
なにせチュートピアは精神世界らしいしな。
少し長めの階段を上ると、そこは野球スタンドのような観客席になっていた。
まぁ、野球場なんて行ったことないけど、テレビなんかで見たことがある感じとよく似ていた。
そして、目の前には、巨大な石か何かで出来た見覚えのあるリングがあった。
昨日、僕が消し炭にされた場所だ。
こんなにデカかったとは、思いもよらなかった……
「おっ! 丁度試合が始まるみたいっスよ?
どれどれ対戦カードはっ……と」
野球場ならバックボードが備え付けられている位置に、映像が浮かび上がっていた。
文字通り、浮いていたのだ
立体映像? ホログラム? まぁ、なんでいい。
とにかく、何もない空間に映像が映し出されていたのだ。
SFやら、ファンタジーでも度々登場するギミックだな。
感動はするが驚きはない。
ただ、そこに映し出されたものには興味が沸いた。
プロフィールだろうか。
そこには、今から戦うであろう二人の人物について、名前などが書かれていた。日本語で。
小チェルに確認してみたところ、文字や言葉は同調者が認識できるものに勝手に翻訳されるらしい。さすが精神世界……パネェっす。
しかし、よくよく考えたらティッピーの時だってなんの違和感もなく日本語使ってたんだよなー……
なんてことはさておき、今は目の前の対戦だ。
プロフィール映像へ視線を戻す。
なになに……
・スカリア領所属
虚無を滅ぼす魔王 リンドブルム・アステムロイド
ランク D
直近成績 10戦4勝5敗1分
「オレの右手は虚無さえも無に帰す……傷つけたくはない、だから下がれ」
うん、いい感じです。
特に“虚無を無に帰す”ってあたりは痺れますわぁ。
無駄に“無”って文字を二回使ってるあたりに好感が持てます。
で、対戦相手はっと……
・ネイルズ領所属
魔導犯罪対策局 特務零課 模造品の9
ランク E
直近成績 5戦0勝5敗
「ノーコメントです」
おっ? ネイルズ所属ってことは……
「おい、小チェル」
「なんスか? ってか、小チェルってなんスか?」
「今は、そんなことどうでもいいんだよ。
次の試合に出る同調者ってもしかして……」
「ああ。そうっス。ウチの同調者っス。
ダンナの先輩っスね。二人しかいない同調者のもう一人っス。
まさかこんなタイミングで見れるとは、あちしもビックリっスよ」
ふむ。先輩さんか……
是非とも、お友達になってもらいたいものである。
彼女となら、うまいドク○ー・ペッパーが飲めそうな気がする。
と、いうのも彼女の設定には見覚えがあるからだ。
前者のリンド某は、多分完全オリジナルの自作キャラだ。
しかし、後者、先輩同調者さんの“模造品の9”には原作が存在する。
それが“魔装少女隊 リリック・ヴァルキリー”という作品である。
僕もイチオシの作品で、昨今流行のバトル系魔法少女モノの流れを汲むものの、愛・友情・努力だけでなく、人情ドラマあり人死にありの結構エグ系の話だったりする。
僕なんかは、そういった“ご都合主義”を排除している所に好感が持てるのだが、とにかくハンパない量のキャラが死ぬ。もう、ばんばん死ぬ。主要キャラは勿論、最終話ではメインヒロインも死ぬ。
そんなせいか、“俺のヨメ”が死んだ周の掲示板は荒れる。
毎週、誰かは死ぬので結局毎週荒れる。
そんな中、唯一死ななかったのがこの“模造品の9”なのだ。
立ち位置的には、メインヒロインの親友にあたる。勿論、性別は女性だ。
だから、先輩さんもきっと女性だろう。もし、男だったら僕が責任を持ってコロス。
ノインたんを汚す奴は、死、あるのみだ。
因みにだが、コメント欄の「ノーコメントです」はノインたんのお決まりのセリフである。
ファファファファーーーーー!!
なんて、長々と考えていたら大ボリュームのファンファーレが会場中に響き渡った。
「おっ、そろそろ始まるっスよ!」
ファンファーレの音に合わせて、闘技場の中心近くに二つの発光体が現われ、それは見る見るうちに人の形へと変っていった。
ほぉ……僕もあんな感じで登場したんだろうか? かこいいじゃないか。
僕から見て右側に現われたのは、真っ黒なロングコートに身を包んだ、見るからに“魔王”といった体の男、彼がリンド某だろう。
左側に姿を現したのは、白を基調とした特務零課の装甲制服に身を包んだ女性だった。
黒く長い髪をなびかせての堂々の登場だった。
その傍らには、体躯に見合わない巨大な十字架のようなものが見えた。
ノインの最終兵装、多目的魔装機“虚皇六式”だった。
うおおぉぉぉぉーーーーー! かっこいいいぃぃぃぃ!!!
フィギュアや、食玩なんかであるちゃっちぃのとは分けが違う!!
1/1だ!! 実寸大なのだ!! 質感がハンパねぇ!!
うおおぉぉぉぉーーーーー!!!
イメージを具現化できる、とは聞いてはいたが実際に目にするとやはりテンションが上がる。
闘技場中央で両者が構えると、空中浮遊する幾つモノウインドウが一斉にカウントダウンを開始した。
5……4……3……2……1……
0のカウント共に戦闘開始を告げる鐘の音が響いた。
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結果かから言ってしまえば負けだった。
まぁ、僕のように一方的に、何も出来ずに爆殺されたのとは違い、時間いっぱいまで逃げ回っての判定負けだった。
開始直後、両者共に飛行状態となり距離をとるとリンド某が、邪○炎殺黒龍波のような技を使った。
漆黒の龍がノインを襲い、振り切ろうと飛び回るが誘導式ミサイルよろしく執拗に追尾された。
ノインは虚皇六式の防御形態・要塞形態でやり過ごしたが、そこから一気に肉迫され近接戦闘へと持ち込まれてしまった。
虚皇六式は、遠距離からの高火力砲撃および広域攻撃そして防御を得意とする兵装だ。
接近されると一気に攻め手が減ってしまう。
そこからはジリ貧だった。
大ダメージは受けなかったものの、手数は少なく相手にもろくなダメージは与えられなかった。
そして、時間切れで判定負けだ。
試合内容を鑑みれば、惨敗と言っていい成績だ。
あれでは勝てないのも通りと言えた。
彼女の対戦成績はこれで6戦0勝6敗だ。
たぶんだが、今までも似たような感じで負けてきたのだろうことは容易に想像できた。
しかし……
観戦自体は実に有意義なものとなった。
ぶっちゃけ興奮した。
大興奮だ!!
人が空を駆け、魔法が迸り、大爆発が起きる!
男の子だったら、誰もが一度は夢見る光景がそこにはあった!
燃えた! “萌える”ではなく“燃える”だ!
早く僕もあんな風に戦ってみたい、という衝動に駆られたが今回はあくまで視察だ。
エントリーするのは次の機会にお預けだ。なにより、多少のレクチャーは受けたい。
いきなり試合では、昨日の二の舞だからな……
で、今僕たちは何をしているかというと、先輩の出待ちである。
場所はエントランス・ホールはエントリー・カウンター少し奥。
試合の終了した同調者はここにリスポンすることになるらしい。
まぁ、昨日の僕みたいに、終了即ログアウトは例外中の例外だ。参考にしないで欲しい。
程なくして、闘技場に現われたような発光体が現われもと、見る見るうちに人型になっていった。
「やっほー、マアヤ! おひさっス~!」
ん? ……マアヤ? どっかで聞いたことがあるような名前だな……
「あれ? もしかしてチェル? 久しぶり~。
こっちで会うのは初めてだね」
「そおっスね。ついでにお久っス、あちし」
「うん……久しぶり……なの、わたし」
「っ!?」
ふと目の前に、小チェルそっくな物体がふよふよと浮遊していた。
姿形はまったく一緒。
違いがあるとすれば、やたら眠そうというか、気だるげな顔をしていることだろうか……
「こうして見ると本当に、そっくりなんだね」
「同位精神体っスからね。同一人物みたいなモンっスよ」
「だから、そっくりなのは……当然……なの」
同位精神体……同一人物……姿がそっくり……そして、目の前の少女が同調者であることを考慮すれば……
このワード群から連想できるものは、そおは多くない。というか、一つしかないだろう。
つまり、この先輩美少女同調者の導体者もまたチェルなのだ。
随分性格は違うようだが大チェルも、同じ存在とは言っても個性はでる、と言っていたし、こういうものなのだろう。
と、なると、大チェルは自分の精神を本人含めて三つに分割したってことか?
本体と導体者用の小チェルたちの大きさが違うことを考慮すれば等比ではないだろうが……そんなに精神ってのは分割して大丈夫なものなのだろうか……
少し不安になる。後で聞いてみよう。
小チェルが小チェルズだったことにも驚いたが、それ以上に驚いたのが先輩の方だ。
遠目には気づかなかったが思った以上にノインだった。そして、美少女だった。
姿形はまるっとノインなのだが、顔立ちは全然違う。だからといって不遺憾があるわけではない。
完成度が異様に高いコスプレ、といた感じだろう。
長いストレートの黒髪を、縛るでも編むでもなく自然に流していた。
白い肌に、ほっそりとした顎のライン。目鼻立ちがスッキリの美人顔だ。
ただ立っている。それだけで、絵になった。
大チェルも可愛かったが、それとは別の趣きがあった。
大チェルは“かわいい”のであって“美人”ではない。
花で例えるなら、鈴蘭やノースポールのような質素可憐な感じだ。
そして、先輩は“美人”でありながら、その中に“愛らしさ”を感じ取ることが出来た。
話し方に飾り気がないのだ。
先輩にヒマワリやタンポポのような、凛とした強さの中にある愛らしさを感じた。
ここでは、心のイメージが反映されると言っていたので、元の世界では“小太り中年おっさん”という可能性も微レ存なわけだが……
仮に……もし……そんな事態が起きたとすれば、僕はこの世界に二度と近づくことができなくなるだろう。
精神崩壊を起こして……
しかし、この顔どっかで見たことがあるような……ないような……
まぁ、某48人くらいいるアイドルグループの、メンバーの見分けがつかないような僕の眼力など当てになったものではないが……
「さっきの試合見てたっスよ。マアヤの戦うところ、初めて見たっス。惜しかったスね」
「あははは、お世辞ありがと。ゴメンね……全然勝てなくて……」
「マアヤはまだ新人なんスからそんなものっスよ」
「気にしちゃダメ……なの。次、頑張ればいいの」
「二人とも、ありがと……
でも、今日はこんなところでどうしたの?」
「そうッス! そうッス!
実は、マアヤに紹介したい奴を連れてきてるっスよ!
なんとっ!! ウチに待望の二人目の同調者が見つかったんスよ!!
これで、マアヤの負担を少しは減らしてあげられるッス!!」
「へぇ~! よかったねチェル。
で、その新しい同調者さんは?」
「ここにいるっスよ……って、ダンナなんでそんなちょっと離れた所にいっスか? こっち来るっスよ!」
まったく……見ず知らずの男が近くにいたら不安がるかもしれないだろ?
気遣いだよ。気遣い!
僕はそういった心配りの出来る男なんだ!
そんなことを考えつつ僕は、小チェルに呼ばれるがまま、三人(一人と二匹か?)の下に近づいていった。
「はじめまして。浅間 剣護と言います。よろしくお願いします」
「あっ……あさ……えっ!? なん……で……」
「? どうかしましたか?」
「えっ!? あっ、いえ……なんでも、ない……です……
えっと、その……こちらこそ……よろしく……お願いします……」
どういうわけか、先輩は僕の姿を見ると顔を背けてしまった。
言葉もどもったり、なにやらもごもご言うだけでよく聞き取れなかった。
終わりの方など、ほとんど蚊の鳴くような声だった。
もしかしてあれか?
実は純粋培養されたお嬢様で男に免疫がないとか、極度の男恐怖症とか、そんなんだろうか?
それなら悪いことをした。
この場は名前だけ告げて、さっさと退散した方がいいのかもしれない。
僕は空気が読める男だからな!
と、思う反面……
「じぃーーーーー」
「あっ、あの……何で……しょうか……」
僕は、先輩の顔を覗き込むようにして見ていた。
やっぱり、何処かで見た顔……のような気がする。
「あの……」
「ひゃっ! ひゃいっ!」
「不躾なようですが、以前何処かで会ったことがありますか?」
「んん~~? ダンナぁ~、いくらマアヤが可愛いからっていきなりナンパはないっスよぉ~。
引くっスわぁ~、マジ引くっスわぁ~」
「マアヤ……男は皆、狼なの……気をつけた方がいいの」
「うるせぇ! 黙れっ! 今はそんな話をしてんじゃないっ!!」
取り合えず、小チェル二号は無視をして、一号の方を手馴れた要領で鷲づかみ、力の限り床へと叩きつけた。
べちーーん!!
「サルボボッ!!」
「むっ、惨いの……ブルブル」
小チェルは先ほどと同じように、スライムみたく床にべちゃりと張り着いた。
同胞が非業の死を遂げたのを目の当たりにした小チェル二号は、先輩さんの背後へと緊急避難しガクガクブルブルと震えていた。
「あっ、あの……大丈夫なの……それ?」
先輩さんが、潰れた小チェルを心配そうに見ていた。
「大丈夫……だと思う。さっきも同じ事して無事だったから……」
潰れスライムは無視をして、僕は再度先輩さんへと視線を向けた。
どーにも気になる……歯の隙間に何かが挟まり、ピロピロしてる感じがする……気持ち悪い、気になる。
じぃーーーーー
「……」
「あの……その……えっと……取り合えず、チェルを介抱した方がいいんじゃないですか?」
「ほっとけばいいです。死にはしません」
「あうっ……」
先輩さんは、決して僕と正面から向き合わなかった。
コレは性格的な問題なのか、それとも別に見られたくない理由があるのか……
どちらにしても、少しアプローチの方法を変えた方がよさそうだ。
「先輩さん……」
「せっ、先輩っ!? わっ、私がですか……?」
「はい。僕よ先に同調者になったようなので先輩じゃないですか?」
「そっ……それは、そうですね……」
「では、先輩さんのお名前を教えて頂けますか?」
「はひぇ!? なっ、名前……ですか……」
「はい。一応僕は名乗ったので、自己紹介がてら名前でも教えて頂ければと思いまして」
「えっと……“模造品の9”……です……」
「……なるほど、本名は名乗りたくない……と」
「えっ!? あっ、いや……そーじゃなくて……えっと……うぅ~」
「いえいえ、いいですよ別に。無理に聞こうとは思っていません。
リアバレを警戒するのはネトゲでは当たり前ですから」
「りあばれ? ネトゲ?」
意味が分からなかったのか、首をコテンと横に倒す先輩さん、マジかわいい。
先輩さんは明らかに警戒しているようだった。
頑ななまでに、名前を言いたくない、という意地のようなものを感じた。
ん? そういえば、さっきは小チェルズが先輩さんの名前を連呼していたっけ?
こいつらは先輩さんの名前を知っている……と。
それって、僕にだけは知られたくないってことか?
僕は、ふいっと、地べたに潰れている小チェル一号を拾い上げた。
「おい」
「なんスかー……人のことをべちべち投げまわすよーな人に語る言葉はないっスよ!」
「お前、先輩さんのフルネーム知ってるか?」
「ひゃっ!?」
「……知ってるっスけど……それがなんスか?」
「教えて欲しい」
「ダンナには教えないっスよ~だ!」
小チェルは、お前とは話さん! とでも言いたげにぶいっとそっぽを向いた。
よっぽど、地面に叩きつけられたのが嫌だったと見える。
しかし、悪いのは奴だ。自業自得というものだ。
「あっ、あの……今“無理に聞こうとは思ってない”って言いませんでしたか……?」
「うん。本人からは……ね。
だから、知ってそうな奴から聞くことにしたんだよ」
「そっ、そんな! それはずっこいですよ~!」
「ずっこくない! で、そっちのチェルも当然知ってるんだろ? 教えてくんない?」
僕は、手をわきわきしながら先輩さんの後ろに隠れる小チェル二号へと尋ねた。
勿論、この動作は“言わなかったら、分かってるんだろうなぁ? ああぁん?”という意味も少なからず含まれていたりいなかったり……
「ひぃぃぃ!? 吐くの! 今すぐにでも吐くの! だから……だから、べちーん! だけは勘弁して欲しいの! 堪忍なの! 堪忍なのぉぉぉ!」
「で、名前は?」
「はい、ボス! ますたーの名前はふぉがふぁめもももも……」
先輩さんは驚きの速さで、小チェル二号の口を封じた。
別にヤっちゃった分けじゃないよ? 普通に口押さえただけだよ?
「もぅ! チェルシーなんで私のこと売ろうとしたのよ!」
「別に売ってないの! 別にいいの! 名前くらい教えたって減る物じゃないの!
そんなことより身の安全の方が大事なの! そもそもなんで名前教えてあげないの?
そこが分からないの!」
「それは……その……」
ふむ。小チェル二号は保身派のようだな。こういうやつは扱いが楽でいい。
さて、そろそろ仕上げだな……
「まっ、別にどーでもいいんだけどね」
「ふぇ!?」
「名前。なんか隠したがってるみたいだったから、ちょ~っとからかっただけですよ先輩さん」
「なっ……なっ……」
「必死に隠そうとしてた所なんて、もぅ傑作でしたよ。ぶくくくくっ」
「なっ……なっ……なっ……」
先輩さんは、顔を真っ赤にして全身がぷるぷると震えだしていた。
「実に面白かったですよ。先輩さん」
「もぅ~!! どうして、いつもいつも浅間くんは私のことをからかって遊ぶの!
バレるんじゃないかって……ドキドキ……した……んだから……」
「……」
「……」
先輩さんの声は尻すぼみに、どんどん小さくなっていった。
そして、どんどんテンションが下がっていった。
なるほど。
先輩さんの正体は委員長でしたか。
まぁ、途中で薄々は感ずいてたけどね。リアクション一緒だし……名前マアヤだったし……
確信が持てたのは、僕の名前が出たときだったけどね。
「こんちは、委員長。こんなところで奇遇だね」
「……そうだね」
「立ち話もなんだから、どっか行こうか?」
「……そうだね」
「近くに喫茶店とかあったけ? ゲストとかでもいいけど」
「……そうだね」
「……全部委員長のおごりってことで」
「……いやだよ」
なんだ、ちゃんと聞いてんじゃん……
そして、僕たちは項垂れる委員長を引っ張って会場を出たのでしたまる
長さの関係で、委員長の戦闘シーン端折っちまったけど、あった方がよかったかな……