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ちゅ~にんぐ!!  作者: ひばごん
おいでませ! 境間世界 チュートピア!
3/6

3話 ここが異世界チュートピア

 今、僕が立っているのは昨日の闘技場のような所ではなく、だだ広っい広場のような所だった。

 そこは、まぁ、なんというか……不思議な場所だった。

 ボキャブラリィがないとか思わないで欲しい。

 他に言い様がないのだから仕方がないじょのいこぁ……

 そうだな……まずは空だ。

 昨日も見たが、紫色なのだ。その紫色の空には星もなければ月もない。

 もしかしたら、こちらの世界では今が朝や昼に該当する時間なのかもしれないが、だとすれば太陽がない。

 だと言うのに、夕方程度には明るいのだ。

 空自体が、ある種の光源になっているのように思えた。

 白夜というのは見た事はないが、こんな感じなのかもしれない……

 今気づいたことだけど、空は紫一色ではあるけれど部分的に若干濃淡がある。

 そして、その濃淡は時間と共に移動していくのだ。

 快晴の空を、薄雲が風に流されて移り行く感じ……と言ったら詩的な表現でかっこいいだろうか?

 次に目を引くのが、建物だろう。

 家やオブジェは言うに及ばず、とにかくありとあらゆる物体に真っ直ぐ(・・・・)がないのだ。

 幼稚園児の絵を、そのまま立体化すると多分こんな感じになると思う。

 ふにふに、ゆらゆらとこちらの平衡感覚がおかしくなってきそうな風景だ。

 じっ、と一点を見つめているだけで目が回る。

 広場、とは言ったが別に遊具の類があるよう場所ではなかった。

 ぽつぽつと、得体の知れないオブジェはあったけど……

 本当にただ広いだけの場所、まさに“広場”だった。

 人影はほとんどない。見える範囲に二、三人程度だ。

 みんな僕の方を見て、様子を伺っているところを見るとチュートピアの住人だろう。

 へろー! えぶりばでー!!

 と、声をかけてもよかったが、もし石でも投げられたらショックなので止めた。

 向こうさんも、必要以上に近づいてこようとはしていないので今はまだこのままでいいだろう。

 しかし、驚いた……

 何に驚いたかって、こちらの住人・チュートピア人(仮)にだ。

 姿形が僕たちと、そう変わらないのだ。

 遠目に見ているだけなので小さな違いくらいはあるかもしれないが、タコ型だったり、リトルグレイ型だったり、アシュ○マンみたく手がいっぱい顔がいっぱい、なんて人はいない。

 僕がよく知る人型だ。

 チェルがあんな(・・・)姿をしているものだから、アレがデフォだと思っていたよ……

 さて、これからどうしたものか……

 ここで待っていれば、もしかしたらチェルが迎えに来てくれるかもしれないが…… 

 見うる範囲に、チェルらしき(・・・)人物はいない。

 “らしき”というのも、チュートピア人(仮)が僕たちと姿が同じということは、チェルもまたこちらではちゃんとした人型である可能性が高いからだ。僕はこちらでのチェルの姿を知らない。

 そう考えると、出発間際の“ちゃんと見つけて下さいっスよ”という言葉の意味もなんとなく見えてくる。

 勿論、アレがデフォという可能性は微粒子レベルで存在しているわけだけど……

 そもそも、チュートピアは“精神世界”だと言っていた。物質的な物は何も存在していないと……

 となると、チュートピア人(仮)であるチェルがそのまま(・・・・)の体で僕たちの世界、チェル曰く“物質界”に来ているとは考えにくい。

 “物質界”で活動するのに適応した体、それがあの“でっていう”なのだろう。

 ブサイクだけどな……

 にしても、0時丁度に全ての(・・・)同調者(チューナー)導体者(コンダクター)がチュートピアに召還される、と言っていたわりに僕以外の同調者(チューナー)の姿が見当たらない……

 ふむ、人によってリスポン位置を個別に設定可能なのかもしれない。

 初めての人はスタート位置から、宿屋でセーブした人は宿屋から、みたいな。

 考えてみれば昨日スポーンしたのは闘技場の中だった。そして、今日はこの広場だ。

 そう考えると、やはりある程度の設定は可能なのだろう。

 ラノベ・アニメ・漫画・ゲームの持てる知識を総動員して考察した結果、とりあえず情報収集が必要不可欠と判断した。

 よし。ならば聞き込みだ。

 RPGの基本。まずは近くの村人に話しかける。

 突拍子もないことをして、逃げられたら目も当てられないので普通に行こう。フツーに。

 ここは異世界だが、たぶん、日本の常識で何とかなる、と思いたい。


「あの……もしかして、同調者(チューナー)様ですか?」


 ミッション・コンプリート!! コングラッチュレイション!!

 いきなりチュートピア人(仮)の方から話しかけられてしまった……


「はい、そうです。私が、同調者(チューナー)さんです」


 1、フツーに対応する。

 2、あの(・・)踊りを踊る。そうあの“おじさん”のやつだ。


 いや、“2”はないだろ。今しだか普通にしようって言ったばかりだろうに。

 実行したら逃げられるぞ……


「やっぱり!! ようこそ!! ようこそおいで下さいました!!」


 チュートピア人(仮)は僕の手をひしっと握り締めると、涙を湛えた瞳で僕を見つめていた。

 ちなみにこのチュートピア人(仮)は女性だ。というか、同い年くらいの女の子だ。見た目通りなら。

 地球人にはあり得ない、ショッキングピンクのロングストレート。

 僕たちの耳の辺りから、ロップイヤーのようなもふもな耳が垂れ下がっていた。

 獣っキターーーー!!

 つぶらな瞳がうるうるしていて実に愛らしい。

 着ているものもインドの民族衣装サリーに似ていて、エキゾチックな感じがまたいい。

 幸先のいい出会いである。


「えっと……そのですね、実は僕、まだ新人なもので、ここ……えっとチュートピアに来るのも初めて(・・・)なんですよ。

 だから、右も左も分からなくって……

 その、色々と教えて頂けると助かるんですが……」


 まずは真摯な対応だ。

 同調者(チューナー)は希少な存在だとチェルは言っていた。だからと言って、偉そうにしたり横柄な態度に出るのは悪手だ。

 特別な存在だと我侭を言った奴らの末路など、ラノベや漫画で散々見てきているからな。

 ヴェルター○オリジナルを貰うと思うくらいで丁度いいのだ。

 とりあえず話がややこしくならないように、昨日の分はカウントしないことにした。

 実際、昨日の滞在時間なんて体感で数分だ。

 ノーカン ノーカン である。


「はい! 私でよければ何なりと。何でもいたしますので」


 ん? 今、何でもって……

 魅惑のフレーズに、日頃鍛えたおピンク妄想が暴走しそうになるが、ここはぐっと我慢の子だ。


「じ、じゃあ、まずここって何処なのかな? 地理とかまったく分からなくて……」

「ここは、チュートピア・ネイルズ領、私たちが“迎えの広場”と呼ぶ場所です」

「迎えって……同調者(チューナー)を?」

「はい。同調者(チューナー)様は|いつおいでになるかわかりません《・・・・・・・・・・・・・・・》ので、ずっとこうして数人で迎える用意をしているのです」

「ん? チュートピアへの門は0時丁度にしか開かないはずだから、ずっと待ってる必要はないんじゃないですか?

 時間を決めて集合すれば、無駄に待たなくてもいいような……」

「? レイジ? ジカン? 申し訳ありません……それに関しては存じておりません……」


 時間の概念が大分違うと聞いてはいたが、まさかここまでとは……

 確かに、チュートピアで過ごした時間は、物質界では一瞬の出来事として処理されてしまう。

 では逆はどうなるのだろうか?

 物質界で流れた時間は、チュートピアではどのように処理されているのだろう……

 今度、チェルにでも聞いてみよう。

 では、次の質問です。


 ダダンッ


「僕以外の同調者(チューナー)の人たちは、今どこにいるんですか? 一緒に来てると思うんですが……

 あっ、あと、今現在、同調者(チューナー)って何人くらいいるんですかね?」

「その、他の方は自己領域(テリトリー)がありますので、そちらの方にいると思います。

 人数ですが……その大変、申し上げにくいのですが、貴方様を含めて二人目です……」


 二名……思ったより少ないんだな。

 希少とはいえ、数十人単位くらいはいると思ってたんだが……思った以上に同調者(チューナー)とは少ないようだな。


「その自己領域(テリトリー)というのは何ですか?」

「……なんと説明すればいいのか……活動の拠点としている場所……同調者(チューナー)様にとってはチュートピアへの入り口となる場所でもあります」


 やはり、その自己領域(テリトリー)ってのを設定することでリスポン位置を変更することができるのだろう。

 なんの設定も持たないド新人だけが、この“迎えの広場”へと飛ばされる、そういう仕組みだ。

 そして、そのド新人を案内するのが彼女たちの役目なのだろう。


「活動の拠点……家みたいなものですか?」

「そう……ですね。似た様なものと考えて頂いていいと思います」

「じゃあ、その自己領域(テリトリー)ってのはどうやって設定……作ってもらえるんですか?」

同調者(チューナー)様の身の周りの世話は、全て導体者(コンダクター)が請け負うことになっています」


 あっ、そういえばチェルの居場所を聞くのを忘れてた。


「その導体者(コンダクター)なんですが……チェル……なんとかって奴の居場所って分かりますか?」

「チェルルル・ティエルル・シーアンカーのことなら自宅にいると思いますよ」

「案内してもらっていいですか?」

「喜んで」


 おっ、これでクエスト完遂じゃね?

 後は、この獣っについて行けばゴール(チェルのところ)に到着だ。

 あっ、そうそう。もう一点重要なことを聞くのを忘れてた。


「ちなみに、チェルってどんな外見してるんですか?

 “物質界”での姿は知っているんですが、こっちの姿を知らなくて……」

「そうですね……身長は貴方より少し低いくらいでしょうか?

 とても綺麗な深緑色の長い髪をしているので、見ればそれとわかると思います」

「そうですか、ありがとうございました」


 そうか、やはりこっちではチェルもちゃんとした人型らしい。

 ちょっと、ほっとした……

 あのぬいぐるみが、そのままデカくなったような奴が出てきたらどうしようかと思ったよ。


「では、参りましょうか」

「お願いします」


 僕は、頭を下げると獣っの後について歩き始めた。

 後ろに立って気づいたことだけど、シッポもちゃんとあった。

 うさぎのような、まるまる、もふもふしたものが尾骶骨(びていこつ)のあたりに張り付いていた。

 獣っが歩くたびに右に左に揺れ、僕の心を惑わせた。

 ああ! 触ってみたい!! もふもふしてみたい!!

 しかし、ここで誘惑に負けて触ろうものなら、“女性のシッポに無断で触るなんて何を考えているんですか!?”と、平手を受けるのは目に見えている。

 ここでもまた我慢の子である。

 もし、チェルが獣っだったら頼んでみよう。

 断られたら同調者(チューナー)であることを盾に、強要してもいいだろう。

 触らしてくれなきゃ辞めちゃうゾ! とか。

 まぁ、あいつには散々な目に合わされているしいいだろう。

 そんなことを考えながら、僕たちは一路チェルの自宅を目指すのだった。

 

-------------------------------------


 チェルの自宅へと向かう道中、ティッピーと世間話をして楽しんだ。

 ティッピーというのは、このうさぎ型獣っのことだ。

 本名は、ティレーザ・ピーニャ・ピニャータというらしい。略してティッピーだ。

 うさぎなのでよしとして欲しい。

 愛称、というか略称で呼んだら大変喜ばれた。

 愛称、略称、あだ名で呼ぶのは友好の証となるのは異世界でも共通のようだ。

 同調者(チューナー)様と親しくなったと友人に自慢できる、と言っていた。

 僕自身は何処にでもいる普通の高校生なのだが、こうも喜ばれると悪い気はしない。

 一躍、有名人にでもなった気分だ。

 彼女は僕を呼ぶときに“ケンゴ様”と、様付けで呼ぶ。

 正直、面映(おもは)ゆいから止めて欲しいと頼んだのだが、やんわりと断られてしまった。

 何でもするって言ったのに、ちっとも言うことを聞いてはくれなかった。

 世間話のなかで、チュートピアについていくつか新たな情報を知ることができた。

 一つは、チュートピアに存在する五つ勢力の名前だ。

 まずはここ、ネイルズ領。そして、ロゴン領、パテュア領、スカリア領、最後に統制機構、通称・九人委員会と呼ばれている組織らしい。

 この中で一番大きな勢力がパテュア領で、次にロゴン領、統制機構、スカリア領と続き一番下がネイルズ領となる。

 勢力の大小は、領土の広さでも領民の人口でもなく、(ひとえ)同調者(チューナー)の保有数に他ならない。

 他の勢力はどこも数十人単位で同調者(チューナー)が所属しているらしい。

 それを考えると、ネイルズの同調者(チューナー)不足は深刻だ。何せ僕を含めて二人しかいないのだから。

 圧倒的ではないか、我が軍は……下の方に。

 そんなことを話しているうちに、どうやら目的地に着いたようだ。


「ケンゴ様。ここがチェルルの家になります」


 そう言って連れて来られたのは、一階建てのログハウスのような建物だった。

 やはりというか、当然というか、その建物は幼稚園児がデザインしたような、およそ建築物とは思えない造りをしていたわけだけど……


「チェルル、同調者(チューナー)様を連れて来ましたよ。開けて下さい」


 ティッピーが扉を、これでもかとガンガン叩く。

 ノックというにはいささか乱暴な叩きかただったが。


 ガチャリ


「もう、こんな叩き方をするのはティレーザですね? そんなに強く叩いたら壊れると何度言ったら……

 あら? そちらの方は?」

「新しい同調者(チューナー)様です。今しがた到着されました」


 ドアの向こうから姿を現したのは、エメラルド色の瞳と長い髪を持った美少女だった。

 それこそ、ADV系のゲームのパケ絵にトップでデカデカと描かれるレベルだ。

 もちろん、健全なやつな。

 ティッピーとは随分趣の違う服装をしていてぱっと見、ゲームなどに出てくる少し露出多目な踊り子のような服装をしていた。


「それはそれは! この度はようこそおいで下さいました。

 私の名前はチェルルル・ティエルル・シーアンカー。導体者(コンダクター)を勤めさせて頂いている者です。

 以後、お見知りおきを」

 

 彼女は、スカートをちょこんと軽く摘んで持ち上げ優雅な仕草でお辞儀をしてくれた。

 その姿は清楚可憐。まさに、深窓の佳人といったところだ。


「だ……だっ……だ……」

「だだだ?」

「誰だ、お前は!! チェルがこんなにかわいいわけがないだろ!!

 同名の別人? それとも、導体者(コンダクター)ってのは全員その名前を名乗らないといけないのか!?

 あっ! あれか!? それが人前でのスタンス(・・・・)で、ウラではバカみたいに“あちし”とか“~っス!”とか言ってんのか? そうだろ!!」

 

 ビクンッ!


 イメージしていたチェル(外見、しゃべりかた共に)とあまりにも違っていたため、やや錯乱気味に僕は彼女の肩を掴んでしまっていた。

 彼女に触れた瞬間、ビクンッと体が大きく震えたが、そんなことを気にしている余裕は僕にはなかった。


「……して……さい……」

「さては、僕のことからかってるのか? 

 そんなキモい(・・・)しゃべり方してまで、騙すつもりか?」

「放し……て……ください……」

「大体、お嬢様キャラなんてガラじゃないだろお前は? もっとこうバカキャラって言うか……」

「放して下さいと、言っているのです!!」


 バチコーーーン!!


「あべしっ!?」


 強烈な平手が、僕の左頬を直撃しそのまま地べたへと倒れこんでしまった。

 ある一部の地域において、右の頬を殴られたら左の頬を差し出さなければならないという特殊ルールがあるらしいが、僕は業界人ではないので御免(こうむ)りたい。

 あっ、左の頬を殴られたから無効なのかしら?


「あっ!? もっ、申し訳ありません!! 私……つい……驚いてしまって……」


 つい《・・》じゃないよ! つい(・・)じゃ! つい(・・)で殴られてたら、僕だってたまらないよ! と、言いかけて止めた。

 はて? どこかで聞いたような台詞のような気がするが……まぁいい。


「だ、第一、貴方が悪のですよ?

 初対面の女性に向かって、いきなり肩を掴むだなんて……いくら同調者(チューナー)様と言えども限度というものがあります!

 それに、なんですか!?

 その……かっ、かわいいと仰ったかと思えば、キモいとかバカとか……

 もう褒められているのか、貶されているのか……」


 彼女は顔を少し赤らめながら、照れているような怒っているような困っているような複雑な表情を浮かべていた。

 僕は引っ叩かれた頬を摩りながら、もそもそと立ち上がる。

 今の一撃は効いた……

 やや錯乱状態だったが、今ので理性を取り戻した。

 おれは……しょうきにもどった!


「その、ごめん……知人(?)と会えると思ったら、なんか全然別人で驚いちゃって……

 ホント、ごめん……」

「はぁ~、なんとなくですがわかってはいました。

 こんな所で立ち話もなんですから、どうぞお上がりください」

「えっと……ありがとうございます」

「いえ。多分原因は貴方だけのせいではありませんから……

 ティレーザはどうしますか?」

「私は役目は終わりましたので、また“迎えの広場”に戻ろうと思います。

 では、ケンゴ様また何処かでお会いしましょう」

「うん。ここまで連れて来てくれてありがとう。ティッピー」

「勿体無いお言葉です。では」


 そう言い残すと、ティッピーは元来た道を戻っていった。


「では、どうぞ。同調者(チューナー)様」

「はい……お邪魔、します……」

「あの……先ほどの様なことは、その……控えて頂いてよろしいでしょうか?」


 彼女は少し気まずそうな表情を浮かべていた。

 よくよく考えれば、今から自分を襲ってきた男と密室で二人きりになるのだ。

 彼女がティッピーに声を掛けたのは、暗に二人きりにしないでくれ。という、彼女の救難信号エマージェンシー・コールだったのではないだろうか?


「本当に、すませんでしたっ!!」


 そして僕は、ジャンピング土下座をしたのだった。

 

-------------------------------------

 

 家の中は、ファンシーというかファンタジックというかコミカルというか……

 シルバニ○・ファミリーの一室的な感じだ。

 ここも例によって“直線”はない。

 パースは狂っているし、テーブルだのイスだのもぐにゃぐにゃのふにゃふにゃだ。

 そんな中、驚いたのは何故か二階への階段(・・・・・・)だ存在していたことだった。

 外から見たときは、確かに平屋だったはずだけど……


「どうぞ、おかけ下さい」

「どうも……」


 僕はすすめられるままにテーブルへと着いた。


「物質界ならお茶の一つも出すべきなまでしょうが、こちらには“物を食べる”という習慣はありませんので……ご容赦ください」

「いえいえ、おかまいなく……」


 そういうと、彼女もまた僕の向かいに腰を下ろした。


「ではまず、貴方のお名前を教えて頂いてよろしいでしょうか?」


 そう問われ、今の今まで名乗っていなかったことを思い出した。


「あっ、すみません。浅間(アサマ) 剣護(ケンゴ)といいます」

「ケンゴ様ですね。こちらこそよろしくお願い致します」


 僕たちは、テーブルを挟んで頭を下げあった。


「では、何からお話いたしましょうか……」

「それじゃあ、僕から聞いてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「貴方は……その、本当にチェル……なんですか?」

「はい。私の名前はチェルルル・ティエルル・シーアンカー。

 でも、貴方が知っているチェルとは違います」

「? それはどういう意味なんですか?」


 彼女の説明ではこうだ。

 物質界にいたチェル、あれは彼女、今ここにいるチェルルル・ティエルル・シーアンカーの同位精神体、という存在らしい。

 簡単に言ってしまえば、分け身とか分身の類なのだそうだ。

 ただ、精神を切り分けて作られた分け身であるため、それ単体が自我を持ち、一つの個体となって独立した思考・行動を取るようになってしまうとのことだ。

 感覚としては、クローン牛とかクローン羊とかに似ているのかもしれない。

 で、この本体から切り離された同位精神体はオリジナルとまったく同じ性格、価値観、倫理観を持って生まれることはほぼないらしい。

 双子が、同じ遺伝子を持ちながら同じ環境で育ってもまったく同じ性格にならないのと同じことだろう。

 物質界にいたあのチェルは、“もしかしたらこうなっていたかもしれない”もう一人のチェルルル・ティエルル・シーアンカーと言える存在なのだ。


「で、そのチェル……えっと、僕の知っている方のですけど、あいつは今どこに居るんですか?

 話に聞いた限りだと、同調者(チューナー)導体者(コンダクター)も必ずこっち側に来ることになってるらしいんですが姿が見えなくって……」

「ふふふっ。ええ、勿論来ていますよ。すぐそこに……」

「えっ?」


 そう言って、彼女が指差したのは僕だった。

 いや、正確には僕が首から下げたチュウニウムだった。


導体者(コンダクター)とは、同調者(チューナー)とチュウニウムを繋ぐ存在なのです」

「繋ぐ存在……?」

「はい。導体者(コンダクター)はチュウニュウムに精神体を宿すことで生まれます。

 チュウニウム自体が導体者(コンダクター)と言っていいかもしれませんね。

 そして、導体者(コンダクター)を物質界へ送り自身と精神的波長の合う同調者(チューナー)を探させるのです。

 チュウニウムの力を借りなければ、私たちは物質界へと赴くことはできませんので」

「へぇ~、ってことはこれがチェルの本体ってことか……」


 僕はチュウニュウムを手に取ると、まじまじと眺めてしまった。

 ってか、チュウニウムは自ら同調者(チューナー)を選ぶって言っていたけど、僕ってあんなの(・・・・)と精神的波長が合ってるってこと?

 マジかぁ……勇者に選ばれたのに、初期装備が“木の棒”くらいありえないだろ……

 そんな落胆に打ちひしがれる中、僕の脳裏に浮かぶのはギャーギャーと騒がしく、人のベッドの上でアホのように笑い転げていたチェルの姿だった。

 あんなのと精神レベル一緒って……

 そんなことを考えていたら……


 きゅぽん!


 そんな音がしたかと思ったら、突然目の前に何かが飛び出してきた。


「誰が、キモいバカな木の棒っスか!!」


 ゲシッ!


「へぶぉあっ!!」


 突然、右の頬に激痛が走った。

 勢いに押されて、椅子から落ちそうになったじゃないか!!

 結局、両方の頬を殴られてしまったわけだが、僕は決して業界人ではありません。

 それだけは真実を伝えたい。


「ただ今、同調者(チューナー)を連れて帰還したっスよ!」

「はい。ご苦労さまでした」


 僕の目の前にいたのは、有り体に言ってしまえば妖精のようなものだった。

 体長は30cm程度。頭が異常に大きく、手足が短い。

 万歳をしても、その手が頭を超えることはないだろうという格好……所謂(いわゆる)“ね○どろ”というやつだった。

 髪は長く、綺麗なエメラルド色をしていて……って、こいつどっかで見たことがあるような……

 とにかく、そんなものが目の前に浮かんで(・・・・)いたのだ。


「ダンナも酷いっスよ!! あちしが見てないと思ってボロクソに言って!!

 全部、見てた(・・・)っスからね!!

 まぁ、あちし(・・・)がカワイ過ぎて、つい手を出したくなる気持ちも分かるっスが、お付き合いには順序というものがあっ……えぼらぁ!!」


 気づくと僕は、目の前を浮遊する珍獣のドタマを鷲掴みにして、フルスイングで床に叩きつけていた。

 はっ! 僕は一体何をしていたんだ……

 もしかして、これがシュタイ○ズゲートの選択なのか……

 しかし、この感覚、実に覚えがあるような気がする……


「お前……もしかしなくても、チェルか?」

「ダンナ……やってることと、言ってることの順序が逆っスよ……がく」

「ごめんな……チェル……僕のせいで……

 お前の死は決して無駄にはしないよ。お前の分まで僕は生きる。そして、お前は僕の中で永遠に生き続け……ぐふっ」


 突然、腹部に激痛が走った。

 一部の業界では“ご褒美”と呼ばれる行為らしいが、僕は業界人ではないのでただ苦しいだけだった。

 視線を下げると、ヘッドバッド・ミサイルをかましたチェルが腹部に突き刺さっていた。


「勝手に殺さないで欲しいっス!

 しかも、なんスかその設定は!? まるで、あちしが身を呈してダンナを庇って死んだみたいじゃないっスか!

 間違いなく、止めを刺したのはダンナっスよね!?」

「あら? 随分と仲がよろしいのですね」


 ギャーギャー騒ぐ僕たちを見て、チェル(大きい方の)はニコニコと微笑を浮かべながら、ただ静かに見ているだけだった。

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