1話 石の導き
その時、僕は始めて気が付いた。
自分が立っている場所が、天○一武道会のような石でできたリングの上だということに……
分かりにくいようなら、セ○ゲームとか裏武○殺陣とか暗黒○術会でもいい。とにかくそんな場所だ。
ヒュゴォォ!
そんな音を立てて、僕の顔の横を拳大の大きさの火の玉がすごい速さで通り過ぎていった。
頬がひりつくような熱、髪を焼く焦げ臭いにおい……
そして、
ドゴォォォォン!!
爆発音に続いて爆風と衝撃波が僕を襲った。
何かすごい音してますけどっ!? 怖くて振り向けないんですけどっ!?
なに!? なにコレ!?
てか、ここどこ!?
てか、目の前の人? 人だよな? なんか某スーパーサ○ヤ人の“気”みたいに体全体を炎が包んでるんですけど!? この人何っ!? 平気なのあれで? 熱くないの?
「くっ! オレの左腕に封印された赤龍王が暴れやがる……狙いが定まらねぇ……」
いやいやいやいや!
今、貴方が突き出したのは右手ですよ! 左手関係なくないですか!?
「だが、次は外さねぇぜ!! 喰らえっ、赤龍咆!!」
彼が正拳突きよろしく突き出した左手から、真っ赤な火の玉が生まれたかと思った瞬間、それは僕へと向かってすっ飛んできた。
さっきとは逆の方の頬を掠め、火の玉はまたしても後方へと飛んで行き……
ドゴォォォォン!!
爆風と衝撃波が再度、僕を襲った。
うん。これきっと夢だわ……
爆音のせいで何か耳が遠くなってたり、頬が火傷したときみたくヒリヒリしたりしてるけど、きっと夢だ。そうに決まってる。
「ちっ! 何て素早い動きなんだっ!! 赤龍王の力を宿したこのオレの攻撃を、こうも易々と回避するとはなっ!?
くやしいが認めねばならないようだ……貴様がこのオレに相応しい好敵手であることを!!」
何イッちゃてんですか、この人!?
僕動いてないですよね? さっきから1mmも動いてないですよね!?
てか、さっきから勝手に外してるだけですよね!
いや……当てて貰っても困るんですけど……
ん? 夢だったら別に当たってもいいのか?
いやいやいや!!
こんなにリアルだと、例え夢でも絶対痛い! 痛いのは嫌だ! 夢でも嫌だ!
思い出せ……思い出せ……僕はさっきまで何してた……
工作して、宿題して……そうだ、始めるのが遅かったせいで十二時回りそうになってて……
明日も朝練があるから早く寝ようって思って、そしたら……
「はぁぁぁぁぁ!! 超絶奥義!! スーパー赤龍咆ォォォ!!」
奥義って、スーパーって付けただけやないかいっ!!
なんてベタなツッコミを心の中でほざいていた僕の目の前に、僕の身長の優に二倍はありそうな火の玉がこれまたスゲー勢いで迫ってきていた。
近づくにつれ、肌を焼き焦がす熱が増しって……アッツ!!
アッチィ!! 熱いってマジで!! 本気って書いてマジって読むくらい熱いって!!
夢じゃないのかよぉ!?
アツアツアツアツアツアツアツアツゥゥゥゥゥイィィィィィィ!!!
ドッゴオオオオオオオォォォォン!!
あっ、これ、あんやつや……絶対、あかんやつや!!
吹っ飛ばされながら、薄れ行く意識の中で僕は確信していたのだった。
これは絶対死んだなっと……
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時間を遡る事六時間程前……
「あぁりがとうぅごぉざいましたぁ!!」
『あぁりがとうぅごぉざいましたぁ!!』
主将の号令一過、部員たちが一斉に顧問の先生へと終了の礼をする。
その後は、一年生は練習後の道場の掃除へ。
主将を含めた一部の三年生はその指導のため同行。
僕ら中間管理職二年生は、特にすることもないのでさっさと帰宅の準備に更衣室へまっしぐら、である。
「っにしても、主将気合入ってんなぁ~。去年のオレらよりシゴキがキツイんじゃないか? 一年はご愁傷様だな」
「うん、だね……
大会も近いし、少しでも戦力強化を計りたいんだよ。万年一回戦敗退の我が弱小剣道部としては切実な問題だからね……」
「おい……その“万年一回戦敗退”の主原因であるお前がそれを言うかぁ? あぁ?」
隆弘に持っていた竹刀の柄で、頬をグリグリされた……痛い……
「ごっ、ごめんって……別に僕だって好きで弱い訳じゃ……これでも頑張ってはいるんだよ……」
「だったら、とりあえず二刀流で練習するのをやめろよなぁ……どの道大会じゃそれ禁止なんだしよぉ」
「いや……これは僕のポリシーみたいな物だから譲れないよ」
「はぁ~、剣護って変なとこで強情だよな……弱いくせに」
「でっかいお世話だ」
そんな雑談をしながら、僕たちは道着から制服へと着替え、道場へ一礼して退館。
途中、道場内の他の部活の生徒たちにも軽く挨拶をし錬心館を後にした。
向かう先は昇降口だ。
我らが境目高校剣道部は弱小である。
そりゃあもう、万年一回戦で必ず敗退するほどの実力だ。
そのせいで部員も非常に少ない。
現在は三年生含めて八人。内わけは、三年生二名、二年生三名、一年生三名だ。
昨年までは三年生か二年生に一人でも欠場者が出ると、団体戦の出場が危うい状況になってしまうほどだった。
何せ、そのうちの一人がこの僕。
浅間 剣護。
不戦勝以外勝ったことがない男だ。
そりゃ、主将だって一年生を鍛えて何とかしたいと思うのは当然と言えば当然と言えた。
幸か不幸か、今年の一年生は全員経験者で、たぶん僕よりは大会で勝つ確立は高い。そこに賭けているのだろう。
最近では、人数の割りに広い道場「錬心館」を占有しているということで、県内強豪の呼び声高い柔道部に道場の半分をシェアされてしまっている始末だ。
このまま行けば、来年辺りは晴れて廃部だろうか……
「つかさぁ、前から気になってたんだけど、剣護ってなんでそんなに二刀流に拘ってんだよ?
初めて会ったときからソレだったよな?」
「あれ? 話したことなかったっけ?」
「聞いたことねぇ……いや、聞いたことあるかもしれないが、忘れた」
「……そう。
えっと……あれは小五のときに、花田先生の道場の前を通ったらたまたま練習試合しててさ」
「ほうほう……」
「そのとき戦ってた人が二刀流だったんだよ。それがすっごくカッコよくて、僕もあんな風に戦えたらなって……そう思って道場通い始めたんだ」
「なるほど……つまり、ただのミーハーというわけですな?」
「きっかけはね……でも、今はそれが僕のスタイルだからいいんだよ」
「ちげーねぇ……でも、内の道場に二刀流なんていたっけか?」
「たぶん、遠征か何かじゃないかな? その人を見たのは後にも先にもその一度きりだったから……」
「ふぅ~ん……おっとっ!」
「きゃっ!?」
女子の短い悲鳴と、バサバサと紙の落ちる音。
どうやら丁字の廊下で、隆弘が誰かとぶっかって、その拍子に持っていた物を落としてしまったらしい。
まったく、この通路は狭いから出会い頭によく生徒が衝突事故を起こすことは知っているだろうに。
注意して歩かないからだ。このデカブツめ。
「悪りぃ悪りぃ……って、なんだ委員長か」
「伊勢くん……? その私の方こそゴメン……」
そこに居たのは、僕たちのクラスのクラス委員長を務めている女子生徒、黒羽 摩絢だった。
真っ黒な黒髪を三つ編みお下げにして、何処に売っているのか時代錯誤な太っとい黒縁メガネをかけた女子生徒だ。
地味さ加減がクラス内でぶっちぎりのせいで、逆に目立っているという稀有な存在である。
「いやぁー、委員長ちっこいから見えなかったわ。マジわりぃな!」
「ムっ……」
あ~あ~、委員長身長のこと気にしてるのにデリカシーのないデカブツだ。
まぁ、確かに180くらいある隆弘と150くらいしかない委員長の身長差だと急に目の前に現れたら、頭の先すら見えないのかもしれないけど……
「はい、委員長。これ落とした紙。一応、全部拾ったつもりだけど抜けがないか確認お願い」
僕は、二人が話している間に集めた散らばった紙を委員長へと差し出した。
「あっ、浅間くんもいたんだ……」
もって、僕はおまけですか……そーですか……
もって言葉は地味に傷つくよね。もって……
「おまけ程度にね」
「えっ……っ!?
ちっ、違うの! そういう意味じゃなくって! そのっ……!」
「まぁ、隆弘がこの大きさだからね。僕なんて所詮、天○飯にくっついてるチャ○ズ程度の存在感しかないよね……」
「だから……! 私は、別に、そんなつもりじゃ……あのっ! そのっ……えっと……」
「はい、冗談です。ジョーダン。委員長は何でも真に受けすぎだって」
「むぅ~……」
からかい過ぎただろうか……
委員長が顔を赤くして睨んでいた。
委員長はバカみたいに真面目な性格だから、実にからかいがいがあるいい人材だ。
しかし、あまりにからかい過ぎるとしばらく口を利いてくれなくなるので、用法と用量はきっちり守らなくてはならない。
僕にとって気兼ねなく話せる数少ない女子だ。貴重な存在なのだ。大切にせねばなるまい……
「そっ、その……紙、拾ってくれてありがとう……」
ややぶっきらぼうな態度で、委員長は僕が差し出した紙束を受け取った。
誰にでも丁寧な彼女にしては、実に珍しい光景だった。
間違いない。これは“やり過ぎた”時の反応だ。
早めにフォローせねば。
「いえいえ、どういたしました。
って言っても、そもそも隆弘が委員長にぶつかったのが原因だしね。
ここは接触事故が多いから気おつけろ、って先生に散々言われてただろ?」
「へいへい、そーっしたね。以後気をつけますぅ~」
「むっ、隆弘っ!」
「ふふっ、いつも仲いいね。浅間くんたちはもう帰りなの?」
「ああ。委員長は……まだ見たいだね……」
「うん。といっても、この書類を生徒会室に届けたらお終いだけどね」
「クラス委員長をやってるってのに、わざわざ生徒会役員までやってるとか、お疲れ様っス!!」
隆弘はわざとらしく敬礼のポースをとってみせた。
「クスクス、なにそれ」
「でも、ホントすごいよね委員長。僕なら面倒クサくて絶対できそうにないよ」
「私はほら……無芸っていうか、取り得がないから……逆に、こういうことしかできないんだよ……」
そう言う委員長は、どこか寂しげに笑っていた。
「そんなことないでしょ? ほら委員長って絵がすごく上手いし」
「確かにな。去年の文化祭の看板とか秀逸だったな」
「あっ、あれくらい誰だってできるよ……」
委員長は褒められたのがそんなに恥ずかしかったのか、持っていた紙で顔を隠してしまった。
キーン↑コーン↓カーン↑コーン↓ キーン↑コーン↑カーン↑コーン↑
「あっ! 私もう行かないと! 紙、拾ってくれてありがとう!」
「どういたしまして」
「まぁ、落とさせちまったのは俺だからな、わりぃな」
「ううん、じゃあ私行くね。その……バイバイ……」
「うん、また明日」
「おうっ! じゃな!」
手を小さくパタパタ振って、委員長は遠ざかっていった。
「んじゃ、俺らも帰ろうぜ」
「ああ」
それから僕らは他愛無い話をしながら帰路についた。
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隆弘と別れた後、僕は一人夕焼けに赤く染まる住宅地を歩いていた。
本格的な夏に向けて、日はどんどん長くなっていた。
六時を過ぎてもまだ明るい。
通学には片道約三〇分。徒歩で通学するにはやや距離があった。
自転車で登校したいところだが、使用が許可される距離のギリギリ内側のせいで許されていなかったのだ。
そんなところに僕の家はある。一応、二階建の一軒家だ。
アパート住まいの隆弘なんかは、家に遊びに来る度に「羨ましい」と言っている。
余談だが、後100mほど自宅が学校から遠ければ、僕は自転車通学の許可が受けられていた。
そのことを思うと、理不尽でならない。
キラーン☆
「ん?」
今、何か光らなかったか?
お金か!? 百円か!? もっ、もしかして……ごっ、五百円かっ!?
いっ、いや……ひょっ、ひょっとして……せっ、千円!!
いやいやいや。千円は光らんだろ……落ち着けよ、僕。
ごくりっ
僕は、目を皿のようにして地面を凝視した。
意地汚い? 拾ったお金は交番に届けろ?
じゃかましいっ!!
高校生にとって五百円は決して安い金額ではないのだ!!
あのデカイ硬貨が一枚あれば、コミックスが一冊買えるではないか!!
そんな陳腐な倫理観など、野良犬にでも喰わせてしまえいいのだっ!!
(※注意 拾った物は、ちゃんと交番に届けましょう)
「んっ? んんっ?」
光っていた物の正体を突き止め、僕はそれを摘みあげた。
結論から言ってしまえば、五百円ではなかった。
お金だったかというと、そうでもない。お金に変えられる……かもしれない物ではあったけど。
「なんだこれ? 宝石……か?」
それは、正八面対……菱形を立体にしたような紫色の結晶だった。
宝石ならアメジスト、とでも言えばいいのか、そんな感じの物だ。
ガラスと言われればガラスにも見えるし、宝石だと言われればそんな気もする……
そもそも宝石についてなんて、人並みの知識しか持ち合わせていない。
さすがに一目見ただけで、それが宝石かガラスか見分けられるほど詳しくない。
僕は摘んだ結晶をくるくると回した。
「これって、もし本物ならかなりの値打ち物だよな……」
大きさにして親指一本分だ。
1カラット(0.2g)単位で価格が決まる宝石でこのデカさは異常だ。
故に、僕の中ではこの結晶は“おもちゃ”もしくは“ガラス”である可能性が高いと判断した。
それに、何の飾り付けもされず結晶だけが単体で転がっているのも“おもちゃ・ガラス”説の有力な理由だといえた。
もし、ホンモノなら何かしら装飾が加えられているはずだ。
指輪だったり、ネックレスだったり……
しかし、この結晶にはそういった加工の跡が一切みられなかった。
なにより、本物の宝石ならこのカットの形はあり得ない。
普通だったら、オーバルとかスクエアーとかマーキーズ辺りが一般的なのだ。
結論。総合的に判断してこれは宝石ではないと断定する!!
閉廷!! 解散!!
くるくる回す度に、光が内部で反射してキラキラと輝いていた。
「いいなぁ~……実にいい! 欲しい!」
(※注意Ⅱ 拾った物は、ちゃんと交番に届けましょう)
もしこれがRPGの世界なら、きっとこの結晶は魔王攻略のキーアイテムだったり、武器の合成に使えば特殊な付与効果が付いたりするのだろう。
実際、革紐なんかで縛ればらしいアクセサリーにできそうだ。
「よし。持って帰って加工しよう」
(※注意Ⅲ 拾った物は、ちゃんと交番に届けましょう)
僕はそっと結晶を制服のポケットへとしまった。
確か、材料が少し残ってたはずだ。
それを使って、ネックレスにでもしよう。
しかし……
「実はすげー値打ち物だったり、落とした人が探していたりしたらどうしよ……
やっぱり、交番に届けるべきかな……」
さっきまでくすねる気まんまんだったくせに、いざそうしようとすると尻込みする。
結局、僕という男は尻の穴が小さい小心者なのである。
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暮れなずむ夕日の中、剣護を見つめる者がたい……
ソレはただ、見つめる。
剣護の一挙手一投足、全て余すことなくじっくりと……
「あれが新しいチューナーっスか……なんかいまいちパっとしないっスねぇ……」
能力は外見とは関係ない……
長い経験で分かってはいても、どうしても外見は気になってしまうのだ。
はっきり言おう。
彼は決して強そうには見えない。
今回は、はずれかもしれない……と、ソレは思った。
暮れなずむ夕日の中、剣護の後を付いて来る者が居た……
ソレはただ、追いかける。
剣護の姿を見失わぬよう、そして気づかれぬよう……
屋根から屋根へと飛び移り、後を追う。
ソレは人ならざる異形の者。
人語を解する異形の者だった……
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「ただいまぁ~、と言う相手はいないってね……」
つまり無人だ。
うがいをしながら出迎えてくれる、カバの親子はいない。
もし、いたなら不法侵入でサツに突き出してくれるわ。
いや、見世物小屋でも開いてお金をとった方がいいのか?
なんて、くだらないことを考えながら僕は自室へと向かった。
親父はあまり家には帰ってこない。
いや、帰ってこれないと言った方が正確だろう。
ほとんどが出張か、短期単身赴任。運が悪ければワールドワイドなとこに飛ばされていたりする。
きっと今日もどこぞのお空の下であくせく働いていることだろう。ご苦労様です。
母親は僕が子供の頃に他界している。
つまり浅間家は父ひとり子ひとりの父子家庭なのである。
……ってか、父ひとり、って言い回しおかしくね? 普通ひとりでしょ? 二人も三人もたいらどんな複雑な家庭環境なんだよって思うんだが……
あっ、でも、世の中には五人のママ先生がいる家庭や、十二人の妹(たぶん腹違いの)がいる家庭ってのもあるらしいから一概には否定できないのか……
まぁ、なんにせよ、現在、僕、浅間 剣護はほぼ一人暮らし状態にあるわけですよ。
そりゃもぅ、誰に憚ることなく、毎日とっかえひっかえに女の子を自宅に連れ込んではニャンニャン(死語)する爛れた性活を送っている。という、妄想をして楽しんでいる健全な高校生ですよ。恋人は、キラキラのシールが張ってあるPCゲームですよ!
悪いか! コンチクショウメェ!!
手早く制服から部屋着兼寝巻きに使っているジャージに着替えると、一路風呂場へ。
部活のあった日は、帰ったら直シャワーが基本行動だ。
青タヌキが出てくる国民アニメのヒロインのように“お風呂大好き!”というわけではなく、単に汗がべたついて気持ち悪いのと、自分が臭くて食事どころではないからだ。
剣道部にもシャワー室があればいいのだが、目下実装が許されているのは水泳部だけ。
こんど生徒会に嘆願書でも出してみるか……委員長の政治的手腕でなんとかならんだろうか……
ならんな。
一人だと、浴槽にお湯を張ることはほぼない。大体がシャワーだけで済ましてしまう。
一人なのにお湯を大量に使うのが勿体無いような気がするのと、光熱費削減のためだ。
隆弘は一人暮らしを羨ましがったりするが、現実そんなにいいもんでもない。
掃除、洗濯、買い物、炊事……そして、家計のやりくり。全部、一人でやらなければならないのだ。
何もせずともメシが出てくる方が、よっぽど羨ましい。
世のお母様方には頭が下がりますよ。
シャワーでさっぱりした後は食事だ。
とはいえ、僕に高度な料理テクはない。
一時期、ゲーム機片手に自炊にチャレンジしてみたが、労力に見合わないと直ぐに止めてしまった。
あの変なイントネーションの言葉や、やけに片言感が半端ないボイスが良くなかったのだろう。うん。きっとそうだ。
と、言うわけで僕の夕食はほとんどがレトルト食品かフリーズドライ食品である。
レンジでチンするだけの簡単なお仕事です。
もしくは、
お湯を掛けるだけの簡単なお仕事です。
が、昨今のレトルト・フリーズドライを甘く見てはいけない!
安い! 簡単! 早い! 種類も豊富! なにより、これが一番重要なのだが自作よりウマイ!!
正直、素人が自炊すると時間も材料費も高くつくことの方が多いのだ。
人間、分を弁え身の丈にあった生活を送るのが良いでしょう。
あっ、ご飯だけは自宅で炊いてんだぜ! 炊飯ジャーでな!!(ドヤ顔)
夕飯が終われば、自由時間だ。
宿題、録画したアニメの鑑賞、ネトゲ、巡回……まぁ、やることは多々あるが今日はまずやるべきことが決まっている。
それは……
「さて、取り掛かりますかね……」
机に向かい、手元にある物に目を向ける。
正八面対の紫色の結晶。
そう、帰り道で拾ったアレだ。
テレテッテッテ テレテッテッテ テレテッテッテッテ テテテテ
今回ご紹介いたしますのは、ちょっと小洒落た感じのアクセリーでございます。
ご用意致しますのは、そこそこイケてる宝石っぱいモノ。ガラスだろうがプラだろうがオールOKです。
と、何処のご家庭にもある、コスプレ用小物の製作などで幅広い用途に使われる細目の革紐でございます。
えっ? そんなの家にねぇーよ! ですって? んじゃ、さっさと買ってこいやぁ!
まぁ、ぶっちゃけ、革紐でなくてもかまいません。どんな紐でもよいのです、縛れればOKです。
はい? なんですか? ふむふむ……“ヒモ男を縛る講習をしてるのはココですか?”っと……
違います。そんな特殊なプレイは教えていません。
教えているところもあるとは思いますが、他を当たってください。ごめんなさい。
ふぅ~、ちょっとしたアクシデントがありましたが、次行きましょう。
では、作業工程ですが、その紐でいい感じに石を縛ります。以上。
えっ? どう縛ればいいか分からない? 甘えてんじゃねぇぞコラァ!! それくらい自分考えろ!
創意工夫を忘れた人などサルにも劣るわぁ!!
と、いうわけで完成した物がこちらになります。
どうでしょうか? いい感じのネックレスに仕上がったと思いませんか?
それでは今回はこれにて終了とさせて頂きます。
次回……があるか分かりませんが、お楽しみにぃ~……
作業中、僕の頭の中では終始、三分では絶対出来ない料理を紹介するお料理番組のテーマが流れっぱなしになっていた……
「ふぅ~……できた」
今、僕の目の前にあるのは黒の革紐を編んで作ったネックレスだった。
ポイントの決め手はやはりこの結晶だろう。
やっぱりこういう目の引くものが有ると無いでは大違いだ。
付与効果としては、知力UPと加護による属性防御UPもしくはラックUPといったところだうか。
「んっ~……疲れた。って、うわっ! もう十時回ってるじゃん……」
背筋を伸ばしたついでに見た時計が、思いもよらない時刻を示していた。
作り始めたのが、八時過ぎだったことを考えると二時間近く作業していたことなる。
自分の集中力の高さにホレボレするぜ! 勉強とかにはまったく生かせられないけどなっ!
「宿題だけはやっとかないとな」
出来上がったネックレスを脇にどけ、カバンから今日出ている分の宿題を取り出す。
え~っと……確か、英文の翻訳と数学とあと、なんだっけ?
そこから僕はただ宿題を片付けるためだけの機械となり、粛々と課題をこなし……はしなかった。
結局、宿題自体は一時間半程度かかってまった。
真面目にやっていれば半分以下の時間で済んだのだろうが、PCの電源が入っているとどうしてもよそ事をしてしまうのだ。
英文の翻訳をグーグレ先生に頼みつつニュースの閲覧。そして、また翻訳。
数学の問題を解きつつ、速報チャック、そしてまた問題へ。
わからないところはらしく埋めておけばいい。
もし、前に出されて解かされるようなことになたとしても、“間違っちゃった♡ テヘペロ♡”って言っておけば問題ないだろう。
そんな亀の歩みで進めていたら、時刻はすっかり日付変更付近までせまってしまっていた。
明日も朝練がある。夜更かししていれば朝が辛くなる。速めに休んだ方がいいだろう。
っと、その前に……
僕は出来上がったネックレスを手に取った。
うむ。なかなかの出来である。店で売っていてもおかしくない出来栄えだ。
こういう細かい作業は、昔から得意なのだ。
この石だかガラスだかが、もっと沢山手に入れば量産したいくらいだ。
ギシギシと椅子で船を漕ぎながら、僕は石をまじまじと眺めた。
拾ったときは気づかなかったが、こうやってじっくり見ていると分かる。
石の中心部分が、ゆらゆらと淡く光って見えるのだ。
そう見えるだけで、実際はただの光の屈折だろう……でも、それはとても綺麗だった……
本当に不思議な石だと思う……
ピピッ ピピッ ピピッ
机の上のデジタル時計が、深夜0時を知らせるアラームを鳴らした。
「さて、今日はもう寝よっかな……」
と、ネックレスを机への上に戻そうとした、その時……
ペッカーーー!!!
「なっ! なにっ!?」
手にしていたネックレスが、正確にはあの結晶が眩いばかりの赤い光を放って輝きだしたのだ。
あまりの眩しさに、僕は空いていた手で光を遮り目を瞑った。のだが……
「うっ、うわぁぁ!!」
体勢を崩して、椅子から転げ落ちた。
一瞬の浮遊感。そして、落下……
「っ……」
次に訪れるであろう衝撃に身構える。が、落下している感覚はあるのに、一向に着地の衝撃がやってこない……
おかしい……
そう思い、ゆっくりと目を開けると……
そこに、僕の部屋はなかった。
なんと形容すればいいのだろうか……
辺り一面、虹色の空間を僕は落ちていた。
どっちが上で、どっちが下とか、そんなことさえ分からないくなりそうな場所だった。
でも、何かに強く引っ張られている、ということだけははっきりと分かった。
程なくして、
「っ……」
今度は真っ白な光が、辺り一面を白一色へと染めた。
光を遮るよう手を翳し、僕は再び目を閉じた……
ワァァァァーーーーーー!!!
聞こえてきたのは大音量の歓声だった。
「っ!」
目を開ける……
するとまた風景が変わっていた。
今度は、だだ広っい空間だった。
周囲をぐるりと見回すと、そこは野球場とか、ローマのコロッセオとかとよく似た場所に思えた。
観客席に該当する分部には、数え切れないほどの人影に埋め尽くされている。
先ほどの歓声の正体は、彼らなのだろう。
天井はない。吹き抜けだ。
本来、夜空があるその場所には赤紫色の空が広がっていた。
星はない。なんとものっぺりとした空だった。
そこではじめて、僕は自分が立っていることに気が付いた。
さっきまでずっと落ちていたはずなのに、今は自分の足で立っている……
「おおっと!! ここで“ネイルズ”陣営からの飛び入り参戦だぁぁ!!
え~っと、ソウルネームが空白ってことは、まだ申請してないのかな? んじゃ、テキトーに……
挑戦者! “誰も知らない”」
ウォォォォーーーーーー!!!
アナウンスが終了すると、会場全体に地響きのような歓声が響き渡たった。
いや! ちょっと待て! なんだよその“ネイルズ”とか飛び入り参戦とかって!
「対戦相手は、“パテュア”所属の“業炎院 烈火”!!
目下不敗のパテュア期待のルーキーだぁぁぁ!!」
ウォォォォーーーーーー!!!
ウォォォォーーーーーー!!! じゃねぇ!!
はぁ!? 対戦相手!? って、えっ、僕戦うの!! なんで!? 意味が分からないんですけど!?
ちょっ、誰か説明を……
「それでは両者、構えっ!! レェディィィィィィィ…………ファァァァァイトッ!!!」