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その3

二人が教室に戻り、暫くして池松が息を切らして教室に入ってきた。


「あっぶねー、先生まだ来てないよな?!」

「池松何やってたんだよ?ギリギリセーフだったな」

「フフッまぁな。」

池松はニヤつきながら席に戻って行く。

くたばれ、リア充め。

「…あっ?なんだ?」池松が興芽を睨む。

「いえ!なんでも!!」

やばい…池松と目が合ってしまった。

気配を消せていない証拠…まだまだ修行が足りないな…。


そんな事を考えていたら、担任の江口先生が教室に入ってきた。

「次の授業の数学だが、岸本先生の都合により自習になった。いいかー、俺は授業あるから行くけど、静かに自習しておけよー!」

そう言うと、江口先生は黒板に大きく自習とだけ書くと、教室を出て行った。


ガラガラガラー、ピシャッ。


「やりー!ラッキー!」

「マジついてる〜!」

「ちぇっ。急ぐ必要無かったじゃん」

すぐに、皆んな騒ぎ出し、今日はガヤガヤと賑わい出した。


さてと、俺も…。




自習っていっても、何もする事ねーし暇なんだよなぁ。

そう思った時雨は、他のクラスメイトが席を移動しだしたのを確認すると、自分も暇つぶしに興芽でもからかいに行こうと席を立った。


えっ?!


時雨は一瞬自分の目を疑った。


興芽は萌え系漫画「美少女戦士クノイチムーン」を堂々と出して読んでいた。


あいつ…大丈夫なのか?


入学して3ヶ月、教室内のヒエラルキー(序列)も徐々に確立され始めた頃である。

池松などはクラスのいわゆる、リーダー的存在、トップ層だ。


忍びたるもの、当然、目立ってはいけない。


興芽も時雨もリーダー的グループ層には見事に?属さず最多数の集団層に身を隠している。

地味に目立たず学園生活を送らなければならない。


興芽曰く地味に目立たず学園生活を過ごすには"オタクに成りきる"のが一番らしいが…。


「うわっ、何あのマンガのタイトル!」

たちばな、マジキモイんですけどっ」

「あいつ、ウゼェ…」


軽蔑と時々羨望(本物のオタクの方々)の眼差しを興芽はクラスから受けていた。


時雨にはどう見ても興芽は逆に目立っているように思えた。


興芽は時々ズレている。

時雨が興芽に逆効果だという事を伝えようとしたその時だった。


「よぉ〜、橘君。なぁ〜に読んでるのかな〜?」


あぁ!言わんこっちゃない!!


とうとう、興芽は池松達に絡まれてしまった。

興芽はキョトンとしていた。

なぜ絡まれたのかまるでわからないといった表情だ。

時雨は不安に思いながらその様子を見ていた。

「どれどれ〜?」

「あっ…」

池松は無理矢理、興芽が読んでいた本を取り上げてタイトルを読み上げる。

「えっと…何々ぃ?美少女戦士クノイチムーン??ナンダこれ?!高校生にもなって見る漫画かよ?!なぁ??」


池松はワザと大きな声で教室中に聞こえるように言った。

所々でクスクスと笑い声が聞こえてくる。


「公開処刑でありますな…」

「なんとも恐ろしい…」

時雨の後ろの席のオタク達からは同情の声が漏れる。しかしながら当然、助け船はない。


「あの…そろそろ返して欲しいのですが…」


そんな興芽の訴えなど勿論無視して、池松達は、中身をペラペラと見ながら、更に馬鹿にする。


「へぇ、クノイチの美少女達が悪の組織と戦いますってか?ありきたりな話だね〜。なぁ〜??」

「だなぁ〜。こういうのって、絵も中身も全部一緒にしか見えねーし。」


「っか、大体よぉ〜、このクノイチって設定がダセェよな?!今時、クノイチってなんだよ?忍術ニンニンってかー??」

池松達は漫画を見ながらバカ笑いをした。



ゾクッ…?!


刹那、なんともいえない違和感を感じ、池松は興芽を振り返った。

だが、そこには別段変わった様子も無く、困り顔の興芽がいるだけだった。

他の連中は何も気付かなかったようで、冷やかしながら漫画を見ている。


気のせいと片付けた池松は、漫画イジリもそろそろ飽きたので、パシリでもさせることにした。


「なぁ、橘くぅん、コレ返して欲しいんならさぁー、ちょおっとお使い頼まれてくんないかな??売店でパン買ってきてよ?」

「えっ?…でも今…一応、授業中だし…」

「あん?」

池松は興芽を一睨みする。

興芽はそれにビビったように「ハイ…」と返事をした。


よし…!うまいぞ興芽!見事にクラスメイトに脅されてビビる、ひ弱な青年を演じきっている!…あいつ、さっき忍者をバカにされた時は一瞬マジになりやがったからな…あぶねぇなぁ。

時雨はホッとして胸を撫で下ろした。


「俺は焼きそばパンな…お前らはどうする?」

「俺、カレーパン!」

「俺はコロッケにコーヒーな」

「えー、じゃあアタシも買ってきてもらっちゃおうかな〜?」

「あっじゃあアタシもー!」

次々に関係のなかった者たちまでも頼み出す。

集団心理とはなんとも恐ろしい。彼らに悪いという感覚はもはやない。


「んじゃあ、よろしく。スグに買ってきてよ?そうだなぁ…5分以内で!宜しくね」

池松はそう言うと、仲間達の方に向き直して話し始めた。興芽にはもう用はないと言ったように。

「あの…」

興芽が、遠慮がちに口を開く。

「あぁ?まだ行ってなかったの?早く行けよ!5分過ぎたらこの本もう、返さねえからね!」


カダッ!


興芽は急いで席を立つと慌てて教室を出て行った。

その様子を池松達が、バカにした様に笑いながら見ている。


「あーぁ、橘君、完璧狙われちゃったな」

「あんなに一度に言われたって覚えられるはず無いのに…」

「あれが、池松達の手口なんだろう?聞き返す事もさせて貰えず、一個でも違う物を買ってきたらそれを理由にお金を一円も払わない。要するにカツアゲandパシリだろ?」

クラスメイトがヒソヒソと話すのを時雨はジッと聞いていた。


…なるほどね。


「まして、5分以内だなんて…無理に決まってるよな?普通に行って帰ってきても往復5分以上はかかる…」


ガラガラガラッ。


?!


誰もが目を疑った。


さっき出て行ったハズの興芽がもう戻って来たのだ。

しかも、大量のパン等を買ってきて。


「お前…なん…で」

池松も、あまりの予想外の事に言葉が出てこない。


あれ?なんだ…この空気は?

興芽はやっと教室内の異様な空気に気付いた。

ふと時雨を見ると何やら必死にサインを送っている。


…なんだ?…ハッ!!そうか!!


興芽!バカ!早く戻って来すぎだ!どうせ階段使わずにロープで登り降りしやがったな…授業中なのをいい事に…。

とにかくなんとか誤魔化せ!!時雨は必死に興芽に伝えようとする。

興芽はそんな時雨にようやく気付き、うなづく。


だが、時雨がホッとしたのも束の間、なぜか興芽はいきなり、ゼーゼーと肩で息をしだした。


「はぁはぁっ、…階段の昇り降り、っ疲れたぁ」


え??



クラスはまた別の意味で変な空気になった。


…こいつ…何やってんの?!


違〜う!違うんだよ興芽!みんなが驚いているのは、階段を昇り降りしたハズなのに息ひとつ切らしてない事じゃなくて、そもそも売店と教室の往復を5分どころか1分しないで戻って来ちゃった所なんだよ!


しかしながら、そんな空気を無視して興芽はサクサクと頼まれた品をみんなに配り出す。

「はい、佐々木君にはコロッケとコーヒー、三浦さんはプリン、根本さんはアロエヨーグルト…」

全てを正確に本人達に渡していく。皆、呆気にとられた様にただ渡されるがまま、受け取ってゆく。

「あの…池松君…実は…」

「…なんだよ?」

池松が少し警戒しながら、返事をする。

「…カレーパンなくて…その…かわりにコレ…」


興芽は遠慮がちに袋の中身を差し出す。


…。


「はぁぁあ??お前!なんで、カレーパンの代わりがヨモギ饅頭なんだよ?!」

池松の顔はみるみる真っ赤になった。


「あっ…でもコレ凄く美味しくて…僕のおすすめ…」

「てめえのおすすめなんて聞いてねーんだよ!!」

池松は興芽を小突く。

それを見て周りもどっと笑いだす。

「何あれ〜?」

「ダサ〜、マジセンス無いわ〜」


「あの…お金は…」

「払うかボケ!!」

そう言うと、ヨモギ饅頭をちゃっかりモギとって池松達は席を離れていった。

「橘の奴、マジ使えねー、オレはしょっぱいのが食べたかったんだっつーの!!」

「まぁまぁ、無かったんだからしょうがないじゃん??」

池松達はヨモギ饅頭を取り出しながらあーだこーだと言っていた。




…とりあえず、最後の最後だけは選択を間違えなかった様だな。

どうやらヨモギ饅頭のお陰で、興芽が尋常じゃない速さで、大量の注文を的確に買ってきた事は忘れ去られた様だった。

時雨は今度こそ、ホッと胸を撫で下ろした。


「えっ…?お金払ってくれないの??オレ今月厳しいのに…でもここで逆らったら目立っちゃうし…ちゃんと5分以内に買ってきたのに…っか、ヨモギ饅頭マジ美味いのに…」


イマイチ納得いかない様子でグチグチ言う興芽を時雨はそっと慰めた。


そんな二人の様子を遠巻きにジッと見ているクラスメイトがいる事に、二人はまだ気付いていなかった。



〜売店の売り子、絹代のつぶやき〜


さっ、昼休みも終わったし、ひと段落ね。トイレにでも行きましょうかね。

売店の売り子の絹代はエプロンを脱ぎ、"ただいま出かけています"の札を窓口にかけて、トイレに出かけた。

絹代はこの学校に勤めてかれこれ、25年のベテラン売り子だ。

戦争のような昼休みの忙しさも、テキパキとこなすことができる。

しかしながら、ここ最近、気になる事があった。

ほぼ毎日、お会計した記憶のない代金が置いてあるのだ。


まあ、あの忙しい昼休みの事、今迄も何度かお金を置いてそのまま商品を持っていく生徒はいたし、それ自体はそう珍しい事でもないのだが…。

いつも決まって"ヨモギ饅頭"を買っていくのだ。

…中々の渋い趣味よね〜。今迄はアタシと校長先生くらいしか買ってなかったのに…いったいどんな子なのかしら??


しかし、今日こそは!と思っていても、気付いた時にはもう、ヨモギ饅頭は無くなっている。


そんな事を考えながらトイレから戻ると、絹代は目を疑った。なんと売店の商品がほとんど無くなっていたのである。

「まあ?!残ってたパンやプリンが全然無いわ!…いったい…ん??」

窓口の台にはお金が置かれていた。

とりあえず計算してみると、キチンと商品分のお金が置いてあった。

そして、最後の一個だったヨモギ饅頭も無くなっていた。


あの子だわ…!

残念!トイレなんか行かなきゃ良かった!!


「…でも授業中にこんなに大量に買っていくなんて…先生かしら??もしくは不良なの?!」


絹代は益々ヨモギ饅頭さんの正体が気になってしまった。


「そういえば…なんか昔にもこんな事あった様な…?」


絹代のおぼろげな記憶の片隅にヨモギ饅頭が浮かんで消えた。


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