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その1

「…よくやった。これにて隠我流いんがりゅうのすべての奥義をお前に託した。みごとであった。」

「はっ…。ありがたき幸せ。では…」

「うむ…。」

興芽こうがは、喜びを隠しきれなかった。


やった!遂に、免許皆伝だ!

思えば、おしゃぶりのとれないうちから手裏剣を握りはや、16年。辛い修行に耐えてきた。

時には、本当に死ぬかとさえ思ったこともあった。うん、本気で遺書も書いた。

だが!しかし!やっとこれで俺も一人前の忍者だ。

とりあえず、朝のゴミすて当番、皿洗いが免除になるはず…。

興芽はニヤニヤしながら、思わずガッツポーズをしていた。

父はそれを無視して言った。

「興芽よ。お前は晴れて、免許皆伝…」

興芽は次の言葉を今か今かと待ち構えて聞いている。

「…の最終試験へ進んでもらう。」


・・・。


は?


興芽は一瞬、自分の耳を疑った。

改めて聞き直す。

「…父上、あの、今なんと…」

「だから、免許皆伝への最終試験へ進めると言ったんだ」


「はあーーー!?」

興芽は思わず立ち上がり、危うく父親の胸倉をつかむ勢いで、父に迫った。

「どういうことですか?!これで免許皆伝ではないのですか?!」

「だれがそんな事を言った?」

「…しかし、奥義はすべて教えたと…」

「奥義はすべて教えた」

「では!…」

「…まあ、落ち着いて聞きなさい。取りあえずそこに直りなさい。」

「はあ。」

興芽はしかたなく、座り直した。


一体、最終試験ってなんなんだ。


父は、大げさに咳払いをすると話し始めた。

「いいか、興芽よ。お前は我が隠我流の頭領一家の長男、つまり将来の隠我流の頭領だ。そのことは幼少の頃より、言ってきた。わかるな?」

「…はい」

わかっている。だから、必死につらい修行にも耐えてきた。

「頭領にとって一番大事なことはなんだ?」

「…強いことでしょうか??」

そのために、真冬の海を泳がされたり、真夏に熱湯風呂に入ったりしてきたのだ。

アツアツのおでんだって余裕で食べられるぞ。

「うむ。…たしかに強いことは必要条件だ。だが、十分条件では無い。もっと大事なことがある。それは…。」

父の目が光る。

強さより大事な事…。そんなものがあるのか?だとしたら、いったいなんなんだ?

興芽に緊張が走る。


「それは…嫁だ」

…。


はっ?!


興芽は再び自分の耳を疑った。


「あの、今…なんと…」


「だ〜か〜ら〜嫁と言ったのだ!よ・め!」

「よ…め…?!」


「お前、そんなに耳が悪くて忍びをやっていけるのか??まったく…」


いや、父よ、その心配はいらない。確かに言葉はきちんと聞こえている。

俺が聞き直したのは、言葉の意味が理解出来なかったからだ。


なぜ、最終試験が嫁なのだ?!


「お父さん、そんな説明じゃ興芽も納得いきませんわよ?ねぇ、興芽?」

母が、見かねて助け舟を出す。

「そうか?ピタッとズバーンっと要点を得た説明をしているつもりだがなぁ?」

父は納得いってないようだが、母が話を進める。

「つまりねぇ、頭領になるからには隠我流を伝承し、継承して、守っていく事が一番の務めであり、大事なことなのよ」

「継承…」

そうだ、その為に俺も父から幼少の頃より隠我流のイロハを教わってきた。

「継承するにはね、当然一人では無理よね?継承する相手が必要だわ。」

「もちろんです…」

興芽は未だ、嫁と継承の話が繋がらずにいた。

「だからね、つまり…早い話が、嫁を見つけ子どもを成し、継承者を育て上げる事が、頭領として一番大事なお役目って事よ!」


…。


「なっ…!子どもって…えっー!!っか、俺、まだ高校生だし?!そんなん早いって!」

あまりの話の飛躍に頭が付いて行けず、興芽はもはや敬語もそっちのけで、父親に抗議した。

「案ずるな、わしが母さんと出会ったのは17の時だ。全く早くなかろう?寧ろ最近の子は早熟だと聞く。遅いくらいか?のぉー?」

「ねぇ〜?」

父と母が二人で顔を見合わせてイチャつく。

キモい。


「いや、でも…」


「でもじゃない!!」


ビクッ!!


父は急に隠我流頭領の顔に戻ると、話し始めた。


「常々言っているが、わしは"でも"や"しかし"といった、言い訳は大嫌いだ。忍ならば、1度、めいを受けたら例え、不可能と思われる事でもやってのけるのが、真の忍というもの…。よいか、これは頭領命令だ。」


「…いやっしかし…」


あっ。やべぇ。


興芽は自分の言った言葉に後悔したが、時既に遅かった。

父の血管がプツっと切れる音が聞こえた気がした。


「何度も言わせるな!頭領命令だ!!よいな!!」


「ハイぃ!!」


それだけ言い放つと、父は道場を出て行った。


興芽は呆然として、父の背中を見送った。


「最後の最後で火に油を注いじゃったわねぇ…まっ、あなたならできるわ、なにせ私たちの息子だもの!頑張ってね!」


母親の励ましに反応する余裕すら興芽にはなかった。


「それにしても、懐かしいわぁ。お父さん、

ああみえて、積極的だったのよねぇ。私に一目惚れだったみたいで。キャッ言っちゃった!それでね…」


母親の惚気話ノロケを無視して、興芽も道場を後にした。


幼い頃から、隠我流の頭領になる事だけを目標に頑張ってきた。

やっと、免許皆伝という時にこの最終試験。

興芽にとっては今までのどんな試験より難関だ。


なんたって。


興芽は全くモテない(16年間彼女なし)のだから!!


「くそぅ。これのら、サバンナでライオンと闘う方がまだましだっ!」


興芽は本気でそう思えた。




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