伝説の国
滝裏の洞窟探査を決行する。
「化け物ハンザキの手前、泳いで行くのは気が進まないんで、ビニール・ボートで落水の横に着けて、階段をよじ登ろう」
ダルビーが悔しそうに唸った。
「俺は此処で待機するワウ。よじ登ったりするのは得てじゃねーんだワン」
滝裏の洞窟はヒカリゴケの蛍光色に淡く映し出され、深く奥に続いていた。
入り口に結界を張るように設置されている石造りの鳥居を潜って進むと、中は思いのほかに広く、蝙蝠が飛び交い、足元には僅かな温水が流れている。
「巨大怪物の体内に飲み込まれて行くイメージだな!」
リュウはオパールの置換化石が鏤められた肋骨状の壁面にライトを翳した。
光り苔に覆われた地面は人工の敷石で疎らに舗装され、所々に多量の金粉がこびり付いている。
「ヤバ、これは大蛇の腹跡だ!」
マッシーが金粉中に白い蛇の大鱗を見付けた。
滝口から続く広い鍾乳洞を抜けると、路は狭い直線になり、やがて、外へ通じる目映い日の光が見える。
出口は縦横二間ほどに大きく開いており、得も言われぬ花の香りが新鮮な微風に漂った。
外界に踏み出すや、耳を聾する雷鳴が轟き、一気に包み込む煌く眩い光霧にホワイトアウトされた。
…… ……
光霧が去り視界が蘇ると、リュウは独り、赤い芥子の花が一面に咲き誇る花園に佇んでいた。
大声で呼べども返答がない。
淡いピンクが滲む明るい空。
朧に続く白亜の敷石を歩み、爛漫の李花の園に彷徨い出ると、棗椰子の林から忽然と古代支那風の衣装を纏った半透明の集団が出現し、通り抜けて行く。
野山羊の群れに導かれ、葡萄と棗の林を歩んで行くと、帆船が犇く、港湾に聳え立つ白亜の城壁に囲まれた目映い金尽くしの街が現れた。
空を群れ飛ぶペリカンのような白い大鳥(?)と無数に浮かぶ色取り取りの熱気球。
金、金、金の金尽くし!
湧き上がる古代市場の喧騒と賑わい。溢れかえる人の群れ。
(歩んでいるリュウの存在に誰も気付かない……?)
リュウは屈強な護衛兵たちと、数匹の獰猛な一角麒麟が護る壮麗な黄金宮殿に、透明人間のようにノーチェックで踏み入った。
色取り取りの花々に埋もれたパティオ、円柱の続く回廊一帯に漂う痺れるような薬草を煙らす匂い。
一陣の風に張り巡らされた見上げる純白のカーテンが吹き上がり、黄金宮殿の玉座に泣き伏す主の慟哭が耳を聾する。
「哀れ白蓮、邪悪な快楽に身を亡ぼす。再び仔蛇と成って、会い見えんか!」
耳慣れない言語の響きが耳を打った。
(言葉が解る……?)
金の主は巨大な白い半人半蛇に変異し、金粉に塗れた鱗体が悲しみと苦しみに身悶える。
広間の隅に立ち竦むリュウを認めたゴールドの主が、毛を逆立てて問う。
「護衛兵と番竜の目を免れ、我が殿に佇む影のようなヨナは誰か?何故ここに居るのか?」
「私は西表・波照間森の滝裏を通り、この地に紛れ込んだ迷い人です。……ここは一体何処で、貴方は誰なんですか?」リュウが恐る恐る問い返す。
強面の主は侵入者を穴の開くほどに見つめてから、破顔一笑して人型に戻り、両手を広げ歓迎の意を表した。
「ようこそ、時の門を潜りし竜人よ!ここは黄金宮に白蛇が住む常世の国。
我は不老不死の賢者の石を得、富と永遠の命を懐に、時を越えて彷徨うツァイの国のキンムパオ道士なり」
キンムパオは、黄帝の命を受け不老不死の仙薬を求めて島々を彷徨い、賢者の石を見つけたくだりを話す。
「……かくして、千のヨナの童男童女と工人が、与那の国と竜の国と西表の地に楽園を築かんと住みたり。
賢者の石は全てを黄金に変える。我等は無限の富を得て、竜の島に至福の世界を創った。
されど、黄金郷は天の怒りを買い、海の藻屑となって、全てを無に帰せり。
我と愛人の白蓮は不老長寿の白蛇に憑いて半霊半肉と成り、常世の極楽を再興せん」
キンムパオの嘆きは続く。
「……悲しいかな、邪な肉の欲望に取り憑かれた白蓮の蛇体は亡び去り、再び仔蛇からのやり直しとなった。
命の輪廻は忘却の哀しみに行き来し、我をして恐るべき孤独に苛む」
リュウは龍宮城もかくやの盛大な歓待を受ける。
そして、目眩く数週間の至福の時を過ごした後、ダルビーが待つ滝壺前の蛇苺広場に突然目覚めたのだ。
…… ……
竜舌欄と潮の香り、大オニヤンマの羽音、間近に心配そうなダルビーとマッシーの顔がある。
洞窟前の滝が音を立てて清水を落としていた。
「良かった!昏睡が長いので、心配しました。私も覚めたばかりなんです」
「突然、二人が眠っているように頭を並べて現れたんで、ビックリだワウ」
ダルビーは辺りを警戒するかに唸っている。
「竜宮、……キンム道士は?」
リュウは状況を把握できず、大蝙蝠が飛び交う幽玄の辺りを見回した。
マッシーが洞窟の出口に生じた超常現象を説明する。
「……古代の道士が創る、時の狭間に嵌まり込んだんです」
「数週間か、数ヶ月か、時を忘れた至福の体験だった……」
リュウの呟きに、マッシーは首を横に振った。
「それが、一睡の夢。
……時計を見ると、目眩ましから二時も経過していない」