時の狭間に
早朝、探検装備の二人に一匹は、白浜港から浅底用の上扇機舟に乗り、マングローブの仲良川を遡る。
心地良い川風を受けながら、マッシーは夢見るように話す。
「この稀に見る豊かな亜熱帯の自然を利用して、世界中の絶滅危ぐ種を一手に引き受け、或いは、既に絶滅したモア鳥やドウドウ鳥、エオヒップス(中型犬サイズの古代馬)、ユニコーン、あるいは熱帯ペンギン等を復活創生して、愉快で楽しい此の世のメルヘンを創ってみたいんです!」
「そう!吸血蝙蝠や毒蜘蛛を生育したり、獰猛なピラニアやデンジャラスなクロコダイルをこの川に放したら、如何なるのかって誘惑にも駆られるしね!」
マッシーは吹き出した。
「リュウさんには敵わねえ!」
「それはそうさ!そのメルヘンティックな化け物に呑み込まれそうになったんだから!」リュウは額に残った蛇の歯形を示した。
「でも、そのお蔭で、この素敵なアドヴェンチャーとなったさ」
「噂では、小竜に道具と火を教えるナカマルのプロメテウス遊びが武器に進歩して、石槍を持った小竜が集団で天敵の蛇を狩ったって聞いたけど?」リュウは話を変える。
「それが驚くべき進展で、小竜が自製の打製石器を使ったんです。人類の知的進化過程を見てるみたいで、どう進展するのか注目してる!」
リュウは首を振った。
「君たちは創造主にでも成った気分かね?」
「ちょっとばかり、神さんの雰囲気を味わっていることはいる!」マッシーは悪戯小僧が咎められたかに首を竦めた。
「進化した知性ある生き物が暴走した時、歯止めをかけれる?」
「大丈夫さ!以前にも高知能の蟻に火の利用を教えたことが有る!」
リュウは息を呑んだ。
「蟻に火を?」
「文字を覚え、奴隷制度等の階級社会や青銅の精錬から弓矢・槍など使うまで行ってたんだが、蟻マキ牧場と蟻茸農園を巡る縄張り争いで、黒蟻と赤黒蟻の種族間の戦争になり、勝手に絶滅した」
「絶滅だって?」
「ガスと毒液を使用するケミカル・ワーに陥ったんです。我々とは楽しく協調していたんですが」
リュウは溜息をついた。
「畏ろしや!万が一の時、ノアの洪水じゃないが、君等の手で小竜を絶滅させることができる?」
「そりゃ無理だ!可愛がってるナカマルが反対するさ!」
「そうなったら、プロメテウスのように、ナカマルにも罰を下さなければならなくなる!」
マッシーは声を上げて笑った。
「そんなこと、露ほども考えないさ!アダムとイウ゛のように精々キングダムから追放が良いとこ。和を尊ぶヨナは常に楽観的なんよ!悲観は不幸を呼び、楽観には幸せが来るってね!」
「君らの和って何なの?」
「全てのエゴを認め合う。否、徹底的に楽しむのよ!」
「何れにしろ、君等の遊びは生態系を壊すマニアックな小児嗜好も好いとこだな!」
「どっこい、我々の様々な行為の厚い層の下には、悪戯小僧の魂がそのままに残っているんです!」
「それって、皆も同意なんかね?」リュウは呆れたように尋ねた。
「面白半分で、好いから加減の適当さが、我々のモットーなんでね。一人で見る夢は夢にすぎないけど、皆で一緒に見る夢は現実さ!」
リュウはマッシーに月下美人と竜果の花の妖精を見たのを話した。
「あれは、如何考えても幻想としか思えない。花の精が人間の美女の姿言うのがリアリティを欠いてる!」
「妖精が美女の姿では現実味が無いってこと?」
リュウが頷く。「夢遊状態も好いとこ、よりによって僕たちと同じ人型って、さすがに人間中心過ぎる!」
「妖精は幻想なんかじゃない!」マッシーはリュウの見解をさらりと否定した。
「現実ってこと?」
「在りのまま見よって!キングダムでは、人型妖精は日常当たり前さ!
ところで、心理学者のリュウに敢えて聞くんだけど、偉大なフロイド大先生の精神分析を臨床的には如何評価する?」
唐突な問いにリュウは目を剥いて笑った。
「突然、何を言うかと思えば!……もちろん、フロイドは心理学の偉大な金字塔だが、実際に全てをエロスとタナトスのみで診断するのは現実的とは言い難い……」
マッシーは得たりと言った。
「同様にダーウインの進化論も非現実的で無理があり過ぎなのよ!
何らの意思無しに、自然淘汰だけで単細胞微生物から高等生物に進化するなんて戯言を誰が信じるって!
例えで言えば、廃品置き場を数億年も放って置いたら、スーパーコンピューターが自然に出来上がるかね?」
「………?」
「経済学のマルクスを加えた三人の偉大なユダヤ人の理論の欠点は、反神学に拘り過ぎて偉大なる存在を完全否定しちゃってるさ!唯物の科学思想は教会の頚木を外したが、在るべき真実にも目を瞑った!」
マッシーは詠うように続ける。
「竜の頂点に立つ竜人と哺乳類の頂点である人間の収斂性は混血可能なほど酷似している。異次元生命体である精霊の精華である妖精も然り、生命の最高進化の頂点は創造主に帰結するのよ!」
「つまり、創造主なるものが実在し、それがヒュウマノイド(人間形)だと?」
「ザッツライト!主は自らの似姿に人を造りたもうってね。 サムセィング・グレートは、人間と混血可能なヒュウマノイドなんよ!」
「そのヒュウマノイドを創ったものは?」
「それもヒュウマノイドなんだろうが、そこまで行くと、まるで知ったこっちゃない!」
二人はハイテンポに会話を楽しんでいた。
…… ……
マングローブの支流を進むこと暫く、波照間森の麓にある、白亜の大岩を彫った巨大な人頭の彫像に辿り着いた。
二人は太古の彫像をよじ登り、双眼鏡で辺りを見回すが、びっしりと蔓草木に埋まったジャングル以外何も見えず、皆目見当がつかない。
「目的点まで半キロ見当、此処からは山師の勘とダルビーの嗅覚に頼るしか無い……」
マッシーはフラフラして一定しないコンパスを示した。
茹だるような暑気、濃霧が漂い、獣道と言うには程遠い毒蛇や蠍の生息するブッシュを切り払い悪戦苦闘する。
目的ポイントに近づくにつれ、ブッシュが疎らになり、霧が晴れると、ヘゴ羊歯と野生オレンジ(シークワサー)の林を突き抜けるように虹色に靄う小さな一本の滝が現れた。
二人と一匹は、敷き詰められたように爛熟する真っ赤な大蛇苺、巨大磐キノコの群生と大蝙蝠の舞う、太古の恐竜でも出現しそうな滝壺周りの幻想的な光景に暫し呆然と佇んでいた。
…… ……
水面すれすれに、通常の二倍大はあろうか金色縞模様の大オニヤンマが飛び交う。
「シット!キングダム作出の蜻蛉だぜ!」
「小児趣味が既に生態系を蝕んでいる」
「確かに!」マッシーは笑った。
「クソ化け物の臭いがするワン!」
ダルビーが忙しなくヤシガニの群れる滝壺の辺を嗅ぎ回る。
タープを張り、周り一面に転がる石を調査していたマッシーが驚愕の声を上げた。
「凄え!此処のゴロタ全てがルビーと翡翠、それと、サファイアの原石と来たぜ!探せばダイヤもありかも!」
「この石ころが?」
「それに、粒金と砂金も!」と、興奮の体で滝壺から小川への砂利を指差す。
「まさに、ここは宝の山!今日は山師として最高の日になりそう!」
滝壺の周りを入念に探索すること一時、冒険家のアルケミストが声を上げた。
「やりぃ!滝の裏に、岩に掘られた階段に続く人工の洞窟が在る!砂金と粒金はそっちから流れて来てる!」
水遊びしていたダルビーが、落水の方をポイントして吠えた。
「ワウ!デッケエ!」
二メートル半は有ろうか、滝裏の洞窟から黒と黄色の段だら模様の蛇が壁沿いに入水し、岸辺に向かって泳いで来る。
「ハブの天敵のスジオナメラ。一見毒々しいが、無毒で、それほど危険じゃない。西表のキング・オブ・スネークです」マッシーは青ざめるリュウに微笑んだ。
すると突然、水中から真っ黒な大きい何かが過ぎり、あっという間も無く、蛇は水飛沫を立てて水底に消えた。
(……今のは?)
呆気に取られて、暫し二人と一匹は消えた水面の波紋を眺めている。
急遽、マッシーが岸辺から競り出して生える磐キノコを踏み上がって、滝壺の水底を覗う。
透明な水底に巨大な両生類が潜んでいた。
「登って見て!ジャイアント大山椒魚だ!二メートル半はある!」
「オオサンショウウオってハンザキのこと?」
「そう、化け物ハンザキ。こんなんが居るなんて、流石に西表は奥が深い!ここは生物学の宝庫だ!」
マッシーと交代して覗き込むリュウは、褐色の怪物に感嘆する。
「デキャー!こりゃあ、僕たちも餌になりかねん」
「ハンザキって食べると美味いって銀次郎から聞いたことがある。食べられる前に食べちゃいますか?」
マッシーは片目を瞑った。