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癒しの国のヨナ  作者: 沙門きよはる
ヨナ・キングダム
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白蛇の呪い

 鎧戸を打つ風の音、リュウは独り漆黒の闇に目覚めた。


 曇天の空を縫うかに渡り鳥の漂声を聞く時、忍び寄る不穏な泣き声の合唱に耳を欹てる。


 ベランダに出ると、むせ返る夜香木の香りの中、淡く点滅する草蛍の群れが吹雪のように群舞して、所々に人柱を形成していた。

 光の柱は様々に形を変えて幽鬼のように彷徨い、慟哭は悲しみの歌のごとく木々のざわめきと蝙蝠の鳴き声に唱和する。


 ぼんやりと闇に浮かぶ純白の月下美人と竜果ドラゴンフルーツの花群を眺めると、一つ一つに一寸大のたおやかな美女が妖艶な姿態を曝し、一時の喜びに浸っていた。


 リュウは官能の囁きに、朦朧とした闇の小径へ誘い出された。


 夢遊でコカの林を抜け、マンゴーと竜眼の果樹園からマングローブと羊歯に囲まれた睡蓮の滝に至ると、光の柱は幾多の人の形となって滝壺に漂った。


 光の群像から湧き上がる怨念に満ちた羨望の呻きと、痺れるような金縛りの快感に、身の毛が弥立つ。


 「欲しい!欲しい!肉の喜びが欲しい!」

 リュウは耳を聾さんばかりの怨声の嵐に悶えた。


 光の乱舞に締め付けられ、交互に襲う苦痛と快感に喘ぐ。

 万力の金縛りに、リュウの体は軋み、悲鳴を上げた。


 頭部が生暖かい肉の闇に包まれる時、背後からソフィストの憎悪の威嚇声とダルビーの野太い唸り声があり、闇を劈く叫びと共に悦楽の光が消え去った。


 草蛍の雲霞は滝壺の辺り全体に広がり、生臭い悪臭の中、リュウは自らが巨大な金粉を塗した白蛇に、全身を締め上げられ、頭部が半ば咥えこまれているのに絶叫した。


 突如、豹紋が閃き、金白蛇の縛めが緩んだ!

 豹猫の強烈な爪撃が化け物蛇の片目を引き裂いたのだ。


 間髪を置かず、のたうつ白蛇の喉元にドーベルマンが喰らいつき、絡みつく蛇体を振り解く!


 死力を尽くした凄まじい格闘の末、勇猛で果敢な二匹の獣が戦慄の恐るべき魔物に止めを刺した時、リュウは夜明けを告げる野鶏の声を聴いた。



 ダルビーの勝利の雄叫びを側に、豹紋の凶獣は逆毛を収めて唸った。

 「ザミャー見やがれってんだ!遂に、仲間たちの仇を討ったぎゃあ!」



 アレックスの報告にレイトたちが駆けつけた時、リュウは死後痙攣の止まない妖蛇の骸を前に、血と金粉に塗れてスオウの板根に凭れていた。




  …… ……




 蛍光ヤモリが、鳴き声を上げて壁を伝う。


 コテージのベッドで、頭に包帯を巻いたリュウは伸びをした。

 「もう部屋に篭ってるのはうんざり」と、付き添うサチコにぼやく。


 「ハナ先生のOKがあるまで我慢なさい。ソフィとダルビーが助けなかったら、蛇の餌食になっていたのよ」

 「何でこんな目に遭わなくちゃいけないのか、今度ばかりは流石に参ったね」

 「この世では、すべてのものが報いを受けるのよ。特に肉体的快楽にはね」サチコはニッコリ微笑んだ。


 「せっかく部屋替えして貰ったのに、面目ない」

 「それが、もう限界かも。そろそろ美人ダンサーに交代したいんだけど?」

 「ヨーコのこと?」

 「あの娘、プレイと恋愛を兼ねて、親孝行の真似事もしたいらしいわ」

 「魅力的な女は、あらゆる世界の危険物になる」と、リュウは呟いた。


 「あら、私だって女よ」

 「だから、思い切り地雷を踏んじゃったさ」



  ……  ……



 甲斐甲斐しく、包帯の取れたリュウを世話するヨーコを傍らに、マッシーがテーブル一杯に島の地図を広げて説明している。

 「キンム・パオ伝説から、金鉱がウシク森の奥、波照間森と仲良川上流の間のジャングルと推定しているんですが…」と、該当地に赤ペンで印をつけた。


 「キンム・パオ伝説って?」


 古代支那黄王朝、大ウ帝に不老不死薬探しのミッションで派遣された竜人道士が、与那国の久部良岳と西表島の波照間森の麓で、夫々の錬金の要となる賢者石の半片を見つける。


 両片を融合して、賢者の石を完成した道士は、千の童男童女と千の工人を引き連れ、竜島に黄金宮を造り、愛妾の白蓮と共に白蛇に変身して生き長らえたと言う話。


 「大蛇に付着していた多量の金粉を考えると、伝説は満更のガセじゃない」

 マッシーは確信有りげだ。


 「体験者としてリアリティが有り過ぎ」リュウは首を竦めた。


 マッシーは笑い飛ばす。

 「この世に危険じゃないものなんかないさ。あるのはチャンスだけ。恐れねばならぬ唯一のものは恐れそのものです。 

 一緒に伝説へ挑戦しましょう!」


 「ドジ踏みの僕を誘ってくれるとは嬉しい!」

 無聊を持て余していたリュウは即応した。

  

 「OK!探検メンバーは私とリュウの他、ヨーコとダルビーってことに」

 マッシーとリュウは手を握った。

 

 「私は遠慮するわ。愛しのリュウに御一緒したいのは山々だけど、蛇とか蟲とか蛭とか、マッシーのフィールド調査のお供は懲り懲り。それに、明後日からファミリーで友人のベリーダンサーと弟の少年がペルシャから来島するので、手一杯なの」と、ヨーコは断った。


 リュウが提案する。

 「代わりに、ダルビーとのセットで、アレックスとソフィストは?」


 「気まぐれ猫と繊細なヨームはハードな冒険には向いてない」

 「ハナは?」

 「愛鳥の鳥サン(ジョアンナ)の卵が孵化するんで、それどころじゃない」

 「じゃあ、サチとレイトは?」

 「サチコと王子様は駄目よう!製作体験とかで、トラウマから解放された同士で、しっぽりと工房に篭ってるわ」

 ヨーコが曰く有り気に目配せした。


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