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癒しの国のヨナ  作者: 沙門きよはる
ヨナ・キングダム
4/23

傷追い人

 レッスン・ダイヴィングは、車で十数分の白浜港からモータークルーザーで船浮湾を抜けたイダの浜で行われる。


 マッシーと二人の他、レイト、ヨーコ、ハナ、銀次郎にジャックとメアリーのカップル、勝手に撮影係りのダニエル夫妻、それに、ヨウムのアレックスとペリカンのジョアンナを加えた総勢十一人と二羽のパーティだ。



 マッシー指導のダイヴィング講習は、風波によって岩場に自然に造られたタイドプールと珊瑚礁で行われた。


 そして、滞りなく進行したスキューバ・ダイヴィングの仕上げとして、海中でのブレスの交換がある。

 海中でレギュレーター(呼吸器)が故障したような場合、一つのレギュレーターで二人がブレスを交換しながら浮上する緊急時訓練だ。


 バディ(相棒・同伴者)として、リュウにはヨーコが名乗りを上げ、サチコにはレイトが指名された。


 マッシーがリュウに「バディを信頼し、全てを委ねるんです。さもないと、命にかかわります」と、厳命する。


 「全てを委ねる?」リュウは不安そうにヨーコを見た。


 「任して!身も心も、全てを受け止めてあげるわ」

 ヨーコがウインクした。


 先ずはヨーコとリュウが一つのレギュレーターを分かち合いながら、十五メートルの海底から無事浮上した。

 「パーフェクト!レギュレーターの間接キスも良かったし、リュウってサイコー!」

 ヨーコはリュウを思いきりハグし褒め上げる。


 次はパニック症候群を抱えるサチコとレイトだ。

 サチコは縋るようにレイトを見つめる。水中ヘッドバンドを締めなおし、レイトは強張っていた。


 「カマン!レッツゴー」

 レイトとサチコは珊瑚の海底に沈んだ。

 そしてレイトが導くまま、抱き合い、見つめ合い、幾度となく、一つの呼吸器を交互に預け合う。


 二人が無事に浮上すると、見守る全員が拍手と歓声で迎えた。



   …… ……



 キングダムに戻るや、早々にハナのホメオパシーによる健康チェックと、はあなが入念に施され、その後にサチコの部屋割りが行われた。

 サチコは本館一階の比較的広い一室に移り、リュウは引き続きそのままコテージに留まることになった。



 手荷物をサチコの部屋に運び込むリュウは些か寂しげだ。

 「パニックは、ダイヴィングにホメオパシーとハアナでOKみたいだし、今さら別室にする必要があるのかな?」


 「魔女先生が言うには、完治には時間が必要だって。それに、リュウさんの素敵な恋の予感にも棹を差したくないの」


 「ヨーコのこと?ファザコン・ダンサーの気まぐれに勘違いするほど、僕はピュアじゃない」

 「ウソ!スーパー美人のアプローチに、満更じゃないのは見え見えよ。年中恋している男って嘘つき言うけど、その通りだわ」

 サチコは浮き浮きと楽しそうだ。



  ……  ……



 森の縁に沈む夕日は束の間の金色の輝きを終え、キングダム全体を茜色に染め抜く。


 今宵の宴はリヴィングから外に解放されたベランダで行うとのこと。


 和気藹々とした総出のパーティ準備の最中、マッシーがリュウに「当ファミリーメンバー全員が、訳あり言うか、御二人同様に逃避行の果てみたいなもんなんです。

 宜しければ、御二人ををソウルメイトとして、当キングダムのファミリーとして、迎えたい。与那国で、全てのしがらみを捨て去って、此処に帰ってきて欲しいんです」と、ファミリーの総意を伝えた。


 「寄る辺無い流離の我らに、思いがけずに嬉しいオファーだが、この素敵に優雅な生活費を担う自信が無い。それに、ファミリーのメンバーと成ったら、何をすれば良いのか全然……」


 マッシーは笑った。

 「御二人の状況は全て承知しておりますので、お任せを!我らにとって、御二人の生活遊興費など端にもかからないし、当てにもしておりません。義務等も一切ないので、やりたいことを見つけ、人生を仲良く楽しくエンジョイするのがルールと言えばルールなんです」


「とは言え、全てをおんぶに抱っこは心苦しい」


 「ノープロブレム!此処は時を忘れた許しと癒しの和の世界、楽しければ、全て良し。

 最も大切なのは、心地良いこと。そして、幸せは分かち合うんです。

 ファミリーでは、お互いを認め合うべく寛容なこと、自分の物は他人の物、他人の物は自分の物。貸しも借りもなく、妬みもなく、甘やかしたり甘やかされたりで、規則とか面倒なことは一切存在しません。ま、緩々と御検討を」



    ……  ……



 朧月の屋外晩餐は、幻想この上ない雰囲気に満ちていた。

夜香木の香りが漂う葡萄棚の下、淡い照明と篝火、紫色を帯びた夜霧に蝙蝠の夥しい群れが会場を賑やかに舞う。

そして、芝や草木、プールの全てに無数の蛍が仄かな光りを点滅させていた。


 三線サンシンの音、全員が白装束クルタのゆったりとした装いで、猫のソフィスト、犬のダルビー、ペリカンのジョアンナ、そしてヨームのアレックスは蛍光の蝶ネクタイを着けている。


蝙蝠コウモリが多すぎるわ。魔女のサバトっぽく、雰囲気有り過ぎじゃなくって?」と、サチコが隣席のハナに話しかけた。


 ハナは咎められた少年のように顔を紅潮させた。

 「私が、蚋や蚊を排除するため蝙蝠バットたちに動員をかけたんです」

 「蝙蝠に動員?」

 「でないと、蚋や蚊が多くて夜のガーデン・パーティは楽しめないんです。彼等は気の良い虫食いなんで、大目に見てあげて」



 レイトがグラスをスプーンで叩いてワインを掲げる。

 「今宵の宴は、我らが銀次郎シェフのパリ・リストランテ復帰に、ジャックとメアリーのUS帰還の壮行会。そして、目覚めつつあるサチママとリュウ先生が、キングダムのファミリーになる予感の先祝いです」


 次いで、マッシーが、

 「この度、ジャックのロスフェルド家より我らがレイト・キングダムのファンドに莫大な寄進を頂きましたので、此の場を借りてお礼申し上げまーす」


 拍手に促され、ジャックが答礼する。

 「スペイン傭兵部隊から除隊を余儀なくされ、ロスフェルドの家訓である各自新規創業のプレッシャーにジャンクして、メアリーと世界中を彷徨ったあげくに辿り着いたキングダムの酒と薔薇の日々。ヨナに目覚め、漸くやるべきことを見付けました。身は去れども、心は常に此のキングダムに在ります。

 色々と御世話になりました。行って来ます。サンキュー!」


 銀次郎から交代の料理人として、京都で和食修行を終えたイタリアの若き天才シェフ、アンジェロ・マルチーニの紹介があった。


 アンジェロが日本語で挨拶を入れる。

 「京都の修行に目処が立ったので、ヨーロッパに戻る前に、暫くファミリーの羊水に浸って、人生をリセットするつもりデース」


 銀次郎は虹色に発色するりんご大の蝸牛かたつむり殻を掲げた。

 「絶望の淵から救ってくれた癒しのキングダムに感謝を込めて、今宵は最後を飾るに相応しいアンジェロとのコラボレートです。

 メインディッシュとして、ヤシガニでもガサミでもなく、当農園特産の大蝸牛かたつむり、レインボー・マイマイと濃緑F1アボガドをチョイスしました。大麻の腐葉と黴に育まれた絶妙なでんでん虫とコンデンスされた森のバターの素敵なハーモニーを御賞味あれ!」



 パーティは銀次郎とアンジェロの大蝸牛エスカルゴ・アボガド料理に、昨晩同様、歌あり踊りあり、そして芸ありの盛り上がりだ。


 綺麗どころに囲まれて御機嫌なリュウに、ジャックが別れの挨拶をした。

 「明後日の一番船で発ちます。僅日の付き合いでしたが、教授とサチコに御会いできて良かった。御二人の目覚ましい変容に驚いています。今後の進展を見れないのが残念」


 「こちらこそ!君のお世辞にも上手いとは言えんボールジャグリングの芸を見れなくなるのは寂しい」*


 ジャックは名残惜しそうに手を差し伸べた。

 「明日一日、目一杯にお付き合いさせていただきますが、ファミリーとして、近々に会える予感がします。また会える日を。シャローム(心に平安を)!」



 宴もたけなわ、真紅のルビーを額に着けたヨーコが真っ直ぐにリュウを見つめた。

「リュウのために、思いを込めて踊るわ」


 盛り上がる拍手の中、タブラとシタールが鳴り響き、ヨーコが上着を脱ぐや、歓声と溜息が湧き起こった。

ラメに縁取られた真紅のスカート、宝石をあしらった透け透けの薄絹に白く豊かな乳房を揺らめかし、天女の舞が開幕する。


 足の指、手先の指に至るまでの官能的な意図、扇情的に腰を振り、石をも溶かす眼差し。

 拍手と歓声に舞を収める時、リュウは陶然と座していた。


 ユキに撫でられているダルビーが鼻息荒く吠えた。

 「バウ!何時見ても、何度嗅いでもヨーコには興奮するわう!俺が犬で無ければ、と思うがな」

 「ユキに愛でてもらいながら、勝手に発情してんじゃにゃあ。お前が犬でなければ触れても話しかけても貰えんさ」ソフィストが顔を歪めて笑った。


 踊り終え、そのままの衣装で側らに座ったヨーコにリュウは感嘆の言葉を告げた。

「無茶苦茶セクシーで超エロティック、完全にKOです」


 ヨーコは露なバストを誇示し、秘密めく耳元に口を寄せた。

 「スカートの下は何も着けていないの・・・・・・」



 ミキが奏でる哀調を帯びた詩の調べと、少女人形の舞。


 会場の片隅で、ほろ酔いのレイトとサチコは密やかに語り合っている。

 「ジャックの外人部隊を辞めた理由って?」

 「気になる?」

 「ハンサムガイのことは気になるわ」

 「人妻を巡り、誤って人を殺しちゃったらしい。男前過ぎて女難が絶えないみたいですよ」


 「至るところ人生ありね。ジーザーズ似の素敵な王子様も、色難が有り過ぎるんじゃなくって?」サチコがからかう様にレイトを見た。


 「人生は良いことばかりじゃないんです」と、レイトは首を横に振った。



 サチコは話を変える。

 「ところで、ナカマルの自動からくり少女って、精巧すぎて、無機質なロボットだなんて思えないわ。それに、ブロンドヘア、サイズ、表情から仕草と言い、ミキそっくりじゃなくって?」


 「そりゃ、モデルがナカマルの恋焦がれてるミキですから」

 「ヤッパリね!でも、……本物のミキよりかなり若いわ」

 「ミキが気に入らないのは、そこなんです。その上、開発のベースドールがフランス・アムール社のセックス人形ダッチワイフで、名前もミキコときてるんで」


 「ナカマルはミキに気持ちを伝えているの?」


 「それどころか、極度の緊張で話しかけることすら出来ないんです。

 彼の想いは一目瞭然ですが、ナカマルは見てのとおり、眇めで胴長短足・凹脚チビデブの禿げでドモリ、その上、貧農出身、中卒の時計修理職人の見習いで、劣等感の塊なんです。

 もっとも、その屈折した劣等感がマニアックな原動力になってる。彼は自称人形師ですが、知る人ぞ知る発明王で、ギネスに載る数を誇り、業界では天才を超えた鬼才だと呼ばれてます。

 申請さえすれば、今でも人形のメカニックだけでも特許がゴマンと取れるって」

 

 「確かに、あのドールの精巧さは、紙一重のなせる業だわ。……ま、そう言う私も、男性恐怖症のパニックアタックに参ってるけど」

 「僕だってそう。だから、サチママとは言え、女性とこんなにリラックスして話してるなんて、信じられないんです」


 「彼の自動人形はミキコだけなの?」

 「いえ、もう一体。アダム言うギリシャ彫刻顔負けにハンサムな漆黒の肌のエチオピア風男性人形が。時折、ナカマルの代理として出て来て、皆とコミュニケーションしてます」


 「エチオピア風って?」

 「一見見、完璧な男性。クールでセクシーなハイパーマシーンのセクソロイドで、モデルは不明だけど、多分に彼の成りたい理想の男性像なんです。

 それが遠隔の体感装置の操作でプレイボーイのアダムに成り切って、ミキを口説いたりもするんです」


 「スーパーな高度技術には畏れ入るけど、遠隔ロボットに成って好きな人を口説くなんて、病的じゃなくって?」

 「病的じゃなく、本当にストーカーで病気なんです。事実、覗きの常習で何度か挙げられてる」

 レイトは肩を竦めた。


 「それって、魔女ハナ施療はあなで何とかならないの?」

 「殻に篭ってるんです。ナカマルは最初のハアナ・ケアで一気に溢れ出た感情の奔流に圧倒され、自らの変革を恐れ、一回こっきりで頑なに施療を拒否してる」


 「辛くないのかしら?」

 「だからこそ、此処に居るんですが……」



 レイトはオタクのナカマルが、人形作りと別に、今現在、夢中で没頭している趣味として、小竜の知能開発に伴う文明啓発実験を話した。

 言語を始めに、棒や石の道具使用や火の起こし方、巣作り、酒食作り、浜ボウフウの栽培などの教示である。


 「日々、彼は小竜のコロニーに赴き、彼等の作るグアバ酒などによる歓待を受けながら、アルキメデスの玩具なる趣味で作った自動に動き回るビー球の機械などを小竜に見せたりして、反応を楽しんでいる。

 小竜は海綿が水を吸うように、色々な知識を吸収しているんです」


 「新たな文明の発芽ってこと?でも、それって、大事に至らないのかしら?怖いと言うか、何か心配だわ」サチコは不安そうに眉を顰めた。


 レイトはサチコの不安を払拭するかに言った。

 「草食の小竜は元々がイルカのように右脳派のヨナ系で愛情深く温和なんで、大丈夫っしょ!」


 レイトを見つめるサチコの瞳は濡れている。



 恋の炎が胸を熱く焦がす時、

 愛は深く海のように心を包む


 微睡まどろみ夢見てる間に、

 時は過ぎ行き


 苦しみも悲しみも遥かに、

 聴こえるのは永久の調べ



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