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癒しの国のヨナ  作者: 沙門きよはる
ヨナ・キングダム
3/23

癒しの世界

 小鳥の囀りと清かな早朝の香りに、リュウは目覚めた。


 白木の鎧戸の隙間から射す光の中、天井扇がゆったりと回っている。

 リュウは宿泊コテージのベッドに居るのが理解できず、辺りを見回した。

 着用している白いアラブ風の夜衣に着替えた記憶も無い。


 傍らのサチコは眠りの中におり、そうっとベッドを抜けてベランダに出た。


 朝靄を通して、風に摺りあう葉音が囁くように耳を擽り、孔雀とコンゴウインコの鳴き声が静寂を引き裂く。

 全てが生き生きとして、瑞々しい。



 サチコの声が一時の瞑想を破った。

 「良い香り!起こしてくれれば、良かったのに」サチコはベランダに出て大きく伸びをした。


 「気持ち良さそうに眠っていたんでね」

 「昨夜のパーティから寝るまでが思い出せないんだけど。この夜衣、リュウさんが着替えてくれたの?」サチコは両手を広げた。


 「それが、僕も後の方を憶えてない」

 「服の下はブラジャーもショーツも着けてないわ」

 「僕もパンツを穿いてない……」

 二人は顔を見合わせていたが、自然に笑いが込み上げて来た。



  ……  ……



 夜衣そのままに備え付けのサンダルを履いて、領内の漫ろ散策をする。


 極彩色のハコガメが羊歯藪から顔を覗かせ、紅ホロホロ鳥とクイナの群れが石畳の路を横切って行く。

 微風がゆったりしたクルタを通して素肌を心地よく吹き抜け、二人は風薫る爽やかな早朝の世界に浸っていた。



 サチコは立ち止まり、リュウの顔を見つめた。

 涙が溢れている。

 「これまでのこと、御免なさい。私、本当に馬鹿だったわ。

この逃避行まで、リュウさんを功名心の塊で愛の欠片も無い無節操な遊び人と思い込んでいたの。

……真一が死んで、変わったのは貴方で無く私だったんだわ」


 リュウは首を振った。

 「否、かえって良かったんよ。……こんなんでも無けりゃ、僕は自分を見失ったままだった。否、見失っていることすら、気付けなかった」



 一陣の風が木漏れ日を揺らすと、傷負いた男と女は一転して音の静止した目くるめく黄金の時に入り込んだ。


 湧き上がる少年少女時代のときめきの感動。

 それは、穏やかに、ゆったりと心地良く流れて行く。

そして、何もかもが鮮やかに輝きを増し、溢れる喜びに満たされていた。


 やがて、束の間の至福が消え去ると、全ての音が蘇った。



 背後から「御二人さん、朝から連れ立ってラヴラヴだなーも?」と、声があった。

 振り返ると、豹紋猫のソフィストが道端一杯に茂るジャスミンとメドウ・セージの花中から、のっそりと姿を現し、伸びをした。

 二人は声の主を探し、辺りを見回す。


 すると再び「何を見てるん?ここには俺様しか居にゃあだろう」と、ソフィストが大きな欠伸をした。


 「ウソ!猫が喋ってるわ!」

 二人は目を見合わせた。


 「猫じゃにゃあ。俺はソフィストって名前がある。それに、吃驚するようなことじゃなーも。俺たちは昔から話しかけているんだが、人間共に聴く耳がにゃあのよ」


 ソフィストは二人の脚を縫うように背中を擦り擦りし、親愛の情を示す。

 そして、「付いて来な!特別に、俺様お気に入りの秘密の花園へ案内しよう」と、立てた尻尾を揺らめかして歩き出した。


 「猫が話すなんて!夢を見てるのかしら?」


 「にゃーも!この世は全て夢のまた夢。俺様は水遊び好きなベンガル種と西表大山猫ピカリャーのハーフで、そこいらの駄にゃんとはちゃう」

 耳だけを動かし、豹紋猫は振り向きもせずに歩んでいる。


 「ソフィ!……君が人の言葉で話せるのを、ここでは皆知ってるの?」リュウは恐る恐る尋ねた。


 「キングダムでは生き物の全てが、テレパシーか共通のヒト語で話してるにゃあ」ソフィストは尻尾を大きく振った。



  …… ……



 大麻の茂る虹色マイマイ(レインボウエスカルゴ)の養殖畑から、迷路のような巨大羊歯とクワズ芋の生垣を抜け、案内したのは、夾竹桃と白薔薇に囲まれた水鳥と彩色古代魚の泳ぐパピルスの泉だ。


 泉の入り口には大きな青い琺瑯の鳥の餌台が置いてあり、色取り取りの小鳥(主にセキセイインコ)たちが群がって、山積みにされた餌を啄ばんでいた。

 鳥群は二人とソフィストの出現に慌てることも無く、清水を飲んだり、浴びたり、お祭りのようにはしゃいでいる。

 

 鬱蒼と深緑の枝を広げるガジュマルの根元に設置してあるベンチに寄り添い、二人はパピルスと大蓮の咲く長閑な水辺りの光景と小鳥たちの喧騒を観賞することにした。


 「血が騒ぎ、堪らなく捕らえたくなるんだが、絶対命令で、そうもいかにゃあのよ」

 清水で一浴びして毛繕いするソフィストは、水面を金色に跳ねるアロワナや目の前を行き来する小鳥に舌舐めずりをする。


 「絶対命令?」

 「神命王子レイトに、ドブ鼠と毒蛇ハブ、毒虫、そしてゴキブリ以外は襲っちゃならんって厳命されてる」

 「神命王子って?」

 「レイト王子は、額にウジャトの目を持ち神の言葉を告げる神聖にして侵すべからざるモノなんだにゃ」



 馥郁とした花の香り、蜜蜂が飛び交い、色鮮やかな蝶が舞う。

 亜熱帯早朝の穏やかな微風は木蔭の二人をうっとりと微睡みに誘い込んだ。




  ……  ……




 サチコが暑さを告げる蝉の音に目覚めると、ベンチに群がって覗き込んでいた小鳥たちが一斉に飛び立った。

 何時の間にか、ソフィストは居なくなっている。


 「大変、朝食に遅れちゃう!」サチコは慌ててリュウを起こした。



 ハナがガーデン専用の電気(燃料電池?)自動車で現れた。


 「お迎えに参りました!皆待っていますので、車に乗ってください」

 「此処に居るのが如何して?」

 「王国では、スパイ網が張り巡らされ、全てが筒抜けなんです」

 ハナは冗談めく片目を瞑った。


 「夜衣のままだし、起きぬけの素っぴんを曝すのは恥ずかしいわ……」

 サチコが食堂への直行を躊躇する。


 「全然大丈夫!クルタは夜衣だけじゃなく、外衣兼用ですし、それにサチコはそのままでも十分過ぎるほど御綺麗です!」

 ハナは明るく屈託無い。



 行きすがらに、ハナが告げた。

 「今日と明日そして明後日の御二人のスケジュールは、マッシーのマリン・ダイヴィングの講習になってます!私達も御相伴に与って、ビーチ・ピクニックと繰り込むわ!」


 「ダイヴィングだって?」

 リュウは思いもかけないスケジュール設定に耳を疑った。


 「手話とエスペラント語習得、それに海中ダイヴは当キングダム・ファミリーの必須なんです」

 「ちょっと待って!僕はやっと泳げる位で、いきなりダイヴィングなんて無理も良いとこ……」

 「全然OK!マッシーはスーパー教え魔で、如何なことでも、楽しく簡単に習得させちゃうの」と、全く意に介さない。


 「それに、サチはパニック・シンドロームなんで……」

 「それなんですが、これはサチコとレイを癒せる千載一遇のチャンスだと思うの」


 「私とレイ君の癒しですって?」

 「生存本能を利用するんです!二人には男女を超えた強い絆があるので、大自然の海中で命を預けあう二人三脚のダイヴは、男女のトラウマを払拭するのに有効だと思うの。

 それに、はあなとホメオパシーを併用すれば、相乗効果でバッチリだわ!」


 「はあな?」


 「七つのチャクラを、特別なブレンドオイルと光波で活性化し、体内エネルギーのバランスを整えるの。それに祈りの力を併用すれば、運命やDNAですら変るんです!」

 「運命やDNAを?」

 「通常一割しか働いていない脳が、倍以上に活性化し、明確な自己認識とホメオスタシス(生体恒常性)が超常的に働くの」

 「それって……?」

 「私達の体内に潜む竜の血に働きかけるんです。癒しのみならず、多様な可能性を秘めているのよ」



 一頻り、ハナはハアナと心理療法における独自の見解を述べてから、「御免なさい。心理学の大先生に聞いたような口を利いちゃいました」と、首をすくめた。


 「いや、畏れ入った!ハナは一体、何処で、それらを?」


 「インドのダラムシャーラーでチベット医学を主にアーユルベーダ等を四年間、ドイツのデュッセルドルフでクラシカル・ホメオパシー、ロンドンでアロマセラピーを五年ほど。

 後、妖精農法のフィンドホーン農場やUSのルーサー・バーバンク品種改良研究所等で数年間ブラブラしてました。はあなはその集大成なんです!

 ミキとヨーコは、その頃からのサニヤシン仲間で、十数年来の付き合いなの」


 「サニヤシンって、パグワン・シュリ・ラジニーシの?」

 「良く御存知だわ。今は改名して、和尚オショーですって」

 「聞くほどに大変なキャリアだけど、一体全体ハナって御幾つなの?」サチコは腑に落ちない様子だ。


 「九月で四十二に成るんです……」


 二人は驚きに目を見張った。

 「ウソでしょう!ハイティーンの御嬢さんにしか見えないわ!」

 「ボンヴォール(ありがとう)!そう言うサチコだって、五十過ぎには全然見えないわ。それに、ここでは暦年齢が有って無いようなもので、当てにならないんです」ハナの返答は謎めいている。


 「暦年齢が無い?」


 「ジャンとムネコのダニエル夫妻って、何歳位だと思います?

 ジャンはパリ栄光の二十年代の映画監督で、八十は越えてるわ」

 「ウソ!幾らなんでも、若過ぎるわ!」


 「ジャンは、ドイツのレニ・リーフェンシュタール等と映画仲間として知る人ぞ知られたフランスの監督なんです」

 「リーフェンシュタールって、ヒットラーのベルリンオリンピックを制作した美人の監督さんでしょう?」

 「女優だった彼女に監督業を勧めたんですって。それが、戦後に謂れもないナチ協力者の汚名を浴びせられ、フランスに居た堪れなくなり、石をもて追われるようにキングダムに辿り着いたの」


 「優雅で気楽そうな初老のカップルに見えるのに」

 「人は誰しもが、夫々に重荷を背負って、生きているんです」


 「あら、癒しの魔法使いさんにも、悩んだりすることが有るのかしら?」

 「それが、有り過ぎると言うか、色々と重いんだなあ……。

 ロシアの無医村で魔女として火炙りにされそうになったこともあるんですよ。

 ……危うくマッシーが救い出してくれて、それが、彼との馴れ初めですけど……」



 「暦年齢なんだが、夫人のムネコはジャンよりも可なり若く見えるけど?」

 リュウが話を戻した。


 「ところが、翻訳家でもあるムネコはジャンより四歳年上なの。それが、此のところ二人とも年々歳々若返ってる感じで、あの通り年齢不詳に成っちゃってるんです」


 「若いって言えば、シゲ爺も若い」

 「若くなったのよ!当初なんか、殺人未遂の傷害罪で追われ、歳以上に老けて、心身ともにボロボロだったんです」

 「殺人未遂の傷害罪?」


 那覇で少女を強姦しようとした米兵二人組を、怒りに任せて唐手で、半死半生の再起不能にぶちのめし、逃げ込んで来た事情を話した。

 「……本人は、やり過ぎたって深く後悔しているわ」



 サチコは気になっている昨夜の自分たち二人の顛末を尋ねた。


 「御二人とも大分酔っていたようですけど…?」

 「いえ、私達の着替えを如何したのかと」

 「サチコはマミちゃんとユキちゃんが、リュウさんはレイがアシストしてました。あれ、逆だったかな?」ハナはくすっと笑った。



 猫のソフィストが話しかけてきたり、小鳥たちのお喋りを話すと、ハナは目を丸くした。 

 「早!もう、目覚め始めたんだ!」

 「目覚める?」

 「サチコもリュウも、此処にいるファミリー全員がヨナのハイブリットなの。私たちが此処に居るのは偶然じゃないんです」


 「ヨナ?」


 「テーマは愛と和。霊的遺伝子に、出生の異なる竜血のヨナが眠っているの。ヨナが自らに目覚めると、あらゆる物に知性が宿っているのに気付くのよ。

 人は皆、夢と現の狭間に存在する世界をホンのちょっと垣間見てる。キングダムは啓示を受けたレイトが、マッシーと共に創り上げたそれらへの入り口なんです」


 「ソフィや小鳥たちと話せたり、聞いたり出来るってこと?」

 「それと、精霊や妖精たちとも触れ合えるんです」

 「妖精って、メルヘンの挿絵なんかにある?」


 「形態は様々だけど、動物から木石に至るまで、世界ガイアは愛と知性に溢れているわ」

 ハナの顔はほんのり赤く染まっていた。



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