与那国幻想
飛行三十分、飛行場に群れる与那国馬を追い払うように着陸する。
コバルトブルーの空に入道雲が立ち上る、閑散とした田舎の空港だ。
地を跳ねる真っ赤な人面バッタ、飛行場を駆け巡る与那国ポニー。
「隣の牧場の柵が壊れていて、何時もこうなんです」
カイトが馬の群れを指差し説明する。
タラップから改札口まで歩きながら、二人は長閑な風景に懐かしいような不思議な気分に囚われていた。
「デジャヴかな?以前に来たような……」
「私もそう。妙に懐かしい感じ!」
リュウが声を潜める。
「ところで、……カイトって、何処か真一に似てない?」
「リュウさんもそう思って?年ごろと言い、髪型と言い、真一がブロンドに成り、蘇ったって感じよね」
改札口を通ると、赤いバンダナの若者が声をかけてきた。
「宿はお決まりっすか?」
「宿泊案内?」
「はーい!安くて親切、至れり尽くせりの富久山荘っす」
カイトが呆れたように言った。
「アツシさん!また客引きやらされてんの?」
「おお!カイト!こちらの紳士淑女は知り合い?」
「ママとボクの憧れの先生なんです」カイトはサチコとリュウに目配せする。
そして、口添えした。
「季節労働者が中心の宿で、余り立派とは言えないんですが、ボク的には雰囲気が温かく、飯は美味いし、居心地が良いんです」
「個室を二部屋取れるかしら?」サチコが尋ねる。
「ジャス タイミング!続きの一人部屋二つがちょうど空いたところっす。
富久山荘はカイトっちとは親戚同様の付き合いなんで、何かと融通も利きますんで……」
「OKよ!カイトの懇意じゃパス出来ないわ」
「よっしゃ!八人の相乗りになるんで、そこのワンボックスカーで待ってて下さい」
上客ゲットに若者は嬉しそうだ。
「富久山荘なら途中なんで、ウチが送っていきます」
と、カイトが申し出た。
「了解!じゃあ後程、富久山荘で」
若者は次なる客を求めて、他に声をかけている。
…… ……
真っ赤なオープンのアメ車に乗ってカイトママのミーコが迎えに来た。
年の頃は三十半ばと言ったところ。サングラス、タンクトップに薄絹のショールを纏ったスレンダーな妙齢の美女だ。
「ドゥナンで、憧れのカゼノサチコ先生御夫妻に御会いするなんて、夢みたい」
ミーコは大興奮だ。
「こちらこそ。最果ての地で私のファンに会えるなんて地獄に仏だわ」
「如何いたしまして、ここは最果ての地獄どころか、常世の国に最も近いハイドゥナンが開く島なんです」
「ハイドゥナンって?」
「常世の国の扉なの。運が良ければ、見つけれるかも。宜しければ、ドライヴがてら明日にでも島の案内をして差し上げましょうか?」
「ワオ!図々しく甘えさせていただこうかしら」
サチコの声が弾む。
「お邪魔虫が、ついでに乗っかても良いですか?」
と、リュウが自らを指差した。
「モチロンです!リュウ先生のことは良く存じ上げていますので」
リュウは罰が悪そうに顔を曇らせ、帽子を取った。
「破廉恥な放蕩おやじで、世間を騒がせています……」
ミーコは手を振った。
「いえ、華麗な艶話の方じゃないです。私、心理学専攻なんで、学生時代に先生の著書を何冊か読まさせていただいたんです。
その節は時代退行ヒプノの考察にハマっちゃいました。先生は私にとって、憧れの師なんです」
見つめる熱い視線に、リュウは照れたように尋ねた。
「じゃあ、ヒプノの体験も?」
「それが、チャンスが無くて……。興味有り過ぎなのかも」
ミーコは明るく屈託ない。
民宿富久山荘は昼間から季節労働者による屋外宴会で盛り上がっていた。
乗りの良い二人は忽ちに嘗て知った仲間のように同化し、深夜まで強かに飲んだ。
そして驚いたことに、レイトの懇意にしていた泊まりの宿が、何と富久山荘で、誰もがレイトとマッシーとハナを知っているとのこと。
「彼等は富久山荘の伝説なんです」
宿主の富久山は誇らしげだ。
…… ……
朝食後早々に、ミーコとカイトが島のガイドのために迎えに来た。
「九部良港まで車で行って、其処から船で島を一周するように手配しました。今日は概ね海上からのガイドになりますので、水着をお忘れなく」
「水着?」
「ここは与那国、奇跡の海を楽しまなくちゃ!」
助手席にリュウ、後部シートにはカイトとサチコが座り、島内一周に出発する。
出発間もなく、カイトがバックシートから身を乗り出し
「ママ!与那国馬が前方に!」
と、注意を促した。
昨日、空港を走り回っていた北牧場のユマの群れがゆったりと道路を横切っている。
停車していると、先頭を歩んでいた赤毛が車に歩み寄り、話しかけてきた。
「ようこそ(ワーリィ)ドゥナン!俺はザド。昨日空港で拝見したんが、今日はミーコたちと観光かヒ?」
リュウがさらりと応える。
「与那国をガイドしてもらってるんよ!君たちは散歩かね?」
ザドは棒立ちに上がって嘶いた。
「ブヒヒ!俺たちは姿形が異なれど、魂は同じ。時が来たら、心置きなく語り合わん。良き旅を!」
ユマが立ち去るや、ミーコが興奮した口調で言った。
「先生たちも他種の命と会話できるんですね!」
「他種の命……?」
「私たちは全ての命と意思の疎通ができるヨナなのよ。私たちがサチコのエッセイに惹かれるのも当然だわ」
リュウがヨナの意味を尋ねる。
ミーコは代々に伝わるヨナの特徴と霊的な種類分けを掻い摘んで話し、
「……と言うことで、私たちヨナは愛と和に生き、イルカ(ピットウ)のように右脳思考の存在なの」
と、締めくくった。
一行はダンヌ浜から人頭税悲劇の九部良バリを抜け、日本最西端港の九部良港に至った。
「此処からセーリングボートで島を一周します」
「ヨットで?」
「元夫のビヨンが八人乗りスループの共同オーナーだったんです。事情を話したら、キャプテンが島の海一周のガイドを買って出てくれたの」




