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例えばテレパスが人類に広まった場合

作者: 尾野建

クリニックの医者は昔のオペラを楽しみ、食事の匂いと味を楽しみ、映画をみて泣き、娼婦アンドロイドと肌を重ねることを好む、変人だった。


どの医者も、君の経歴はすばらしいし、私たちのテレパス治療を受けたあと、サイキックサーフィンでサイコ空間を泳ぎ、六感で好きなことを楽しめば、すぐに欝など治ると言うが、彼は治った試しがない。だが、この医者は、そいつらとは少し違う話をした。


「君の経歴はすばらしいが、君自身の能力は低い、とそう思い込んでいる。けして低くないとは思うがね。君は、流れに身を任せるのが不安なんだ。スムーズに社会の高いところまで上り詰め、しかし、それは親や周りの援助があってからこそ。もし、すべてが崩壊して、すべてなくなった時、そのことを君は考えて、不安なんだろう。君のような患者は昔も今もよくいるよ。つまり、将来が不安なんだ。そして、若干完璧主義の気質があるね。だから、何をするにもおっかなびっくりだ。君の気分を言葉にして例えるなら、コンクリート詰めにされて、東京湾に沈んでいくような感じだろう?」


「先生、ぼくの精神分析は、よくわかりました。けれど、僕が一番知りたいのは、僕はいったい何をすればいいのかということです。これから、僕は一体何をすればいいのでしょうか?」


「皆がそうしているように、サイコ空間にアクセスして、娯楽を堪能すればいい。どのクリニックも、そう言うだろうね。だが、ダメだったから君はこんなところまできたのだろう?」


「そうです先生」


「じゃあ私は君にこう提示しよう。音楽を聞くことだ。サイコ空間に溢れている。概念的ロックサウンドのことじゃないぞ。生の声だ。声楽だ。べつに音楽じゃなくてもいい。大昔にあった、朗読CDなどもあるぞ。君さえよければかしてあげよう」


「そんな古いものを引っ張り出して、どうしろって言うんです?」


「古いからこそ、いいのだよ。ジョン。六感ではなく、五感を使うのだ。テレパシーで感じるのではない。肉で感じるのだよ。君だけじゃない。今の社会はひきこもりがちだ。みんんがみんな、情報を共有するものだから、生の感触をしる人間が乏しくなっている。生など下等だという人はいるけれどね。しかし、私は生こそ上等だと思うね。とりあえずこのCDをかしてあげよう。ビートルズだ」


「なんですこれ? 甲虫?」


「太古の昔、その音楽は、時代をも動かしたのだよ。ジョンレノンは自らの肉声で社会を変えようとしたのだ。偉大な歌なら、君の欝もすぐに治ることだろう」


ジョン・ドゥは家に帰り、早速CDを聞いた。プレイヤーも医者に借りた。

軽快な音がなった。現代の音楽基準からすれば、雑音に等しいものだった。だが、男が歌声を放ったとき、すこし高く、綺麗な男の肉声が響いたとき、衰えた鼓膜には刺激がつよく、少し耳が痛かったが、ジョンの気分は羽のように浮いた気がした。


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