第三話《ドリット》
先日、感想、アドバイス等下さった方へ。
この場を借りてお礼申し上げます。
本当に有難う御座いました!
ψCentauriⅡ
昼時の酒場は、夜の刻より遥かに寂れている。
それは旅人の中に、夜時、いわゆる、辺りに街人や村人が少ない時刻の方が、仕事上効率が良いと言う輩が多いからだろう。だからこの現象は、旅人にとっては日常茶飯事だった。
けれど、今回はそれに加え、街に恐怖を撒き散らしていた賞金首が捕まった、或いは殺された為、流浪の賞金稼ぎ達が街を後にしたこともあり、酒場内の人数は更に少なくなっている。
いずれにしろ、酒の匂いを嫌うレーヴェにとっては、嬉しい光景にすぎなかった。
先程頼んだ水を飲み干して、机に置いた懐中時計を手に取る。
細かな鎖、複雑な模様が刻まれた蓋、その全てが白銀色に輝いているのを眩しく感じながら、無造作に時計の上部を押した。
ぱかっ、と、軽い音をたてて開いた時計は、歯車を軋ませながら時を刻んでいる。けれどそれは少し狂っていて、本来の時刻より遅れていた。
「……またか」
ねじを巻き、針を正しい場所に戻してやる。すると針は何事も無かったかのように廻り、また時を刻み始めた。
両親の形見。
そう言われ、村を立つ際に兄から渡された時計は、勿論レーヴェにとって大切なものだ。けれど、同時に複雑な気持ちを起こさせるものでもあった。
両親は生きている、そう信じたい。否、信じている。
だからだろう、形見という言葉に、僅かな憤りを感じていた。
「水の追加、いるかい?」
無表情で時計を凝視するレーヴェに、脇からぶっきらぼうな声がかかった。時計から視線を外し、そちらを見ると、無精髭を生やした店主の人懐っこい笑みが目に入る。
少し驚いたような顔をすると、彼は歯を見せて笑いながら、水の入った を掲げて見せた。
レーヴェは時計をテーブルに置くと、店主に笑みを返しながら、
「お願いします」
そう言って、コップを手に取った、まさにその時。
がっしゃぁぁんッ
突如轟音が響き、彼等の目前に木屑が舞い上がった。
木が軋む音を残して、店内が一瞬にして静まり返る。何かが酒場の屋根を突き破り、テーブルに着地したのだ。
誰もがその何かを凝視する中で、レーヴェは一人息を呑んでいた。
それは、絶句する程に美しく、漆黒よりも黒い――――
夜色。
そう呼ぶに相応しい色彩が、彼の目前を閃いていたのだった。
「下だ!!」
今度は頭上から苛立った男の声と、複数の足音が聞こえた。見上げると、先程破られた穴から四人の男が顔を覗かせ、夜色――夜色の外套の人影を睨みつけている。
男達はロープはどこだ、武器を用意しろ、などと口々に言うだけで、なかなか降りようとしない。
レーヴェはそんな男達の様子を見上げながら、無意識に懐中時計を手に取った。
「ん?」
けれどざらざらとした妙な感触が指先に伝わり、手元に視線を移す。
そして、絶句した。
それと同時に人影がテーブルから飛び降り、出入り口に向かって駆けだした。その時、視界の端で何かが光ったような気がして、反射的に振り返る。
白銀の懐中時計だった。
それは人影の手に握られながら、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。
取り違えたんだと思った。しかし冷静な思考は激しく脈打つ心臓と衝動に掻き消され、何もかもよく分からなくなってくる。
「ちょっと、君っ!?」
仕舞いには体が勝手に動き出し、人影を追って外に飛び出してしまっていた。
‡ ‡ ‡
レーヴェは逃げていた。
どうしてこうなったのかは、自分でもよく分からない。
分かることといえば、人影を見失い、男達に追われているということ。しかも男達は疲れを知らず、なぜか武器を振り回して延々と追ってくる。自分を人影の仲間とでも思いこんでいるのだろうか。
とんだ冤罪だ。そう思いながらも逃げるしかない状況に、レーヴェはただただ疲れ果てていった。
「何なんだよ彼奴等……!うわっ!?」
背後を見やりながら吐き捨てた最中、不意に誰かとぶつかり、体勢を崩した。
なんとか転がりそうになるのを堪え、ぶつかった相手に軽く頭を下げる。本来は言葉で詫びるべきだろうが、近づいてくる追っ手を警戒し、そのまま身を翻した。
その時、丁度前方に路地裏への入り口が見えてきた。
「しめたっ!」
思わず加速して、路地裏に飛び込む。
そこは思った通り人気が無く、丁度いい具合に薄暗い通りだった。
息を切らしながら、剣の柄に手をかける。
強引に振り切ってやろうと思っていた。四対一で不利ではあるが、問題無い。剣の腕には自信があった。
「ん……?」
しかし、細い路地裏の中に、更に狭い通りを見つけ、剣を鞘に収める。
壁に手を付けて中を覗くと、そこは様々な機械に邪魔され先がよく見えないが、僅かな隙間を縫っていけば向こう側に出られそうだった。
ここなら大柄な男達は入って来れない、というより、まず見つけられないだろう。
レーヴェは自身の運の良さに感謝しながら、嬉々として路地に飛び込んでいった。