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序章《アンファング》
第九章 ―夜行列車―
或る世界、夜の刻にて。
「綺麗な月ですね」
旅人は列車の窓から空を眺めていた。その顔には柔和な笑みが浮かんでいて、向かいに座る私も思わず微笑んだ。
「でも……」
しかし、不意にその表情が雲る。
「今夜が、最後だ」
旅人は悲しげな表情で私に向き直った。
私は怪訝に思い、旅人に何事かと尋ねようとした。しかし旅人は曖昧に笑い、気にするなと首を振るばかり。
仕方なく、私は黙った。
旅人も黙っていた。
今夜最後の列車は、私と旅人と、僅かな沈黙だけを乗せて疾走する。街を、野道を、まるで切り裂くように。
ふと、私は窓に目を向けた。列車は既に街を抜けていたようで、外には黒い海が広がっていた。
「ああ、そうだ」
突然、旅人が思い立ったように呟いた。
「貴方にはまだ、聞いていなかったな」
紅い瞳で、私を真っ直ぐに見据える。
そして、問うた。
「貴方が旅をする理由は何ですか ?」
それから幾日。
世界からは夜が消えた。
そして旅人とも、再び会うことはなかった。
―――――『旅記 第九章』 シュテルン