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「あなたには、何が見えているの?」

作者: 八巻孝之
掲載日:2026/10/14

 子どもが何もない場所を見つめている。隣に立って同じ方を見ても何があるのか分からない。何も見えないと言いかけて、その横顔に目を向ける。目を細めながら何かを追いかけるように視線を動かしている。こちらには見えない何かが、その子の目には確かに映っている。しばらくして子どもが笑う。何を見つけたのか尋ねるより先に、もう一度その視線をたどってみる。何も見つからない。それでも、すぐには目を離さずにいる。


「あなたには、何が見えているの?」

 子どもが誰もいない場所に向かって笑っている。その視線を追ってみても、そこには草が生えているばかりで笑いかける相手など見当たらない。何がいるの、と尋ねると嬉しそうな答えが返ってくる。教えられた場所へもう一度目を凝らすと、風に揺れる草の葉が見える。何かを見つけた喜びに頬を輝かせている子どもの隣で、同じものを見ようとしているのに、その笑顔の理由だけがどうしても見つからない。


 りおにはモニという友達がいる。ほかの人には見えなくても、りおには見える。モニと過ごす時間には誰かに確かめてもらう必要のない楽しさがあり、雲の形を面白がったりブランコを揺らしながら話をしたりするうちに、いつの間にか時間が過ぎていく。周囲の子どもたちには一人で遊んでいるように見えても、りおの隣にはいつもモニがいる。りおが笑うとき、その笑いには相手がいる。


 ぺけという男の子が現れる。ぺけにもモニは見えない。それでもりおと遊ぶことはできる。やがて周りにはほかの友達も増え、誰かと笑い合う時間が賑やかになるにつれてモニの姿は少しずつ薄くなり、声も匂いも以前ほど確かではなくなっていく。新しい友達ができたことは嬉しい。それなのに、ふと目を向けた先にいつもいたはずのモニが見つからない。りおは何度もその姿を探す。薄くなってもいなくなるわけではないとモニは伝えるけれど、見えにくくなった友達を探す寂しさは、楽しい時間の中にも忍び込んでくる。


 誰かと最後に遊んだ日のことを覚えているだろうか。学校からの帰り道、明日も会うつもりで別れた友達がいる。曲がり角で手を振ったのか何も言わずに走って帰ったのか、もう思い出せない。名前を聞けば顔が浮かぶ人もいれば、顔だけが残って名前の出てこない人もいる。思い出の中ではいつまでも同じ年頃なのに、いま会えば互いに気づかず通り過ぎるかもしれない。それでも、あの頃の笑い声が不意に耳の奥へ戻ってくることがある。


 古い写真を眺めているうちに、写っている人よりもその場にいなかった人のことが懐かしくなる。写真を撮る前に帰ってしまった友達や、いつも隣にいたのにその日だけ姿の見えない誰か。写真の端まで目を凝らしても、そこにいるはずのない人が見つかるわけではない。それなのに顔を思い浮かべようとすると、先に声が聞こえたり歩き方が浮かんだりする。写真を閉じたあとも、その人だけがしばらく心の中を歩いている。


 ぺけはモニを見ることができない。りおが何を見ているのか分からないまま、それでも一緒に遊ぶ。相手の見ているものを自分も見なければ友達になれないわけではない。りおがモニと過ごした時間をぺけが知ることはできず、どれほど親しくなっても互いに知らないままのことは残るだろう。それでも、目の前で笑っているりおの中に自分の知らない世界が広がっていることまで、否定する必要はなかった。


 何年も聞き慣れていた声が、たった一言で知らない人のものになる。冗談を交わし同じ出来事を笑い合ってきた相手が、こちらの思いもしなかった言葉を口にする。昨日までと変わらない顔を前に何を言えばよいのか分からなくなり、返す言葉を探しているうちに、これまで気にも留めなかった沈黙の長さが急に気になり始める。相手は何も変わっていないのかもしれない。ただ長い年月を一緒に過ごしたというだけで、その人の見ている世界まで知っているつもりになっていた。


 りおの世界にぺけが現れたように、新しい誰かとの出会いはそれまで知らなかった自分にも出会わせてくれる。昨日まで一人で面白がっていたことを今日は誰かと笑い合い、相手の言葉につられて思いがけないものを好きになる。自分とは違うものを見ている人と並んで歩いているうちに、見慣れた景色にも知らなかった表情が生まれてくる。モニと遊んでいたりおが、ぺけとも遊ぶようになる。その間に何かを捨てなければならないわけではない。


 子どもの頃、雲を見上げて飽きなかった時間がある。動物に見えた雲が風に押されて形を変え、さっきまであった耳が消えて長い尻尾がほどけると、そこからまた別の生き物が現れる。何に見えるかを誰かと競いながら、空が暮れていくのも忘れていた。いま同じ空を見上げれば、雨が降るかどうかを先に考える。雲の名前を覚え、天気を予想することもできるようになったのに、あの頃のようにいつまでも空を見ていることは少なくなった。


 それでも見慣れたものが、ふと別の姿を見せることがある。夕暮れの窓に映った自分の顔が外の景色と重なり、ガラスの向こうの街とこちら側にいる自分とが、しばらく同じ場所に浮かんでいる。明かりが変わるにつれて顔は薄くなり、やがて外の景色ばかりが目に入るようになる。映っていた顔がなくなったわけではない。ただ見えるものが変わっただけなのに、さっきまでそこにあったものを、いつの間にか探さなくなっている。


 モニの姿も、りおの目に少しずつ薄くなっていく。見つけられない寂しさを抱えながらも新しい友達の声に応え、りおは遊びの輪へ入っていく。モニと過ごした日々には自分にしか見えないものを大切にしてきた時間があり、ぺけと出会ってからの日々には、自分とは違うものを見ている誰かと同じ時間を過ごす楽しさがある。どちらか一方だけが本当のりおなのではなく、モニと笑い合った時間もぺけと遊ぶ時間も、途切れることなく一人の少女の中に続いている。


 モニの声も匂いも、りおの記憶の中で少しずつ薄れていくのだろう。あんなに親しかった友達の顔さえ思い出せなくなるなんて、今のりおには考えられない。それでも、誰かの話に耳を傾けながら、自分には見えない景色をその人の目を通して思い描くことがある。モニと遊んだ日々を思い出すこともなく、あの頃と同じように目の前にはないものを心の中に描いている。


 子どもが何もない場所を見つめている。隣に立って同じ方を見ても何があるのか分からない。何も見えないと言いかけて、その横顔に目を向ける。目を細めながら何かを追いかけるように視線を動かしている。こちらには見えない何かが、その子の目には確かに映っている。しばらくして子どもが笑う。何を見つけたのか尋ねるより先に、もう一度その視線をたどってみる。何も見つからない。それでも、すぐには目を離さずにいる。


「あなたには、何が見えているの?」




絵本『みえないおともだち』

― あなたには、何が見えているの? ―


見えなくても、心にはちゃんといる。


少女りおには、ほかの人には見えないおともだち「モニ」がいます。一緒に遊び、笑い、同じ時間を過ごす、かけがえのない存在。けれど、新しい友達との出会いを重ねるうちに、モニの姿は少しずつ薄れていきます。


見えなくなることは、いなくなることなのでしょうか。子どもの頃、私たちは何を見て、何を信じ、何を大切にしていたのでしょう。

大人になるにつれて忘れてしまうもの。

目には見えなくても、心の中に残り続けるもの。

そして、自分には見えない世界を、誰かが確かに見ているということ。


『みえないおともだち』は、想像することの豊かさ、友情、心の成長、そして他者の世界を理解することの大切さを描いた絵本です。


子どもたちには、想像する喜びを。

大人たちには、忘れかけていた幼い日の記憶を。

親子でページをめくりながら、心に浮かぶ「見えないおともだち」について語り合っていただけたら幸いです。


2026年12月1日 発売予定


『みえないおともだち』

作:八巻 孝之

絵:かとう ゆき

発行:文芸社

定価:1,320円(税込)


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 異国で暮らすようになり、人との違いや目には見えない孤独について思いを巡らせる時間が増えました。そんな日々の中で生まれたのが、絵本『みえないおともだち』です。

 見えなくても、心にはちゃんといる。少女りおと、りおにしか見えない友達「モニ」。二人の物語には、想像することの豊かさや、誰かと心を通わせる喜び、そして成長の中で少しずつ変わっていく世界への思いを込めました。

 この絵本が、全国の学校や幼稚園、保育園、図書館など、子どもたちが本と出会う場所にも届くことを願っています。そして物語を読み終えたあと、子どもたちと一緒に「自分には見えない誰かの世界」について思いを巡らせていただけたなら、作者としてこれほどうれしいことはありません。

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