AI生成 :約3500文字 :AI
「あ。ほら、これ見てくれよ。おれの、かーのじょー」
「ほー……」
夜のコーヒーショップ。
店の前でばったり田ノ上と再会し、そのまま二人で店に入った。高校時代はよくつるんでいた仲だったが、ここ数年はろくに連絡も取っていなかった。久しぶりに顔を見た瞬間、懐かしさが込み上げ、どちらからともなく「少し話していくか」という流れになり、窓際の席に腰を下ろした。
ガラス越しの通りはすっかり夜の色に沈み、通行人はまばら。店内は空席のほうが多く、控えめなBGMが流れていた。
仕事や他の同級生の近況などを一通り話し終えたところで、おれはスマートフォンを取り出して画面を見せた。
そこに写っているのは、おれの彼女である。別に自慢したかったわけではない。驚くほどの美人というわけでもないし、普通の女の子だ。ただ、会話の途中でちょっと間が空いたし、友人だからなんとなく報告しておこうと思っただけだ。
だが画面を見せた直後、少し後悔した。そういえば高校時代、二人でよく「彼女ができない」と嘆いていたのだ。もっとも、本気で落ち込んでいたわけではない。半分冗談、半分愚痴という程度で、何なら田ノ上には実は彼女がいるんじゃないかと疑ったことすらあった。たまにこそこそとスマートフォンを見ていたし、おれに話を合わせてくれているだけなんじゃないか、と勝手に僻んだこともあった。
だが、もし今も恋人がいないのだとしたら少し悪いことをした。単なる近況報告のつもりだったが、自慢話に聞こえたかもしれない。それだけならまだいいが、傷つけたかもしれん。
そう思い、おれはゆっくりとスマートフォンを下げた。
「それ、AIだろ?」
「……え?」
田ノ上はストローを咥えたままへらへらと笑った。おれは意味がわからず、小首を傾げた。
「AIって?」
「AI生成だろ?」
「AI生成……って、あれか。AIに指示するだけで画像や動画を簡単に作れるってやつ……」
おれは使ったことがなかったが、この手の技術は近年めざましく進歩しているらしい。アイドルや女優の画像を水着姿に加工して問題になったとか、規制すべきだとかいう話をニュースで見た覚えがある。ほう、そんな技術が出てきたのかと少し感心したが、自分には関係ない話だと思っていた。
記憶をたどりながら答えると、田ノ上は堪えきれないというように吹き出した。
「ははは! 白々しいなあ!」
「ははは……。えっと、これのことか?」
おれはスマートフォンの画面を指さした。
「いや、普通に撮ったやつだけど。一緒に動物園に行ってさ――」
「はいはいはい! そういうプロンプトね!」
「え?」
「気をつけな。意外とわかりやすいからさ」
「いや、だから実在すんだけど……」
おれは困惑したまま呟いた。AIで作ったと言われると妙にもやもやした気分になる。彼女は実在しているというのになんとも釈然としない。ネットで拾ってきた画像だと言われたほうが、まだ納得できるくらいだった。
田ノ上は腕を組み、したり顔で頷いた。
「ははは、いやあ、目を見ればわかるんだよ。不自然。それから肌ね、肌。綺麗すぎるんだよなあ」
「え? ああ、まあ少し補正がかかっているからな。でも、ほとんど変わらないし、自然な感じだと思うけど」
おれはそう言って、もう一度スマートフォンの画面を見せた。
「はいはいはいはい、なるほどねえ。まあ、地味でちょいブスにしたところはリアリティがあるけどさ、見抜けるよ」
「いや、ブス言うなよ。実在するっての」
「まー、まー、そういう人もいるけどね。AIで彼氏とか彼女を作って、本気で付き合ってるつもりになってるの」
「いや、だからおれは違うって。ほら、他の画像もあるし」
おれはそう言ってスマートフォンのアルバムを開いた。公園やレストラン、カフェなどで撮った写真がずらりと並んでいる。だが、田ノ上は画面を眺めながら軽く顎をしゃくり、「はいはい」と気のない相槌を繰り返すばかりだった。
「うんうんうん。何枚でも作れちゃうからね。画像をアップロードして、『この人物を水着にしてー』って言うだけでさ」
「詳しいな。やってんのか?」
「別にぃ……まあ、無料ユーザーだと一日に作成できる画像枚数に制限があるけど翌日にはリセットされるし、十分だよな。むしろ毎日の楽しみになるというか。最近、エロいのは規制され始めたけど、それはそれで抜け穴を探すのが楽しい……らしいな」
「いや、絶対やってるだろ」
「とにかく、バレバレだから、『彼女』っていうのはやめたほうがいいぞ?」
「いや、だからさ……」
どうもおかしい。最初は単純な嫉妬だと思っていた。おれに彼女ができたことを認めたくなくて意地になっているのだろうと。久しぶりに会った友人から恋人の写真を見せつけられたら、多少ひねくれた態度を取りたくなる気持ちもわからなくはない。だが、それにしても妙に熱量があった。
どうやらこいつ、本気でAI生成だと信じているらしい。
おれは彼女との出会いから、ちょっとした癖や好きな食べ物、趣味、写真を撮った場所に至るまで思いつく限り話した。だが、いずれも「なるほどねえ。そういう設定ね」の一言で片付けられた。
なんだか彼女の存在そのものを否定されているようで腹が立ったが、よく考えてみれば、おれは残酷なことをしているのかもしれない。
「猫がクマを撃退する動画とかさー、最近流行ってるやつってだいたいAI生成なんだよなあ。それで再生数を稼いで金になるから、みんなやってるんだろうけど、いや結局、人間って金が絡むとほんとどうしようもないよなあ。AIに同情するよ。エロ画像を大量に作らされたりして無駄に働かせすぎって話。ははは! まあ、おれはそんなにエロいのは作ってないけどね」
サンダルにジャージ、無精髭。とても仕事帰りには見えず、たまには外の空気でも吸おうかとふらりと出てきたような恰好だった。その身なりからおれはもっと早く察するべきだったのかもしれない。そういえば風の便りで大学を辞めたと聞いたことがあった。詳しい事情は知らないが、その私生活は推して知るべしだ。
おれは田ノ上の話に頷きながら「そうだな」「すごいな」と当たり障りのない相槌を打ち続けた。
今度、飯でも奢ってやろう。おれは胸の奥にしくしくとした痛みを覚えながらそう思った――そのときだった。
「あ、あ、あ」
「た、田ノ上?」
突然、田ノ上が目を見開き、固まった。
「ほ、本当にいたのか……」
「え? ――あっ」
おれは田ノ上の視線を追って後ろを振り返った。すると、レジカウンターのあたりに見覚えのある顔があった。
彼女だ。いつの間にか店に入ってきていたらしい。
「あ、あ、ありえない……AIじゃないのか、AI、AI、AI……」
「怖っ。別にそこまで驚くことじゃないだろ」
「そうか、待ち合わせしていたのか……」
田ノ上は大きく息を吐き、力が抜けたようにがっくりと俯いた。そのまま死んだみたいに黙り込んでいたかと思うと、やがてすっと顔を上げた。
「おめでとう」
その表情は、まるで憑き物が落ちたかのように驚くほど晴れやかだった。そのあまりの豹変ぶりに、おれは思わず慄いた。
「あ、ああ。ありがと……」
「いや、それならそうと早く言えよな。ははは」
「いや、言っていたけどな……」
「じゃ、おれは退散するとしますかな。うんうん。あ、一応挨拶くらいはしておくか。はははは」
「いや、どうかなー……」
おれは頭を掻きながら曖昧に笑った。
「ん? おい、向こうの席に行っちゃったぞ。呼んだら?」
田ノ上は身を乗り出し、おれの肩越しに向こうを覗き込みながら言った。
「いや、まー……あとでいいかな」
「あとで? でもほら、探してるぞ……えっ」
田ノ上は腰を浮かせたまま目を丸くした。
「おい……男といるぞ。いいのかよ!」
「男ー?」
おれはちらりと振り返り、首を傾げた。
「いや、いるだろ」
「それより、これから飲みにでも行くか。奢るよ」
おれはそう言って椅子から立ち上がった。
「いや、彼女はどうすんだよ……え? 彼女だよな?」
「あー……」
「いや、え? え? お前……まさか、ストーカー……?」
田ノ上は顔を歪め、後ろへ身を引いた。
おれはしばらく黙り込み、やがてふっと笑ってから静かに答えた。
「愛(AI)だよ」




