真実の愛を貫きたいけど将来の王座も捨てたくない。そうだ、身体が二つあればいいんだ!
童話とか昔話テイストを目指しました。
「すまない、エリザベス。私は真実の愛を見つけてしまったのだ」
悲痛そうな顔でほざく婚約者を眺めながら、私は今、人生で最大の戸惑いを得ている。
「とはいえ、アリサと結婚したい、などと言ったところで、未来の王太子妃としてそなたに何らの瑕疵がないことは、流石の私も分かっている。ちょっと小言が多くて可愛げがないが、美人だし……他に並ぶもののないほどの資質に、公爵家という今の王家が喉から手が出るほど欲している大きな後ろ盾。そんなそなたを勝手に婚約破棄などしたら、王命に逆らったとして廃嫡待ったなし。アリサと結婚するどころか、離宮で儚くされるのが関の山。そもそも、アリサは男爵令嬢。王妃などとても務まらないだろうし、側室はおろか、妾にするのも難しい。というか、彼女を日陰の身分になどしたくない。となれば、私が王族の身分を捨てるしかない。だが、任せられる弟がいるとはいえ、私としてもこれまで頑張って目指してきた王になる未来を捨てるのもかなり惜しい」
可愛げがない、あたりで扇を開いていた私は、扇の裏で奥歯をぎりぎりと噛みしめながら殿下の語りを咀嚼する。天を仰ぎ見たり腕を大げさに振ってみたり、芝居がかった動きが一々鼻につくが、歌劇のように、公衆の面前で婚約破棄などと言い出さなかっただけ、マシと思うべきだろうか。中途半端に現実が見えているが故に、かなり最低なことを宣っていることにまでは思いが至らないようだが。
「矛盾する究極の二択。王座を取り愛を捨てるか、愛を取り王座を捨てるか。私は何日も悩んだ。ワンコインハゲが出来るくらい悩んだ」
見て見て、と言わんばかりに髪をかきあげた後頭部には、確かにハゲが出来ている。
「そしてある時、気づいたのだ。身体が一つしかないからどちらかしか選べないのだ。ならば身体をもう一つ得ればよい、と」
その寝不足の深夜テンションで思いついた結果が。
「「というわけなんだ」」
今ステレオでこちらにバッ、と手を広げている二人の殿下ということらしい。
〇
一人は真実の愛とやらのお相手、アリサ嬢の腰を抱き、もう一人は私の前に跪き、私の手を取って甲に口づけようとするのをぺしっ、と払いのけつつ、私は痛む頭を抑えながら考えを整理していた。
「まずは……そうですね、どうやって、とお聞きしておきましょうか。どうやって御身体を得たのですか?」
「昔宝庫に忍び込んだときに三人で見つけた、王家に伝わる秘宝があっただろう?」
「……まさか、『非常時以外、絶対に使うなよ!』と初代国王陛下御自ら注意書きをされた、≪願いの宝珠≫ですか?」
「Exactry」
「な、このバ、あれは魔王災害などのための備えとしてあるのであって、絶対に個人の欲望を叶える為に使うものでは……」
「エリザベス、知らんのか? ”絶対にやるなよ!”というのは、”やれ”、ということなのだ。市井で流行っているクラブ・オストリッチという三人組の大道芸人の鉄板ネタでな、公務をサボってお忍びでアリサとデートしていたときに知ったのだ」
堂々とサボって浮気していた発言をするな。知ってはいたが。
「いえ、絶対に使うな、というのは、絶対に使うな、という意味でしかないと思うのですが。そもそも、初代国王陛下の御代にはそやつらはいなかったでしょう……」
「確かに! でも、もう使っちゃったもん」「なー!」
いえーい、と二人の殿下が四つの腕で大きな丸を作るのを前に、私は殺意を抑えるのに必死だった。お気に入りの高級な扇の骨にヒビが入った。
「お二人の……意識は、どうなっているのですか? どちらも殿下ご本人なのでしょう?」
「どちらも私だが、別人ではある。感覚や記憶といった体験は共有されず、それぞれの身体に結び付いているようだ。でも、考え方は全く一緒だから、じゃんけんが一生あいこになるのが不思議で面白いぞ」
「いえ、そんなことはどうでもよろしい。要するに、一人はこのまま王太子として。もう一人はアリサ嬢と共に生きていきたい、と」
「そういうことだ」「流石、理解が早いな」
こいつら、分裂したことで頭の中身が半分になっていないだろうか。
私はしばらく考えてから、はぁ、と深く息を吐いた。
「……市井に下る方の殿下は、別の身分を用意して、髪や瞳の色くらいは変えていただく必要があるでしょうね。当然、王族としては未来永劫扱えませんよ? 子供を作っても、その子が王族となることはない。殿下の子だ、などと主張しても、もう一人の殿下が王宮にいるのですから」
「勿論理解している。国に無用な混乱を招きたい訳ではないからな」
今! 私が! 無用に混乱しているのですが!
と叫びたいのをなんとかこらえ、私はもう一人の当事者に話を振った。
「アリサ嬢はそれでよろしいのですか?」
「はい! 私、ずっとエリザベス様に申し訳なくて……。最初は強引に引きずりまわされていましたが、あまりにも殿下のお顔が良、いえ、殿下に絆されて、そのうち私の方も……。身を引くしかないと分かっていたのに、ずるずるとここまで関係を続けてしまいました。いずれ領地に戻る身、一時の思い出だとずっと自分に言い聞かせておりましたが、殿下がこうしてでも私と一緒にいようとして下さったとなれば、私も責任を取ります!」
珍しい淡い桃色の髪に可愛らしい小顔。庇護欲をそそるようでありながら、どこか芯の強さを感じさせる。立場的には敵ではあるが、なるほど魅力的な人物であるように私には感じられた。身を引くつもりでいたというのも、まぁ本当のことだろう。
「殿下が王族でなくなっても? 本当は私を引きずり降ろして、王妃になりたいのではなくて?」
「見くびらないでください! 私のような無教養者に王妃など務まるはずがありません!」
一応の確認と、少しの嗜虐心で言ってみれば、堂々とした答えが返って来た。いや、この胆力ならば案外やってやれないことはないのではないかとも思ったが、余計なことは言うまい。
「それに、私は殿下のがいけ、いえ、人となりを心からお慕いしているのです! たとえ王子様じゃなくなったとしても! どうせこれまでチヤホヤ傅かれてきたお坊ちゃんが一緒にあくせく働いてくれるわけないのでヒモコース一直線が見え見えでも! 外に遊びに行かないようかんき、いえ大事に囲って養っていく覚悟です!」
「「アリサ!」」
馬鹿二人(一人?)は歓喜しているが、よく聞かなくても色々酷いことを言われているのは聞こえなかったのだろうか。
「……確認だけど、髪と瞳の色は変えるのよ?」
「パーツが好きなので!」
「そう……よく言ったわ。」
私はアリサの瞳のなかに、確かな狂気……もとい覚悟があるのを見て、私は馬鹿の片割れの管理を任せても良いと判断した。
そうとなれば……あとはこの馬鹿馬鹿しい話を、持てる力を使ってどうにか取り繕うのみ。私は早速信頼できる侍女に、実家に持たせる手紙を書いて渡した。
〇
そうして、二人の王子はアベルとカインとなり、それぞれの場所で、それぞれの伴侶と幸せになりました――とは、童話の世界でもならないだろう。
二人に分かれても本人の性質はそのまま。体験を共有している訳でもないとなれば――自分が体験しなかった生活を欲しがるのは、当然と言えた。
数年が過ぎて。
王太子となったアベルは強すぎる王太子妃の影のような、傀儡のような生活の中でアリサを恋しがり。
市井に下ったカインは、アリサとの恋の熱が冷めれば華やかな王宮生活を恋しがった。
二人には分かっていた。もう一人の自分も同じように考えているだろう、と。
だから、二人は入れ替わることにした。そうすれば、自分が味わえなかった体験を味わうことが出来る。主に王太子となった方のアベルが手引きして、周囲の目を盗み、二人の王子は入れ替わった。
だが、今更入れ替わったとて、過ぎ去った時間は戻らない。
アベルは久しぶりに再会したアリサを見て愕然とする。アリサは領主として働くうちにあの頃の純真可憐さは失われていたし、質素なデイドレスで執務に励む様子には好感こそ覚えたが異性としての魅力はもはや感じなかった。王都と違って碌に娯楽のない男爵領で、ほとんど軟禁のような生活。探せばいくらでも仕事はあるし、充実した生活を送れるのだが、これまで全ての予定を周囲に決められてきた王子にそのような発想はなかった。
一方、久しぶりに王宮に戻ったカイン。王太子妃エリザベスは一男一女を設けていた。高級で上品な最新流行の衣装で身を包み、何人もの侍女に手入れされ、ますます美貌に磨きのかかったエリザベスは劣情を誘ったが、当人は伴侶に興味がなく、食事と公務の時以外は顔を合わせない。夜の営みに誘っても、子供たちが生まれた以上その義務はなくなったはず、と取り付く島もない。昔考えていた政策はとっくに実現済みだし、むしろ世情が変わって公務についていけなくなっていたため、すぐに淫蕩に耽ることとなった。
思っていたようなものではなかったとはいえ、退廃的で刺激的な生活は男爵領にはなかったものだ。男爵領から王宮に戻った方の王子カインは、今の生活を失うことを恐れた。
もう一人の自分アベルがすぐに王宮生活に戻りたがることは分かっていた。だから、王宮に戻った今だからこそ使える力を使って、もう一人の自分を消すことにした。
そして――
〇
「エリザベスよ、アベルの国葬の差配ご苦労であった」
「もったいないお言葉にございます」
王宮内、王族用の談話室にて、私は国王陛下から労いの言葉を賜っていた。
「そなたを解放してやりたい気持ちもあるが、王として、今後の国政を思えばそなたほどの人材を手放すわけにもいかぬ。すまぬが、喪が明け次第、次に立太子するヨセフを夫として、支えてほしい」
「陛下。私はもとより国に嫁いだものと考えております。ただ、ヨセフ様が私を望まぬようであれば、陰からお仕えする道もありますので」
「その心配はございません、エリザベス殿下」
傍に立っていたヨセフ殿下が、跪き私の手を取って口付けた。
「兄の手前、これまでずっと心を殺して参りました……喪も明けぬうちですが、私があなたを喜んで妻に迎えるつもりであることは、どうか御承知おきください」
「まぁ……御心、うれしく思います。御国のため、精一杯お支えさせていただきますわ」
茶番であることを知りながら、二人はにこりと微笑み合った。
〇
――二人になった王太子アベルの対処をするなかで、魔塔に調べさせて見解を求めた結果、分かったことがある。
たとえ身体が二つになったとしても、魂が一つである以上、いずれかの命が尽きたとき、もう一つの命も尽きるであろうこと。
そして、二つになった身体はこれ以上の矛盾を生じさせないために、子孫を残せなくなるということ。
私は国の為に次代を産む必要があったのだ。
了
ギャグテイストからの意味怖な終わり方。いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけたなら幸いです。
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活動報告にカットしたシーンを載せておきます。
〇簡単な人物紹介と蛇足&補足
アベル(カイン):本作の馬鹿王子(王太子)。真実の愛をどうにか成就できないかと本人曰くハゲが出来るまで熟考した結果、王家に伝わる宝珠の力を使って二人になった。代償として命をもう一つの身体と共有しており、また、子を作れなくなった(本人は知らない)。アリサに熱を上げる前までは彼なりに真面目に頑張っていたし、エリザベスを嫌いだった訳でもない。中途半端に現実が見えていた結果、婚約破棄が無理筋であることは分かっていたこと、また、今更王になるのを諦めるのも嫌だな、ということでパワープレイで解決しようとした。ただし後のことまでは考えていなかったためエリザベスに処理を任せた結果、エリザベスには早々に見限られ、挙句自らの欲に負けて身を亡ぼすことになった。アリサを諦める、あるいは王になるのを諦める、のどちらかが出来ていればそれなりの幸せを得られていただろう。名前は聖書のカインとアベルの兄弟の一説からだが、単にもう片方を殺すというところから当てはめただけなので、本来弟であるアベルの方が先。
エリザベス:元公爵令嬢、現王太子妃。国に嫁いだと思っている、などと言っているとおり、子供の頃から国母としての覚悟がガン決まっている。王家の子を産みたいが、夫に種がないのなら、ある奴から貰うしかねぇということで、ヨセフと密通していた。なお、アベルとの同衾は幻覚作用のある香を焚いて躱している。わかりにくいが、結婚した現夫ではなく、未来に夫になることが分かっていた(アベルが自爆しないはずがない)ヨセフに操を立てた形。ヨセフに対しては恋情はあるが、あくまで国の将来のために必要な男だから愛情を捧げる、という感覚。アベルが分裂などせずアリサと別れ真面目に国政に励んでいたら、それなりに彼を愛し支えていたことであろう。アリサに関しては、在学時代は良い感情こそなかったが、本人がよくよく弁えている様子だったので見逃していた。二人になった王子の片方を引き取らせた時点で、ノーサイド。監視は付けるが、王太子妃と女領主というだけの関係になった。
ヨセフ:宝珠によってアベルの存在の抹消を目論んでいたがアベルに宝珠を使われたことで台無しになったため、待つこととなった。とはいえ、幼い頃から恋していたエリザベスと早々に関係を持てたため待つことも苦ではなかった。アベル(カイン)が放蕩に耽るようになってからは王太子の仕事も肩代わりし、徐々に外堀を埋めていた。ところで、ヨセフの計画が実行されていた場合、アベルはいなかったものとして最初からヨセフが長子かつ王太子であったかのように世界が修正されていたが、その場合代償としてヨセフから生殖能力が奪われ王家の血筋が危うくなっていたと思われる。
アリサ:男爵令嬢、のち女男爵。学園でアベルに口説かれ、最初は逃げたかったものの隠れた恋に溺れていく。とはいえ自分の能力や身の程はよく弁えていたためエリザベスを引きずりおろしたいとか、アベル王子に身分を捨ててほしいとまでは思っておらず、卒業したら終わりの関係と覚悟していたが、アベルが二つ目の身体を作ってまで自分と添い遂げるというので、それならばそこまでさせた責任とそこまでしてくれたことに対する愛情をもって引き取るか、と決意した。と同時に心の奥底に溜めていたほんのりヤン気質が顔を出すことになり、結婚後は予想通りヒモと化したカインを適度に躾ながらよく養った。諸々の大変な処理を引き受けてくれたエリザベスには深く感謝しており、一臣下として遠くから支える所存。自身の不在時に行われたアベルとカインの入れ替えには恐らく気づいていたが、どちらも本人という感覚を持っていたので愛情は変わらなかった(アベルの方は久しぶりに会ったアリサへの気持ちが冷めてしまったため、アベルになってからは夫婦関係はなかった)。カインとの間には子供が出来なかったため、後に養子を迎えそれなりに幸せに暮らした。
≪願いの宝珠≫:王家に伝わる秘宝。おそらく神器的な何か。王家の血を引くものが願ったことが叶う(使い切り)。願いを叶える時点では特に代償は必要ないが、厳しい世界意志的な何かがしっかり制裁を加える。過去に使われた際の教訓から世界滅亡クラスの危機の際以外は使ってくれるなよ、との初代様のありがたい書き置きがあったが、若者の欲望の前には無意味であった。所詮王子の身体を増やすネタありきのご都合主義装置なので、そんな気軽に使えちゃっていいのかとか、すぐバレるやろとか、なんでこの時代まで残っていたのかとか、この後魔王が復活したら世界はどうなっちゃうの、とか気にしてはいけない。
クラブ・オストリッチ:オストリッチ=ダチョウ




