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 アラームが鳴るより早く目が醒めたのは、物騒なにおいが鼻に飛び込んできたからである。

「あっ……、天鳥ッ」

 ベッドから転がり落ちて、左足に絡みついたタオルケットを蹴り飛ばしながらキッチンへ飛び込むと、まだシャワーを浴びていない天鳥が、

「あ、起きちゃった」

 と気まずそうに振り返っていた。

「起きるに決まってんだろ……、おい、お前、何をやった、どんな危険なことを……」

「落ち着いてよ、そんな無茶なことなんてしてない。ただちょっと、目玉焼きを作ろうと思っただけじゃないか。それと、せっかくだからコーヒーを」

 どうしてそんな無茶なことをと、清継は頭を抱えてしまった。

 何もかもを容易くこなせる浅野天鳥は、依然として料理だけは全く出来ない。

 出来ないのならばしなければいいのだけど、何でも出来てしまうがゆえに、かえって上手く出来ないことに執着したい気持ちになってしまうようだ。その点、「何をやらせてもだいたい……」と思っている清継が、自分にできることだけやっていたいのに、生活のため不得意なことも手を出さざるを得ないのとは全く別の話。

 歯を磨いて顔を洗って服を着て、

「可愛くない?」

 同意を求める天鳥の淹れたコーヒーを飲む。今日も目が醒めるほど、いや、醒めすぎて、世界の見え方が変わってしまうぐらいに苦い。

 清継の住む世界は、相変わらず痛みと苦しみに満ちている。今日も世界からどんなつらい一撃を喰らわせられることになるかと想像すると、この苦い一杯は免疫と言ってもいい。世界には害意が満ちている。

 世界はそうであることをどうしてもやめられない。今日より明日は確実にクソになる。そんな世界であっても清継は生きていかなければいけないのは、相変わらず将棋が上達しなくて、彼の永遠の寂しさから解放してやることが出来ないからだ。

「まだ時間あるからさ、一局指そうよ」

 朝食を片付けて、代わりに将棋盤が乗る。二人で暮らして一年半になるこの部屋の、すっかり日常となった光景である。

 目下のところ、飛車と香車を落としてもらってやっと将棋をやっている雰囲気が出るぐらいのもの。

 以前、こころみにとても強いと評判の将棋AIと対局させたことがある。現役最強、天才棋士の羽村怜士だって好勝負、時に敗れることもあるという相手に、天鳥は三局やって三局とも勝ってしまった。

 これあんまりやらないほうがいいねと天鳥は言った。あんまりやると寂しくなっちゃうから。

 まだこの星には、天鳥と渡り合える棋士はいない。

 ということは、やっぱり清継がそれにならなければいけない。

 はたして来世で足りるかどうか。清継だってこのところ、ちょっと時間ができればアプリで将棋を指すし、将棋道場に通うということさえするようになった。一歩外に出るとどこからどんな不意打ちを受けるかと恐れていた清継としては偉大なる一歩である。人と知り合って、その人がどんな思想の持ち主で……、という枠ではなく、ただ盤を挟んで無言の対話を行うだけなのだから、平和だし、ストレスは限定的である。

 で、将棋道場では「このお兄さんなかなか強いね」「ああ、結構やるよねこの人ね」「勉強熱心なんだよね」なんて言葉を頂戴している。

 その人たちがどんな思想を携えて生きているか知らないけれど、みんな死なないでいて欲しいと清継は願う。

 だからせっせと駒を動かす。動かしたすえ、今日も、いよいよ指す手がなくなった。

「負けました。……この将棋つよつよ星人め」

 天鳥は子供のように無邪気に笑って、

「まあ、ね。でも地球人には伸び代があるよね」

 なんて憎たらしいことを言う。成熟しているつもりでいるのは人間だけで、万能さと引き換えに料理の才能を失って生きる宇宙人から見れば未熟もいいところ。しかしまだ人間なるものに希望を失わずにいてくれるのならば、人間として今しばらくは、生きていく方向で物事を調整しなければならない。

 二人の部屋のインターフォンが鳴った。

 駒を片付ける手を止めて清継が出て行ったドアを開けたところに、アンくんが可愛い妹と一緒に立っていた。

左右(@sayuu_band)の楽曲より詞の一部をお借りしています。

小説中に詞の一部を使用したいという申し出を快くお許し下さったこと、そしていままでもこれからも、わたしの数ヶ月後の予定となってくださることに、心から感謝いたします。

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