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9/9

第9話 休日出勤①

休日は自宅警備員に励んでいる律が、街に引っ張り出される回です。

引っぱり出してくれる女の子がいる青春ってどこで買えばよかったんですかね??

土曜日。


毎日毎日早起きし、汗水たらしてきつい坂を上り勉学に励んでいる自分を労わってやるのが週末の休みである。

特に土曜日はアラームをかけずに眠りにつき、昼頃のそのそと起き出すのが俺のルーティンだ。


邪魔するものは誰であろうと容赦はしない。排除するのみ。


まあそもそも、イベントなどを除き、基本的にぼっちの週末のメニューなど――


「溜まったアニメ・ラノベ・漫画を消費する」

「ダラダラとゲームをやる」

「YouTubeを垂れ流す」


……くらいしかない。


あと憂慮すべきは友人との遊びの予定などだが、その肝心の友人が当然いないので考慮する必要がない。


お前ら、親泣かすなよ。


俺? 俺の親はもう泣き疲れて涙も出ないそうだ。


閑話休題。


しかしだ。

そんな俺がなんと、なぜか、朝早く横浜駅にいる。


「なんだってこんな人が集まるとこに休日出勤しなくちゃなんねんだ……」


最近買った黒レザーの腕時計をチラと見ると、針は9時45分を指している。


普段ならまだ布団でぬくぬくと惰眠を貪っているころだ。

そろそろ一度目が覚め、二度寝の検討をしているくらいだな。なお承認率は驚異の100%。ザル決裁にもほどがある。


なぜそんな俺がこんな時間に、こんなところにいるのか。


ことの発端は昨夜に遡る。


***


金曜日の夜を謳歌すべく、俺はベッドに寝そべりスマホをつついていた。


すると、家族からしか来ないはずのLINEにいつの間に通知が来ているのに気づく。


家族は家にいるのでわざわざLINEなんて使わない。俺はたまにやるけど。


どうせ、この間クーポンにつられて登録した店の広告だろうと納得しかけたところで、修学旅行の班の連中と交換したのを思い出した。


誰かがグループ結成の挨拶メッセージでも飛ばしたのだろう。


こういうのは即返すと「ウキウキしてる」だの言われて不快なので、ちょっと間を置いてほかのメンバーが返信し始めてから返すのが鉄則だ。

集団の真ん中あたりの順番を狙うと目立たなくてよい(俺調べ)。


さらに、時間が夜ならばあまり既読の付かない23時頃に返すとなおよい(俺調べ)。


この程度の判断、的確な情報処理と豊富な経験で数多の死線をくぐり抜けられなかった俺には造作もない。死んじゃってるしさ。


かくにも、そうして俺はYouTubeのサーフィンを再開したのだがーーーーーーー。


「まさか神崎からの個人メッセだったとは……」


横浜駅の柱にもたれかかり肩を落とす。


そう。

あの通知はグループ結成の挨拶などではなく、神崎真白個人からのメッセージ通知だったのだ。


最初の通知に気づいてからなかなか他の奴らが挨拶しないなと違和感を覚えるも、23時になってから考えればいいかと放置した自分が恨めしい。


23時になってノロノロとLINEのトークを開いた俺は、なぜ通知が増えなかったのかを否が応でも理解させられた。


画面には――


『黒瀬川君、明日10時に横浜駅ドトール前集合ね!』


という文字。


気づいてすぐに慌てて「いや、明日は予定があってだな」という返信をするも、一向に既読がつかない。


俺の思惑通りではあるのだが、今はついてほしかったな、既読!


そうして24時まで待ってみたけれど、結局「送信取消」を押下し、メッセージを削除。


代わりに「了解」とだけ返信することになり、現在に至るというわけである。


別に、「明日は用事があるから」とでも入れておけば済む話だ。


そもそも、翌日の朝集合の誘いを前日の夜に送って投げっぱなしにしているのも悪いだろう。


なんなら気づかなかったふりをして、昼にでも「ごめん、今見た!」とでも言えばいい。


そうしたらきっと、神崎も何も気にせず流れていく、そんなちっぽけな話。


だけどなんとなく。

俺は人の時間を奪うことに何も感じない人間になりたくないのだ。


俺が行かないという返事をしようが、気づかなかったふりでやり過ごそうが、俺の返信を待たずに神崎が寝てしまった以上、10時の待ち合わせに向けて神崎が早起きするのは確定している。


そして、予定が流れたことを理解して、少しだけ残念な顔をする神崎を――なんとなく見たくなかった、というだけの、つまらない話。


……休日に女の子に誘われて浮かれたわけでは決してない。断じて違う。あなた、間違っていますよ?


***


とまあ、ここまでが俺の尊い休日が破壊されることになった顛末である。


布団を脱ぎ捨ててこんなところまで来てしまった以上、何かしらは得て帰らなくてはならない。


にしても今日ってマジで何をするつもりなんだろう。


横浜だから大抵のものはあるし、買うにも食うにも遊ぶにも困らないだろう。


しかし「女子と二人で」となると急にわからなくなってしまう。


無論、俺はこんな経験自体初めてなので、テンプレすらわからない。


……神崎発案なんだし、あいつに任せよう。


思考をやめた俺のほうに、軽い足音が近づいてくる。


「黒瀬川君、おはよう! 来てくれたんだ!」

「その反応はおかしいでしょ……」


休日を破壊した張本人のお出ましである。


ていうかその口ぶりだと来ない想定だった感じじゃない?

いなくてもスルーで勝手に物事進む感じだったんじゃない?


自分が乗り込む10時発の帰りの電車を検索していると、神崎がぱん! と手を合わせてウィンク。


「ごめんね、待った?」

「いや。5分前に来たとこだし、そもそもまだ10時になってない」

「黒瀬川君意外とその辺きっちりしてるよね」

「ああ。俺は人を待たせたことはないぞ」

「え、それはすごい。気を付けてるの?」

「そもそも人と待ち合わせること自体がないからな」

「悲しい理由だった!」


でも気にするタイプなのは本当だ。


待たせると相手に貸しを作ったみたいで面倒だからな。

待つのも怠いが、どっちかというとマシ。


「で、今日は一体何をさせられるんですかね」

「いやいや、そんな構えなくても。ただ遊ぼうってだけだよ」

「あれ、そうなのか」


思い出されるは修学旅行の行先アンケートのお手伝いである。


あれも半ば強制だったし、今日は何が飛んでくるか身構えていたのだが。


「修学旅行に向けて色々買いたいものがあるんだ。カバンとか、洋服とか。あ、あと靴とかもそろそろ擦れてきちゃってるからそれも買わなきゃ」

「女子は色々大変そうだもんな」


なるほど、見えてきたぞ。


「俺は今日荷物持ち要員で呼ばれたってことでよろしいか?」

「よろしいわけないでしょ。黒瀬川君も一緒に見て回るの」

「なにを?」

「服とか。いろいろ。あと服の感想欲しい」

「いやそういうのは俺みたいのじゃなくて他のやつに頼んだ方が……」


実際、俺の服のセンスはものすごく平凡な自覚がある。


よく言えば基本を押さえているが、悪く言えば無難で地味なのだ。


今日だって上から白シャツに黒ズボン、焦げ茶色のスニーカーというチョイスで、少し人ごみに紛れれば似たような人間が多すぎて二度と見つけ出せないのではないだろうか。


ただ、男のファッションは黒、白、ネイビーあたりを被らないように組み合わせておけという絶対的な原則さえ外さなければ、基本的に逸脱した服装になることはない。


それに対し、今日の神崎の服装、もとい女子の服というのは、あまりにアイテムごとに多種多様に枝分かれし、複雑化しすぎており、どうにも男には難しすぎるというのが正直な感想だ。


今日の神崎の服装はいつもの制服姿とはまるで違う。


肩までの髪をサイドテールにまとめ、水色のシュシュで軽やかに結わえている。


白いシフォンのブラウスは、胸元に細いリボンタイが揺れ、袖口はふわりとしたパフスリーブ。


その下には、淡いブルーの膝丈スカートだ。


正直言って、とても似合っていると思う。


すれ違った人の中には振り向く人もいたし、今だって何人かはこちらをちらちらと見ているのを感じる。芸能人かなんかか?


では、こんなレベルの女子の選んだ服を、果たして正確に評価できるのだろうか。


答えは否である。


色の組み合わせだけならまだしも、正直、素材とかの相性とかも絡んできたらもうお手上げで――なんならChatGPTにでも聞いた方が百倍マシというところだ。


こうやって人間はAIに仕事を奪われていくのである。……違うな。


「こういうのはいろんな人の意見が欲しいの。ね、お願い!」

「……役に立つかわからんぞ」

「立つ立つ~! ありがと、黒瀬川君!」


まあここまで来てしまっている以上、すでに俺の休日は破壊しつくされ原型を留めてはいないのだ。


であればもう流れに乗って流されるしかあるまいーーーーーーー。


……ん?


コイツ今変なこと言わなかったか?


いろんな人?


まさか。


ある可能性に思考が至った瞬間、後ろから肩を組まれる。


「よう、おはようさん。二人とも」

「……やっぱりか。太刀川」

「なんだよ釣れないな。せっかく休日に集まってんだしテンション上げてけよ~」

「今急激に下がったところだ。なあ神崎?」


ジトっとした目を向けると、主犯は口笛をぴゅーぴゅーと吹いて目を泳がせていた。


コイツ、全部計算してやりやがったな。


てか待て。太刀川がいるってことはーーーーーーー。


「やっほーーーーー! 皆揃ってんね!」

「おはよ」


元気いっぱいの挨拶をする篠宮と、簡素な挨拶をする桐谷がやってきた。


なるほど。


つまりこれは――「修学旅行班で遊びに行って親睦を深めよう企画~!」ってやつらしい。


俺はこめかみを押さえながら、歩き出す彼らに付いていくしかなかった。


結局、女子と二人でも、男女五人でも、俺にとってはどちらも未知なのだ。


ただ一つだけ確かなのは――。


ふと横を歩く神崎が楽しそうに笑っていて、俺の胸がほんの少しだけざわついたこと。


それは休日の尊い平穏が削られた証拠であり、同時に、案外悪くないことなのかもしれない。

第9話でした。

①ということで、次回は②、実際に遊びの回になります。

仕事が忙しく、次回は10月11日(土)20時を予定しています。出せそうなら前倒しで出します。

ブクマ、感想、評価つけてくれたら本当にうれしいです。

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