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第6話 兆候

6話です!

班決め前半戦です!

太刀川思ったよりいいやつになってっておもろいです。

 教室は、いつものざわめきに少し色が混じっていた。

 黒板の隅に大きく書かれた「修学旅行 班決め」の文字。

 チョークの粉がまだうっすら残って、窓からの光に細かく舞っている。


 あの連絡から二日――休み時間はずっとこの話題で持ちきりだ。

 机がずるずると寄せられ、4人、5人と島ができていく。笑い声、安堵の声、落胆の声。教室は騒がしくも浮き足立ち、イスの金具が床を引っかく音まで、どこか弾んで聞こえた。


 俺? もちろん動かない。

 どうせ最後に余ったやつが俺のところに回される。もしくは俺が埋め合わせに突っ込まれる。

 ボッチの未来なんて、だいたい単純にできてるもんだ。あとは水が低い方へ流れるのと同じで、自然にそうなる。


 ――そう思っていたのに。


 ふと教室を見渡すと、余りそうなやつは俺だけじゃなかった。

 声をかけられずに所在なく机に突っ伏す男子。タイミングを外して「誰かと決めちゃった?」を繰り返す女子。黒板の前でプリントを抱えたまま立ち尽くすやつ、くじを提案して全力で却下されているやつ。

 (……なるほど。俺だけじゃねえのか)

 苦笑いが漏れた。自分のことだけ眺めている分には無風でいられたのに、他人の分の“余白”が視界に入ると、そこに風が吹く。


「ねえ、黒瀬川君」


 真横から声。

 振り向けば、いつもの優等生スマイルを浮かべた神崎真白――ではなかった。クッソ真顔だ。え?


 あれ以来、俺たちの間に関わりはない。

 怒られたまま終わってるから笑顔じゃないのは分かるけど……なんでそんな殺気立ってんの? 正直めちゃくちゃ怖い。

 にしても、顔整ってる人の真顔って圧あるよな。このままじゃ圧死するわ。


「黒瀬川君は、誰と組むつもりなの?」


 ……普通に班決めのことだった。

 俺は肩をすくめて軽口を返す。


「俺と組んでくれるお人好しがいればな。ま、いないけど」


 軽く流したつもり――だったが。

 神崎はジト目になり、唇をきゅっと尖らせる。


「……ふーん」


 ぷいっと横を向き、頬がわずかに膨らんで見えた。指先で髪の先を摘んで一度だけくるりと巻いては離す、あの癖。短い沈黙ののち、彼女は女子の輪へ戻っていく。

 完璧な笑顔で「そこは二日目の夜に回そう?」なんて進行しているはずなのに、背中だけは、どこか拗ねているようで。


 (……あれ。なんかやっちまったか?)


 担任が「くれぐれもケンカすんなよー。決まらなかったら俺が決めるから」と気の抜けた声で言って、教室の熱にさらに火をくべた。

 そのくせ配られたプリントは雑にコピーされた初版で、余白に「班名」「メンバー」「行程」と四角が並んでいるだけ。あの小さな四角い空欄が、やけに広大に見えるのは気のせいか。


「よ、黒瀬川」


 太刀川が声をかけてきた。

 明るい茶髪に爽やかな笑み。誰とでも軽く言葉を交わせる、太陽みたいな男。……ち、腹が立つな。


「なんだよ」


「班、俺は黒瀬川と組もうと思ってる」


 あまりにもあっさりした言葉。冗談かと思ったが、その表情は真剣そのものだった。

 目が笑ってないタイプの真剣さじゃなく、自然体のままブレないやつ。


「……は?」


「だってさ、俺と黒瀬川なら、なんかうまくやれそうだし」


 周囲の数人がざわつく。意外だ、という視線が一斉に俺へ向けられる。机の角に座っていた男子が足を下ろし、廊下側の女子がひそひそ言葉を止めるのが分かる。


 俺は頭を掻き、気の抜けた声で返す。


「おいおい。お前、4人でつるんでただろ」


「まあな。でも5人って人数だろ。どっちにしろ誰かが浮く。それなら俺が動いた方が”丸い”」


 そう言って、太刀川はにっと笑った。

 計算でも策略でもなく、ただ「そう思ったから」。その自然さが、こいつらしい。

 拍子抜けするほど軽やかで、重さがないのに地に足がついている。


「……勝手にしろよ」


「おう、勝手にする」


 即答すんな。

 教室の後ろで「太刀川が黒瀬川と?」「マジ?」みたいなさざ波が生まれて、また別の話題に飲み込まれて消える。教室の空気は、そういうふうに流れが速い。


 結局、この時間で班は固まらなかった。

 「金曜までに決めろよー」という担任の締めで、教室はざわめきのまま解散する。


 席に戻る途中、ちらりと横目。

 神崎は篠宮と桐谷に囲まれて談笑している。篠宮の笑い声がはずみ、桐谷が手帳にさらさらと書き込む。

 ただ、時々こちらをちらっと見ては、すぐに目を逸らす。

 視線が交差したかどうか、曖昧な角度で。

 俺は机の角を指で軽く弾き、ため息を落とした。


(……勘違いするからやめろよな)


 胸の奥がまたざわつく。

 勘違いをしたいのか、したくないのか、自分でもよく分からない。


 五限、六限。ノートの罫線の上でペンが空回りする。

 先生が「そこ赤線引いとけ」と言えば一応引くが、意味は頭に入ってこない。

 窓の外で雲の影がグラウンドをゆっくり横切るのを、意味もなく追いかける。サッカーゴールのネットが風でかすかに揺れて、胸のどこかがざわつくのを慌てて無視する。


 チャイムが鳴って、イスの脚が一斉に床をこする。

 カバンを肩に引っ提げて立ち上がる時、背後から「真白ちゃん、どこまで決まった?」という声がして、足が一瞬だけ止まったが、つま先に力を入れて教室を出る。


 昇降口で靴を履き替えたところに、太刀川がひょいと現れた。


「おー、黒瀬川。ちょうどよかった」


「……なんだよ。俺の靴でも盗む気か」


「人聞き悪いな。まあ冗談はさておき」


 太刀川は壁にもたれて、俺が靴紐を結ぶのを待つ。その横顔は、部活帰りの後輩に「お疲れ」と軽く会釈されれば自然に返すし、落ちたボールが転がってくればさっと拾って渡す。そういう雑な親切がクセになってるタイプ。


「今日見てて思ったんだ。お前、案外まわり見てるよな」


「俺と同じ余り物の顔ぶれ見てただけだ」


「そういう言い方すんなって。……でもさ、普通は自分が余りそうなら他人なんか気にしないだろ?」


 俺は靴紐をきゅっと引き締める。

 確かに、太刀川の言う通りだ。けど素直に認める気はなかった。


「まあ、同じ穴のムジナ見つけると安心するじゃん。ほら、『俺だけじゃなかった〜』みたいな」


「それでもいいさ。俺から見りゃ、それが“ちゃんと見てる”ってことだと思うけどな」


 太刀川の笑みは軽い。でも、言葉の芯は妙に真っすぐだった。

 軽口に見せかけて、実はあんまり軽くないやつ。

 そこが厄介で、たぶん良いところでもある。


「……お前な。俺のこと高く買いすぎだろ。見た目通り、もっと陽キャ仲間とキャッキャしてろよ」


「いや、黒瀬川と一緒にいるの、結構楽しいと思うんだよな。俺、そういうの直感で決めるタイプだし」


「楽しい? 俺と? 寝てんのか?」


「残念。エナドリ接種済みだ」


 ケラケラ笑って、太刀川は手をひらひらと振る。

 その笑いの余韻の上から、彼はふっと声を落とした。


「じゃ、また明日。……選ばれるの待つより、自分で選ぶ方がきっとお前には合ってる。多分、”あいつ”待ってるぞ」


 そう言い残して去っていく背中は、やはり腹が立つくらい眩しかった。

 昇降口の外、坂の上の空は薄く曇っていて、夕方の光が一枚ベールをかぶったみたいに校庭を平らに照らしている。部活の掛け声、ボールの音、ホイッスル。世界は相変わらず忙しく回り続ける。


 ロッカーの中にしまった上履きのゴムが、指先に少しだけ粉っぽさを残す。


(……選ぶ、ね)


 太刀川の言葉が、頭の奥で長く尾を引く。


 校門を出ると、風が制服の襟に入り込んだ。坂道の先で、誰かが笑って、誰かが走る。

 俺は鞄の持ち手を握り直して、家とは逆の空を一度だけ見上げた。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

次回で班決め終わらせ&真白と仲直りさせますのでお楽しみに。

ブクマ、評価、コメント等お待ちしてます!!

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