第4話 ねじれ
第4話です!勢いで書けちゃったので投稿します!
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「くぁ…………。くそ眠ぃ……。」
AM6時。
人間を叩き起こすべく大音量で騒ぎ始めた携帯をタップし、軽く伸びをする。
アラームを好きな曲に設定すると嫌いになるって話、あれは本当です。ソースは俺。
しかし噂によると、世の中にはすっきり目覚められる人間もいるらしい。悩みとかないのかしら?
まあ俺みたいなやつにもなると、何に設定しようが関係なく毎朝憂鬱なんですけどね。社会に出たときがすでに思いやられるな。てかそもそも社会に出れるのだろうか。
…………朝飯食うか。
朝の教室は、案の定ざわめきに満ちていた。
「なあ聞いた? 昨日、神崎さんと黒瀬川が一緒に帰ってたって」
「マジ? なんであんな陰キャと……」
「てか黒瀬川って、昼も裏で二人で食ってたろ。絶対なんかあるって」
「弱みでも握られてるんじゃ……」
「マジかよ、黒瀬川最低じゃん」
――ああ、来たか。
耳を塞がなくても勝手に入ってくる。
予想はしていた。
昨日また見られた時点で、こうなるのは織り込み済みだ。
ちらっと視線をやると、何人かがこっちを見て笑いを噛み殺していた。
冴えないぼっちと、学校一の優等生。
まさに月とすっぽんってやつだな。
まあ、豪華な料理には引き立て役になる添え物があるものだし、女子同士でも自分よりブスなやつと並んで「ズッ友~」とかやってるわけだから、別に何らおかしな点はないな。ほんとエグいよね、アレ。
「おはよう、黒瀬川君」
噂の中心人物――神崎真白が、完璧な笑顔で席に着く。
鞄を机の横にすっと掛ける仕草、椅子を引くときに制服の裾を指先で整える動き、髪を耳にかける指の細やかさまで無駄がない。
周囲から小さなため息が漏れ、空気が一段明るくなった。
「……おはようございます」
「だから敬語やめてってば」
俺がぼそっと返し、神崎がジト目になった瞬間、前の席の男子がニヤついて振り返る。
「で? 本当なの? 付き合ってたりするの?」
「やっぱりそうなんだ〜!」と、後ろで女子がわざとらしく被せる。
軽い笑い。期待と悪意が半分ずつ。
神崎は一瞬だけ目を伏せ、指先で机の角を軽くなぞり――すぐに“仮面”をかぶり直した。
「大げさだよ。ただの偶然。変な噂にしないで」
声音は柔らかく、頬に添えた髪を払う仕草まで完璧。
けれど空気はまだ消えない。火種は残っている。
神崎は仮面を脱げない。
故に強く否定することができない。
怒る姿を見せるわけにはいかないもんな。
――なら、俺が潰す。
俺は椅子に背を預け、わざと大きなため息をついた。
「お前らも暇だな。神崎と俺?あるわけねーだろ」
鼻で笑って、言い切る。
「見りゃ分かんだろ。学校一の優等生と、陰キャぼっち最底辺のゴミだぞ?並べても漫画にもならん。せいぜい三コマ目で『ねーよ』ってツッコまれて終わりだ」
笑いが起きる。
肩を震わせるやつ、机を指で叩いて笑いをこらえるやつ。
いい感じだ。このままやりきっちまえ。
「俺なんかと釣り合うわけがない。座席が隣でも、現実はねじれの位置。交わらない。義務教育で習わなかったか?」
誰かが「それな」と小さく笑い、別の誰かが安堵の息を漏らす。
よし、勝った。
期待は、茶化しに上書きされた。
あとは最後に釘でも差しとけば完璧だ。
「神崎は、窓際近くのいい席がたまたま空いてたから座ってみたら隣が陰キャだったってだけの被害者だ。まあ、優しさで色々話しかけてくれてるのは事実だし、俺をネタにすんのは構わないけど、正直――神崎に失礼だろ」
そこで、ざわめきが止まった。
“そこまで言うならガチで違うわ”という空気が、教室全体に広がっていく。
――この役なら、やれる。
俺が道化を演じれば、神崎は傷つかない。
それでいい。
さて、火はいったん鎮まったな。俺、案外消防士とか向いてるかもしれん。
…やっぱなし。すぐ死にそう。
クラスメイトの興味が引いていくのを尻目に隣の優等生に視線をやる。
「……………………」
神崎は顔を伏せている。
前髪に隠れているから表情はわからない。
ただ、握ったシャーペンがかすかに震えていた。
その微細な揺れを、誰も拾わない。拾えない。
そして俺も。
拾えない、ふりをした。
⸻
昼休み。
今日は一日中曇りとお天気お姉さんが言っていた。
だからやむなく教室で飯を食おうと思っていたんだが、変な目立ち方をしたせいで居心地が悪い。
机に突っ伏してやり過ごそうにも授業で爆睡したせいで一ミリも眠くない。ガンギマってるまである。
ベンチ行くかぁ…。雨降ってないといいけど。
教室を出ようと立ち上がったところで、袖をそっと引かれた。
「……来て」
短く言って、神崎が歩き出す。
表情は見えないまま。
コツコツと二人分の足音だけが響く。
廊下を曲がり、人気のない非常階段の踊り場へ。
窓から差し込む四月の光が、白い壁を薄く照らしている。
「さっきの、なに」
問いは低い声。
だが彼女の両手はリボンの端を無意識にいじり続けている。
茶化しても開放してくれそうにないな…。
「なにって、否定。お前の仮面守っといた」
正直に話す。
どのみち、神崎の否定だけじゃ場は収まらなかっただろう。
「そういうことじゃないの。……黒瀬川君、自分のこと『ゴミ』って言った」
神崎の声が鋭くなる。
拳をぎゅっと握り、制服のスカートの裾がしわになった。
「いや、あそこは俺が場違いの身分を弁えてないやつって流れに同調した方が、あいつらの満足心を満たせると判断しただけだが」
神崎と違い、別に俺の株価なんぞ暴落するほどの価値もないし、そもそも買ってくれてるやつもいないので問題ないし。あれ?株式会社俺の経営がマズくね?
アホなことを考えている俺に、神崎はなおもまくし立てる。
「どうしてそんなこと言えるの? 自分を笑いものにして、平気そうな顔して……!」
「俺がネタになり切る方が早いし確実だ。俺が下に落ちれば、噂は笑いになる。お前に燃え移る前に消火できる」
「だからって!」
神崎は一歩近づいて、胸元のリボンを握ったまま睨みつける。
株価の下りでも説明して軽口を叩こうかと思ったが、その指が小さく震えているのに気づいて、俺は言葉を詰まらせた。
「私が一番嫌だったのは、黒瀬川君がそんなふうに自分を下げること!噂なんかよりずっと!!」
声は怒気を帯びていた。
けれど、その瞳は濡れたように揺れていた。
「……もう、あんなふうに自分を傷つけるのはやめて」
言い終えた神崎は、すぐに顔をそむけた。
その横顔を隠すように、長い髪を耳にかけ直す仕草。
背ける前に彼女の目に光ったものの正体は、ついぞわからなかった。
俺は返す言葉を持たず、ただ窓の外を見た。
………くそ。傘、持ってくるの忘れたな。
⸻
放課後。
教室でふと隣を見ても、真白はもういなかった。
下駄箱にもいないし、帰り道にも姿は見えなかった。
下駄箱で靴を履き替えながら、ため息をつく。
最後に見た彼女の表情が、瞼に焼き付き離れない。
でも、他にやり方が思いつかなかった。
誰かが笑いものになれば世の中はうまく回るのだと、経験で知っているのだ。
笑いものになった一人を除いて。
嫌なものを思い出し、俺はカバンを傘代わりに駆け出す。
春の雨よりも、胸の奥の方がずっと冷たかった。
お読みいただきありがとうございます。
今回、二人の関係が揺れ始めました。
このすれ違いがどんな形で戻るのか――引き続き見守っていただければ幸いです。
次回は9/20(土)20時予定です!明日は飲みなので多分無理!(笑)