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第3話 小さな火種

お読みいただきありがとうございます。

第3話は「小さな火種」。

クラスでの噂が、少しずつ広まり始めます。

 朝の教室。

 自分の席に向かおうとしたとき、耳に妙な話が飛び込んできた。


「昨日、校舎裏で見たんだけどさ……」

「神崎さんと、黒瀬川が一緒に昼飯食べさせあってたんだって?」

「え、黒瀬川ってあのぼっち? 嘘だろ」


 ……うん、本当に妙だ。

 その黒瀬川ってやつ、多分俺だと思うんだけど、そんな甘い昼休みを過ごした覚えは一切ない。ていうか俺の裏庭でそんなことやってるやつがいたら俺がぶち殺す。


 冗談はさておき。


 誰にも気づかれてないと思ってたが、世の中の監視網は案外あなどれない。

 ちらりと視線を向けると、数人のクラスメイトがこちらを見てひそひそ笑っている。


 まあ、確かにいるんだかいないんだかもわからんようなぼっちが、学校1の美少女と裏庭のベンチで並んで飯食ってたらそりゃ面白くもあるわな。あまりに見事なコントラストで目が潰れそうだ。


 軽く息を吐いて机にカバンを置くと、コツコツとローファーの音。


「おはよう、黒瀬川君」


 足音の主はやってきた。噂の主人公――神崎真白。

 机に鞄を置く仕草まで隙のない、完璧な優等生スマイル。


「……おはようございます」

「なんで敬語なの……」


 俺がぼそっと返すと、すかさず前の席の男子がニヤつきながら振り返った。


「なあなあ、本当なのか? 昨日ベンチデートしてたって」

「ベッ」


 噂というものは往々にして尾ひれがつき、尾ひれが本体になることがあるものだが、これはまた凄まじい成長速度だ。

 思わぬワードに変な声が出たが、ここで動揺しては奴らの思うつぼ。うまいこと流すとするか。


「あー、その、あれは――」


「ベンチデートなんて大げさ! たまたま購買で会ったから、一緒にご飯食べてただけだよ~」


 俺がどもっている間に被せる形で神崎が即答した。すみませんね。

 声音は柔らかく、笑顔はいつも通り。少しも動揺を見せない。


「ね、黒瀬川君?」


 にこりと微笑まれ、俺は無言で頷くしかなかった。

 いや、全然偶然じゃなかったけどね。俺に口止め料を押しつけに来た張本人が何言ってんだ。


 クラスメイトたちは「ふーん」と言いながらも、それ以上は突っ込んでこなかった。


 ――ひとまずは火種程度で済んだらしい。

 ……まあ、消火にはなってないんだが。


 * * *


 昼休み。


 俺はいつものように校舎裏のベンチへ。パンをかじりながら空を見上げる。

 平和。それが俺にとって一番大事なことだ。世界の木々を守りたい……。


「ちょっと!」


 そして平和はまたしても乱された。その間わずか十秒。

 なるほど、この世から戦争が絶えないわけだ。


 視線を落とすと、不届者が紙袋を抱えて立っている。


「……もしかしてループか?」

「違います!」


 不届者――神崎真白はずいっと身を乗り出してきた。


「ねえ、どうするの? 噂になってるんだけど!」

「知らん。ひとりで飯食ってた俺の横で飯食い始めたお前が原因だ」

「だってあのままじゃ困るんだもん!」


 昨日と同じく、スカートを抑えて俺の隣に腰を下ろす神崎。

 だからさ、その距離感がよくないんだって……。無駄に近いし……。

 言っても無駄だろうから言わないけど。


「まああれだ。教室ではさっきみたいな対応してりゃ大丈夫なんじゃねえの」

「そうかなぁ?」

「下手に否定しすぎてもネタにしてくるからな。そういう意味では、さっきの対応は完璧に近い」

「でも……黒瀬川君は嫌じゃないの? 噂にされるの」

「まあ、大丈夫だろ。今のところ数人しか気にしてない」

「そういうのって、広がるときは一気なんだよ……」

「だったら俺に絡むのやめればいいのに……」

「それとこれとは別!」


 ……全然別じゃないが?


 神崎はメロンパンを取り出して、俺に押しつけてくる。


「またか」

「今日のは抹茶クリームだよ」

「口止め料が日替わりになったのか」

「そういうことじゃないの!」


 パンを抱えたままため息をつく俺に、彼女はじっと視線を向けた。

 優等生スマイルじゃない、素のままの顔。


「……黒瀬川君は、怖くないの?」

「何が」

「人から噂されること。勝手にあれこれ言われること」


 俺は少し考えて、パンをかじりながら答えた。


「慣れてる」

「……」

「陰キャってのはな、存在自体がネタにされるもんなんだよ。だから今さら増えても誤差だ」


 軽口のつもりだったが、真白は一瞬だけ言葉を失って俺を見た。

 その目が、少しだけ複雑そうで――。


「……やっぱり強いね、黒瀬川君」


 ぽつりと呟いた。

 それをどう受け取ればいいのか分からず、俺はまた空に視線を泳がせた。


 * * *


 帰り際。


 下駄箱で靴を履き替えていると、廊下の向こうに神崎の姿が見えた。

 彼女もこちらに気づき、軽く手を振って歩いてくる。

 その笑顔はやはり“優等生の仮面”。クラスでのものと同じ、完璧なものだ。


 と、そこで。


「……あれ? 神崎さんと黒瀬川じゃね?」


 廊下を歩いていた別のクラスの二人組と目が合った。

 俺と真白が並んでいるように見えたのだろう。


「やっぱり一緒にいるじゃん!」

「マジで付き合ってんのか……?」

「下校デートってこと!?」


 ひそひそ声が、耳に突き刺さる。


 ……やれやれ。

 火種は小さくても、風が吹けば炎になる。


 どうやら俺の平穏は、もうすぐ灰になるらしい。


第3話でした!

本当は土曜更新の予定だったんですが、噂が広がる勢いを止めたくなくて気まぐれ投下です。


基本は「火曜・土曜の20時」更新でいきます。

ただ、たまにこうやって気まぐれ更新があるかもしれません。笑

ブクマ、コメント、評価等お待ちしています!めちゃくちゃ励みになります!

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