第2話 口止め料は忘却の彼方
初投稿です。のんびり更新していきます。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
※9/28追加・修正しました。
昼休み。
俺は校舎裏のベンチに腰を下ろしていた。
購買で買ったチーズパンをかじりながら空を見上げる。
人の少ないこの場所は、静かに飯を食うには最適だ。
食堂はうるさいし、購買は戦場だし、教室は隣の有名人のせいで視線が面倒だし。
つまりここは、俺にとって“平和”そのものなのである。
青春とやらとは真逆に位置するのだろうけど。
「いた! やっぱりここだった!」
声と同時に、影が差した。
ベンチの横に立っていたのは、言わずと知れた隣の席の有名人――神崎真白。
学年の中心、優等生スマイルで名を馳せる彼女が、息を弾ませて俺を見下ろしていた。
「はぁ、はぁ……やっと見つけた……! 購買ダッシュしたあと、校舎裏ってけっこう遠いんだよ!?」
「……知らんがな」
「わたしの体力ゲージは今ほぼ赤だよ!」
「知らんがな」
胸に抱えた紙袋をガサゴソと漁り――
「はい、これ!」
差し出されたのは、ほんのり温かいメロンパン。
「……? メロンパンだな」
「口止め料!」
「……あー」
「え、なにその間! 受け取ってよ!」
昨日の話、本気だったのか。
俺はしばし考えてから、正直に言った。
「……すまん。本気だと思ってなかった」
「――えっ!?」
神崎が目を丸くする。
その目が、ほんの少し潤んでいるように見えた。
「嘘でしょ!? 私、一晩中気にしてたんだよ! 黒瀬川くん、なんでそんなあっさり忘れてるの!」
「や、俺にとっては、委員長が疲れてるのを見ただけだし」
「ちがうの! “学級委員長・神崎真白”のブランドイメージが大崩壊したの! あれはもう決定的瞬間だったんだから!」
「……芸能人かお前は」
「そういうもんなんだって! 私、昨日の夜ノートに“口止め絶対”って三回書いてから寝たんだから!」
「呪いの札でも作る気か」
「……本当に作ろうかと思ったもん」
「思うな」
神崎はブーブー言いながら俺の隣に腰を下ろした。
……え、なんで?
「もう……せっかく買ってきたのに」
「購買のメロンパンだろ」
「そういうことじゃないの!」
はい、と半ば押しつけられる形で受け取り、仕方なくかじる。
……普通に美味い。
「……まあ、悪くはないな」
「でしょ? これで黒瀬川くんの口はチャックね!」
「何度も言うけど、そもそも話す気が――」
「チャックね!」
人差し指を俺の口元に突きつけ、やたら真剣な顔をする。
ちょっと? そういうことされると男子ってすぐ勘違いするんですよ。
いや、コイツの場合誰にでもやってる可能性があるな……。
勘違いを振り払いツッコミを入れる。
「……数百円の口止め料で守れるカリスマって、どうなんだ?」
「うるさい!」
神崎はぷいっと顔をそむけてパンをかじる。
ふぅ、と肩を落とす彼女は、完璧な優等生スマイルからは程遠かった。
「黒瀬川くん、ほんと人の心わかってない」
「昨日初めましての奴の心なんぞ知らん」
「それはそうだけど! もう少し優しくしてくれてもいいじゃん」
「逆に俺みたいのにいきなり優しくされたらキモいだろ。下心見え見えというか」
「それは……確かに」
「おい否定しろや」
神崎はくすくす笑うが、すぐに本題を思い出したのか「でも!」と食い下がる。
その真剣さがなんだかおかしくて、俺は小さくため息をついた。
「黒瀬川くんはいいよね。ひとりで自由で」
「自由と孤独はもれなくセットだけどな」
「なんかカッコつけてる」
「今ならオマケで友達保証ゼロもついてくる」
「いらなすぎる!」
「ちなみに強制加入で解約不可だぞ」
「詐欺どころかもう呪いじゃん……」
呆れ顔で笑うその表情は、作りものじゃない自然な笑顔だった。
……でも、ほんの一瞬。
俺は気づいてしまった。
神崎が「自由でいいな」って言った時、視線を落としていたのを。
やっぱり完璧な優等生に見えて、実際にはそうでもないのかもしれない。
……いや、“完璧な優等生”なんてのは所詮偶像で、周りが勝手に祭り上げているだけか。
俺はなんとなく視線を逸らす。
「それに、ひとりは楽そうに見えて……寂しいよ」
「……急にどうした」
「だって黒瀬川くん、いつも窓際で寝てるか本読んでるかで、誰ともしゃべらないし」
「……もしもし? 警察ですか?今ーーーーーー」
「ストーカーじゃないから!!」
「自覚あるんじゃねえか」
神崎の抵抗にあい、小芝居に出した携帯をポケットに戻す。
神崎は「もう……」と言いながらメロンパンをもうひと口かじり、もぐもぐと噛みしめる。
「……でも、黒瀬川くんとしゃべってると楽しいよ」
「は?」
「え、なにその顔。失礼だなぁ」
「……生まれつきこの無課金アバターでやってきてるんですが」
「いや、そういうことじゃなくて……、……、無課金アバター……!!」
「俺の親に謝ってもらっていい? あと俺にも」
なにやらツボに入ったらしく、お腹を抱えて笑いそうな勢いだ。
コイツぶっ飛ばしていいかな。
てかこんだけ笑ってても美少女は美少女のままなんだな。
重課金ユーザー様はうらやましいことで。
「でも、黒瀬川君としゃべるのが楽しいのはほんとだよ」
ぽつりと付け足す声は小さくて、聞き逃しそうになる。
俺は返す言葉が見つからず、視線をそらしてパンをかじった。
味なんてもう分からなかったけど。
気まずい空気を破るように、神崎がくすっと笑った。
……その光景を、廊下の窓からクラスメイトが見ていることに遅ればせながら気づく。
しかも一人や二人じゃない。
窓際に集まった女子グループが、手で口を覆ってニヤニヤしている。
「ねえ今の見た?」「近すぎじゃない?」なんて声が飛び交う。
今はまだ小さなその燻りは、きっと放課後にはクラス全体に広まる。
明日には、「黒瀬川と神崎が裏庭でイチャイチャしていた」なんて尾ひれ付きの噂に変わるんだろう。
新学期早々、早速俺の辞書から“平穏”の文字が消えそうだ。
ため息を落とし隣を見やると、もぐもぐしながら小首をかしげてこちらをじっと見る神崎。
「?」と頭の上に出てそうな動作。
いちいちあざといんだよ。素かもだけど!
なんだかどうでもよくなった俺は、空を見上げ、まだ見ぬ平和を祈るのであった。
読んでいただきありがとうございます!
次回は9/20(土)20時に更新予定です。
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