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第1話 隣の席の優等生

初投稿です。のんびり更新していきます。

楽しんでいただけたら嬉しいです!


修正:9/17修正しました!

 横浜の四月は、春だってのに油断ならない。


 坂道を上がる頃にはうっすら汗ばむし、日陰に入れば急に冷たい風が吹く。


 ここ横浜翠嶺高校は、そんな季節の気まぐれをいちいち体感させてくる場所だ。校舎までの坂道が地味にキツい。


 巷では、坂の上から見える景色がきれいで青春の舞台だのなんだのと言われ、そこそこ有名ではあるのだが――それは陽キャどもに言わせたらの話で、俺――黒瀬川律みたいな陰キャはただただ立地の悪さに頭を抱えるばかりである。


 卒業する頃には足腰が異様なほど発達し、軒並みアスリートを目指せるだろう。


 ……いや、ないだろうな。



――クラス替え。


 校門につくと掲示板の前にはすでに人だかりができ、誰が同じクラスだの、推しのあの子が隣のクラスだのと騒いでいる。


 俺は人混みに押されないよう一歩引きながら、「黒瀬川律」という文字列を探す。


「……二年E組」


 自分が何組かだけ確認し、掲示板から離れる。


 俺にとって同じクラスのメンバーなんてどうでもいい。


 仲良くする気はないし、むしろ関わりは少ない方が楽だ。


 中学の頃、仲間だと思っていた奴らに背中を刺された経験がある。


 だから俺は一人でいるし、一人でいられるよう努力してきた。


 ――もう、あんな思いは二度とごめんだ。



「E組、神崎真白いるらしいぞ!」

「マジかよ! 超当たりじゃん! いいな〜、仲良くなりてー!」


 校舎に入り二階へ上がると、廊下のあちこちでそんな声が聞こえてくる。


 神崎真白。


 ぼっちの俺ですら名前くらいは知ってる。


 成績優秀、容姿端麗、運動もできる。常に物事の中心にいて、先生からの信頼も厚い。カリスマ的存在。


 しかし、俺みたいなやつからすれば自分でも驚くほど接点がなく、せいぜい遠目に見て「へぇ人気者ってすげーな」と思うくらいの対象。


 なんなら、あちらからしても俺なんか視界に入らないであろうことは火を見るより明らかだ。


 案の定、教室に彼女が入ってくると――


「おはよう、神崎さん!昨日の数学の課題なんだけど」

「おはよう。あれね、難しかったよね!ここを展開式にすると分かりやすいよ」


笑顔で即答しながら、さらっとノートを開いて見せる。


「すげぇ、神崎さんのノート超きれい……」

「そんなことないよ。自分で見返しやすいようにしてるだけ〜」


自然体の答えに、また周りが感嘆の声を上げる。



「神崎、今日の放課後、部活の見学どう? テニス部、マジで戦力欲しくてさ」

「ごめんね、私は生徒会もあるし、時間的に難しいかな」

「そっかー……でもまた声かけてもいい?」

「もちろん。そのときは考えるよ」


断るときでさえ嫌味がない。



「きゃっ」


前の席の女子がプリントを落とす。


「あ、ごめん!」

「はい、どうぞ」


すぐに拾い上げて、にっこり笑顔。



「……なんなんだろうな、あれ」

「やっぱ神崎さん、完璧だよな」


 周りからそんな声が漏れる。


 まだ彼女が来て5分しか経ってないが1つだけ言えることがある。


 あれは種族が違うな。


 すなわち、俺が関わり合いになる可能性は限りなく0%。


 ねじれの位置にあるものは絶対に交わらない。これがこの世界のルールなのである。


 世の理を順守する知性ある俺は、イヤホンを取り出そうとポケットに手を――


「ここ、空いてる?」


 鈴の鳴るような声がした。


 顔を上げると、そこにいたのは神崎真白本人。


 俺が陣取っていたのはもちろん窓際最後列の一つ前の席だ。最後列は逆に目立つんだよ。


 今はクラス替え直後でまだ座席が決まっておらず、適当に座っていいはず。


 だけれども、なんだってわざわざ俺の隣に来んのよ……。目立つじゃん……。


結局拒否する口実も思い付かず、渋々了承する。


「どうぞご自由に。座席指定の権限は俺にないんで」


 しまった。不必要にぶっきらぼうな言い方になってしまった。

 女子と話すのとか慣れてねぇんだよ必修科目にしてくれ。

 

 眉間を抑える俺を見て神崎は一瞬きょとんとした後、ふっと笑って椅子に腰を下ろした。


「よろしくね、黒瀬川君」


 ……その笑顔は、やけに自然で、噂通りの「完璧な優等生スマイル」だった。


 周りの奴らが「えっ、黒瀬川の隣!?」「羨ましすぎ!」とざわついている。


 手に取ったイヤホンをポケットに戻した俺は静かに目を閉じ、ふっと息を吐いた。


 ――席替え、まだかな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 放課後。


 誰もいなくなった廊下をトボトボと歩く。


「図書委員って初日から仕事あるのかよ……」


 他の生徒は皆午前中に帰ったというのに、自分だけ学校に残り仕事をしている。まさに残業ではないか。到底許せることではない。


 労働基準監督署への相談を視野に入れたところで、目的地である教室にたどり着いた。


 荷物を回収し、速やかに帰るつもりだった俺は、ドアを開ける直前で固まった。


「はぁ〜……疲れた。なんで毎回委員長役、私ばっかりなの……」


 そこにいたのは、机に突っ伏して大きくため息をつく神崎真白。


 昼間は「完璧な優等生スマイル」で皆を惹きつけていた彼女が、今はリボンをゆるめ、髪を乱し、机に額を押し付けている。


 その姿は――誰も知らない、優等生の仮面を外した素顔だった。


「またプリント係も押し付けられたし……はぁ……私、分身したい……」


 ぼそぼそと漏れる声は、ひどく人間的で。


 ……見なかったことにしてやろう。


 ジェントルな俺には空気を読むなど造作もないこと。


 決してめんどうくさそうだからとかではない。ジェントルだからだ。


 くるりと踵を返し、気配を消して華麗に立ち去るつもりだったのだが――


「……っ!」


 気配に気づいたらしい神崎がはっと顔を上げ、俺と目が合う。


 うわ……かわいそうなぐらい動揺してる……。


「――っ、黒瀬川くん!? 今の、見てた!? 聞いてた!?」

「見てないヨ。聞いてないヨ」

「ぜ、絶対見てたし聞いてたやつじゃんそれ!」


 神崎は俺の肩をがっしと掴み、前後に揺さぶってくる。


「別に。興味ないし言いふらす気もないんだが……」


 ただでさえ小さい脳が揺れるからやめてほしい。


「興味なくても、これ広まったらイメージ崩壊なんだから!」

「つってもどうしろとな……」


 焦った顔で詰め寄ってくる。昼間の完璧スマイルはどこへやら。

 こんなことを宣った。


「……じゃあ、口止め料払う。ご飯奢るから!」

「いや、いらない」


 学校の誇る美少女と二人で飯なんて食ってるのを目撃されてみろ。俺がハチの巣じゃねえか。


「じゃあジュース!パンでもいいよ!なにがいい!?……あっ、できれば五百円以内でお願いできると……」

「500円の口止め料で守れるカリスマってどうなんだ……。」

「えっ……。じゃあ600 円……?」

「競りでもやってんのか」


 必死すぎるその姿に、思わず吹き出しそうになる。




 ――完璧な優等生なんて、やっぱり幻だったのかもしれない。



読んでいただきありがとうございます!

次回は9/20(土)20時に更新予定です。

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