捌話 牡丹花
「眠れなかった・・・」
六年間毎日、薄い毛布一枚と気持ちばかり綿が入っただけの敷布団で寝ていたからか、ふかふかとした羽毛布団で満足に眠ることができなかったのだ。
そもそも、十歳になるまでもここまで上質な布団を使ったことはなかったので、正直初めての寝心地の良さ。
寝不足も寝不足である。
「おはようございます六花さま!昨夜はよく眠れましたか〜?」
「四鬼さん、おはようございます」
戸を開けて入ってきた四鬼さんは、手早く私が使っていた布団をたたみ、押し入れにしまい込む。
そしてまたいなくなったかと思うとお湯を桶に入れて持ってきてくれた。
「ありがとうございます。
・・・あの、四鬼さんの今までやっていた仕事はどうなったのですか?」
ふと、実は私が来てしまったせいで四鬼さんの元々のお仕事が滞っているのでは?と思い、もしそうであれば申し訳ない、と尋ねると四鬼さんの顔につけた紙に書かれた四という字が少し、まるく笑うように歪んだ。
「そんなもの、六花さまのお世話に比べたら全然重要じゃありません!
そもそも、私という存在はもともと、椿姫さまがこの家に嫁がれることが決まった際に椿姫さまのお手伝いもできるようにとに作られた式神なので、私の本来の仕事とは六花さまのお世話をすることです!むしろやっと動き出したとこなんでご心配なく!」
「そうですか・・・」
ぽつりと溢した私の言葉は私の朝の準備をしてくれようとする四鬼さんには聞こえなかったようで、
「なんですか?」
と優しく振り向いてくれる。
その様子になんだかじんわりと心が温まるのを感じた気がした。
◇◇◇
翌日、朝餉を食べ終えた私は蓮さんの部屋に来ていた。ちなみに、朝餉は四鬼さんが私の部屋まで運んでくれた。蓮さん曰く、
『本当は食堂で食事してもらいたいのですが、食堂には僕の母も来るので、まだ顔を合わせない方がいいと思います』
と言うことだったので、朝餉は四鬼さんに運んでもらうことにして食堂で食事を取るのはもうしばらく後ということになった。
もしかしたら、蓮さんのお母さまには嫌われているのかもしれない・・・。
「部屋は気に入っていただけたでしょうか」
「はい、あんな素敵なお部屋をありがとうございます」
今、蓮さんと向き合っている私は彼の姿を直視できず、下を向いていた。
蓮さんは朝風呂派らしく、ゆったりとした浴衣を着ていて、昨夜にはなかった色気のようなものがあり、少々気恥ずかしい。
銀色の髪は少し湿っている感じがあり、キラキラと輝いているように見える。
そして、角。額の右の方に前髪を掻き分けるようにして一本だけに生えたそれは、窓から差し込む朝日の光を受けて淡く光っていた。
光る、というより、何よりも白く、純白の色を、ただただ保っているだけのようにも感じられる。
目は、私と同じく、血のように紅いまま、燦然と光り輝いていた。
例え、彼がちゃんと服を着ていても、きっと私はこんなにも美しい生き物を、この瞳に映すことは困難だったはずだ。
「六花さん?」
「なっなんでしょう・・・」
考えていたことを見抜かれたかと思いつい体がぎくりと反応する。
「いえ・・・特にはないのですが。
部屋に、羽織が届いていましたか?牡丹の模様の」
「どうしてそれを知っているのですか?」
蓮さんが、徐ろに窓から見える牡丹の木に視線を移した。
「あの、羽織は牡丹花という羽織でして、一条の当主に正妻として嫁いだ女性に代々受け継がれてきた羽織です。
牡丹が描かれているのは、多分一条を代表する、という意味でしょう。牡丹という花は古くから一条との結びつきが強く、事あるごとに牡丹と縁付かせたがりますからね。
しかもあの牡丹の模様は特別で、羽織った者の霊力や能力により羽織の模様の牡丹が咲く数が変わるんだとか。
詳しいことは前の持ち主だった僕の母に聞けばわかると思いますが・・・」
「蓮さんの、お母さま、ですか」
「えぇ。僕の母です。会いたいのであれば席を用意しますが、今すぐに会うのはあまりおすすめできません」
「やっぱり、あまり良く思われていないのでしょうか」
わかっている。陰気で、顔が美しくもなければ可愛げもない。特にこれといって秀でたところもないし、いきなり人間が嫁いできたらあまり良い思いはしないだろう。
嫌われているのだろうかと思い気分が落ち込んだ。
「いえ!そう言うことではありません!むしろ・・・。
ただ、本当に今会うのはやめた方がいいと思うのです。母の精神的に」
「いえ、大丈夫です!慣れてますし、気にしてませんし、いつか、蓮さんのお母さまが会いたいと思ってくれるようになりますから」
「あぁ、だからそう言うことではなく・・・っ」
蓮さんは頭を抱え、軽くため息をつく。
「違うのです。
母が六花さんを嫌うなどあり得ません。むしろ、好きすぎるのです」
「へ?」
「人が好きすぎる、とでも言うのでしょうか。
特に人間の女性が好きなようで、寿命も短く、大した能力もないし、妖のように生まれついた美貌を持って生まれた訳でもないのに、どこか儚く美しいのが好きなんだとか。
今、母が六花さんに会えば、喜ぶ、叫ぶ、暴れる、自室を壊す、です。絶対。
まだ六花さんのことを母に言ってませんから」
「そ、そうですか」
とりあえず嫌われてはいなかったようで、胸を撫で下ろす。
話が逸れてしまいましたね、とため息をついた蓮さんに身を乗り出して抱えていた疑問を伝えた。
「先程、牡丹が咲く、と言っていましたが、羽織の模様が、咲くのですか?」
「えぇ、咲きます。本物の牡丹と、鬼の術式を組み込んだ花鬼織りという技法で織られた羽織なので、普通の羽織とは違って動くのですよ。
ただ、花鬼織りは高度な技術のため、できる鬼は少なく、今までに千二百年前に作られたこの羽織と同じようなものは織ることができませんできた」
「千二百・・・っ?
そんなに大事なもの、私なんかが持っていても良いのでしょうか」
すると蓮さんは柔らかく微笑んだ。
「六花さんだから良いのです。もともと、牡丹花は椿姫のために織られた物なんだそう。
つまり、六花さんにこそ、真の所有権があるんです。此処では、あなたが、あなたでいるだけで、皆嬉しくて、幸せなんです。
だから、どうか、自分なんか、なんて、言わないでください」
私が、私でいるだけでいい。
四鬼さんも言っていた。
その言葉は、私がずっとずっと一番に望んでいて、
そして、一番に手に入らないものだった。
鼻がツンとして涙が滲む。
「うっ、あ、ありがとう、ございます・・・!」
溢れる涙が止まらない。16年間のご褒美をもらったような気分だった。
いつも読んでいただきありがとうございます‼︎
物凄く遅くなってしまい本当に申し訳ございません・・・!明後日のお昼辺りに後宮の番も更新する予定ですので、ぜひ一度読んでみてください!




